エリスローズの瞳に映るもの

永江寧々

文字の大きさ
7 / 64

エリスローズは拝謁する

しおりを挟む
「おおっ……おおおおっ! まさにエリーナではないか! 素晴らしい!」

 愛しの我が子と認めるのだから似ているのだろうとエリスローズは思う。
 立ち上がって感動したような表情で見つめてくるたっぷりとした髭を顎から生やしている男、この国の顔を見つめながらエリスローズは唾を吐いてやりたくなった。
 
「エリーナ、もっと顔をよく見せておくれ」
「はじめまして、私、エリスローズ」

 両手を伸ばして寄ってこようとする国王に向かって自分の名前を口にすると国王の動きが止まる。
 当然だ。これはあくまでもエリーナが戻るまでの身代わりであって本物ではない。
 いくら顔を似せようとも発した声は別人のもの。
 現実に引き戻されたような顔で玉座に腰かける国王の顔にエリスローズは笑顔を向け続ける。

「怖いくらいね……」

 一方、王妃は喜ぶどころか不気味だと言わんばかりの表情でエリスローズを見ていた。

「あなた、スラム街出身なんですって?」
「ええ」
「……やっぱり品がないわね。エリーナはもっと品がある子よ。聡明で、品があって──」
(王太子妃としての自覚も責任感もない、いい加減な人間)

 親バカ発言を右から左へと聞き流しては心の中で付け足した。

「その赤い目も不気味ね。まだ赤い目を持つ人間がいたなんて……」

 赤い目を持つ者は死を招く者だと言われてきた。スラム街でもそう言ってエリスローズに石を投げる者がいた。その度にエリスローズはその倍の数の石を持って仕返しに行った。
 懐かしい思い出にクスッと笑うと王妃の表情が歪む。気に障ったのだろう。

「その人を馬鹿にしたような笑い声も不快だわ」
「ごめんなさい。スラム街でも同じようなことを言う人がいたものだから」

 その発言に王妃の顔が赤くなる。
 この国の母である王妃がスラム街の人間と同じことを言ったと言われて腹が立たないわけがない。
 
「バーバラ! あなた、この娘を責任持って教育なさい!」
「心得ております。このバーバラが責任を持って、このゴミから這いずり出してきた娘をエリーナ様の身代わりとして立派に教育してみせます」

 後ろに立っていたバーバラがエリスローズの隣に立って深く頭を下げる。
 その酷い言い様に国王さえも注意はしない。
 なぜこの国がスラム街という場所に慈悲も与えないのかエリスローズは深く理解した。
 そして自分がこれから生きていく場所での戦い方もよくわかった。

「国王陛下、私から一つお願いが」 
「あります」
「お願いがあります」

 早速始まった教育に従うエリスローズは真っ直ぐに国王を見つめる。

「なんだ?」

 ここに入ってきたときと反応が違うのは、今のエリスローズでは息子の嫁と思うにはあまりにも不十分すぎるからだろう。
 赤い目も声も可愛げのない発言を連発するのも別人なのだと実感させる。
 だからエリスローズのお願いという言葉に国王は面倒臭そうに息を吐き出しながら一応の返事を返す。

「これから王太子妃が戻るまで身代わりをするわ」
「します」
「身代わりをします。誰が見ても王太子妃だと思うように振る舞うつもり」
「です」
「です」

 いちいち訂正される鬱陶しさはあるが、バーバラが話している言葉がこの場所では正しいのだろうとエリスローズはそのまま話を続ける。
 敬語が使えないわけではない。ダンには使っていた。だがここで利口さを見せるよりどうしようもない人間だと思われているほうが後々有利だとエリスローズは考えた。

「でもそれにはあの人が邪魔なの」
「なっ!? 何を言うんだこいつめ!」

 後ろに控えていた大臣を指差すエリスローズ。
 自分が指されているのだと気付いた大臣が驚きに声を上げる。

「彼は内務大臣だ。お前にとって邪魔でも国にとっては必要な人材だ」
「ハッ! それ見たことか! 貴様のようなゴミが私を邪魔などとよくも言えたものだな! エリーナ王太子妃に少し似ているぐらいで何様のつもりだ!」
「これだから教養のない者は……」

 大臣と王妃の非難にもエリスローズは顔色を変えない。こうなることは想定内。だからエリスローズは笑顔でその場を去ろうと踵を返した。

「どこへ行くつもりだ」

 国王の言葉にもエリスローズは足を止めない。
 無視を貫くエリスローズに焦ったバーバラが慌ててその腕を掴んで引き止めた。

「どこへ行くつもりです! 両陛下の前で自分勝手な行動は許しませんよ! 礼儀を尽くしなさい!」

 ホールに響くほどの怒声にエリスローズが強い目でバーバラを見ると一瞬バーバラが怯んだ。

「私は礼儀を欠いた奴に見せる礼儀を持ってないだけよ」
「まだ言うかこのゴミめ!」

 自分が言われたことを思い出したのだろう大臣が声を荒げる。

「お前はこの契約にサインをしたはずだ。それを破棄するということがどういうことかわかっているのか? また家族全員が路頭に迷うことになるのだぞ、お前のせいでな」
「別に構わない。スラム街で生まれたんだもの、怖いものなんて何もない。私が破棄したからあの場所を追い出されると知っても家族は誰一人文句なんて言わない。私の家族は愛を知ってる人間よ。この国の誰よりも大きな愛を持った心ある人たちなの。路頭に迷うなんて言葉、そんなの脅しにもならない」
「待ちなさい!」

 両親とロイはエリスローズが戻ってきたことに安堵するだろう。だが、シオンとメイはどうだろうか。
 雨が降れば、雪が降れば凍えるほど寒い場所に戻って明日を心配するような生活に戻すことに心配がないわけではない。
 だからこれは賭けだった。
 国王がもう一度声をかければエリスローズの勝ち。このまま扉をくぐれば負け。
 バーバラの腕を振り払って扉へと向かうエリスローズに躊躇はない。

「開けて」
「待て」

 扉の前で待機している使用人に声をかけると同時に国王が引き止める。
 その言葉にゆっくりと振り向くとその場にいる全員の顔が目に入った。
 王妃、バーバラは嫌悪感丸出しの表情でエリスローズを見ているが、大臣だけは少し焦りを感じているようだった。

「……その頑固さはエリーナによく似ている」
「へ、陛下?」

 ため息をつきながら首を振る国王に慌てる大臣。

「なぜ大臣を邪魔だと?」

 ここで納得のいく答えが出せれば交渉成立となる可能性にエリスローズは大臣を見てから国王を見つめた。

「私は確かにスラム街で生まれ育った。字は読めないし書けない。両陛下への正しい言葉遣いも知らない。顔や身体を洗うのは雨が降った日だけだし、今日ここで身体を洗った良い匂いのする泡が出る固形物なんて見たこともなかった。服を洗うのだって雨の日だけ。私たちが着る服は風の強い日に街から飛んできた平民の服。それが着れなくなるまで毎日着るの。今日は何を食べようじゃない、今日食べられる物はあるのかって心配をする。下に弟が二人と妹が一人。両親は自分たちが食べなくても子供には食べさせる。痩せ細っても身を粉にして働く。疲れたら休むなんて当たり前のことが許されない。火も水もない場所で生きる私たちはこの国の国民だって認められないかもしれないけど、私たちは確かにあの場所で生きてる。プライドだってあるの。だから街に上がって盗みを働くようなこともしないし、あの場所だけで生きてる。それを彼は……いいえ、彼女も侮辱する」

 バーバラを指差すと驚いた顔でビクッと肩を跳ねさせる。自分まで巻き込むつもりかと目で訴えているがエリスローズの口は止まらない。

「税を払っていないのだから当然でしょう」

 王妃の言葉にエリスローズが笑う。

「税が払えないのは私たちのせいなの? スラム街で生まれた人間が選べる仕事なんてない。女は娼婦か工場だけ。朝から夕方まで働いて、夜は娼婦として働く。それでも明日の食べ物を心配する程度しか稼げないのに税を払わないから国民ではないと切り捨てるのね」
「税を払うのは国民の義務でしょう。スラム街に生まれても平民まで上がった者はいるわ」
「誰? そんな希望のような人がいるなら教えて。会いに行くから」
「平民となった人が今更スラム街の人間に会うわけがないでしょう。思い出したくない過去でしょうからね」

 そんな者はいない。わかっている。これだけ言ってもわからないのは最初から彼女に理解するつもりがないから。
 従者を後ろに立たせて大きな扇でそよ風を送らせるような人間に明日食べる物を心配する人間の気持ちなど理解できるはずがないのだとエリスローズは鼻で笑う。

「それと大臣が邪魔だというのに関連性は見当たらないが?」
「私の気持ちです。これから王太子妃が戻るまで彼女がいなくなったことがバレないよう努めるにあたって彼の存在が嫌なの。あなたたちにとって私はゴミ捨て場と呼ばれる場所で生まれ育ったゴミかもしれない。でもそれを口に出して言う必要があるとは思えない。人を不愉快にして傷つけて笑い物にするような人間の顔なんて見たくない。彼を大臣から外せないと言うのなら私はゴミ捨て場に帰る。ついでにこの人も外して」
「私はあなたの教育係を任されているのですよ! あなたのような学のない人間に教養を持たせるには選ばれた人間が必要だとわからないのですか!?」
「だから外してって言ってるの。教養のない人間から教えてもらうことなんて何もないから」
「なっ! あなたは何様のつもりですか!」
「国王陛下」

 あくまでも一個人としての感情にすぎないことは隠さない。
 それでも強気に出るのは今この場で最も優位に立っているのが誰なのかわからないほどのバカはこの場所にいないだろうから。
 もしいるとすれば二人。大臣とバーバラ。
 二人の怒りに満ちた表情を見てから国王を見ることで決断を迫った。

「国王陛下、こんなゴミの言うことを聞き入れる必要はありません!」
「そうです! 彼女は自分の立場を勘違いしているだけです! 私がしっかりと躾けますのでご心配なく!」

 二人の必死さを見たあと、エリスローズを見た国王は大きなため息をついて天を仰いだ。

「……はあ……なんという娘だ」

 その言葉だけで下された決断がわかる。

「バーバラは教育係から外れよ。大臣には他の役職を与える」
「そんな!」
「陛下! それはあんまりでございます!」
「仕方ないだろう。パレードにエリーナは必要だ」

 要求が通ったことにエリスローズが笑うも「私は反対です」という王妃の言葉で場が鎮まる。

「こんな卑しい娘がエリーナの代わりをするというだけでも吐き気がするのに本人のこの態度ときたら……傲慢すぎます。こんな娘が一時的にでも息子の傍にいるなんて耐えられません」

 ハッキリと拒否する王妃にバーバラと大臣が何度も頷く。

「エヴリーヌ、お前は気に食わんだろうが耐えてくれ。今は緊急事態だ」

 それでも決断を変えない国王に王妃は黙るしかない。

「新しい教育係のもと、頑張──」
「ただし、こちらからも一つ条件がある」

 国王が立てた人差し指の上にある条件に嫌な予感がした。
 このまますんなり行かせてくれるわけないかと表情が無に戻るのを堪えながら言葉を待った。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

処理中です...