アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

夜霞

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謀反の疑い・6

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オルキデアに掴まれた襟元を直しながら、取り調べを担当していた兵が、「誰だ?」と低い声で尋ねたのだった。

「わたしは、ジョナサン・ペテルギウス大将です。部下であるワイアッド・プロキオン中将から、ここに中将の部下であるオルキデア・アシャ・ラナンキュラス少将が留置されていると聞いてやって来ました」
「目的は?」
「此度の件について、ラナンキュラス少将から詳細な話を聞きたい。
謹慎処分になる前に少し話しをさせてもらえませんか?」

物腰は穏やかながら、けれども有無を言わせぬ口調には力強さがあった。
オルキデアに近づいてこようとするペテルギウスを、ようやく我に返った治安部隊が引き留めたのだった。

「大将といえども、面会許可なく近づくことは許せません」
「許可ならあります。二日前に申請した許可証がなかなか下りなかったので、先程、直接取りに伺ったところです」

ペテルギウスが部下に目で示すと、心得たというように部下の一人が、治安部隊長のサイン入りの許可証を広げる。
苦虫を噛み潰したような顔で室内に佇む治安部隊たちに向けて、堂々と見せつけたのだった。

「しかし、少将は治安部隊員に暴行を加えた。公務執行妨害で、すぐにでも逮捕する必要がある……」
「その件についても伝達があります。本人には厳重注意で済ませるようにと。わたしから伝えましょう」 
「……随分と、用意がいいんだな」
「外まで声が漏れていたので」

歯軋りをしながら、「あいわかった」と兵は立ち上がったのだった。

「監視として、兵を残していく。逃亡しないとは限らないからな……」
「その必要はありません」

断言したペテルギウスを、疑うような眼差しで兵が睨みつける。

「わたしとわたしの部下たちがいます。彼が逃亡を図っても、必ずや捕縛出来るでしょう」
「だが……」
「もっとも、彼には逃亡する意思はないようですが。そうじゃなければ、今頃、わたしが話している間にもここから出ていることでしょう」

ペテルギウスが来てから、取り調べ室の扉は開いたままだった。
もし、オルキデアに逃亡する意思があれば、今頃、ここから逃げていたはずだ。
そう、言いたいのだろう。

「それに、これ以上、彼を留置していていいんですか。上層部に知られたら、どうなる事か……」
「もういい。連れて行け! ただし、また数日後に取り調べをさせてもらう。今度は奥方もだ!」
「アリ……妻もか?」
「貴官がしらばっくれているようだからな。奥方なら何か知っているだろうと、考えた末の判断だ。数日後に、奥方共々迎えに行く。それまで大人しくしている事だな」
「貴様! まだ侮辱して……」
「ラナンキュラス少将」

怒り心頭に発するオルキデアをペテルギウスは窘めると、部下にオルキデアの両脇を固めるように指示した。

「それではこれで失礼します。ラナンキュラス少将は、こちらで家まで送り届けましょう。当然、逃亡をしないように監視をします」

「では」と、ペテルギウスは外方そっぽを向いた兵に浅く一礼をすると、取り調べ室を後にした。
ペテルギウスの部下に両脇を固められて、オルキデアも取り調べ室から連れ出されたのだった。

「ラナンキュラス少将」

前を歩くペテルギウスに声を掛けられる。

「一度、貴官の執務室に戻ります」
「執務室に……?」
「その姿で、奥方の元に帰るつもりですか」

廊下の窓に映った自分を見ると、取り調べ中に乱暴に掴まれたダークブラウンの髪はボサボサに乱れ、先程殴られた口の端には、血がこびり付いており、顎には無精ひげが生えていた。
シャツには汚れと破れがあり、どことなく鼻が曲がるような臭いがしていた。
あまりに悲惨な自分の姿に、オルキデアは言葉を失ったのだった。

「どうしますか、ラナンキュラス少将?」
「……執務室に戻ります」

ペテルギウスの言葉に、オルキデアは素直に従ったのだった。
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