静かで穏やかな生活を望む死神と呼ばれた皇子と結婚した王女の人生

永江寧々

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懐中時計2

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「やっぱりな」
「え、これ、なんで……」

 それにはさすがのアーデルも反応する。他の懐中時計は全て銀色の蓋だが、ラビが手にした懐中時計は半分が金色になっている。それだけなら驚きはしないが、驚いたのはその金色の部分が模様になっていたこと。しかもその模様はラビがつけている仮面の装飾によく似ていた。

「お前さんの仮面があまりにもかっこよかったから真似ちまった」
「で、でも並んでなかった……」
「また会えたら買わせようと思って取っといたんだ」

 ニカッと歯を見せて笑う店主の笑顔はどこか子供の悪戯めいたものに似ていた。買わせようなんて言葉とは結びつかない人の良さそうな笑み。渋々どころか買わせてくれと頼みたくなるものだった。

「買わせてください」
「アーデル?」
「言うと思った。待ってろ。包んでやる」
「いえ、このままで大丈夫です」

 ラビではなくアーデルが言うと思っていた店主が箱を包もうと包装紙を探しにもう一度奥へ下がろうとしたのを止めて、懐中時計を手に取った。それをラビの手を取って上に乗せる。それがどういう意味なのかわかっていないラビだけが困惑の表情を浮かべる。

「おいくらでしょうか?」
「500でいい」
「え?」

 流石に子供のお小遣いレベルの金額で懐中時計が売っていないことぐらいアーデルも知っている。ましてやこれには金が使われている。二桁間違えているのではないかと今日のために用意した財布型ポシェットから金を取り出そうとしたアーデルの手が止まる。 

「これは俺が趣味で作ったもんだ。しかも人の持ち物の柄をそのまま使用した著作権侵害レベルのな。売れる人間はただ一人。こっちが勝手に作った他人に売れねぇようなもんを一端の金もらって売るわけにいかんだろ」
「で、でも500はちょっと……」
「500以外で売るつもりはねぇよ。それ以下でもそれ以上でもな。500だったら売ってやる」

 頑固者。店の外から店主に持った印象は間違っていなかった。仁王立ちをし、どうする?と目で問いかけてくる挑発的な表情にアーデルは500と書かれた硬貨を取り出してショーケースの上に置いた。

「まいどあり」

 どうしても滲んでしまう苦笑を隠しきれないままラビを見ると同じような表情で立っていた。

「ど、どうしてこんな物を……?」

 問いかけるラビに店主が言う。

「懐中時計出しな」

 ポケットから出した懐中時計を店主に渡すとそれを耳に当てて音を聞く。そのまま嘲笑するように鼻を鳴らした店主がそのまま自分のポケットにしまった。

「え!? あ、あの……そ、それ、僕のなんですが……」
「これは捨てろ。こんな雑に作られた時計を持つ男が隣を歩けば女が恥をかく」
「どういう意味ですか?」
「時計が刻むのは過ぎゆくだけの時間じゃねぇ。人生の時間をも刻んでんだ。今は何時だ。あれは何時間前だったか。これは何時間後か。自分の人生に発生するイベントの時間を確認するのに使う物だ。良い物を使え」
「で、でも、勝手に変えると……」

 怒られる。そう言いたいのだろうことはアーデルにも店主にもわかった。だが、店主も引かない。どこか少し怒っているようにさえ見える表情に変わった店主が戸惑いを見せるラビに言った。

「偽物を使うな」

 その言葉に目を見開くラビはどこかショックを受けたように唇を震わせる。

「偽物……? こ、これは父から譲り受けた物で、父は祖父から譲り受けたと……」
「これは十五年前に発売された物だ。祖父は飽き性か?」
「十五年前に……?」

 呆然とするラビは懐中時計を譲り受けた日の事を思い出していた。当時、ヒュドールで剣の大会が開催され、それで優勝したラビが父親から『お前に譲ろう』と言って貰ったもの。父親から譲り受けた大事な物だから大事にしろと言われ、今日まで大切に何度も修理に出しながら使っていた物。祖父はラビが生まれる前に亡くなっており、十五年前に発売した物を買えるはずがない。

「で、でも年季が……」
「これは煙草の水溶液を塗って古く見えるようにしてるだけだ。アンティークに見せるための手の込んだやり方なんだよ」

 ショックを受けるラビがそれを信じないと言わんばかりに小刻みに首を振る。嘘だと小声で繰り返す様子に溜息を吐いた店主が奥からまた箱を持って戻ってきた。目の前で開けられた箱の中に入っていたのはラビの懐中時計と同じ物。挟まれている紙に書かれていたのは製造年月日。確かに十五年前になっている。

「そんな……どうして……」

 誇りだった。あんな父親でも自分を認めてくれたと思った瞬間だった。だから大切に使い、毎日肌身離さずつけていたのに全部嘘だった。祖父から譲り受けたというのも、大事に使っていたというのも。思えば、父親が懐中時計を使っている姿は一度も見たことがなかった。肌身離さず持っているのも見たことがない。
 まだ十歳だった当時はそんな事を疑問にも思わず、父親から貰った初めてのプレゼントにはしゃいでいた。

「父親が騙されたのか、それとも……」

 続けようとして開けた口を閉じた。この先を言うのはあまりにも酷で、他人である自分が言うべきではないからと。アーデルも同じだった。何も言えない。だが、それは同情ではなく怒りのせい。どこまで彼を侮辱するのか。どこまで彼を傷つけるのか。今すぐヒュドールに帰ってルーカスを怒鳴りつけてやりたい気持ちまであった。だが彼はきっとラビがこの事実に気付いた事を言っても大笑いするだけなのだろう。ようやく気付いたか、と言って。
 青ざめて小刻みに震えるラビを見て唇を噛み締めた後、ゆっくり息を吐き出して向かい合った。

「今日からこれを使っていただけませんか?」
「え……」
「これをあなたに贈ります」
「そ、そんな……いただけません……」

 弱々しい反応を見せるラビの手を懐中時計ごと両手で握って目を見る。俯くせいで目が合わないものの、それでも彼から目を逸らしはしない。

「懐中時計が見たいと言ったのはあなたに贈るためだったんです」
「……どうして……」
「夫婦になって初めて贈る物は特別な物が良いと思っていたんです。あなたが懐中時計を持っているのは知っていたけれど、私が贈った物であなたが時間を確認して、私にそれを教えてくれる。十年後も二十年後もあなたと時を刻んでいきたいから、あなたに懐中時計を贈りたかったんです」
「アーデル……」

 女性は懐中時計を持たない。持つ女性もいるが、一人旅をする女性ぐらい極めて稀だ。それでもラビは興味を持ったから欲しがっていると思っていた。初めからプレゼントするつもりで思ってくれていたアーデルに頭を下げた。

「どんな経緯があろうと、偽られた物を大事にするな。正当な理由があるならいいが、その様子を見るからに貧乏だからというわけでもないんだろ?」
「はい……」
「ならこれは俺が分解して金にするから、今日からそれを使え」

 聞き流せない言葉が聞こえたが、店主の笑顔に二人は何も言わずに笑顔を返した。ラビの笑顔はまだ弱々しくはあるが、それでも時計を返してほしいとは言わなかった。
 特別な懐中時計をポケットに入れて店を出る。

「ラビ皇子、今は何時ですか?」
「え? あ、えっと……」

 時計屋で時計を見たばかりなのにと思いながらも懐中時計を出すとラビの動きが止まる。蓋に施された金色の細工。自分の仮面に施された物だ。唯一無二の懐中時計。あの時計を十五年も大事にしていた悲しみよりもアーデルが気持ちを込めて贈ってくれた、かっこいいと思って作ってくれた店主の気持ちがそれを上回る喜びを与えてくれる。
 蓋を開ける際の小気味良い音。中央部分は透明になっており複雑な構造が動くのを見られるようになっている。その上を秒針が滑らかに動き、円の外側に掘られている数字にかかる時針が時間を示している。

「あと一分で四時です」
「じゃあここで一分待ちます」

 どうしてと問いかける必要はない。彼女が与えてくれた時計で初めて時間を感じる。この一分に価値があるのだ。

「四時です」
「はい。じゃあ、これからどうしましょうか?」
「夕飯にはまだ少し早いですし、かといって遠くまで歩くと暗くなりますし……」
「ご飯屋さんを探して歩くっていうのはどうですか?」
「足は大丈夫ですか? 今日はたくさん歩いてますし、あまり無理はしないほうが……」
「こう見えて結構頑丈なんですよ。最近の運動不足解消に付き合ってくれませんか?」

 トンッと自分の胸を叩いた後に差し出す手をラビがそっと握る。時計塔の前で感じたような照れはない。この手は自分にとって大事な手だ。自分を励ましてくれる、勇気を与えてくれる大切な手。その手をしっかりと握ってレストラン街に向かって歩きだす。

「リクエストありますか?」
「パスタが食べたいです。魚介のパスタ」
「ミートボールがたくさん入ったパスタもオススメですよ」
「私が魚介で、ラビ皇子がミートボール。それを半分こするのはどうです?」
「ぼ、僕と半分こ、ですか!?」
「そうです。贅沢だと思いませんか?」
「そ、それはそうですけど……」
「決まり。想像するとお腹空いてきました」
「ぼ、僕もです! 魚介のパスタは──……」
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