悪役令嬢な眠り姫は王子のキスで目を覚ます

永江寧々

文字の大きさ
37 / 44

崩落

しおりを挟む

「状況は?」
「未だ意識は戻らず、芳しくありません」

 丸一日が経った今もティファニーの意識は目覚めず、調子も安定しない。酸素マスクを装着して眠る姿は痛々しく、本来であれば必要ない機械音にコンラッドは唇を噛みしめる。

「俺の傍にいればよかったんだ……」

 傍の椅子に腰かけて手を握って額に押し当てるコンラッドは一人で立ち向かい続けた結果だと眉を寄せた。自分の傍にいればお茶会に参加させることもなく、クリストファーとの婚約もなかったのだからクラリッサを敵に回す事もなかった。
 ティファニーの頑固さを認めず、やり方を変えなかった自分のせいでもあると悔やみながら青白い顔に手を伸ばそうとした瞬間、廊下から大きな声が聞こえた。

「お待ちください! 許可が出ていません! そちらはただいま立ち入り禁止でございます!」

 何事だと立ち上がったコンラッドは勢いよくドアを開けた相手に目を見開いた。

「クリストファー・ブレア……」

 汗をかき、息をきらせながら近付いてくるクリストファーはコンラッドを見ていない。すぐ傍で眠るティファニーだけを見つめ、コンラッドが触れようとしていた頬に触れた。

「医者の話では紅茶に毒が混ぜられていたのではという話で……おい、何をするんだ!」

 説明しているコンラッドを無視して機器を外すクリストファーを慌てて止めようとするも腕を振り払われ、そのままティファニーを抱きあげ早足で外へと向かうのを追いかける。

「待て! どういうつもりだ!」
「わが国で治療を受けさせる」
「むやみに動かすな!」
「ここに置いてはおけない」
「俺が責任を持って治療させる! 最高の医者を用意する!」

 コンラッドが張り上げた声にクリストファーが立ち上がり向けた視線は冷たいもので、恨みさえあるように感じた。

「マレニスより良い治療が受けさせられるとでも言うのかい?」

 コンラッドは唇を噛みしめる。
 マレニス国は医療に力を入れており、いくらコンラッドが国一番の医者を集めたとしてもマレニスより良いと言えないのは確かだった。
 クリストファーには渡したくないが、今は一刻を争う状態。ここで言い合いをして無駄な時間を割くわけにはいかなかった。

「ティファニーを、頼む……」
「僕の婚約者だ。必ず助ける。君は君のすべき事をしてくれ」
「俺のすべき事?」

 怪訝な表情を浮かべるコンラッドにクリストファーは背を向ける。

「婚約者に首輪をつけて躾をする事だ」

 わかっていた。いつかこうなるのではないかと。
 大急ぎで走り去る馬車を見つめながら拳を握るコンラッドはそのまま駆け足でウインクル家に向かった。

 ウインクル家でマリエットの居場所を問うと庭先にいると聞き、それだけでコンラッドの中で怒りが沸々と湧き出す。
 幼馴染が血を吐いたというのに庭先に出て何をしているんだと想像せずわかる事をまだ確定はせず自分の中で疑問を持ったまま庭へと向かえば、あっさり疑問は解決する。

「マリエットッ!」

 辺りに響き渡るほどの怒鳴り声に驚いて振り向いたマリエットは立ち上がってコンラッドに駆け寄る。

「ティファニーの容態はいかがです?」

 心配の表情を浮かべるマリエットにコンラッドの怒りは大きくなる。
 本当に心配しているのなら一日中付きっきりになってもおかしくはないのに、マリエットは今、クラリッサと二人で優雅にティータイムを楽しんでいた。
 ティファニーは目を開ける事さえしないのに、昨日の今日で笑顔でお茶会を開くマリエットが理解出来なかった。

「キャアッ!」

 パンッと乾いた音と共にマリエットが悲鳴を上げるとクラリッサが立ち上がった。

「何をなさるのですか!」

 何が起こったのかわからず頬を押さえながら見開いた目で地面を見つめるマリエットを抱きしめるクラリッサの頬も同じように叩いた。軽くではなく、渾身の力で。

「お前達は親に何を習ったんだ? 欲しい物があれば人を殺してでも勝ち取れと言われて育ったか?」

 コンラッドの声が怒りに震え、目には完全なる怒りが宿り、握られた拳は今にも動きだしそうで二人は怯えていた。
 公爵令嬢である事が誇りだった二人にとって王族を怒らせることはあってはならない事。それなのに目の前のコンラッドは見た事がないほどの怒りを抱えて睨み付けている。

「私達が何をしたとおっしゃるのですか!」
「わざわざ言われないとわからないのか? お前達が望むのなら広場に全国民を集めて証拠を叩きつけ、お前達がしたこと全てを明らかにしてもいいんだぞ」

 二人の表情が一気に曇る。

「お前のような恐ろしい女が妻になりたがっていたとはな。吐き気がする」
「誤解ですコンラッド様!」
「触るな!」

 縋りつこうとするマリエットの手を思いきり振り払うとクラリッサを睨み付けた。ビクッと大袈裟なまでに身体を跳ねさせるクラリッサは今にも心臓が口から飛び出してしまいそうなほど激しく脈打っている。

「ティファニーは先程クリストファー王子がマレニス国に連れて行った」
「え……」
「一人の女のために一国の王子が動くとはな。彼はお前達が犯人だとわかってたようだぞ」
「そんな……」

 見舞いに来たのではなく、国に連れて行ったのはきっとクリストファーの独断だろう。これからティファニーはコンラッドのように回復を待つだけではなく最善を尽くし、回復させるのだと絶望に顔を青くするクラリッサ。

「お前達の処遇は追って下す。楽しみにしていろ」

 背を向けて歩き出すコンラッドに「お待ちください!」と叫び声にも似た声でマリエットが引き止める。

「彼女が……彼女がいけないんです。あなたと仲良くなるから……」
「俺が誰と仲良くしようとお前には関係のない事だ」
「私はあなたの婚約者です!」
「候補だろう」
「それでも候補は私だけです!」

 ハッキリ言われた〝候補〟という言葉はマリエットの胸に深く突き刺さるが、それぐらいで引きはしない。

「俺が公爵令嬢如きと結婚すると本気で思ってたのか?」
「……どういう意味ですか……」
「わからないか? 王子である俺がお前のような公爵令嬢ごときを妻に選ぶわけがないと言っているんだ」
「そんな……」
「親同士が親しいから俺は義理でお前と話していただけでお前を妻にすると言った事は一度もない。それをお前が妻の座を手に入れるために吹聴して回って出来上がったデマだ。お前のように自分が輝くために人の人生を狂わせるような恐ろしい女を誰が欲しがるものか」

 どこまで知っているのかと顔面蒼白になったマリエットは途端に呼吸が崩れ始めた。過呼吸のように息が出来なくなり、地面に座り込み、手をつくもすぐに倒れた。

「マリエット! マリエットしっかりして! 誰か来て! 早く! マリエットが死んじゃう!」

 コンラッドはティファニーの時のようにマリエットを抱え上げて駆けだす事はなかった。
 あれぐらいで死にはしない。ここはウインクル家の敷地だ。バタバタと慌ただしい足音が聞こえ、マリエットを心配する声が響き渡る。
 これからクラリッサはコンラッドのせいだと説明するのだろうが、そんな説明をしたところで誰も文句は言えない。それこそマリエットの父親であるバージルでさえコンラッドに物申す事は出来ないだろう。それどころか自分が十年前にアルバート・ヘザリントンに命じた事がバレた事に怯えるはず。そして、娘がしでかした事をこれから死刑を待つような気持ちでいる事になるのだろう。

「アーロン!」
「ああ、コンラッド! 僕急いでるんだ!」
「お前が行ってどうする」
「でもティファニーが心配なんだ! 行かなきゃきっと後悔する! ティファニーの傍にいたいんだ!」

 大荷物を馬車に乗せるアーロンを見たコンラッドが腕を掴んで引き止める。
 大男が人前であろうと涙を隠さず流しながら訴える姿は見ていて胸が痛いが、このまま行かせるわけにはいかなかった。

「お前が行ったところで邪魔になるだけだ。これからティファニーはマレニスで最高の治療を受ける。二十四時間医者がついて治療にあたる。傍に居られるのはクリストファーだけだ。お前は部屋に入る事も出来ないだろう」
「でもっ、でも僕にも何かできることがあるかもしれない! 声をかけるとか……名前を呼ぶとか……」

 そんな事に意味がない事はアーロンが一番よくわかっているのだろう。段々声が小さくなり、震える歯がガチガチと音を鳴らし、喉奥から漏れる小さな唸り声が悲壮感を醸し出している。
 自分の弟より泣き虫な男をいつもなら笑うが、コンラッドは今、それを笑う気にはなれなかった。こうして恥もなく泣けることが羨ましいとさえ思っていた。

「お前のすべき事は今ティファニーの傍にいる事じゃない。ティファニーが帰ってきた時に笑顔で受け入れる事だ。ティファニーの好物はお前が一番よく知ってるだろ?」
「でも今行かなきゃ後悔するかもしれない……」
「ティファニーが死ぬと?」
「死なないよ! 死なない! ティファニーは死なない! 死んじゃいけないんだ。あの子は幸せにならなきゃいけないんだ……」

 ティファニー・ヘザリントンという女がどういう人生を送ってきたのかを一番間近で見てきたアーロンの言葉にコンラッドはゆっくり息を吐き出す。
 人生を狂わせたのはマリエットではなく自分かもしれないと思っていた。自分が関わらなければティファニーは今も当たり前の顔で悪役令嬢を続けていたかもしれない。だが、誰にも先は読めない。マリエットとクラリッサが共謀して紅茶に毒を盛る事など誰が予測だろうか。
 コンラッドは自分を責める言葉と擁護を交互に繰り返しながら首を振ってアーロンを抱きしめた。

「ティファニーは元気になって帰ってくるよね? 大丈夫だよね?」
「当たり前だ」

 しがみついて泣くアーロンの背中を撫でながら祈るように答えた。


 ティファニーが目を覚ましたと聞いたのはそれから10日が経った頃だった。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

処理中です...