アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

夜霞

文字の大きさ
315 / 357

謀反の疑い・5

しおりを挟む
「実は北西部の戦局が悪化してな。ここからも応援を送って欲しいと要請があった。近く、貴殿と親密な関係であるオウェングス少将が率いる部隊を始めとする複数の部隊が、北西部に向かう事になるだろう」

ということは、オルキデアが率いる部隊にも出陣要請が出るだろうか。
クシャースラの部隊だけではなく、複数の部隊に要請が出るということは、余程戦局が悪化しているのだろう。無傷で済まない戦いになるかもしれない。
そんなことを考えていると、兵は鼻で笑ってきたのだった。

「しかし、ラナンキュラス少将には今回の件について、謹慎処分が出ている。
家に帰っていいが、そこで謹慎しているようにと。当然、治安部隊による見張りはつけさせてもらうが」
「そうか」
「だが、もう少し取り調べをして欲しいというのが、あの裏切り者の軍事裁判の結果だ。彼奴も裁判でほとんど話さなかったからな。我々には情報が不足している。数日後に、また取り調べを再開させてもらう」

どうやらオルキデアの取り調べは、一旦、これで終了らしい。また日を改めて再開するらしいが……。
ありもしない嫌疑をかけられて、謹慎という不本意な処分を科された事に対する怒りよりも、今はアリーシャに会える喜びの方が大きかった。
ようやくゆっくり会えるのだと、愛しい妻の姿を頭に思い浮かべていると、机を殴りつける音が聞こえて、現実に意識を戻される。

「調べさせてもらったが、貴官には奥方がいるようだな」
「それがどうした」
「奥方からはまだ事情を伺っていなかったが、もしや、少将ではなく、奥方が間諜をしていたのではないか。
周囲に聞き込みをしたところ、少将が軍事施設の襲撃作戦に参加した後に、急に現れたと聞いている。ペルフェクト人の容姿でありながら、ペルフェクト人らしくないとも……。よもや、その奥方が敵国の娘で、奴らと繋がっているという可能性も……」

そこまで言われて、オルキデアの中で音を立てて 箍たかが外れた。
兵の首根っこを掴むと、力一杯殴りつけたのだった。

「貴様は、アリーシャを……俺の妻を侮辱するつもりか!?」
「ぐっ……何を!?」
「何の根拠があって言っている!? 彼女の何を知っているんだ!!」

自分が侮辱されるだけなら我慢出来た。
けれども、アリーシャを侮辱されるのだけは、我慢ならなかった。
オルキデアが大切に仕舞っていた、謂わば宝物をーー生き甲斐を貶されて、許せるはずがなかった。

「オルキデア様」と、鈴のような優しい声音で名前を呼んで慕ってくれて、オルキデアの役に立ちたいからと、何事にも一所懸命な、健気で愛おしい妻。

出会ったばかりの頃は、雪の様に儚く見えて、自分が守らなければと思っていた。
けれども、契約婚を通じて正式に結婚した今では、春風のようにオルキデアの全てを甘く優しく包み込んでくれる彼女に安堵さえ覚えていた。
自分を心身共に支えてくれる、かけがえのない大きな存在となっていたのだった。

そんなオルキデアの心の中にある、決して侵してはならない領域に足を踏み入れた彼らを、許すわけにはいかなかった。

たとえ、オルキデアの怒声を聞いて、駆けつけて来た治安部隊に捕縛されても、「ふざけるな! この裏切り者が!!」と、顔面を殴打されて、口の端から血を流しても、オルキデアの怒りは収まるところを知らなかった。

「俺の妻について訂正しろ! 無関係な妻を侮辱されて、このままで済むと思っているのか!?」
「ラナンキュラス少将」
「俺の妻がそんなことをするわけがない!! 何も知らない痴れ者が! 恥を知れ……!」
「ラナンキュラス少将!」

自分を呼ぶ力強い声に、ふつふつと煮えたぎるような怒りが失せていき、ようやく冷静さを取り戻した。
名前が聞こえてきた方を振り返ると、取り調べ室の入り口には、数人の部下を従えた将官が立っていたのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

俺様御曹司に飼われました

馬村 はくあ
恋愛
新入社員の心海が、与えられた社宅に行くと先住民が!? 「俺に飼われてみる?」 自分の家だと言い張る先住民に出された条件は、カノジョになること。 しぶしぶ受け入れてみるけど、俺様だけど優しいそんな彼にいつしか惹かれていって……

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...