鑑賞用王女は森の中で黒い獣に出会い、愛を紡ぐ

永江寧々

文字の大きさ
58 / 71

思いどおりにいかないこと

しおりを挟む
 国王の怒りは頂点に達していた。腑が煮え繰り返るほどの怒りを抱える父親が余計なことをしでかさないために必死に宥めても怒りは収まらず、自らの足で騎士団を訪ねていた。

「なぜ国王である私がわざわざ足を運んできたかわかるか!?」
「依頼人の方には足を運んでいただくことになっていますので」

 国王直属の騎士団ではなく、自立した騎士団は王族のためだけに仕事をするのではなく市民たちのためにも仕事をする。国王に媚びて手を擦り合わせるような真似はしないと決めているため、国王が足を運んできたところで仰々しい挨拶はしない。
 優男に見える整った顔立ちの男がこの団をまとめる長であり、世界にも名を轟かせている有名な騎士。そんな男がこの国にいることは他国に国王にとって自慢できる一つではあったが、今はその悠々たる態度が気に入らなかった。

「私の娘を護衛している騎士のことで来た!」
「アーテルとニヴェウスですね」
「二人をクビにしろ!」

 二人から現状について報告を受けているため、そう命じてくるのも遠くはない話だと思っていただけに驚きはなかった。

「解雇の理由をお聞かせ願います」
「あの二人はうちの娘を誑かした悪魔だ! リズはな、上二人の姉と違って親に反抗するような娘じゃなかったんだ! それが急に反抗するようになった。あの二人に誑かされたとしか思えん!」
「彼らはリズ王女の護衛に就いてもう十四年になります。今更誑かす理由などないと思いますが」

 アーテルとニヴェウスから話は聞いているが、団長はあえてその話はしなかった。それは国王が言う誑かすには入っておらず、個人問題であり二十歳を超えた娘の感情を揺さぶるものではなかったから。
 知らない人間だけが哀れに見える。それは間違いない。

「とにかくクビにしろ! 別の奴を寄越せ!」
「別の騎士、ですか」
「女だ、女がいい。女騎士はいないのか?」
「もちろん在団しております」
「そいつを寄越せ。あの二人と交代だ」

 もうリズしか残されていない状況でこれ以上の男関係は無用だと女騎士に変える要望を出した。女騎士なら誑かさることもなく安心だと。

「我が騎士団で最も優秀な二人を言いがかりによる一方的な解雇は遺憾ですが、まあ、国王様のご要望ですので受け入れましょう」

 問題なく了承されたことに安堵した国王の顔に安堵の笑みが浮かぶが

「今日中だぞ。今日中に交代を──」

 国王が話している最中に人差し指を立てて言葉を遮る無礼を団長が見せる笑顔にどこか迫力を感じ、無礼だぞと怒りはせず、思わず口を閉じた。

「ただし……」

 次ぐ言葉があることに嫌な予感がする。

「アーテルとニヴェウスを解雇されるとおっしゃる場合、交代ではなく、派遣している騎士全員を撤収させていただきます」
「なんだと!? どういうつもりだ!」

 目を見開いて驚く国王が団長のテーブルを両手で叩くも開いている報告書が破られないように叩く前に引き、国王の手が離れてからトントンと書類を机の上で叩いて整える。

「どういうつもりも。先ほども言いましたが、彼らは我が団で最も優秀な騎士。それを難癖つけて解雇するような不義理な場所で大事な騎士たちを働かせておきたくはないのです」
「なんッ……!」
「彼らは至極真面目に己の使命を果たして働いています。こちらに確かな問題があったのであれば甘んじて受け入れ謝罪もし、彼らを即刻処分致しますが、そちらの言いがかりでの解雇は容認できません」
「さっき受け入れると言ったではないか!!」

 話が違うと怒鳴ろうと団長の笑みは変わらない。

「ええ、ですから受け入れましょう。ただし、こちらからも条件があると申し上げているだけです」
「卑怯だぞ!! 我が城にいる騎士は全員ここから雇っているんだぞ!」
「ええ、ですから彼らを解雇とするなら新しく雇っていただくこととなります。警備兵を募集されてはいかがでしょう? 大勢の応募があると思いますよ」
「ふ、ふざけるな! 高い金を払って雇っているんだぞ! 雇い主の命令が聞けないのか! 私は国王だぞ!! 私がその気になればこんな騎士団、あっという間に潰せ──ッ!」

 団長が向ける眼光の鋭さに国王は首に冷たいナイフを当てられている感覚に陥った。汗が伝う首を触ってもナイフはない。それなのに吹き出す汗が止まらない。

「なぜ命令を聞かないんだ! 私の命令は絶対だ!」
「それが国のためになるのであれば我ら騎士団一同、喜んで手を貸しましょう」
「王女の未来がかかっているんだ! これは国の一大事だろう!」
「騎士団は親子喧嘩には入りません」
「ッ!!」

 はっきり告げられた親子喧嘩という言葉に国王が悔しげに歯を食いしばる。なぜ国王である自分にここまで強気な態度でいられるのかがわからないと睨みつけるが、団長の笑みは対面したときから変わらない。

「妻子がいない私に口出しできることではありませんが、リズ王女の心の声に耳を傾けられてはいかがでしょう?」
「貴様のアドバイスなど聞かん! 私は国王だぞ!」
「それはそれは失礼しました」

 国王の権力があれば騎士団を国から追い出すことはできるが、追い出して他の国にやるのはあまりにも愚行。手放したくなければ折れるしかないことに拳を握りしめながら出口へと向かう。

「護衛は続行ということでよろしいでしょうか?」

 丸い背中に問いかけるも国王は返事もせずに帰っていった。
 この世で生き残れるのは賢者だけ。知恵があれば王をも喰い殺せることを団長は知っている。だからどこにも属さず、パン屋や服屋と同じように企業として騎士団を経営している。国やり方には従うが、媚びへつらうことはしない。それこそ強き者が世のために生きられるやり方だと信じている。

「リズ王女も二十一歳か……早いな」

 王女の護衛を派遣するにあたって最も優秀な騎士をと要望があり、まずアーテルを派遣した。だがすぐにアーテルから連絡があり『ニヴェウスを派遣してほしい』と要望があった。リズのお転婆さに一人では対応しきれないと判断してのことと書いてあり、一人ではムリだと言うのは騎士としてのプライドもあっただろうが、そこを曲げて要望してきたことで団長は詳しい話は聞かずにニヴェウスを派遣する旨を国王に話した。リズに目をかけていた国王はそれを拒むことなく受け入れ、今に至るわけだが、十四年という年月は嘘でも短いとは言えない。彼らは立派にやってきたと太鼓判を押しているからこそ国王の命に従うつもりはなかった。

「命令に背いて良かったのですか?」

 団長補佐の言葉に団長が小さな笑みを浮かべる。

「良いか悪いかで言えば悪いのだろうが、我らは国王のわがままに従うためにいるわけじゃない。娘が言うことを聞かないのは護衛騎士のせいだ、などと愚言を発する男に下げる頭は持っていないのだよ、私は」
「アーテルとニヴェウスが誑かすなんてとんでもない話ですよ」
「デイジー王女の問題よりも重大な問題となったクラリッサ王女を修正するのは絶望的と判断した結果、リズ王女に期待の全てを押し付けるつもりだろうが、アーテルでさえ手を焼く娘が今更親の言うとおりに生きるはずがない。育て方を間違えたと反省すべきところを他者のせいしている時点でこの国の終わりはもう見えているんだ」
「エヴァン王子が王になれば変わるでしょうか?」
「ムリだろうな。蛙の子は蛙でしかない」

 エヴァン王子の評判は有能と無能と判断している者が二分しており、国民の期待度はそれほど高くはない。次男のウォレン王子に関しては判断材料すらない。誰も期待はしていない。
 
「でも騎士の称号が剥奪されなくてよかったですね」
「だからこの国を選んだんだ」
「どういうことですか?」

 疑問符を頭上に浮かべる補佐に笑顔を向けるだけで答えはしなかった。
 娘がいくら美しいからといえど“鑑賞用”などと不名誉な称号を父親が受け入れることは異常としか言いようがない。娘を商品として扱い、自分の努力ではないことで鼻を空まで届きそうなほど高く伸ばす人間は何一つ誇るものがない自分を偽り、虚栄心を満たすために行動することに命をかける。そんな王だから自分たち騎士が商品として雑に扱われない国で騎士団を運営することにした。自分の価値をわかっているからこそ上手く利用し、自分を慕ってくれる彼らの価値を無碍にしない方法を取る。クラリッサがやるべきだったことだ。

「でも、デイジー王女が一般市民になって、クラリッサ王女がダークエルフと繋がってた問題が浮上して、リズ王女まで問題起こしたってなったらどうするんでしょう?」
「怒り狂って廃人になるんじゃないか?」
「国王が変わっても雇ってもらえますかね?」

 支払いに問題はない。滞ったことは一度もない。だが、次の世代もそうだとは限らない。息子は現国王より賢く見えてそうじゃないことは世界中で語られる話。エヴァンもまだ判断はできない。
 だが、団長は一つだけ確信があった。

「騎士の時代も長くは続かんさ」

 何事にも全て終わりはやってくる。それは騎士の時代も例外ではない。だから自分たちは必要とされている間は必死に生きなければならないのだと。

「アーテルたちに何もないといいですけどね」
「彼らは愚者ではない。常に最善の策を瞬時に判断できる能力がある。いつだってな」

 細かな報告は受けてはいないが、報告書から何をしようとしているのかは伝わってきたため何が起きるか楽しみにしている団長は報告書の隅に“可”と書いて丸をつけた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。

鷹凪きら
恋愛
「力を失いかけた聖女を、いつまでも生かしておくと思ったか?」 聖女の力を使い果たしたヴェータ国の王女シェラは、王となった兄から廃棄宣告を受ける。 死を覚悟したが、一人の男によって強引に連れ去られたことにより、命を繋ぎとめた。 シェラをさらったのは、敵国であるアレストリアの王太子ルディオ。 「君が生きたいと願うなら、ひとつだけ方法がある」 それは彼と結婚し、敵国アレストリアの王太子妃となること。 生き延びるために、シェラは提案を受け入れる。 これは互いの利益のための契約結婚。 初めから分かっていたはずなのに、彼の優しさに惹かれていってしまう。 しかしある事件をきっかけに、ルディオはシェラと距離をとり始めて……? ……分かりました。 この際ですから、いっそあたって砕けてみましょう。 夫を好きになったっていいですよね? シェラはひっそりと決意を固める。 彼が恐ろしい呪いを抱えているとも知らずに…… ※『ネコ科王子の手なずけ方』シリーズの三作目、王太子編となります。 主人公が変わっているので、単体で読めます。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

女嫌いな騎士が一目惚れしたのは、給金を貰いすぎだと値下げ交渉に全力な訳ありな使用人のようです

珠宮さくら
恋愛
家族に虐げられ結婚式直前に婚約者を妹に奪われて勘当までされ、目障りだから国からも出て行くように言われたマリーヌ。 その通りにしただけにすぎなかったが、虐げられながらも逞しく生きてきたことが随所に見え隠れしながら、給金をやたらと値下げしようと交渉する謎の頑張りと常識があるようでないズレっぷりを披露しつつ、初対面から気が合う男性の女嫌いなイケメン騎士と婚約して、自分を見つめ直して幸せになっていく。

目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした

エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ 女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。 過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。 公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。 けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。 これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。 イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん) ※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。 ※他サイトにも投稿しています。

処理中です...