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フローリアの日課

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 フロース王国から戻った翌日からフローリアはほとんどの時間をリハビリに費やした。無理や焦りは禁物だと言われたが待っていられない。
 結婚式は車椅子で、と甘えていた自分を恥じていた。
〝ウィルのため〟という聖女のような理由をつけたが結局は環境を変えたくなかっただけで、それを許してくれるヴィンセントに甘えようとしていた。

「私、歩けるようになりたい」

 フロース王国から戻った日の夜、フローリアはウィルにそう言った。

「結婚式までに歩けるようになるかな?」

 不安に眉を下げるフローリアにウィルは迷うことなく笑顔で頷いた。
 だから頑張ろうと決めた。
 母親の期待に応えたいとか、ヘレナに一泡吹かせたいとかそういう気持ちではなく、ただ純粋に結婚式の日にあの人の隣を歩きたいと思った。
 真っ赤な絨毯の上を真っ白なドレスに身を包み、一歩ずつ自分の足で歩いていく。待ってくれているあの人のもとまで自分の足で。
 その想いがフローリアを奮い立たせていた。

「すごい! こんなに歩けてる!」

 使用人も寝静まった深い夜、フローリアは一人で歩いていた。
 食べる事に少しは慣れても眠る事は出来なかった。人間と同じように目を閉じてみても睡魔はやってこなくて、人間になってからまだ一度も眠った事がなかった。
 そのため時間がある夜は自主的に歩く練習をしている。
 一歩二歩しか歩けなかったあの時に比べれば自分の足でだいぶ歩けるようになってきた事に小声で喜ぶフローリアは自分が開けた部屋のドアが遠くに見える事に嬉しそうに笑う。

「ちょっと疲れたかな……」

 朝昼夕とリハビリをした上、こうして自主的に行うことで足には過度の負担がかかっていた。
 自分でも自覚するしんどさに足が震えだし、壁に寄りかかって休もうとするが身体は言うことを聞かずガクッと膝を折って身体が地面に向かって倒れていく。

「ッ……お兄様?」

 身体が途中で止まり、顔を上げると久しぶりに見るオーランドの顔があった。

「何をしている」

 怪訝そうな顔を見せるオーランドにフローリアは苦笑しながら「歩く練習です」と答えた。

「使用人はどうした」
「お兄様は今が何時かご存知ですか?」
「使用人に休みなどいらん」

 使用人を何だと思っているんだと首を振って否定すると急に抱き上げられた。

「あ、あの?」
「お前の部屋の前を通るついでだ。連れてってやる」
「あ、ありがとうございます」

 最初は怖かったオーランドだが、フローリアは最近確信を持っていた。
冷たい目をした冷たい雰囲気を持つオーランドだって人間で、きっと優しい心を持っているはずだと。人間の死が当たり前になっている戦争に身を置いているからこそ笑う事も出来ず、感情に左右されないようになっているだけで本当はそういう人間ではないのだと思っていた。
それを今日確信できたことが嬉しかった。

「おい、なんだこれは」
「お花ですよ?」
「花は禁止しているはずだ」

 部屋に入ってオーランドが目にした花瓶いっぱいの花。禁止していると眉を寄せるオーランドだがフローリアは気にしなかった。

「先日、フロース王国に行った時に婚約祝いで国民の皆さんが一本ずつくださったんです。ヴィンセント様の保護魔法でいつまでもキレイに咲き続けるんですよ」
「花は禁止だ。育てるのも飾るのもだ」

 声は冷たいがベッドに下ろす手つきは優しい。だからフローリアは怖いと思わなかった。

「これはフロース王国の民の優しさです。この結婚を決めたのはお兄様ですよ。お花の国だとわかっていながらお話を進めたんですからそんなこと言ってもダメです」
「なんだと?」

 強気に出るフローリアに不機嫌な顔を見せながら上から見下ろすオーランドの武骨な手に触れるとオズワルドやウィルとは全く違う固い手である事に気付いた。オズワルドも手は柔らかい方ではなかったが、ここまで固くなかった。

「花は人の心を癒します。香り、姿で人を笑顔に出来るんです。お兄様はずっと働きっぱなしだから目がこんな風に吊り上がるんです」
「馬鹿にしているのか?」
「少し肩の力を抜いてください。怒ってばかりだと疲れちゃいますよ?」
「お前には関係ないだろう」
 バッと手を振り払うオーランドの手をもう一度握ったフローリアは怒ったように頬を膨らませてそのまま手を引っ張り自分の隣に座らせようとした。

「関係なくないです。怒ったお兄様は怖いんですから見たくありません。まだ一度もお兄様が笑った顔を見てないんですよ? 寂しいです」
「家長がへらへら笑ってどうする」
「妹の前でぐらい笑っても誰も責めないしからかいません。も、早くー!」

 石を引っ張っているように動かず、下半身に力が入らないため上半身を後ろに傾かせて全身で引っ張りながら隣に座れと踏ん張っていると急に引っこ抜けたようにオーランドの身体が前に倒れフローリアに覆いかぶさった。

「満足か?」

 フローリアの顔横に両手をついた状態でこれがワザとである事に気付かせるような物言いではあったがフローリアは嬉しそうに笑って頷き、自分の隣を叩いた。

「子守唄を歌いますから寝てください」
「子守唄だと? ふざけるな」
「私の子守歌とっても評判いいんですよ。口うるさいウィルを静かにさせる時によく歌うんです」
「哀れな奴だな。とにかく俺は部屋に戻る。まだ仕事が残ってい———」

 突如部屋に流れたフローリアの歌声に起き上がろうとしたオーランドの動きが止まった。どこか驚いたようにさえ見える顔にフローリアは目を細めながらも歌い続けた。
 静かな夜に相応しい静かな歌声がオーランドに大きく息を吐かせ横にならせた。

 そして暫く歌い続けた結果———

「ふふっ、寝てる」

 あの険しい顔しか見せなかったオーランドが無防備な寝顔を見せていた。

「優しい顔も出来るはずなのに怖い顔ばっかり」

 穏やかともいえるオーランドの寝顔を眺めていたフローリアは風邪をひかないようにと毛布を手に取ってかけてもオーランドは眠ったまま静かに寝息を立てていた。
 初めて見る寝顔に微笑みながらフローリアはまた静かに歌い始めた。








「おはようございます、フローリ———なッ⁉」
「シーッ。起きちゃうから」

 起こしに来たウィルはアストルム王国に隕石が落ちてくると聞くより驚いた顔をして慌てて口を押さえた。

「な、何故オーランド様がいらっしゃるのですか⁉」
「昨日色々あって」
「色々って何ですか⁉」
「お兄様も疲れてたの。それでちょっと眠っちゃっただけ」
「いつから?」
「深夜一時ぐらい」

 ちょっととは言わないなかなかの時間をオーランドが一度も起きないで部屋で眠っている事は奇跡に近く、長年仕えているウィルでさえ見た事がなかったオーランドの寝顔。

「花のこと、何か言われませんでした?」
「言われたわ。こーんな顔して『花は禁止しているはずだぞ』ってね。でも捨てろとは言われなかった」
「それは……」
「言ったでしょ? オーランドお兄様は優しいからって」

 目を上に吊り上げて真似をしては楽しげに笑うフローリアの怖いモノ知らずにウィルは驚きを隠せず首を振った。
 オーランドは両親でさえ機嫌を窺いながら話をするというのにフローリアは違う。怖いと思う事があろうとも真正面からぶつかっていく。

「命知らずですね」
「命は知ってるわ。大切だもの」
「……そうですね」

 ふふっと小さく笑うウィルはオーランドが身じろいだ事に気付き慌てて口を閉じた。

「……どこだ、ここは……」
「おはようございます、お兄様」
「ッ⁉ 何故お前が俺の部屋に……ああ、そうか」

 部屋に差し込む朝日に眩しそうに眉を寄せながらうっすらと開けた視界を全て覆うように身を乗り出して顔を覗き込んだフローリアに驚いて目を見開いた貴重な顔を見てクスクスと声を漏らして笑う様子に眉間のシワは更に深くなり勢いよく起き上がった。

「……朝まで眠ったのは久しぶりだ」
「ね? 子守歌とっても効くでしょ?」

 返事はしなかったが否定のかぶりもなかった。
 オーランドはイエスかノーの二択しかしない人間だ。他人にもそれを要求する。経過報告ではなく結果報告を望み。予想ではなく確定を求める。白黒ハッキリさせなければ気が済まない性格の人間が黙ったのもウィルには驚きだった。

「お前は眠ったのか?」
「お兄様が手を離してくださらなかったので……」
「……すまない」

———謝った! あのオーランド・ベルが! あの冷酷非道な男が謝った! それも妹に『すまない』と! なんてことだ!

 信じられないこと続きの朝にウィルは今日で世界が滅ぶのではないかとオーランドの変化に天変地異の前触れを感じていた。

「ふふっ、冗談です。お兄様の隣でぐっすり眠りました」

 不愉快と顔に書いたオーランドだがフローリアは気にしていない。

素直に謝れるし眠れるし、怖いのは見た目だけであって中身はそうでもない。

それがフローリアの確信となった。

「お前は毎日あんな時間まで起きているのか?」
「シーッ!」
「フローリア様……?」

 フローリアは今、オーランドよりウィルの方がずっと怖いと思っていた。笑顔なのに後ろから聞こえるゴゴゴゴゴという怒りの音が言い訳を許さなかった。

「約束、破られましたね?」
「ち、違うの! 昨日はトイレに目が覚めて、歩いてトイレまで行けたからついでにちょっと歩いてみようかなって歩いてみただけなの!」

 それでもフローリアは言い訳をする。身体に負担をかければそれだけ途中で疲れが出てくるからリハビリの時間は守るよう何度も言われていたが守った事はない。
 歩けるようになってきたのが嬉しくてつい頑張りすぎてしまう。それが次のリハビリで疲れとなって出てきてしまうため上手く予定が進まなくなってしまう。だから予定を守れと言われているのにフローリアは聞かない。

「歩けなくなって倒れそうになっていたぞ」
「お兄様!」

 怒られるとわかっているだろうに暴露するオーランドに怒るもオーランドは悪びれる事なく立ち上がってドアへと向かった。

「また来る」

 それが何を意味するのかわかったウィルは氷漬けになったように固まった。

「オーランド様と一体何が……?」
「疲れてる顔してたから子守唄を歌ってあげたの。そしたら寝ちゃった。それだけ」
「フローリア様の歌には魔法がかけられているようですからね。まるで天使の歌声そのものです」

 苦笑したくなかったが笑みは崩さなかった。
 もう自分には天使の力は残っていない。だからクローディアの資料を今更見直しても白紙にしか見えないし、教会に行っても天使の姿は見えない。きっと結婚式で天使が鳴らすあの鐘の音も聞こえないだろうと明確にわかる力の失い方にフローリアは久しぶりに寂しさを感じた。
 だが人間として生きると決め、婚約者だって決まった。愛を惜しみなく伝えてくれるヴィンセントを愛する事が目標だと自分に言い聞かせている。

「今日からリハビリがステップアップしますが足は大丈夫ですか?」
「ええ。ゆっくり寝たら回復したわ。若いもの」
「無茶だけはしないようお願いしますよ」
「はあい」

 約束だといつものように小指を絡めて上下に振ればまた忙しい一日が始まる。

「こっちのドレスも素敵だわ。肌を見せずに喉元までレースで覆うって新しいじゃない」
「痒くなりそう」
「でも神秘的よ。結婚式の時は見せないで初夜で全て見せるの。きっと王子も喜びが倍増してすぐ世継ぎが出来るわね」
「でもこっちのシンプルな方が可愛い。ふんわりしてる方がいい」
「ダメよ。ボディラインを見せるタイプにしなさい」
「お肉ないから貧相に見えちゃう」
「その胸があれば大丈夫」

 まだ終わらないドレス選びも既に日課と化している。
 母親はキレイなドレスと言い、フローリアは可愛いドレスと言う。二人の意見が交わる事はなく、同じページでも違う写真を指差して首を振り合う。王妃相手に『主役はフローリア』と言える者がいるはずもなく、二人の言い合いが終わるまで使用人達は黙っている。

「ママったらピッチピチなドレスばかり選ぶのよ! ふんわり広がるドレスの方が素敵に決まってるのに!」
「王妃様のドレスを頂いてはいかがですか?」
「ママも同じこと言ってたけど断ったの。どうしてママのお古を着なきゃいけないの。やだ」
「そうですね。ではそのままもう一段上がってみましょうか」

 リハビリをしながら母親の選ぶドレスに文句を言うのも日課。ここで聞く王妃への文句は他言無用だと医師達には暗黙のルールが課せられている。

「王子様からお花とお手紙が届いていますよ」
「見せて!」

 本当に毎日手紙を欠かさないヴィンセントの本気度にウィルは感心する。
 フローリアを天使だと崇めるような視線は見ている方が恥ずかしく、甘く囁く言葉も同じ。今はまだ婚約者として接しているが、妻となったらどうなるのか気になると同時に少し気が重くもあった。
 遠慮がなくなったヴィンセントはどこまで甘くなるのか、それを傍で見なければならない苦痛を考えると今も傍にいてフローリアへの愛を聞き続けているだろうリガルドに同情せずにいられなかった。

「ふふっ、ヴィンセント様ったら」

 手紙を読んでいる時のフローリアは嬉しそうな顔をする事が増えた。
 初めて手紙を貰った時は内容を理解するのに一時間かかり、その間に「これってどういう意味?」と聞いたのは三十六回。
一目惚れした相手に書くには相応しいものだったが、された相手にとっては気持ちが大きすぎて何故こんな書き方をするのか理解出来ないものだった。
 それが今では嬉しそうに笑って読むのだからウィルまで嬉しくなってしまう。

「ヴィンセント様は何と?」

 傍に寄って手紙は覗かず問いかけるとフローリアは必ず手紙を見せてくれる。

「毎日君を夢に見る。君は天使の羽根のように白い清らかなドレスに身を包み、僕のもとまでゆっくり歩いて来るんだ。まるで僕を焦らすように一歩ずつゆっくり、ゆっくりと踏み出す。美しい瞳を隠すベールをあげてようやく愛しい君と目を合わす。そして神の前でキスをして僕らは夫婦になった。僕らを阻むものはなくなり、誰も僕らを引き離せない。神の前で誓った愛は永遠だ。僕の君への想いもそうだよ。何があろうと君への愛はきっと消えない。君の愛もそうだといいな。ですって。ふふふっ、面白い人」

 愛が綴られた手紙の感想が「面白い人」というのもおかしな話だがウィルはフローリアらしいと思った。
 二人は既に仲良くなっており結婚後の夫婦生活に心配はないが、まだ愛を伝えあってはいない。一目惚れのヴィンセントからは何度も愛を伝えているが、フローリアにとってこの結婚はあくまでも姉クローディアの代わりにしたものでヴィンセントへの愛情はまだ芽生えていないのだ。だからヴィンセントから与えられる言葉と同じ言葉を返せず、それに迷う時もある。

「ドレスって何着も着ていいの?」
「一着でよろしいかと」
「でもね、ドレスが決まらないって書いたらヴィンセント様が『イイと思ったドレス全て着てもいいと思う』って」

 何を書いているんだと笑顔が固まるもダメとは言えない。それはウィルではなく母親と父親の役目。

「ではこうしてはいかがですか? 教会で着るドレスはレイラ様がお選びになり、披露宴で着るドレスはフローリア様がお選びになる。これなら言い争う必要はありません」
「やだ」

 良案だと自負したのも秒で反対された。

「神様の前で着るドレスをどうしてママが選んだものにしなきゃいけないの? それなら披露宴で着るドレスをママが選んだのにすべきよ。だって何かいっぱい人が来るんでしょ? そこにママの選んだドレスを着ればきっと皆褒めてくれるわ。さすがレイラ王妃のセンスですなぁ。美しい方が選ぶドレスはやはり美しい。ってね」
「誰の真似ですか?」
「クルーラーさん」
「本人が聞いていますよ」
「あ……」

 リハビリ医師の真似をして肩を竦めるもまだ後ろにいた事を忘れていたフローリアは振り返って両手を合わせて謝った。
 王女相手に嫌な顔など出来るはずもなく笑顔で手を振る大人の対応にウィルは申し訳ないと頭を下げた。

「ユーステッドさんのドレスは気に入らないのですか?」
「私あの人すごく苦手。我が強くて押しが強いもの。自分の作品は最高傑作だって言いたいのが伝わってきて無理」

 もはや生理的に無理と言っているようなものだった。

「ヴィンセント様に喜んでもらえるドレスがいいな」

 まだ愛してはいないが、フローリアの中でヴィンセントの事を思う時間が増えてきているのは確かだった。自分が気に入るドレスがないというよりはヴィンセントに見せたいドレスがないというのが本音。だからレイラの決めるドレスは着たくないのだとウィルはようやく理解した。
 いつも大切な気持ちは口にせず別の言葉を口にしてしまうため分かりにくいのが難点ではあるものの、ウィルは無理矢理わかりやすい言葉で口にさせようとはしない。

「どんなドレスでも喜んでくださいますよ」
「んーそういうありきたりな言葉が欲しいんじゃないの」

 ヒクッと頬が引きつるも笑顔は崩さなかった。真実ではあるものの一応気を遣って言ったのだが、フローリアはそれさえも簡単に崩してしまう見事な才能を持っている。

「あ、写真が入って……」
「うわぁああああああああ!」

 手紙の他に写真が入っていると取り出したフローリアは固まり、ウィルは屋敷中に響き渡るほどの大声でその写真を取り上げた。

「え、えっと……そ、そんなドレスを……着たら……いいの?」
「まさかまさかまさかまさか! ありえません! ちょっと用事を思い出しましたので出てきます!」
「え、ウィル?」
「リハビリ、サボらないように!」

 早口で捲し立て早足で出ていったウィルに全員が目を瞬かせ顔を見合わせた。


「入るぞ」

 夜、ノックの音が聞こえオーランドが入ってくる。疲れたの言葉もなく当たり前のようにベッドに横になるオーランドはただ一言「歌え」というだけ。

「お兄様にお願いがあります」
「……何だ?」

 寝顔を見られないように背中を向けていたオーランドが怪訝な顔で振り向いて笑顔のフローリアに更に怪訝さを増して返事をする。

「お兄様のお望み通りこれからも歌いますからお屋敷にお花を飾る事を許してほしいんです」
「何だと?」
「お花がないとやっぱり寂しいです。だからお花を飾りたいんです。お外がダメならせめてお家の中だけでも」
「この俺に交換条件を出すとはいい度胸だ」
「ふふっ、すごい度胸だってよく言われます」

 ツッコミ役が不在ではフローリアは意味を知らないため無敵となる。無邪気に笑ってお願いと甘える姿にオーランドは表情を変えないまま背中を向けて目を閉じた。

「屋敷の中だけだ。庭にも表にも出すな」
「やったぁ! ありがとうございます!」
「馴れ馴れしいぞ」
「ふふっ、お兄様大好きっ」
「早く歌え」

 後ろから抱きついて背中に頬を擦り寄せると鬱陶しそうに腕を動かして追い払おうとするのにも負けず抱きついたまま歌い始めた。するとオーランドは動きを止めてゆっくりと息を吐き出す。目を閉じ、歌うフローリアの静かな声がオーランドを包み込み、深い眠りへと誘う。

 それからオーランドは頻繁にフローリアの部屋を訪れ、そこで朝を迎えるようになった。

 眠らず朝が来るのを待つだけの時間が少し楽しくなった新たな日課の追加にフローリアは喜んだ。
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