食堂のおばあちゃん物語

みどり

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ひこうき雲/オムライス

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ここはとある会社の社員食堂。


メニューは日替わり定食しかない。


食堂の入口に一応ブラックボードが出ている。


今日の日替わり定食は何なのかを書いている。


それを書くのは事務員のみちよ。


だが、そこを通るほとんどのスタッフはそれを見ていない。


社長の孫娘・ゆいがたまに食堂の手伝いに来る。


その日は一体いつなのか誰にもわからない。


ゆいは気まぐれにフラッとやってくる。


前日にみちよに連絡が入る。


翌朝、みちよはブラックボードに黄色い花の飾りを付ける。


社員寮に住むユウキの部屋から見えるように。


「めんどくさ。」と思いながらも、優しいみちよは飾りをつける。


ユウキとゆいは幼なじみ。


ユウキはゆいのことが好き。


でも言えない。




食堂にやって来たゆいは

ランチタイムになると、ご飯をよそったりする。


昼間にはあまり見かけないユウキも食堂にやって来る。

部屋着のスウェットにサンダル、寝癖もそのままにやって来る。


トレーにおかずや味噌汁を乗せて、ゆいのところにやって来る。


「ゆい、オムライス食べたい。」


「無理。」


「食べたいよ。」


「え~めんどくさ。」


「ゆいちゃん、ご飯変わるから。」


食堂スタッフのフクコが声をかける。


「ユウキ君、後で持って行くから。先、食べてて。」


フクコに言われて、ユウキは席へ向かう。


「ユウキ君、今日は寝癖ついてますよ。」


キッチンの中でスタッフが言う。


「あれはね、わざとなのよ。」


フクコが笑いながら言う。


「わざと、なんですか?」


「すぐにわかるわよ。」


ゆいがオムライスを作り終える。


「ゆいちゃんも一緒に食べてきたら?」


「え?でも、まだ。。。」


「いいのよ。いってらっしゃい。」


フクコに言われて、ゆいはユウキにオムライスを持って行くついでに、
自分の食事も持ってキッチンを出る。


日の当たらない外が見える窓側のカウンター席でユウキは待っている。


その隣へ行き、トレーをテーブルに置くと「寝癖ついてるよ」と言うように
ユウキの髪を触るゆいがキッチンから見えた。


「ほらね。」


フクコが微笑む。


「なるほど。そういうことだったんですね。」


「まったく、焦ったいね。あたしがちょっと言ってやろうか!」


マツがキッチンを出てゆいの元へ行きそうになる。


「マツさん、ダメですよ。
 それに、もう、半袖なのに腕まくりしないでくださいよ。」


フクコが笑いながらマツを止めるとキッチンスタッフも笑う。




ユウキには最近困ったことがある。


ユウキのことをアニキと慕いベッタリ付いて来る男がいる。


同業者のタスクだった。


タスクはユウキのことをリスペクトしているらしいのだが、
一度部屋に入れると、その後しょっちゅう来るようになってしまった。


「悪い子じゃないんだけどね。」


ユウキのことをバンドメンバーも心配していた。


ユウキは今日だけはタスクに来て欲しくなかった。


ユウキの気持ちを知らないタスクはいつものようにユウキの部屋を訪ねてきたが、
インターホンを鳴らしても電話をかけても応答が無いので、食堂を覗いてみた。


ユウキを見つけたので、中に入り、列に並んだ。


タスクはユウキから食堂のパスをもらっていたので、
スタッフでなくても食堂を利用することができた。


壁際の席に座っていたユウキはタスクが来たことに気づかなかった。


「アニキ!探したんですよ。何で電話出てくれないんですか?」


背後からタスクに声をかけられたユウキはびっくりして振り返った。


「部屋に置いて来たんだよ。」


ユウキと一緒に振り向いたゆいをタスクは見た。


タスクはユウキの部屋に初めて入った時、半ば強引に入ったのだが、
机の上にあった写真立ての写真を見たことがある。
制服を着た客室乗務員とユウキの機内でのツーショット写真だった。
ユウキはすぐに写真立てを伏せてしまった。
メイクや服装は違っているものの同じ女性だとタスクにはすぐにわかった。


タスクには納得いかないことだった。

ユウキも客室乗務員のような女性が好きなのだと思うとがっかりした。


食事が終わっていたユウキとゆい。


ゆいは席を外した。


ユウキの食器も一緒に下げた。


タスクはゆいがキッチンの中に入っていったのを見た。


「双子なのか?」


「何が?」


「いや、何でもないっす。」




「ごちそうさまでした。」


食器返却口にいたおばちゃんにタスクは聞いてみた。


「ユウキさんとご飯食べてた娘、CAっすか?」


「さぁ、知らないけど。うちのスタッフのこと嗅ぎ回るなら出禁にするよ。」


「ちょ、ちよっと聞いてみただけじゃないですか。初めて見た娘だから。」


おばちゃんに睨まれたタスクはそそくさとその場を離れると、ユウキの後を追った。


が、ユウキはすでに社員寮の中に入ってしまったようだった。


インターホンも電話も出てはくれなかった。




ユウキは部屋の窓から黄色い花飾りを見ていた。








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