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エリスローズは感心する
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「すごーい!」
「す、い!」
リビングに運ばれた大量の玩具にシオンとメイが目を輝かせながらそれを見つめていた。
けして触れようとはしない彼らにリオンが近付いてぬいぐるみを一つ取ってメイに渡す。
「これはメイにプレゼントだよ」
「メイの?」
「そうだよ。その子の家族にしてくれるかい?」
メイが抱えている汚れたぬいぐるみを指差して目の前でぬいぐるみを揺らす。
自分のぬいぐるみとリオンが持つぬいぐるみを交互に見ては不思議そうな顔をしたあと、メイは嬉しそうな顔でぬいぐるみを受け取った。
街から落ちてきたぬいぐるみを持って帰ったときのメイの喜びようを思い出してはエリスローズも笑顔になる。
「シオンにはこれ。風船だよ。まだまだたくさんあるからあとで膨らませて空に飛ばそう」
「…………」
三つほど膨らましてから持ってきた風船を渡そうとしてもシオンはメイと違って喜ばない。
手を後ろに回して俯いている。
「あれ? 風船は嫌いかい?」
問いかけてからエリスローズに振り返るもエリスローズもわからず首を傾げている。
「お金……もってない」
その言葉にメイ以外全員の表情が固くなった。
シオンはまだ五歳。そんな子供が物を受け取るのにお金がないと言ってしまう、言わせてしまう現実に両親もエリスローズも唇を噛み締める。
「シオン、プレゼントをもらうのにお金はいらないんだよ。これは売り物じゃなくてシオンのために持ってきたんだから。手を出して受け取ってくれたら嬉しいな」
「もらっても、いいの?」
「もちろんだよ。君のために持ってきた風船だからね」
両親に振り返って確認するシオンに両親は頷く。
「ありがとう!」
嬉しそうに笑って風船を受け取ったシオンはその赤い風船をまるで宝石でも見ているかのように輝く瞳で見つめていた。
「メイも!」
「一つ上げる。おにーちゃんもあげる」
欲しがるメイに快く一つ渡すとシオンはロイにもと渡しに行くが、ロイは受け取らなかった。
「お前が両手に持てばいいよ。お前の風船なんだから」
「でもおにーちゃんにもあげたい」
そう言われると断れないロイは差し出された風船を受け取った。
スラム街から少しだけ見えた絶対に届くことのないはずだった物が手の中にある不思議さにロイは喜びを見せない。
「ロイにもお土産があるんだよ」
「いらねぇ」
「ロイッ、失礼な口の利き方はやめなさい」
「手懐けようとしても無駄だからな!」
手懐けようとしているのではなく完全な好意だったのだが、ロイにはエリスローズをどうにかするために弟たちから手懐けようとしているように思えて仕方なかった。
父親が怒っても聞く耳を持たず、謝ることもせずにエリスローズのドレスに顔を埋める。
それを眉を下げながらエリスローズが抱き上げると首にしがみつくように抱きつかれ、引き剥がすことはせず赤子をあやすように何度も背中を優しく叩く。
ロイは元々人見知りで誰にも懐かない子供。警戒心が強く、同じスラム街で育ったスペンサーにさえ懐くことはなかった。
「風船、とばしたい」
「ん、いいよ。庭でたくさん作って飛ばそうか」
「メイも!」
「もちろんメイも一緒だよ」
シオンがリオンの服の袖を掴んでもっと風船が欲しいとねだるとリオンは笑顔で頷く。
二つのぬいぐるみを抱きしめて寄ってきたメイも一緒に抱き上げて庭へと出ていく。
「ロイ、彼はこの国の王太子なんだ。失礼があってはいけないよ」
「来てくれなんて言ってないし! 勝手に来ただけの奴になんでペコペコしなきゃいけないんだよ!」
「私たちがここで暮らせているのは全部王太子のおかげなのよ?」
「俺は望んでなかった! あそこでずっと暮らしてるほうが良かった!」
ロイは両親にはあまり感情的になるほうではなかった。理解があって我慢もできる出来すぎた子。
それでもこうして感情的になるのは今日という日をロイが一番楽しみにしていたから。
エリスローズに会える一ヶ月に一度だけの特別な日に王太子という地位ある者が同行者として現れたことが気に入らなかった。
なにより、数日前に王太子から手紙が届いてから両親はずっとソワソワしていた。そして「お行儀よくね」とメイとシオンに何度も言い聞かせている姿が今までの両親とは別人のように見えて嫌だった。
こんな広い場所で暮らしたいと思ったことはない。あのスラム街でもじゅうぶん幸せだったロイからすれば恩着せがましい話でしかない。
「エリーは私たちが幸せになるために頑張ってくれてるの。王太子に嫌われたら──」
「俺だってエリーを幸せにできるッ!!」
今までで一番大声を張るロイに両親は顔を見合わせて困った顔をしていた。
『上で話してくる』
何を言っているのか伝わらなかったかもしれないが、二階を指差すエリスローズに両親は頷いて見送った。
「俺、わがまま言った……」
その言葉にエリスローズはゆっくり首を振る。
まだ十歳。わがままを言って当然だ。エリスローズからすればロイはわがままを言わなすぎる。これぐらい言ったところでわがままにも入らない。
「俺は……俺たちの幸せのためにエリーがしんどい思いをするのが嫌なんだ……」
優しい言葉に目を細めるが、ずっとそんな思いを抱いて過ごしているのだろうかと少し心配になる。
ロイの部屋に入るもやはり物は増えていない。街に出て好きな物を買えるお金は渡しているはずなのに何も買っていない。
家に入ってすぐそう思った。一ヶ月前と同じ物しかなく、新しい物は何も増えていなかった。
そういう人たちだとわかっている。娘が犠牲になって手に入れたお金を湯水の如く使うはずがないと。
だが、せっかく手に入れたお金なのだから好きに使ってほしい。
言っても頷きはしないだろうからエリスローズも言わない。
『ロイ』
「声はいつ戻る?」
部屋に入ってベッドに腰掛けると険しかったロイの表情が少し落ち着く。
口を動かすだけで出ない声。名前を呼んでいるだろう口は動くだけで声は聞こえない。
毎日嫌というほど名前を呼んでくれたエリスローズの声が恋しい。
『エリーナ様が戻ったら』
「いつ戻る?」
既に話したことだとロイもわかっている。
それでもこの二ヶ月、エリスローズがいない生活に慣れないまま過ごしてきた。
寝ても覚めてもいない。どこを探しても見つからない。名前を呼んでも返事がない。
ここにエリスローズがいて一緒に暮らしていればロイもこの家を好きになれた。
二人で寝ても大きなベッドで横になって一緒に昼寝をする。庭に出て一緒にボールで遊ぶ。料理をする。洗濯をする。おやつを食べる。
理想的な生活の中にエリスローズだけがいない違和感を自分だけが感じているように思うのも嫌だった。
エリスローズがいないのに笑い合う家族がどんどん嫌いになっていく。
こんな生活があとどれぐらい続くのか、もう一緒に暮らせないのではないかと考えるだけで息が詰まりそうになった。
「王太子と仲良いの?」
首を振るエリスローズにロイが眉を下げる。
「でもアイツはエリーって呼べるって嬉しそうだった」
『優しい人だから』
かろうじてわかったエリスローズの言いたいことにまたロイの腕が首に絡んでギュッと抱きつく。
「……好きになった?」
こぼれた言葉にエリスローズが震える。
顔を上げたロイの目に映ったのは笑っているエリスローズ。
「何笑ってんだよ……。真剣に聞いてるんだからな」
拗ねた表情に変わったロイの額に口付けると今度はエリスローズがギュッと抱きしめる。
「答えろよ……」
入城する前ならこうしたまま囁いてくれたのに今は何も聞こえない。
肩に顔を埋めて呟くように言葉を発したロイの髪をエリスローズが何度も撫でる。
『好きじゃない』
身体を離して短い言葉でそう答える。
だがロイは安堵を見せない。
エリスローズは嘘つきで、いつだって本当のことを言わない。
疲れているのに元気が有り余っていると言い、空腹なのに満腹と言う。いつも笑顔で。
だからこの笑顔もその言葉も本当かわからない。
駄々をこねる弟を傷つけないための嘘かもしれないと疑ってしまう。
「キャーッ!」
メイの大きな声に慌ててテラスから下を覗き込んだ二人は目の前の光景に目を見開いた。
色とりどりの風船が空へと舞い上がっていく。
お祭りでもなんでもない日に舞い上がる風船。これは皆のためではなくシオンのため。
両手を叩いて喜ぶメイと口を開けたまま空を見上げるシオン。
「シオンは何色が好き?」
「赤」
「赤か。良い色だね。僕も赤が好きだな」
その言葉に微笑むシオンが手に持っていた赤い風船を空へと離した。
「よかったのかい?」
「だってみんないっしょがいいから」
「そうだね。確かにそうだ」
一緒に空を見上げる二人にエリスローズは安堵する。
リオンは少し強引なところがあって、シオンがどう対応するか心配だったがもうそれも必要ない。
「おかーさ」
「ん?」
「おかーさ」
「ああ、お母さん? じゃあこの子はお父さんかな?」
「ん」
満足げに頷くメイの前に座るとメイはその膝の上に当たり前のように座った。
慌てているのは両親と兵士だけでリオンは何も気にしていない。
「ね、絵本を持ってきて」
「あ、はい!」
「シオンもおいで。本を読んであげよう」
「いいの?」
「もちろん。たくさん持ってきたから時間いっぱい読んであげるよ」
二人で膝に座るとメイとシオンの表情が綻ぶ。
兵士たちは抱えてきた本をシートを広げてからその上に置いた。
「どれから読もうか? これはメイの大好きなウサギさんが出てくる絵本だよ。ギュッギュッてするんだ」
「こえ!」
「じゃあこれにしよう。次はシオンが好きなの読もうね」
「うん!」
晴れた空の下、緑の芝生の上に直接腰掛けながら二人の子供を膝に乗せて絵本を読み聞かせる。
文字が読めない二人にとって絵で伝わる絵本はきっと新しい世界に見えただろう。
一ページめくるごとにぬいぐるみを抱きしめるメイの頭を撫でるシオン。
「ギュッ!」
「あっはっはっ! 苦しいよメイ」
読み終わったメイが加減を知らず力いっぱいリオンを抱きしめるとリオンはそれを受け止めて嬉しそうに笑う。
「シオンもしてくれるのかい? ふふふっ、嬉しいなぁ」
遠慮がちではあったが、絵本に影響されて抱きしめるシオンの背中にも腕を回して最後はリオンが二人を一緒に抱きしめた。
歳の離れたきょうだいのように見える三人をエリスローズが微笑ましげに見つめる。
「あ、ロイ!」
二人を抱きしめたままゴロンと寝転がったロイの視界に二階から様子を見ていた二人が映り、手を振る。
エリスローズではなくロイの名前を呼んだリオンはそのまま手招きするが、ロイは無視をした。
「あとでいいよ。君に渡したい物があるんだ」
「いらねぇって言っただろ」
静かに答えるロイの態度は崩れない。
「一緒に字を勉強しよう」
その言葉にロイがピクッと反応を見せた。
「字の本をたくさん持ってきたから」
「エリーとする」
「エリーへの手紙に書く言葉をエリーと勉強するのかい?」
字が書けるようになりたいとエリスローズには言った。
手紙のやりとりができるようになれば今の寂しさも少しは薄れるはずだと思っているから。
エリスローズなら優しく教えてくれるし、なにより独占できる。だからエリスローズとすると答えるロイにリオンは意地悪な問いを飛ばした。
手紙を送ればきっとエリスローズは驚くだろう。だが、ロイが考えている一通目の内容を見れば更に驚くはず。
書きたい言葉から覚えたいロイにとってリオンの言葉は鬱陶しいが反論できないもので、不愉快そうな顔をしながらも「やってやってもいいけど」と答えた。
「じゃあ絵本を読み終えたら勉強しよう」
「絵本は?」
「絵本も読むし、勉強もするよ。皆一緒がいいからね」
シオンにとってリオンは良い人間だったのだろう。
普段からおねだりなどしないシオンが珍しくおねだりをしている。
ボールで遊ぶかぬいぐるみで遊ぶかしかなかった二人にとって絵本や風船を与えてくれたリオンは優しくて良い人。
ロイだけがまだリオンという男の下心を疑っていた。
「す、い!」
リビングに運ばれた大量の玩具にシオンとメイが目を輝かせながらそれを見つめていた。
けして触れようとはしない彼らにリオンが近付いてぬいぐるみを一つ取ってメイに渡す。
「これはメイにプレゼントだよ」
「メイの?」
「そうだよ。その子の家族にしてくれるかい?」
メイが抱えている汚れたぬいぐるみを指差して目の前でぬいぐるみを揺らす。
自分のぬいぐるみとリオンが持つぬいぐるみを交互に見ては不思議そうな顔をしたあと、メイは嬉しそうな顔でぬいぐるみを受け取った。
街から落ちてきたぬいぐるみを持って帰ったときのメイの喜びようを思い出してはエリスローズも笑顔になる。
「シオンにはこれ。風船だよ。まだまだたくさんあるからあとで膨らませて空に飛ばそう」
「…………」
三つほど膨らましてから持ってきた風船を渡そうとしてもシオンはメイと違って喜ばない。
手を後ろに回して俯いている。
「あれ? 風船は嫌いかい?」
問いかけてからエリスローズに振り返るもエリスローズもわからず首を傾げている。
「お金……もってない」
その言葉にメイ以外全員の表情が固くなった。
シオンはまだ五歳。そんな子供が物を受け取るのにお金がないと言ってしまう、言わせてしまう現実に両親もエリスローズも唇を噛み締める。
「シオン、プレゼントをもらうのにお金はいらないんだよ。これは売り物じゃなくてシオンのために持ってきたんだから。手を出して受け取ってくれたら嬉しいな」
「もらっても、いいの?」
「もちろんだよ。君のために持ってきた風船だからね」
両親に振り返って確認するシオンに両親は頷く。
「ありがとう!」
嬉しそうに笑って風船を受け取ったシオンはその赤い風船をまるで宝石でも見ているかのように輝く瞳で見つめていた。
「メイも!」
「一つ上げる。おにーちゃんもあげる」
欲しがるメイに快く一つ渡すとシオンはロイにもと渡しに行くが、ロイは受け取らなかった。
「お前が両手に持てばいいよ。お前の風船なんだから」
「でもおにーちゃんにもあげたい」
そう言われると断れないロイは差し出された風船を受け取った。
スラム街から少しだけ見えた絶対に届くことのないはずだった物が手の中にある不思議さにロイは喜びを見せない。
「ロイにもお土産があるんだよ」
「いらねぇ」
「ロイッ、失礼な口の利き方はやめなさい」
「手懐けようとしても無駄だからな!」
手懐けようとしているのではなく完全な好意だったのだが、ロイにはエリスローズをどうにかするために弟たちから手懐けようとしているように思えて仕方なかった。
父親が怒っても聞く耳を持たず、謝ることもせずにエリスローズのドレスに顔を埋める。
それを眉を下げながらエリスローズが抱き上げると首にしがみつくように抱きつかれ、引き剥がすことはせず赤子をあやすように何度も背中を優しく叩く。
ロイは元々人見知りで誰にも懐かない子供。警戒心が強く、同じスラム街で育ったスペンサーにさえ懐くことはなかった。
「風船、とばしたい」
「ん、いいよ。庭でたくさん作って飛ばそうか」
「メイも!」
「もちろんメイも一緒だよ」
シオンがリオンの服の袖を掴んでもっと風船が欲しいとねだるとリオンは笑顔で頷く。
二つのぬいぐるみを抱きしめて寄ってきたメイも一緒に抱き上げて庭へと出ていく。
「ロイ、彼はこの国の王太子なんだ。失礼があってはいけないよ」
「来てくれなんて言ってないし! 勝手に来ただけの奴になんでペコペコしなきゃいけないんだよ!」
「私たちがここで暮らせているのは全部王太子のおかげなのよ?」
「俺は望んでなかった! あそこでずっと暮らしてるほうが良かった!」
ロイは両親にはあまり感情的になるほうではなかった。理解があって我慢もできる出来すぎた子。
それでもこうして感情的になるのは今日という日をロイが一番楽しみにしていたから。
エリスローズに会える一ヶ月に一度だけの特別な日に王太子という地位ある者が同行者として現れたことが気に入らなかった。
なにより、数日前に王太子から手紙が届いてから両親はずっとソワソワしていた。そして「お行儀よくね」とメイとシオンに何度も言い聞かせている姿が今までの両親とは別人のように見えて嫌だった。
こんな広い場所で暮らしたいと思ったことはない。あのスラム街でもじゅうぶん幸せだったロイからすれば恩着せがましい話でしかない。
「エリーは私たちが幸せになるために頑張ってくれてるの。王太子に嫌われたら──」
「俺だってエリーを幸せにできるッ!!」
今までで一番大声を張るロイに両親は顔を見合わせて困った顔をしていた。
『上で話してくる』
何を言っているのか伝わらなかったかもしれないが、二階を指差すエリスローズに両親は頷いて見送った。
「俺、わがまま言った……」
その言葉にエリスローズはゆっくり首を振る。
まだ十歳。わがままを言って当然だ。エリスローズからすればロイはわがままを言わなすぎる。これぐらい言ったところでわがままにも入らない。
「俺は……俺たちの幸せのためにエリーがしんどい思いをするのが嫌なんだ……」
優しい言葉に目を細めるが、ずっとそんな思いを抱いて過ごしているのだろうかと少し心配になる。
ロイの部屋に入るもやはり物は増えていない。街に出て好きな物を買えるお金は渡しているはずなのに何も買っていない。
家に入ってすぐそう思った。一ヶ月前と同じ物しかなく、新しい物は何も増えていなかった。
そういう人たちだとわかっている。娘が犠牲になって手に入れたお金を湯水の如く使うはずがないと。
だが、せっかく手に入れたお金なのだから好きに使ってほしい。
言っても頷きはしないだろうからエリスローズも言わない。
『ロイ』
「声はいつ戻る?」
部屋に入ってベッドに腰掛けると険しかったロイの表情が少し落ち着く。
口を動かすだけで出ない声。名前を呼んでいるだろう口は動くだけで声は聞こえない。
毎日嫌というほど名前を呼んでくれたエリスローズの声が恋しい。
『エリーナ様が戻ったら』
「いつ戻る?」
既に話したことだとロイもわかっている。
それでもこの二ヶ月、エリスローズがいない生活に慣れないまま過ごしてきた。
寝ても覚めてもいない。どこを探しても見つからない。名前を呼んでも返事がない。
ここにエリスローズがいて一緒に暮らしていればロイもこの家を好きになれた。
二人で寝ても大きなベッドで横になって一緒に昼寝をする。庭に出て一緒にボールで遊ぶ。料理をする。洗濯をする。おやつを食べる。
理想的な生活の中にエリスローズだけがいない違和感を自分だけが感じているように思うのも嫌だった。
エリスローズがいないのに笑い合う家族がどんどん嫌いになっていく。
こんな生活があとどれぐらい続くのか、もう一緒に暮らせないのではないかと考えるだけで息が詰まりそうになった。
「王太子と仲良いの?」
首を振るエリスローズにロイが眉を下げる。
「でもアイツはエリーって呼べるって嬉しそうだった」
『優しい人だから』
かろうじてわかったエリスローズの言いたいことにまたロイの腕が首に絡んでギュッと抱きつく。
「……好きになった?」
こぼれた言葉にエリスローズが震える。
顔を上げたロイの目に映ったのは笑っているエリスローズ。
「何笑ってんだよ……。真剣に聞いてるんだからな」
拗ねた表情に変わったロイの額に口付けると今度はエリスローズがギュッと抱きしめる。
「答えろよ……」
入城する前ならこうしたまま囁いてくれたのに今は何も聞こえない。
肩に顔を埋めて呟くように言葉を発したロイの髪をエリスローズが何度も撫でる。
『好きじゃない』
身体を離して短い言葉でそう答える。
だがロイは安堵を見せない。
エリスローズは嘘つきで、いつだって本当のことを言わない。
疲れているのに元気が有り余っていると言い、空腹なのに満腹と言う。いつも笑顔で。
だからこの笑顔もその言葉も本当かわからない。
駄々をこねる弟を傷つけないための嘘かもしれないと疑ってしまう。
「キャーッ!」
メイの大きな声に慌ててテラスから下を覗き込んだ二人は目の前の光景に目を見開いた。
色とりどりの風船が空へと舞い上がっていく。
お祭りでもなんでもない日に舞い上がる風船。これは皆のためではなくシオンのため。
両手を叩いて喜ぶメイと口を開けたまま空を見上げるシオン。
「シオンは何色が好き?」
「赤」
「赤か。良い色だね。僕も赤が好きだな」
その言葉に微笑むシオンが手に持っていた赤い風船を空へと離した。
「よかったのかい?」
「だってみんないっしょがいいから」
「そうだね。確かにそうだ」
一緒に空を見上げる二人にエリスローズは安堵する。
リオンは少し強引なところがあって、シオンがどう対応するか心配だったがもうそれも必要ない。
「おかーさ」
「ん?」
「おかーさ」
「ああ、お母さん? じゃあこの子はお父さんかな?」
「ん」
満足げに頷くメイの前に座るとメイはその膝の上に当たり前のように座った。
慌てているのは両親と兵士だけでリオンは何も気にしていない。
「ね、絵本を持ってきて」
「あ、はい!」
「シオンもおいで。本を読んであげよう」
「いいの?」
「もちろん。たくさん持ってきたから時間いっぱい読んであげるよ」
二人で膝に座るとメイとシオンの表情が綻ぶ。
兵士たちは抱えてきた本をシートを広げてからその上に置いた。
「どれから読もうか? これはメイの大好きなウサギさんが出てくる絵本だよ。ギュッギュッてするんだ」
「こえ!」
「じゃあこれにしよう。次はシオンが好きなの読もうね」
「うん!」
晴れた空の下、緑の芝生の上に直接腰掛けながら二人の子供を膝に乗せて絵本を読み聞かせる。
文字が読めない二人にとって絵で伝わる絵本はきっと新しい世界に見えただろう。
一ページめくるごとにぬいぐるみを抱きしめるメイの頭を撫でるシオン。
「ギュッ!」
「あっはっはっ! 苦しいよメイ」
読み終わったメイが加減を知らず力いっぱいリオンを抱きしめるとリオンはそれを受け止めて嬉しそうに笑う。
「シオンもしてくれるのかい? ふふふっ、嬉しいなぁ」
遠慮がちではあったが、絵本に影響されて抱きしめるシオンの背中にも腕を回して最後はリオンが二人を一緒に抱きしめた。
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静かに答えるロイの態度は崩れない。
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「字の本をたくさん持ってきたから」
「エリーとする」
「エリーへの手紙に書く言葉をエリーと勉強するのかい?」
字が書けるようになりたいとエリスローズには言った。
手紙のやりとりができるようになれば今の寂しさも少しは薄れるはずだと思っているから。
エリスローズなら優しく教えてくれるし、なにより独占できる。だからエリスローズとすると答えるロイにリオンは意地悪な問いを飛ばした。
手紙を送ればきっとエリスローズは驚くだろう。だが、ロイが考えている一通目の内容を見れば更に驚くはず。
書きたい言葉から覚えたいロイにとってリオンの言葉は鬱陶しいが反論できないもので、不愉快そうな顔をしながらも「やってやってもいいけど」と答えた。
「じゃあ絵本を読み終えたら勉強しよう」
「絵本は?」
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普段からおねだりなどしないシオンが珍しくおねだりをしている。
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