【第一部完結・改稿版】ハージェント家の天使

夜霞

文字の大きさ
242 / 247
おまけ

ブーゲンビリア侯爵と姉弟ー過去ー【5】

しおりを挟む
 それから少しして、母付きの侍女の手でコルセットをきつく結ばれ、オレンジ色のドレスに着替えさせられたヴィオーラが、母の目を盗んでマキウスを探しに行くと、既に柱の影にマキウスの姿はなかった。
 屋敷中を探したヴィオーラは、ようやく屋敷の裏側ーーマキウスの部屋近くの軒下、の階段に座ってずっと泣いている小柄な弟を見つけたのだった。

「ううっ……ぐすっ…」
「マキウス」

 マキウスが顔を上げると、ヴィオーラ微笑んだ。

「お姉ちゃん……」
「こんなところに居たのね。探したわ」

 一瞬、マキウスは泣き止んだものの、ヴィオーラの右頬が真っ赤に腫れていたのを見て、また泣き出したのだった。

「もう! どうしてまた泣き出すのよ……!」
「だ、だって……! ぼくのせいで……お姉ちゃんがお母様にたたかれたから……」
「マキウスは悪くないのよ! 私がお洋服を汚してしまったのが悪いの……」

 ヴィオーラはなんでもない様にマキウスの隣に座りながら話すが、マキウスは何度も首を振ったのだった。

「ぼく……がしっかりしないと、お姉ちゃんが叩かれちゃう。でも、お姉ちゃんのお母様….怖い……」
「マキウス……」
「お姉ちゃんのお母様は、ぼくのお母様が嫌いで、ぼくも嫌っている。いつも怖い目をしてるから目が合っただけで、泣いちゃうんだ……でも、それじゃあお姉ちゃんが、いつも叩かれちゃうから……」
「だからってずっと泣いていたの? 仕方がない子ね。全く……」

 ヴィオーラは絹のハンカチを取り出すと、マキウスの顔を拭いた。

「着替えにも戻らなかったのね。手が傷だらけじゃない。顔にも砂がついて……」

 ヴィオーラはハンカチに付いたマキウスの涙と砂に苦笑したのだった。

「お姉ちゃんが、お姉ちゃんのお母様に連れて行かれてから、ぼく、ずっとここで泣いていたから……」
「どうしてペルラのところに行って着替えなかったの? 手の傷だって、このままじゃ悪化しちゃうじゃない……」
「でも、ぼくが鳥の巣を見に行こうと言われなければ、お姉ちゃんはお母様に叩かれなかった……ごめんなさい。お姉ちゃん。ぼくのせいで……」

 姉と同じ色の瞳に再び大粒の涙を溜めて、泣き出そうとした弟を、ヴィオーラは「マキウス」と止めたのだった。

「マキウスは悪くないの。あの時は、お母様の具合が良くなかったの」

 ヴィオーラの母親には、「具合」に左右されるところがあった。
「具合が良い時」はヴィオーラをうんと可愛がってくれた。けれども、「具合が悪い時」は、先程の様にヴィオーラを叩くのだ。
 いつもなら、服の下など外から見えないところを叩くが、今日は特に「具合が悪かった」のだろう。
 そんな日は、こうして場所を気にせずに叩き、場合によっては殴ってくる。
 マキウスが生まれるまでは、ここまで「具合が悪くなる」ことは無かったらしいがーー。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

最後の女

蒲公英
恋愛
若すぎる妻を娶ったおっさんと、おっさんに嫁いだ若すぎる妻。夫婦らしくなるまでを、あれこれと。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

処理中です...