悪役令嬢な眠り姫は王子のキスで目を覚ます

永江寧々

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新たな敵

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 ヒロインの周りにはいつも人がいて一人ぼっちになる事はない。
 マリエットもそうだ。歩いているだけで多くの生徒が笑顔で声をかける。一人でいる所は誰も見た事がない。
 しかし、それだけでは満足できなかった。
 ヒロインはただ好かれるだけでは完成しない。人気も幸せも全て手に入れてこそヒロインなのだと。

「マリエット様?」
「え?」
「どうかなさいました?」
「いいえ、今日は天気は良くて気持ちいいので少しぼーっとしてしまいました」

 マリエットの頭の中にはコンラッドから言われた言葉がずっと頭の中を回っていた。

(ジャマをするなと言っているんだ)

 自分の方が知り合って長い。婚約寸前と噂されるほど親しい間柄だった。ティファニーはそうじゃない。親しいどころか面識さえなかったはずなのに何故あそこまで王子と親しくなっているのかがわからなかった。
 マリエットにとってコンラッドとの結婚は夢であり目標。学生の間に婚約を結び、卒業と同時に結婚……それがマリエットのヒロインとしての人生設計なのだが、ここにきて全てが狂い始めている。

「ティファニー・ヘザリントンがパーティーに来ていた事は驚きでしたわね」
「どうせ寝てしまうんだから来なければいいのに男漁りなんかに来て、ホント図々しいですわ」
「コンラッド様と踊れると勘違いしたんですわ」
「マリエット様がいるのに踊れるわけないのに」

 マリエットもティファニーが来ていた事に驚いた。皆が言うようにコンラッドと踊る事が目的で自分に見せつけようとしているのではないかとも思った。だが、コンラッドはティファニーとは踊らなかった。マリエットと踊って、頬にキスまでした。
 それで無事にパーティーが終わったのなら何も問題なく今日もヒロインを気取れたのだが、ティファニーが倒れた時、コンラッドはティファニーの名を呼びながら慌てて駆け寄っていった。受け止めてくれた男から奪うように自分の腕の中に入れ、そのまま外へと出ていった。
 マリエットをエスコートしていたはずなのにコンラッドはパートナーよりもティファニーを優先し、そしてその日の夜、自分を蔑むような言動を向けてきた。
 コンラッドとティファニーの間に何があったのかわからないマリエットはそれが気になって周りの話に集中出来なかった。

「一緒にいた男性見ました?」
「クリス王子! どうしてあの方が来てらしたのかわかりませんけど、彼女の傍にいたなんてそれこそ驚きですわ」
「一緒に踊るなんて図々しい!」
「本当ならクラリッサ様が踊られるはずだったのに!」

 マリエットの取り巻きにかかればティファニーは何をしても図々しいになる。

「マリエット様、クラリッサ様はショックを受けられていませんでしたか?」
「え? あ、ええ……ショックを受けていました。彼女はクリス王子と踊るのをとても楽しみにしていましたから」
「やっぱり! 彼女には一度キツく仕掛けてやらなければわかりませんわね!」
「ティファニー・ヘザリントンのくせに生意気なんですわ!」
「キャアアッ!」

 取り巻き達が意気込んでいると急に雨が降ってきた。
 空は晴れていて雨雲一つ見当たらないのに上から降ってくる雨がマリエット達を濡らしていく。

「まあ、ごめんなさい。あなた達がいたなんて知りませんでしたの」
「ティファニー・ヘザリントン!」
「花の水やりをしていたんですけど、わたくしには向いていませんわね。ホースの使い方も知らなくて」

 誰もがワザとだとわかっていた。ティファニー自身も気付かれるようワザとらしい演技をしてみせたのだ。

「でもおあいこですわね」
「おあいこですって!?」
「わたくしも水をかぶったんですの。どこぞの性悪女がカラスよりも汚い声で笑いながら去っていくのを目撃しましたのよ」
「カラスより汚いって……!」

 カッとなった取り巻きの一人が反論しようとしたのをマリエットが腕で止めた。
 ここでそれに反論するのは自分達がやったと認めるのと同じだと首を振る。

「それでどうして私達にこんな事をするの?」
「あなた達にしたわけではありませんわ。どうしてそのように決めつけた言い方をされますの?」
「決めつけたつもりはないわ。ただ、あなたが慣れない事に失敗したのだとしても私達はこうして水をかぶってしまったの」
「謝りましたのに……」
「……そうね」

 軽すぎる謝罪だったが、それをここで軽い重いと言っては心が狭いと言われてしまうのは目に見えている。最近のティファニーは自信過剰とも言えるほどで、マリエットでさえ言動に予測がつかない。
 個人的に文句を言いに行っても強気で返される。何がティファニーをそこまで変えたのか、マリエットはまだ気付いていない。

「じゃあ他の方に迷惑をかけてもいけませんから水やりはこれで終わりにしますわ」
「それがいいわ」
「ふふっ、ではさようなら」

 一度謝った相手に謝罪が軽いと言って再度謝らせるヒロインなど見た事がない。今までのティファニーならマリエットに責めさせるために謝ったりしなかったのに今回は先手を打たれた。
 まさか本気で悪役令嬢として接するつもりなのかと不安は大きくなるばかり。
 今までの裏側を全てバラされれば全てが水の泡となる事に不安を抱えながら拳を握りしめるとマリエットはそのまま自分の馬車へと向かった。

「ちょっといいかしら?」

 成功した水かけ攻撃に上機嫌なティファニーの前に現れた銀髪の令嬢。

「あら、クラリッサ・マーシャル公爵令嬢様がわたくしなんかに何用ですの?」
「ここで話してもいいけど、あなたが恥をかくだけよ?」
「けっこうですわ。わたくし恥知らずですからどうぞ」

 今更公衆の面前で話されて困るような事は何もないため両手を広げて笑顔を見せた。

「マリエットに対して色々してるみたいだけど、立場を考えなさい」
「わたくし何もしてませんわ」
「じゃあどうしてコンラッド王子といつも一緒なのかしら?」
「お声がけくださるからですわ」
「二人の仲を知りながらそれを受けるだなんて本当に恥知らずなのね。少しは遠慮したらどう?」

 二人の仲という言葉にティファニーは声を上げて笑いそうになった。
 何も知らない人間というのはここまで愚かなものかと同情さえしてしまう。だが、話した事のないクラリッサがこうして絡んでくる理由はわかっている。

「わたくしがクリストファー王子と踊った事を根に持っていますのね?」

 ピクッと眉が動いた。

「わたくしったら恥知らずな上に教養もないものですから彼がマレニス王国の王子だなんて知りませんでしたの。後日、お手紙が届いて驚きましたわ」
「手紙ですって?」
「ええ。あの日の事を心配してくださって、懇切丁寧にお手紙をいただきましたの。とても美しい字で書かれた手紙はわたくしの宝物ですわ」

 クラリッサがクリストファーに好意を寄せている事は知っている。マリエットがコンラッドと婚約した暁には自分とクリストファーの仲を取り持ってほしいとお願いしていた事もアビゲイルから聞いた。
 アビゲイルにかかればどんな情報だって手に入れられる。それがティファニーの強みの一つとなった。

「彼は優しい人だから当然よね」

 心の底から学校中に響き渡るほどの笑い声を上げたかった。
 彼女達にかかれば誰も彼もが優しい男になる。そう言うことでしか自制心を保てないのだとアビゲイルが言っていた。

(悔しがっているのがバレないように必死なの)

 そう笑っていたアビゲイルの言葉を今この瞬間に実感する。
 マリエットはコンラッドとそれなりに接近する仲だとしてもクラリッサとクリストファーは違う。まだ何の接点もないか、社交界で話したぐらいの関係しかないだろう。
 クラリッサはマリエットと違って淑女を気取ってはいないが、性悪女の称号を受けて平気ではないはず。

「ええ、そうですわね。あの時あまり話せなかったから改めて話がしたいとおっしゃってくださってるんですの。感激ですわ」

 目を見開くクラリッサに逆に目を細めると唇を震わせているのがよく見える。
 マリエットがコンラッドを奪われると思っているように、クラリッサもこの瞬間に何かしらの危機を感じているのかもしれないと思うとたまらなかった。

「クリストファー王子って爽やかでとても感じの良い方でしたからわたくし本気になってしまいそうですわ」
「……そう。相手は王子よ。伯爵令嬢ごときが相手にされるとでも?」
「クラリッサ様の中でクリストファー王子は爵位で人を判断されるような男性だったのですね」
「そんなこと言ってないじゃない!」
「そのように聞こえましたわ」

 思わず声を荒げるクラリッサの方が余裕がなく、ティファニーの方が余裕たっぷりに笑みを浮かべて腕を組みながら見つめている。

「あなたがクリストファー王子をどのように思われていようとも現実はこう。伯爵令嬢ごときが王子から誘いを受け、公爵令嬢様は歯牙にもかけられていない」
「ッ!」
「お話はそれだけですの? わたくし暇ではありませんのでこれで失礼しますわ」
「待ちなさい!」

 去ろうとしたティファニーに声を張って引き留めるクラリッサ。
 ゆっくり振り返って見る顔は怒りに満ちており、ティファニーは少し顎を上げて挑発的な態度で対峙する。

「身の程を弁えなければ必ず痛い目に遭うわよ」
「遭わせる、ではなく?」
「気をつける事ね」
「肝に銘じておきますわ」

 背中を向けてその場を立ち去るティファニーは思わず唇を噛みしめた。
 誰が相手だろうと自分は悪役令嬢なのだからこれ以上評判が落ちる事はないし、それを気にする必要もない。
 だが、ボスが二人になるとは想像もしていなかっただけに厄介だった。しかもどちらも公爵令嬢。
 コンラッドはマリエットの相手だが、クリストファーは他国の人間。巻き込むわけにはいかない。
 クラリッサに対抗する術はクリストファーとの仲を深める事だが、コンラッドが何を言いだすかわからないだけにマリエットよりクラリッサの方が厄介だった。

「優先すべきはコンラッド王子ですわね」

 ヒロインはマリエットであってクラリッサではない。クラリッサは出しゃばり好きなヒロインの親友。ならそれほど警戒する必要はないと対マリエットに集中する事にした。

「お姉様のように生きられたら楽でしたのに」

 アビゲイルの話術は素晴らしく、どんな相手でも柔軟に対応できる。だから男が途切れた事はないし、増える一方。しかし、それもあのむせ返るような色香があってのことで、自分にどれほど話術があろうとこの顔ではムリかと羨むのはやめた。

「やり返すと決めた以上はやってやりますわ。どんな結果になろうとも」

 マリエットが一筋縄ではいかない相手であるはわかっているが、もう戻れない所まで来ているのだから今更やめたと放り出すことは出来ない。
 王子と姉の二人しか味方はいなくとも、ただの学生友人よりずっと心強いのだから大丈夫だと自分に言い聞かせて前を向いて歩みを進めた。
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