ポンコツ天使が王女の代わりに結婚したら溺愛されてしまいました

永江寧々

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愛に触れた瞬間

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「やっぱり天使だと思わないか?」

「そうですね」

「ああ、神に感謝しなければ」

「そうですね」

「なんと慈悲深い神だろう。僕の願いを聞き入れてくださったか、それとも僕を哀れみ叶えてくださったか」

「後者でしょうね」



 両手を組みながら祈りを捧げるフローリアを恍惚とした表情で見つめるヴィンセントの耳打ちに相槌だけを返す従者の冷たさも今は気にならないほど浮かれている。



「彼女の周りにだけ光の粒子が集まっているのが見える」

「太陽が反射しているんでしょうね」

「天使は神の力に守られ光の粒子を纏うという」

「そうですか。じゃあ天使ですね」

「間違いない!」



 相手が王子だから返事をしているのであってこれが王子でなければ返事もしたくないほどのくだらない思い込みにそこまで浮かれられる事が信じられなかった。だが、それを注意しないのはこれほど表情豊かな王子を見るのは久しぶりだからで、もしこの出会いが王子が浮かれるように運命なのだとしたら良い事だとさえ思っていた。



「神と何を話されたのですか?」

「え?」

「あ、いえ、すみません。間違えました。何を祈られたのですか?」



 あくまでも天使である事を前提に話をしようとするためいつも言葉を間違う王子は何度も咳払いをする。



「戦争が終わり、人々が悲しみや苦しみに涙することなく幸せに笑顔溢れる平和で穏やかな日々が訪れますようにと」

「天使だ(素晴らしい祈りです)」



 もう従者は指摘するのをやめた。フローリアに会ってからまだ一時間も経っていないのに何度聞いたかわからない〝天使〟という単語。

 頭の中は理想の相手でいっぱいになって正常に脳が機能していないのだから指摘するだけ無駄だと諦めた。



「お待たせしてしまい申し訳ございません」

「いいんだよ。祈りを捧げることは大切だ。僕達は神への信仰なくして生きてはいけないのだから」

「ありがとうございます」



 王子が来ているからといって祈りの時間を短くするという考えがないフローリアを急かしたかったが、ここは教会。神より優先すべき相手は存在しないためヴィンセントには申し訳なく重いながらも急かすことは出来なかった。

 信仰心が人一倍強いヴィンセントには理解出来ることで、だからこそ余計に長い祈りを捧げるフローリアに好感を抱いてた。



「ウィル、顔合わせっていつまでするの?」

「こ、こら! あ、すみません! フローリア様、顔合わせは夕方まであると言ったのをもうお忘れですか?」



 まるで飽きたとでも言うような言い方に慌てて子供を叱るような口調が出てしまった事に謝っては耳打ちするもフローリアはハッとさえしない。



「言った?」

「七回ほど質問を受け七回ほどお伝えしました」



 七回という結構な数を忘れてしまっているフローリアの脳はどうなっているのかと溜息をつけばヴィンセント達に深く頭を下げた。



「ご無礼をお許しください」

「気にしてないよ。僕は永遠の時間の中でこの瞬間を過ごしていたいけど、フローリア王女は疲れてしまうからね」



 独特な言い回しをするヴィンセントにウィルは今までヴィンセントから受けていた印象とは全く別の印象を受けている事に驚いているが、フローリアに向けられる明らかなる好意に愛が人を変えるんだなと微笑ましさを感じていた。



「いえ、どうぞお気遣いなく。とても元気ですので」

「どうしてウィルが答えるの?」

「元気ですか?」

「ええ元気よ?」

「じゃあ私が答えても問題ありませんでした」



 服を引っ張ってムスッとした顔を見せるフローリアに一応の体調を問いかけるウィルはこの家の誰よりもフローリアの扱いに長けていた。

 遠回しに伝えてもわからない事。ハッキリ言わなければわからない事。理解したフリをする事。

 フローリアには難点が山ほどあるが、それでも三歳の時に眠りについた事を考えれば仕方ない事だとウィルは納得出来た。



「仲がいいんですね」

「手を焼いています」

「手を焼いたの⁉ どうしてそんな事したの! お医者様に診せないと!」



 仲がいいという風に見られているのは意外だが、嬉しいものだった。否定はせず頷きながらもこれから旦那となる相手に今のままでは大変である事を伝えるも意味がわからないフローリアは真に受けてウィルの手を引っ張った。



「いえ、そうではなくお嬢様。手を焼いたというのはお嬢様の扱いに困っているということです」

「え? もうっ、心配したじゃない! 手を焼いたなんて言うから……何か罰を受けたのかと思った……」



 罰として物理的に手を焼かれるのはもはや拷問の域だが、残酷冷酷と言われる兄オーランドの存在を考えればそれもおかしな思い込みではなかった。



「さすがにオーランド様でもそこまでされませんよ」



 膝をついて手を握れば不安げながらも笑顔を見せるフローリアに笑顔を返した。



「ここからは二人で話す時間を取られてはいかがでしょう?」

「ではテラスの方へお茶をお持ちしますのでそちらへどうぞ」



 ヴィンセントの従者の提案にウィルも名案だと乗っかった。

 自分がいるとヴィンセントとの会話が減ってしまうと気になっていたため自然な助け船に安堵した。



「シフォンケーキ?」

「ええ」

「クリームたっぷり?」

「ええ」

「蜂蜜はある?」

「ええ」

「チョコレートソースは———」

「ダメです」



 目を輝かせながら自分のお気に入りの食べ方をさせてもらえるか問いかけるも最後のチョコだけアウトとなり、予想通りの回答にフローリアはあからさまに肩を落とした。



「ははっ」

「て、テラスはこちらですっ」



 リズムの良いやり取りに笑うヴィンセントに慌てて頭を下げるウィルは恥ずかしい所を見せてしまったとテラスへ案内しする足が速くなった。



「ウィル、ちょっと速い———キャアッ!」

「危ない!」



 自分がいるとフローリアはいつも通りとなり子供っぽくなってしまうと焦りを感じ、いつもならゆっくりと押す場所も少しスピードが出た状態で通ったため車輪が段差に引っ掛かりフローリアの身体が前へと投げ出された。

 やってしまったとウィルが手を伸ばすより先にヴィンセントが腕を伸ばし後ろからフローリアを抱きとめた。



「ビックリした……」



 投げ出された事などなかったため驚きに目を瞬かせるフローリアは初めて感じる激しい鼓動に大きく息を吐き出した。



「も、申し訳ございません! 大変失礼いたしました! お怪我はありませんか⁉」

「大丈夫よウィル。お顔が真っ青だわ。私なら大丈夫だから気にしないで。ヴィンセント様がこうして助けてくださったの」



 前に回り込んで両膝をついたウィルが顔を青ざめさせながら初めて見る表情で何度も繰り返し謝罪する姿にフローリアは首を振る。擦り傷一つ出来ていないのだからと両手で頬に触れるとウィルは小さく震えていた。



「何とお詫び申し上げていいか……」

「ウィル、立ちなさい。彼女は無事だし、君がこの場を考えて行動してくれたことはわかっているから気にしなくていいよ」

「ヴィンセント王子……」



 ヴィンセントの言葉に立ち上がると深く頭を下げた。



「ここは車椅子で通るには危ないな。僕が抱えていこう」

「あ、王子がそのような事をなさらずとも!」

「王子がしたいだけなので、もし王女様が嫌悪感を抱かなければさせてあげてください」

「は、はい。では……」



 腹部に回していた腕を解かずにそのまま軽々と抱き上げればヴィンセントは間近にあるフローリアの顔を直視する。ずっと近くなった顔にフローリアもヴィンセントを見つめて二人の視線が絡み合う。



「キレイだ……」



 どちらかが少し顔を前にやるだけで唇が触れてしまいそうな距離で見つめ合っている事にウィルはどうしていいかわからず従者を見ると従者は遠慮なく背中を押した。



「結婚の前にキスするつもりですか?」

「まさかそんな。許されない」

「フローリア王女がねだっても?」

「それは神のご意志に従ってする」

「何言ってんですか。王女様が疲れますから早く行ってください」



 ここまで見事な下心を見せるヴィンセントを見るのは初めてで従者は呆れきっていた。どんなキレイな顔をした熱心な信徒であろうと所詮は男なのだと実感する。



「羽根のように軽い。やっぱり天使だ」

「早く行ってください」



 従者に耳打ちするヴィンセントの言葉を無視して向こうに見えるテラスに進むよう催促する従者。



「まだお食事が上手く出来ませんので。食べなければ筋肉も出来ないと言っているのですがこればかりはなかなか難しくて」

「僕が抱えますから無理しなくていいですよ」

「いいえ。歩けるようになっていただかなくては困ります。歩ける足なのですからいつまでも車椅子では国民が不安になってしまいます。ちゃんとご自分の足で立って王子の横を歩く。それが今の目標なのですから」



 寝たきりだったから動かないだけで事故や病気で動かなくなったわけでない足は頑張れば動くようになるのにフローリアは真面目に取り組まないことをウィルはいつも問題視する。

 その話になるとフローリアはいつも頬を膨らませてそっぽ向く。それでもウィルは拗ねさせてしまったと焦ることはなくむしろ余計に小言が多くなる。



「厳しいね」

「そうなんです。こうなると一時間ぐらいずっとお小言が始まるんですよ」

「僕は気にしませんからね。歩けなくても僕が抱えていきますから。車椅子へもベッドへも」



 歩き始めても後ろから小言が聞こえる事に笑いながら小声で甘やかす発言をするとフローリアは嬉しいと笑う。それだけでヴィンセントの心には『結婚したい』という想いが溢れて止まらなかった。いま口を開けば確実に三度目の『結婚してください』が出るのは間違いなく、三度目はしつこいと幻滅されるかもしれないという危機感から必死に口を閉じていた。



「いつも座られる場所はどちらですか?」

「あそこの———」

「僕の膝の上でもかまいませんが———いっ⁉」



 少し大きめの椅子を指差すフローリアに自分の膝の上を提案しようとしたヴィンセントの腰を中指だけ軽く突き出させた拳で強めに突く従者からの『いい加減にしろ』という注意に渋々ながらフローリア専用の椅子に下ろした。



「フローリア様、くれぐれも失礼のないようにお願いします」

「チョコレートソースくれる?」

「ダメです」

「じゃあパパとママに転びそうになったこと言う」

「……少しだけですからね」



 脅す事を覚えたフローリアもウィルの扱いには長けていた。普段は絶対に失敗をしない、執事として完璧なウィルも今日は失敗した。自分だけの失敗であればいいが、ヴィンセントがいなければ間違いなくフローリアは地面に倒れて顔や手に擦り傷を作っていただろう。そうなれば確実に両親は激怒しウィルに罰を与えた後、解雇する。

 いつも『言いつける』と脅すウィルに今度はフローリアが『言いつける』と脅した。



「ウィルはよく働く子ですね」

「とっても。私は右も左もわからない娘です。そんな私に根気強く教えてくれるのはウィルだけなんです」

「彼は素晴らしい人間だ」

「私もそう思います」



 自分が一番信頼している人間を褒められるのは嬉しいと頷くフローリアの顔からヴィンセントは一度も視線を外さない。



「結婚し……」

「ハーブティーはお好きですか?」

「え? あ、はい」

「あ、ごめんなさい! お先にどうぞ」

「いえ、ハーブティーは大好きです。あとチョコレートソースも」



 話題の一つとして結婚したくない理由を問いかけようとしたヴィンセントとフローリアの問いかけがかぶり、フローリアが先を促すもヴィンセントはフローリアの話題に答えるだけにした。少し離れた場所にいる従者に聞こえていなかったとしてもそのまま続ければ今度は腹を突かれるかもしれないと危惧していたからだ。



「私も大好きなんです! シフォンケーキとチョコレートは食べられるのでいっぱい食べたいんですけどウィルがダメだと言うので一日一個しか食べられなくて残念です」

「では今度我が国でたくさんお出ししますから一緒に食べましょう。フロース王国には美味しいチョコがたくさんありますから」



 食事ではなくおやつに分類される物〝は〟食べられるという難題を抱えている事態に気付くもまだ自分が介入できる問題ではないため踏み込まずチョコレートの話題に乗った。喜ぶ顔が見られるのなら世界中のチョコを取り寄せるつもりのヴィンセントが自国でフローリアとチョコを食べさせ合っている妄想に勤しんでいると急に手が握られた。



「嬉しい! 約束ですよ!」



 目を輝かせて両手を握る柔らかく小さな手を握り返すとその手の甲にキスをした。



「約束です」



 顔を上げて微笑むヴィンセントに釘付けになったようにフローリアは見つめる。



「王子様みたい」

「え?」

「本で読む王子様はいつもダンスの前やダンスの後にお姫様の手の甲にキスをするんです。誓いをする時なんかにも。キスをされたお姫様は嬉しそうに笑ったり恥ずかしそうに頬を染めたりするから、どんな感じなのかなって自分でもしてみたんですけどいまいちよくわからなくて。でも今初めてわかりました。くすぐったいですね」



 本で読んでいたシーンを経験できた事に笑う顔があまりにも無邪気で、ヴィンセントは笑顔を返す事も出来ずキスをした手を額に当てて少し強めに握り込んだ。

 顔が隠れてしまったヴィンセントに首を傾げるフローリアが心配から顔を覗き込もうとすると声が聞こえた。



「僕は……あなたと結婚したい」



 三度目のプロポーズは一度目二度目と違って真面目な声だった。勢いで言っているわけでも突発的に言ったわけでもなく、まるで長年想い続けてきた気持ちを吐き出すような苦しみさえ感じた。



「あなたにとって僕は運命の相手ではないかもしれない。でも、僕にとってあなたは運命の相手なんだ。ずっと探し求めていたのはあなただった」



 一目惚れというにはあまりにも真剣で、フローリアは何か言おうと口を開いても言葉が出てこなかった。握られる手に感じるじんわりとした小さな痛みも気にならなかった。

 今はその手を離してもらう事よりも懺悔のように吐き出される言葉の真意を知りたかった。



「何故……私なんでしょう?」



 一番の疑問だった。



「あなたは顔を合わせてすぐ私に結婚しようと言ってくださいました。でも私達は一時間ほど前に初めて会ったばかりです。まだお互いの事を何も知らないのにあなたは私を求めてくれる。何故ですか?」



 これはクローディアがするはずだった結婚。

 この人はクローディアの夫となるはずだった王子様。

 このプロポーズはクローディアが受けるはずだった告白。



 自分は身代わりで、本来なら存在しないはずの妹。



 運命の相手であるはずがないと思うフローリアにとって〝運命〟だと言いきるヴィンセントが不思議でならなかった。



「あなたを見た瞬間、この胸に確かな想いが芽生えた。愛という確かな想いが」



 ゆっくり顔を上げたヴィンセントは己の胸に手を当て〝愛〟と語った。



「愛……」



 触れる事はなかった聞き慣れた言葉。

天使だった頃は毎日のように愛という言葉を聞いていた。



『永遠に愛する事を誓いますか?』

『この命尽きるまで愛し抜きます』

『お互いを愛し、敬い、共に生きる事を誓います』



 清らかな純白に身を包む愛し合う者同士が神の前で愛を違う。

 見るだけで幸せになり、胸がキュンとした。微笑み、キスを交わして抱き合う。宙を舞う花びらの中、幸せを分けるように満面の笑みで未来へと歩いていく。



神の祝福をと何度贈ったかわからない。



「私は……」



 フローリアが言葉を発するとヴィンセントの喉がごくりと鳴ったのが聞こえた。緊張しているのだろう。握られた手が汗ばむのを感じる。



「私はヴィンセント様をたくさん困らせてしまうと思うんです。一緒に食事を楽しむ事も出来なければ、難しいお話もわかりません。教えられてもすぐに忘れてしまうし、歩く練習だってサボってしまいます。ワガママで、無知な私を———」

「全てを愛します」



 迷いはなかった。フローリアが心配している事はヴィンセントにとって悩みにもならない事で迷う理由は見つからなかった。



「愛する人に困らせられるなんて幸せな事です。食事に慣れないのであれば慣れていけばいい。明日、明後日にではなく、一年後、五年後といつか一緒に笑い合って食べられる日が来ればいい。その日を待ちながら毎日を過ごすのも悪くない。物覚えに関しては僕も自信がなく、いつもリガルド……彼に注意されています」

「そうなのですか?」



 完璧だと聞いていたため驚きに目を瞬かせるフローリアに顔を寄せて耳打ちする。



「ここだけの話ですが、やれと言われている剣の稽古を時々サボっています」



 ヴィンセントの言葉に顔を見ると内緒だと唇に指を当てて微笑むキレイな顔があった。おかしくなったフローリアが笑いだすとヴィンセントは立ち上がり膝をついた。

 それが何を示すのかフローリアにもわかった。



「僕達は今日出会ったばかりでお互いの事を何も知らないけど、だからこそ毎日が発見の連続になると思っているんです。あなたの悩みや不安は全て僕が受け止めます。だからあなたは僕の愛を受け止めてほしい」



 真っ直ぐな言葉に込められた想いにフローリアの胸が熱くなる。じんわりとした温かさに胸を押さえながらも首を振った。

 目を見開き唇を震わせるヴィンセントの手を握ってもう一度首を振る。



「私にもヴィンセント様の悩みや不安を受け止めさせてください。何でも一緒に。それが夫婦です。共にと神様に誓うのですから」



 フローリアの言葉にヴィンセントは目頭が熱くなるのを感じて一度強く目を閉じた。

そして目を開け———



「フローリア・ベル王女、僕と結婚してください」



 愛を宿す瞳と見つめ合うフローリアは満面の笑顔で「はい」と返事をし、頷いた。



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