334 / 357
別れと断髪・5
しおりを挟む
シャキシャキ……と、鋏の音と共に切り落とされたダークブラウンの髪が床に落下する。
薪が爆ぜる音に負けないように、鋏の音が聞こえてくる中、ただオルキデアは一心に鋏を動かしていた。
ーー少しでも早く、アリーシャの声を忘れる為にも。
ようやくアリーシャの声が聞こえなくなると、膝をついていた床からオルキデアは立ち上がる。
鏡代わりにしていた窓ガラスを見ると、そこにはこれまでとは雰囲気の違う男が映っていた。
首筋まで髪を切り、前髪も刈るように切ったからか、前よりも軍人らしくなったような気がした。
ここまで短くしたのは、士官学校時代か、新兵の頃以来かもしれない。……心なしか、気分も変わった気がした。
床に落ちたダークブラウンの髪を集めて捨ててしまうと、拾い集めた郵便物と、不在時の電子メールを確認している内に、室内が一段と暗くなった気がした。
電気を点けて、カーテンを締めようと窓に近づいたところで、灰色の雲から白いものがふわふわ落ちてきていた。
「初雪だな。お前も見るのは初めてだろう。アリー……」
道理で先程よりも寒いと思った。
そんな言葉を口にしながら自然と後ろを向いて愕然とする。
(ま、また、俺は……無意識の内に、アリーシャを求めて……)
窓に寄りかかりながら、脱力したようにその場に座り込む。
ーー後ろを振り返ったら、当たり前のようにアリーシャが居ると思っていた。
「あ……ああっ……」
開いた口から声が漏れてしまう。悲痛な男の声だった。
ふと、扉の側に居るはずのない人影が立っているような気がした。
ーー綺麗な雪ですね。雪が積もったら、一緒に雪だるまを作ってみたいです。
そんな声と共に藤色の髪を揺らしながら振り替えるアリーシャの幻まで見えた気がして、愕然とする。
「くっ……!」
内側から感情が込み上げて、声を上げそうになる。痛みを堪える様に唇を噛み締め、床に手をつくと押し寄せて来る激情の波に耐えようとする。
けれども、それは何の意味もなさなかった。
「うっ……」
息を詰めたオルキデアの頬を一粒の雫が溢れていった。
床に落ちた時、それが自分の目から流れたものだと知り、またオルキデアは愕然とする。
「あ……あ……」
父が亡くなった時も泣かなかった。軍の同期や部下、仲間たちが戦死した時も泣かなかった。
それなのに、アリーシャを失ったオルキデアは涙を溢している。
最愛の人を失ったことで、オルキデアは泣いているのだっだ。
「アリー……シャ……」
その言葉を呟くと、同時に自分の中で堰き止められていたものが崩壊したようだった。
まるで決壊したダムのように、オルキデアの目からは絶えなく涙が落ちていった。
「アリーシャ……アリーシャ……! アリーシャァア……!」
ここまで声を上げて泣いたのは、いつ以来だろうか。泣くこと自体が、久しくなかった。
声を上げて泣いたことなど、子供の頃以来かもしれない。
「お、れは……おまえを……まもれなかっ……! ほんとうは、まもりたくて……!」
慟哭の涙を流しながら、誰にともなく懺悔する。
本当は国に帰したくなんかなかった。自分の手で守りたかった。でも、自分では守れなかった。そもそもの原因が自分だったからだ。
「アリーシャ……すまない……アリーシャ……アリーシャアア……!」
ずっと側にいて、お前を愛し、守ると約束したのに、果たせなくてすまない。
こんな方法しか選べなかった自分を許して欲しい。
愛しているからこそ、大切に想っているからこそ、少なくともここよりは安全なお前の母国に帰した。
どうか、その国で安全に暮らして欲しい。
ーー願わくは、こんな方法しか選べなかった最低な男のことなど忘れて、別の男と幸せになって欲しい。
それだけをオルキデアは望んでいた。
薪が爆ぜる音に負けないように、鋏の音が聞こえてくる中、ただオルキデアは一心に鋏を動かしていた。
ーー少しでも早く、アリーシャの声を忘れる為にも。
ようやくアリーシャの声が聞こえなくなると、膝をついていた床からオルキデアは立ち上がる。
鏡代わりにしていた窓ガラスを見ると、そこにはこれまでとは雰囲気の違う男が映っていた。
首筋まで髪を切り、前髪も刈るように切ったからか、前よりも軍人らしくなったような気がした。
ここまで短くしたのは、士官学校時代か、新兵の頃以来かもしれない。……心なしか、気分も変わった気がした。
床に落ちたダークブラウンの髪を集めて捨ててしまうと、拾い集めた郵便物と、不在時の電子メールを確認している内に、室内が一段と暗くなった気がした。
電気を点けて、カーテンを締めようと窓に近づいたところで、灰色の雲から白いものがふわふわ落ちてきていた。
「初雪だな。お前も見るのは初めてだろう。アリー……」
道理で先程よりも寒いと思った。
そんな言葉を口にしながら自然と後ろを向いて愕然とする。
(ま、また、俺は……無意識の内に、アリーシャを求めて……)
窓に寄りかかりながら、脱力したようにその場に座り込む。
ーー後ろを振り返ったら、当たり前のようにアリーシャが居ると思っていた。
「あ……ああっ……」
開いた口から声が漏れてしまう。悲痛な男の声だった。
ふと、扉の側に居るはずのない人影が立っているような気がした。
ーー綺麗な雪ですね。雪が積もったら、一緒に雪だるまを作ってみたいです。
そんな声と共に藤色の髪を揺らしながら振り替えるアリーシャの幻まで見えた気がして、愕然とする。
「くっ……!」
内側から感情が込み上げて、声を上げそうになる。痛みを堪える様に唇を噛み締め、床に手をつくと押し寄せて来る激情の波に耐えようとする。
けれども、それは何の意味もなさなかった。
「うっ……」
息を詰めたオルキデアの頬を一粒の雫が溢れていった。
床に落ちた時、それが自分の目から流れたものだと知り、またオルキデアは愕然とする。
「あ……あ……」
父が亡くなった時も泣かなかった。軍の同期や部下、仲間たちが戦死した時も泣かなかった。
それなのに、アリーシャを失ったオルキデアは涙を溢している。
最愛の人を失ったことで、オルキデアは泣いているのだっだ。
「アリー……シャ……」
その言葉を呟くと、同時に自分の中で堰き止められていたものが崩壊したようだった。
まるで決壊したダムのように、オルキデアの目からは絶えなく涙が落ちていった。
「アリーシャ……アリーシャ……! アリーシャァア……!」
ここまで声を上げて泣いたのは、いつ以来だろうか。泣くこと自体が、久しくなかった。
声を上げて泣いたことなど、子供の頃以来かもしれない。
「お、れは……おまえを……まもれなかっ……! ほんとうは、まもりたくて……!」
慟哭の涙を流しながら、誰にともなく懺悔する。
本当は国に帰したくなんかなかった。自分の手で守りたかった。でも、自分では守れなかった。そもそもの原因が自分だったからだ。
「アリーシャ……すまない……アリーシャ……アリーシャアア……!」
ずっと側にいて、お前を愛し、守ると約束したのに、果たせなくてすまない。
こんな方法しか選べなかった自分を許して欲しい。
愛しているからこそ、大切に想っているからこそ、少なくともここよりは安全なお前の母国に帰した。
どうか、その国で安全に暮らして欲しい。
ーー願わくは、こんな方法しか選べなかった最低な男のことなど忘れて、別の男と幸せになって欲しい。
それだけをオルキデアは望んでいた。
1
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる