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再会
しおりを挟む「お話相手ですか?」
「うん。ほら、義姉さんと一緒なのもいいけど、気を遣うんじゃないかと思ってね。僕が一緒にいられるのが一番イイんだけど、最近はそうもいかないから」
多忙になってきたヴィンセントはあまりの仕事の多さにフローリアにデレついている暇もなくなり一人にしていることが多くなった。
最近では毎日エミリアと過ごしているが、相手は義姉。気を遣わないはずがないというのはエミリアから言われた事で、気兼ねなく話せる相手が必要だとの提案もエミリアからだった。
「だから話し相手を公募しようと思うんだ」
「一般人から、ということですか?」
「そういうことになるね」
同盟国の王女を呼んでもいいが、その王女の兄や弟が来てフローリアに惚れては困るとヴィンセントは公募にする事にした。それも女性限定で。
「私のためにそこまでしていただかなくてもウィルがいますし大丈夫ですよ?」
「君に寂しい思いはさせたくないんだ」
「ありがとうございます」
確かにここ最近、四六時中一緒だったヴィンセントが傍にいなくて寂しいと思っていたが誰か話し相手が欲しいとは思わなかった。それでもヴィンセントが望むのであればと受ける事にした。
「お喋りは得意なんです! 民の暮らしをたくさんお話しますわ!」
「口は堅いのでどんな話でも絶対他の人には喋りません!」
「王女様のお話相手になれるなんて夢のようです!」
「女同士美容の話で花を咲かせたいですね!」
話し相手は一人。その枠を手に入れようと集まった応募者は三百人。
女性ばかりが並ぶ異様な光景に男性陣は呆れていた。
この日のためにあつらえた一張羅に気合の入った化粧。目立つアクセサリーに髪飾りは皆揃って自前の花。すごいと言いたくなる光景だが、ヴィンセントはフローリアのためにこれだけの民が集まってくれたことが嬉しかった。
リガルドとウィルはこの中の何人が本気で王女の話し相手になりたいがために来たのか数えるまでもないと呆れていた。
大半がヴィンセントを間近で見るために集まった者ばかりだろう。あの爽やかながらに色気のある笑顔を間近で見たいと馬の如く荒い鼻息で自己紹介を続けていく。
「どう? 話しやすそうな子はいた?」
「そうですね……え……?」
「どうしたの?」
「ウルマリア?」
「フローリア?」
履歴書を一枚ずつ捲りながら今までの面接者を思い出して誰が良かったかを中間発表的に答えようとしたフローリアは次の面接者の写真に目を見開き手を震わせた。
どうしたのかと顔を覗き込むヴィンセントの目の前に書類を突き出してフローリアまで鼻息荒く写真を指差した。
「この方とお話がしたいです!」
「え? あ、ああ、じゃあ呼ぼうか」
フローリアの勢いに押されながらリガルドに合図をすると褐色肌の明らかに気が強いであろう顔つきの女性が入ってきた。
フローリアに強気な女性は合わないと考えているヴィンセントとしてはこの女性は却下したかった。だがフローリアを見ると何故か涙ぐんでおり、容易に『却下』の言葉を言えない状況になっている。
「はじめまして、ウルマリア・バーンズと申します。夫と二人暮らしで子供はいません。なのでいつでも呼び出していただいて構いませんし、王女様の気が済むまで話し相手として居る事が出来ます。下町暮らしですから王女様の興味を惹くような話題はいくらでも」
はしゃぐ事なく自信に満ちた笑顔でハキハキと答える姿は今までの女性達とは少し違った印象を受けた。
この女性はヴィンセントやフローリアを見に来たわけではなく本当に話し相手になるつもりで来たのだと。
「ウルマリア・バーンズさん。あなたは————」
「私、この方がいいです」
「え? フローリア、まだ何も質問してないけど……」
「いいんです。この方にお話相手になっていただきたいんです」
フローリアの意思は固く、見上げる目は絶対にこの人がいいと訴えるもので、そんな目を向けて何かを求めるのは初めて見るためヴィンセントは自分の警戒よりフローリアの意思を尊重する事にした。
「そういう目をした君も可愛いよ」
抱き寄せて額に口付けると立ち上がって廊下へと出ていく。廊下から聞こえる黄色い悲鳴と何かが地面に落ちる音が聞こえ、ヴィンセントの声の後に『はあい!』とハート付きの声が揃って返事をした。
「さすがですね」
「僕が公募したんだから僕が説明するのは普通だよ」
まだ半分は残っていたが誰一人文句も言わずに帰っていった。自分のことがよくわかっているとリガルドは感心するもヴィンセントは説明責任があるからしただけだと不思議そうな顔をする。
先日はフローリアも同じような顔をしてリガルドを見たため似たもの夫婦だと笑ってしまう。
「では、ウルマリアさん」
「ウルマリアとお呼びください」
「ウルマリア。いつから来れますか?」
「いつでも。今日でも明日でも」
「では書類を作りますので明日の朝迎えを出します」
「今日も歩いてきましたから明日も歩いてきます。仰々しい事は結構ですから」
ヴィンセントの中でウルマリアに対する印象は一転した。
王族が迎えをやると言えば大抵の人間がはしゃぐだろう。だがウルマリアはそれをキッパリ断った。
媚びない声に媚びない笑顔。何よりよくフローリアを見る事が印象的だった。
話し相手はヴィンセントではなくフローリアなのだからフローリアを見てほしかったヴィンセントにとってウルマリアは当たりだと疑いはあっさり消えた。
「では明日の朝十時にお越しください。入り口で名前を言っていただければ入れるよう手配しておきますので」
「はい。ありがとうございました」
「明日、楽しみにしています!」
立ち上がって頭を下げるウルマリアが去ろうとするのを引き留めるように立ち上がって声を張ったフローリアには全員が驚いた。
何にだって興味を示す性格ではあるが、誰かとの約束にこれほど力の入った言葉を発するフローリアは誰も見た事がない。
「私もです、フローリア王女様」
フッと目を細めて言葉を返すと頭を下げて去っていった。
「なんというか、男前な感じですね」
「……フローリアに惚れたらどうすればいい?」
「フローリア様が惚れたらどうするかを考えられた方がよろしいのでは?」
「フローリアの愛を疑えと?」
氷のような目を向けられるとリガルドは黙り込んだ。フローリアと出会うまで見た事のなかった目だが、不用意にフローリアを侮辱するような発言をするとこういう目が向けられる。
反抗すれば王子の護衛を外されるかもしれない。王子の護衛が外れれば退屈な騎士長へと戻るだけの生活が待っている。それは耐えられないと反抗しない事にしていた。
「でもどうして彼女が良かったんだい?」
「素敵な方でしょう?」
「そうだけど……」
街に出掛けないフローリアに知り合いがいるはずもなく、知り合いか?とは聞けなかった。何故フローリアが彼女を気に入ったのかわからず首を傾げるとウルマリアの履歴書を目元まで持ち上げて
「写真からでも素敵な感じが伝わってきませんか?」
「君以上に素敵な女性はいないからわからない」
「ヴィンセント様ったら」
「ホントだよ。君は美しいし可愛いし優しいしお茶目でスイーツには目がないし愛しくてたまらないんだ」
「でもウルマリア……さんも素敵な人でしたよね?」
「君には負けるけどね」
勝手にしてくれとウィルとリガルドはヴィンセントの吐き出す砂糖より甘い言葉に耐えきれず外へ出た。
ドアにもたれかかると聞こえる聞きたくもない甘い言葉の数々に目は上を向く。
「あれでよかったのか?」
「あはは……愛を知った、という点ではそうなのではないでしょうか?」
「前の方が良かった気がする」
「あはは……」
自分はフローリアについてきた身であるためこの結婚を「良くなかった」とは言いたくないが、フローリア最優先のヴィンセントに手を焼くリガルドにも同情はするため苦笑だけを返した。
「じゃあこれにサインを。サインが完了されましたらお部屋へご案内いたします」
十時ジャストに部屋にやってきたウルマリアがサインを終えたのを見てウィルが部屋まで先導する。
「フローリア様はあなたが来るのを今か今かと首を長くされてお待ちです」
「それは嬉しいです。私も今日が楽しみで眠れませんでした」
「フローリア様は少し天然な所がありますが、深くつっこまれず軽く流して次の話題にいってください」
「わかりました」
吹き出しそうになるのを堪えるウルマリアはウィルが立ち止まったのに合わせて足を止めた。
ドアの両脇に飾られている色とりどりの花が飾られた花瓶。他の部屋前にはなかった物だ。ここがフローリアの部屋で間違いない事はそれだけでわかり、一度大きく深呼吸をする。
「失礼のないように……と言いたいのですが、たぶんフローリア様の方が失礼をするでしょうから先に私から謝罪しておきます」
「とんでもない。話し相手ですから失礼なんて気にしません。王女様に下々への配慮で話せと言うのでは趣旨が変わってしまいますよ。私は何も気にしませんので頭を上げてください。私はただの一般市民なんですから」
リガルドが言ったように男前だとウィルも感じた。
女性らしからぬハキハキとした喋り方がなんとも印象的で、リガルドではないがフローリアが惚れてしまったらどうするのだろうかと心配になった。
フローリアのヴィンセントへの愛は本物だが、それでも気の迷いというものはある。それがないことをただ祈るだけで———
「ウルマリア来た!?」
「フローリア様! はしたないですよ!」
「あ、ごめんなさい。はしゃいじゃって」
「お席にお戻りください」
話し声にドアを開けたフローリアの王女らしからぬ行動を注意すると頬を両手で押さえながら小走りで戻っていく姿に先が思いやられると溜息をついた。
後を追って中に入ったウルマリアは部屋を見渡さず真っ直ぐにフローリアを見つめている。
「ねえウィル、ウルマリアと二人にしてくれる?」
「え?」
「お願い。でないと話し相手を募集した意味がないでしょ? ウィルがいるならいつも通りだもの。だからお願い」
「そ、それは構いませんが……」
ヴィンセントが許すだろうかと少し不安は残るものの積極的なフローリアを崩したくもなかったため頷いた。
「何かあれば必ずベルでお呼びください」
「お茶とお菓子のおかわりの時に呼ぶわ」
「では失礼致します」
「ドアの前でも待ってちゃダメだからね」
バレていたかと眉を寄せながら出ていくと一度ドアに耳を当てて中の会話を盗み聞きしようとするもドアが開いた。
恐る恐る顔を上げるとフローリアが立っており頬を膨らませている。
「あっち行って」
「あ、はい」
慌ててドアの前から去っていくウィルを見送ると鼻で息を吐き出してドアを閉めた。
「ウルマリア」
「フローリア」
振り向いたフローリアの目に涙が溜まるのはあっという間で、ウルマリアも目が軽く潤んでいた。
二人は互いに求め合うかのように腕を伸ばして抱き合った。
「会いたかった!」
抱きついて子供のように泣きじゃくるフローリアを強く抱きしめながらウルマリアは何度も頷き、フローリアが泣き止むまでずっと髪を撫でていた。
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