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エリスローズは同道する
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何がそんなに嬉しいのだろう。
リオンは朝からずっと上機嫌だった。
エリスローズの家族が暮らすリオンの別荘に向かう馬車は二台。一台はエリスローズとリオンが乗り、後ろから来るもう一台にはプレゼントがギッシリ。
周りを囲む馬に乗った騎士たちでさえ若干引いているように見える。
『本当に来たんですね』
「もちろんさ。今日こうして一日出かけるために今日の仕事を早回しして終わらせたんだよ」
ここのところ、リオンは本当に忙しかった。少し顔を覗かせては少し話をして去っていく。
いつもならカーラに呆れられるほど話し込むのだが、ここ数日はカーラも驚くほど忙しなく動いていた。
(その意欲はどこから来るのかしら?)
両親に会ったところで特別なことはない。それなのになぜ会いたがるのだろうと首を傾げるエリスローズの視界にいるのは窓の外を眺めながら鼻歌を歌うリオン。
「懐かしいな。昔はよくこの道を通ったよ」
『あの別荘はよく使っていたのですか?』
「結婚したばかりの頃はね。エリーナが行きたいって言って週に二日はあそこで過ごしてた」
『怒られませんでした?』
「怒られたさ。でもエリーナが行きたいと言うんだって言ったら不思議とそれ以上は怒られなかったからいつもそう言ってた」
誰もエリーナには逆らえない。逆らえるのであれば無責任な王太子妃など必要ないと離婚させるだろう。だがそうしないのはエリーナの後ろにいるオリヒオの国王が怖いから。
いわばアクティーにとってエリーナは金の成る木。手放そうとしないのは当然と言える。
一般市民と違って簡単に離婚と言い出せないのは面倒だとエリーナは余計に王族や貴族に生まれなくてよかったと思った。
『どうして行かなくなったんですか?』
懐かしいということは最近はもう行っていないということ。
「エリーナがあの場所に興味を失ったからだよ」
エリスローズからすればあの家は豪邸で立派すぎる場所。
一年間寝ずに働いても買えないだろう物件。
そこに飽きてしまうエリーナは何が贅沢かさえもわからなくなっているのではないかと思った。
『だから貸してくれたのですか?』
「お気に入りだったから貸したんだ。エリーナのわがままのせいで巻き込んでしまう家族にはそれなりの対応をしたかった。あれがそれに相応しいかはわからないけど、住み心地は悪くないはずだからね」
相応しいどころか自分たちには分不相応すぎるほど素晴らしい場所。
暖かなベッドもあれば暖を取れる物もあって風も雨も入ってこない。
おまけに兵士たちによくしてもらっているのだから文句などあるはずもない。
『家が汚れていたらすみません』
「それだけ使ってるってことだよ。むしろ嬉しいぐらいだよ」
懐の大きな人だと改めて実感する。
『スラム街の人間に会ったことはありますか?』
「……恥ずかしながらないんだ」
笑顔が途端に消えたリオンは王太子でありながら上辺しか見ていない自分に苦笑する。
エリスローズは知っている。この十九年間一度も王太子が訪問してきたという話を聞いたことがないから。
「でもこれからはちゃんと様子を見に行きたいと思ってる」
『やめておいたほうがいいですよ』
驚いた顔をするリオンに首を振るエリスローズが見ているのは膝の上のノート。
『スラム街で生きる人間に王族貴族を良く思っている者はいません。今まで放置しておいて今更なんのようだと思うでしょう』
「でも僕は──」
『リオン様がスラム街のためにできることはなんですか?』
「それは……」
『炊き出し? それとも借家を与えること? お金が入った袋を置いて回ること?』
意地悪な質問だとわかっている。だってできるわけがないのだから。
リオンは言った。自分に決定権はないのだと。
そんな人間がスラム街を訪れてもスラムの人間は誰も期待しない。それどころか勘繰って石を投げるかもしれない。
今更すぎるのだとエリスローズは首を振る。
『皆はパフォーマンスだと思うでしょう』
「そっか……」
『何もできないのなら何もしなくていいんです。何もできないのにしようとするのは迷惑でしかありませんから』
ハッキリ言うエリスローズにリオンは苦笑を滲ませたまま頬を掻く。
何事も全て王が決める。王太子はあくまでも称号であって決定権の有無ではない。
やりたいことはあってもできないもどかしさに拳を握るリオンの手にエリスローズがそっと触れる。
『スラムの人間は誰も期待していないので大丈夫ですよ』
その言葉と微笑みがリオンの胸を突き刺した。
両親が吐き捨てるように言うゴミ捨て場という言葉を鵜呑みにして様子を見に行こうとさえしなかった。
王太子があんな場所を気にするなんて情けない。もっと広い目で見なさいと言われそうしてきた。
エリスローズと話すようになってからリオンは自分を恥じることが多かった。
いずれこの国の王になる男は世間知らずで、こういう人間がいることを見ようともしなかった。
国に期待しない国民がいていいのか。国が豊かになったところでそれの恩恵を受けられない国民がいることは許されるのか。
だが今の自分にはなんの力もない。与えることも変えることもできないのだ。
「僕は帰ったほうがいいかもしれないね」
逆上することもなく受け入れる彼はまともだとエリスローズは首を振る。
『家族はリオン様が来るとそのつもりのはずです。帰るにしても会ってからにしてください』
「帰るなとは言ってくれないんだね」
『リオン様の決断ですからね』
「君らしいな」
会いに行くと言ったのは自分なのに会わないのは失礼かと思い直したリオンは懐かしい景色が流れていくのを見ていた。
人が混み合う都会から人などほとんどいない田舎へと続く道。
首都クレーネから三十分馬車を走らせるだけでこんなにも田舎に出てくるのだとそんなことも忘れてしまうほどあの別荘には行っていない。
リオンにとってはもう昔の思い出。
「やあ、すまないね急に」
「とんでもない! お会いできるなど光栄です!」
「王太子殿下の別荘の警備にあたれるなど光栄の極み!」
慌ててドアを開けて道を作る兵士が二人、リオンの前で笑顔を見せる。
住んでいるのがスラム街から来た者だとしても兵士にとっては王太子の別荘を警備しているという任務には変わりない。
国に仕えているからといっても王族に会える兵士はごくわずか。
「荷物下ろすの手伝ってくれるかな? たくさんあるから大変で」
「我らにお任せを!」
「頼んだよ」
誰かに頼み事をしているリオンを見るのは初めてではないが、何度見ても頼み慣れていると感心する。
物腰柔らかなリオンに頼まれると誰も嫌な気を起こさないのだろう。
親の手伝いをする子供のようにウキウキしているようにも見えた。
「やあ」
馬車から運び出されていくプレゼントを見ていたエリスローズの耳に届いた別の誰かへの挨拶に顔を向けると家族が待っていた。
しかしエリスローズは駆け寄らなかった。
「お、おおおおおおおお王太子殿下、ご、ごごごごごごご機嫌──」
「こんにちは!」
「こん、は!」
緊張しすぎている父親が挨拶を終える前にシオンとメイが笑顔で挨拶をした。
リオンは二人の目の前にしゃがんで笑顔を見せる。
「こんにちは。えーっと、シオンとメイかな?」
「うん!」
「うん!」
「元気がいいね」
大きく頷き大きな声で返事をする二人にリオンの笑顔に輝きが増す。
「君がロイ?」
「……どうも……」
「ロイ、ちゃんと返事なさい。この方は王太子様なのよ」
「別に来てって言ってないし。勝手に来たんじゃん」
「ロイッ」
ロイだけが歓迎を見せない。
母親に怒られても気にせず、唇を尖らせながらエリスローズを見た。
『ご挨拶は?』
紙に書いた文字をリオンに読んでくれるよう見せるもリオンは首を振る。
「いいよ、そんなの。ロイの言う通り、僕が一方的に手紙を送りつけて来ちゃったんだから。無理強いしないであげて」
リオンだけにわかるエリスローズの文字。何が書いてあるのか、家族の誰もそれを読むことはできない。
更に不愉快そうな顔をするロイがエリスローズの傍に寄って抱きついた。
「ロイはエリーナが好きなんだね」
「エリーナって呼ぶな! エリーは──んんっ」
本名を言おうとするロイの口をエリスローズが塞いだ。
何をするんだと顔を上げるロイにエリスローズは首を振って見せる。
何が言いたいのかはわかったため顔を下げたロイはその手を握る。
「君、エリーって言うのかい?」
パアッと表情を明るめるリオンに苦笑しながら頷いた。
「じゃあこれからは君をエリーって呼ぶよ。エリーって呼ぶのは誰も不審に思わないだろうからね」
エリスローズにとってもエリーナと呼ばれるよりはエリーと呼ばれたほうがいいのだが、少し心配なこともあった。
『エリーナ様のことはエリーと呼んでいたのですか?』
「いや、一度もそう呼んだことはないよ」
『急にエリーと呼ぶのは変に思われませんか?』
「夫が妻を愛称で呼ぶことの何がおかしいんだい?」
『エリーナ様のことは愛称で呼ばなかったのに、身代わりを愛称で呼ぶのは変です』
「そんなこと誰も気にしないよ」
『必要以上に仲良くしないよう言われているんです』
「んー……じゃあ屁理屈で通そう。君は仲良くしてくれないけど、仲良くしてほしいから僕が君を愛称で呼ぶことにしたと」
それを屁理屈だと言うとまるで本当は仲良くしているという風に聞こえるのではないかと家族を見るも家族は逆にその言葉に安堵したように微笑みを浮かべていた。
「来月は結婚記念パーティーがあるんだ。愛称で呼んでいるのを聞けば皆良い風に思ってくれるさ」
『エリーナ様のこともそう呼ばなければならなくなりますよ?』
「……首を絞めてしまったな」
苦笑しながら頬を掻くリオンに笑うエリスローズを見たロイが手を引っ張って中に入っていく。
「ロイ、ちゃんとご挨拶なさい! ロ──……全く……すみません。息子の無礼をお許しください」
「どうか怒らないでやってほしい。きっと僕がエリーと一緒に来たから気に入らないんだと思う。僕にもそういう頃があったから」
「寛大なお心に感謝します」
夫婦揃って頭を下げる様子に胸の前で両手を振りながら笑顔を見せるリオン。
そんな笑顔に両親はひどく安心した顔でドアを両方を開けた。
「さ、中へどうぞ」
二人に促されて中へ入っていくリオンはエリーナと一緒に初めてこの別荘を訪れた日のことを思い出していた。
キャッキャッとハシャぐ天真爛漫な娘。短いが愛の巣として過ごした思い出の場所。
誰かに貸してもいいと思えるほど今ではどうでもいい場所となっている。
見渡すと何も変っていない懐かしの場所。
だがそこに今はエリーナと同じ顔をした別人がいる。優しい笑顔を浮かべながら弟を抱っこしている姿をリオンは目を細めながら見つめていた。
リオンは朝からずっと上機嫌だった。
エリスローズの家族が暮らすリオンの別荘に向かう馬車は二台。一台はエリスローズとリオンが乗り、後ろから来るもう一台にはプレゼントがギッシリ。
周りを囲む馬に乗った騎士たちでさえ若干引いているように見える。
『本当に来たんですね』
「もちろんさ。今日こうして一日出かけるために今日の仕事を早回しして終わらせたんだよ」
ここのところ、リオンは本当に忙しかった。少し顔を覗かせては少し話をして去っていく。
いつもならカーラに呆れられるほど話し込むのだが、ここ数日はカーラも驚くほど忙しなく動いていた。
(その意欲はどこから来るのかしら?)
両親に会ったところで特別なことはない。それなのになぜ会いたがるのだろうと首を傾げるエリスローズの視界にいるのは窓の外を眺めながら鼻歌を歌うリオン。
「懐かしいな。昔はよくこの道を通ったよ」
『あの別荘はよく使っていたのですか?』
「結婚したばかりの頃はね。エリーナが行きたいって言って週に二日はあそこで過ごしてた」
『怒られませんでした?』
「怒られたさ。でもエリーナが行きたいと言うんだって言ったら不思議とそれ以上は怒られなかったからいつもそう言ってた」
誰もエリーナには逆らえない。逆らえるのであれば無責任な王太子妃など必要ないと離婚させるだろう。だがそうしないのはエリーナの後ろにいるオリヒオの国王が怖いから。
いわばアクティーにとってエリーナは金の成る木。手放そうとしないのは当然と言える。
一般市民と違って簡単に離婚と言い出せないのは面倒だとエリーナは余計に王族や貴族に生まれなくてよかったと思った。
『どうして行かなくなったんですか?』
懐かしいということは最近はもう行っていないということ。
「エリーナがあの場所に興味を失ったからだよ」
エリスローズからすればあの家は豪邸で立派すぎる場所。
一年間寝ずに働いても買えないだろう物件。
そこに飽きてしまうエリーナは何が贅沢かさえもわからなくなっているのではないかと思った。
『だから貸してくれたのですか?』
「お気に入りだったから貸したんだ。エリーナのわがままのせいで巻き込んでしまう家族にはそれなりの対応をしたかった。あれがそれに相応しいかはわからないけど、住み心地は悪くないはずだからね」
相応しいどころか自分たちには分不相応すぎるほど素晴らしい場所。
暖かなベッドもあれば暖を取れる物もあって風も雨も入ってこない。
おまけに兵士たちによくしてもらっているのだから文句などあるはずもない。
『家が汚れていたらすみません』
「それだけ使ってるってことだよ。むしろ嬉しいぐらいだよ」
懐の大きな人だと改めて実感する。
『スラム街の人間に会ったことはありますか?』
「……恥ずかしながらないんだ」
笑顔が途端に消えたリオンは王太子でありながら上辺しか見ていない自分に苦笑する。
エリスローズは知っている。この十九年間一度も王太子が訪問してきたという話を聞いたことがないから。
「でもこれからはちゃんと様子を見に行きたいと思ってる」
『やめておいたほうがいいですよ』
驚いた顔をするリオンに首を振るエリスローズが見ているのは膝の上のノート。
『スラム街で生きる人間に王族貴族を良く思っている者はいません。今まで放置しておいて今更なんのようだと思うでしょう』
「でも僕は──」
『リオン様がスラム街のためにできることはなんですか?』
「それは……」
『炊き出し? それとも借家を与えること? お金が入った袋を置いて回ること?』
意地悪な質問だとわかっている。だってできるわけがないのだから。
リオンは言った。自分に決定権はないのだと。
そんな人間がスラム街を訪れてもスラムの人間は誰も期待しない。それどころか勘繰って石を投げるかもしれない。
今更すぎるのだとエリスローズは首を振る。
『皆はパフォーマンスだと思うでしょう』
「そっか……」
『何もできないのなら何もしなくていいんです。何もできないのにしようとするのは迷惑でしかありませんから』
ハッキリ言うエリスローズにリオンは苦笑を滲ませたまま頬を掻く。
何事も全て王が決める。王太子はあくまでも称号であって決定権の有無ではない。
やりたいことはあってもできないもどかしさに拳を握るリオンの手にエリスローズがそっと触れる。
『スラムの人間は誰も期待していないので大丈夫ですよ』
その言葉と微笑みがリオンの胸を突き刺した。
両親が吐き捨てるように言うゴミ捨て場という言葉を鵜呑みにして様子を見に行こうとさえしなかった。
王太子があんな場所を気にするなんて情けない。もっと広い目で見なさいと言われそうしてきた。
エリスローズと話すようになってからリオンは自分を恥じることが多かった。
いずれこの国の王になる男は世間知らずで、こういう人間がいることを見ようともしなかった。
国に期待しない国民がいていいのか。国が豊かになったところでそれの恩恵を受けられない国民がいることは許されるのか。
だが今の自分にはなんの力もない。与えることも変えることもできないのだ。
「僕は帰ったほうがいいかもしれないね」
逆上することもなく受け入れる彼はまともだとエリスローズは首を振る。
『家族はリオン様が来るとそのつもりのはずです。帰るにしても会ってからにしてください』
「帰るなとは言ってくれないんだね」
『リオン様の決断ですからね』
「君らしいな」
会いに行くと言ったのは自分なのに会わないのは失礼かと思い直したリオンは懐かしい景色が流れていくのを見ていた。
人が混み合う都会から人などほとんどいない田舎へと続く道。
首都クレーネから三十分馬車を走らせるだけでこんなにも田舎に出てくるのだとそんなことも忘れてしまうほどあの別荘には行っていない。
リオンにとってはもう昔の思い出。
「やあ、すまないね急に」
「とんでもない! お会いできるなど光栄です!」
「王太子殿下の別荘の警備にあたれるなど光栄の極み!」
慌ててドアを開けて道を作る兵士が二人、リオンの前で笑顔を見せる。
住んでいるのがスラム街から来た者だとしても兵士にとっては王太子の別荘を警備しているという任務には変わりない。
国に仕えているからといっても王族に会える兵士はごくわずか。
「荷物下ろすの手伝ってくれるかな? たくさんあるから大変で」
「我らにお任せを!」
「頼んだよ」
誰かに頼み事をしているリオンを見るのは初めてではないが、何度見ても頼み慣れていると感心する。
物腰柔らかなリオンに頼まれると誰も嫌な気を起こさないのだろう。
親の手伝いをする子供のようにウキウキしているようにも見えた。
「やあ」
馬車から運び出されていくプレゼントを見ていたエリスローズの耳に届いた別の誰かへの挨拶に顔を向けると家族が待っていた。
しかしエリスローズは駆け寄らなかった。
「お、おおおおおおおお王太子殿下、ご、ごごごごごごご機嫌──」
「こんにちは!」
「こん、は!」
緊張しすぎている父親が挨拶を終える前にシオンとメイが笑顔で挨拶をした。
リオンは二人の目の前にしゃがんで笑顔を見せる。
「こんにちは。えーっと、シオンとメイかな?」
「うん!」
「うん!」
「元気がいいね」
大きく頷き大きな声で返事をする二人にリオンの笑顔に輝きが増す。
「君がロイ?」
「……どうも……」
「ロイ、ちゃんと返事なさい。この方は王太子様なのよ」
「別に来てって言ってないし。勝手に来たんじゃん」
「ロイッ」
ロイだけが歓迎を見せない。
母親に怒られても気にせず、唇を尖らせながらエリスローズを見た。
『ご挨拶は?』
紙に書いた文字をリオンに読んでくれるよう見せるもリオンは首を振る。
「いいよ、そんなの。ロイの言う通り、僕が一方的に手紙を送りつけて来ちゃったんだから。無理強いしないであげて」
リオンだけにわかるエリスローズの文字。何が書いてあるのか、家族の誰もそれを読むことはできない。
更に不愉快そうな顔をするロイがエリスローズの傍に寄って抱きついた。
「ロイはエリーナが好きなんだね」
「エリーナって呼ぶな! エリーは──んんっ」
本名を言おうとするロイの口をエリスローズが塞いだ。
何をするんだと顔を上げるロイにエリスローズは首を振って見せる。
何が言いたいのかはわかったため顔を下げたロイはその手を握る。
「君、エリーって言うのかい?」
パアッと表情を明るめるリオンに苦笑しながら頷いた。
「じゃあこれからは君をエリーって呼ぶよ。エリーって呼ぶのは誰も不審に思わないだろうからね」
エリスローズにとってもエリーナと呼ばれるよりはエリーと呼ばれたほうがいいのだが、少し心配なこともあった。
『エリーナ様のことはエリーと呼んでいたのですか?』
「いや、一度もそう呼んだことはないよ」
『急にエリーと呼ぶのは変に思われませんか?』
「夫が妻を愛称で呼ぶことの何がおかしいんだい?」
『エリーナ様のことは愛称で呼ばなかったのに、身代わりを愛称で呼ぶのは変です』
「そんなこと誰も気にしないよ」
『必要以上に仲良くしないよう言われているんです』
「んー……じゃあ屁理屈で通そう。君は仲良くしてくれないけど、仲良くしてほしいから僕が君を愛称で呼ぶことにしたと」
それを屁理屈だと言うとまるで本当は仲良くしているという風に聞こえるのではないかと家族を見るも家族は逆にその言葉に安堵したように微笑みを浮かべていた。
「来月は結婚記念パーティーがあるんだ。愛称で呼んでいるのを聞けば皆良い風に思ってくれるさ」
『エリーナ様のこともそう呼ばなければならなくなりますよ?』
「……首を絞めてしまったな」
苦笑しながら頬を掻くリオンに笑うエリスローズを見たロイが手を引っ張って中に入っていく。
「ロイ、ちゃんとご挨拶なさい! ロ──……全く……すみません。息子の無礼をお許しください」
「どうか怒らないでやってほしい。きっと僕がエリーと一緒に来たから気に入らないんだと思う。僕にもそういう頃があったから」
「寛大なお心に感謝します」
夫婦揃って頭を下げる様子に胸の前で両手を振りながら笑顔を見せるリオン。
そんな笑顔に両親はひどく安心した顔でドアを両方を開けた。
「さ、中へどうぞ」
二人に促されて中へ入っていくリオンはエリーナと一緒に初めてこの別荘を訪れた日のことを思い出していた。
キャッキャッとハシャぐ天真爛漫な娘。短いが愛の巣として過ごした思い出の場所。
誰かに貸してもいいと思えるほど今ではどうでもいい場所となっている。
見渡すと何も変っていない懐かしの場所。
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