54 / 64
エリスローズは落涙する
しおりを挟む
聖リュミエール祭当日、城の中は賑やかそのものだった。
あちこちに飾り付けられた聖リュミエール祭用のツリーのオーナメント。
アレンの命令で窓には画家に描かせた雪だるまや雪の結晶の絵。
今日だけはメイドのエプロンは白ではなく赤に変更。
ランドルたちは気に入らないと不満がっていたが、メイドたちの中にはこっちのほうが可愛いとハシャぐ者もいた。
「腹いっぱいか?」
「どんだけ食うんだよ」
「まだ半分ぐらいしか入ってねぇ感じだな」
「太るぞ」
「男は少しぐらいガッシリしてるほうがいいんだよ」
「エリーもそう思う?」
いつまでも子供のままではいられないロイは将来自分の身体がどうなっているか想像もつかない。
アレンに似れば背は高くなるだろうが、コリンのように細いままななのか、アレンのようにガッシリとしているのかはわからない。
荷役人夫をすれば必然的にガッシリすると思ってはいてもコリンのようになる可能性もある。
『ロイが元気で健康に育ってくれるならどっちでもいいよ』
「俺が太っても?」
『よく食べてる証だからそれでもいい』
「エリーが太っても俺は愛してるから」
スラム街の子供が太れるなんてまずありえない。それでも太れたのだとしたらよく食べている証拠。
見ているだけできっと嬉しくなってしまうだろう。
どんな子に育ってくれてもいいから健康でいてほしい。
それがエリスローズの唯一の望み。
頬にキスを受けて抱きしめるとロイは首に顔を埋める。
「おっさん、まだ食うのかよ。イベントあんだろ?」
「点灯式と花火な。なんだよ、楽しみにしてんじゃねぇか」
「エリーに見せてやりたいんだから当たり前だろ。さっさと食え」
「待っててくれるとはお優しい坊ちゃんだねぇ」
「エリー、行くぞ。広場でやるから俺らでも迷子にならねーよ」
「待て待て待て待て! 行くって! お前マジで短気だな」
既に食べ終えているロイとエリスローズとリオン。アレンだけがまだ皿に盛った物を食べている。
待たせている側の茶化しに舌打ちをしたロイが膝から降りてエリスローズの手を引いて外へ出ようとするのをアレンが慌てて追いかけていく。
「これかぶれよ」
外に出る直前、ロイに帽子をかぶらせるとアレンが手を繋ぐ。
エリスローズと手を離して歩くロイの顔は不愉快そのものだが、これは全てを台無しにしないための約束。
エリーナが子供を抱っこして城から出てくるのはおかしいし、入っていくのもおかしい。
いつの間に世継ぎがと大騒ぎにならないためにもエリスローズはリオンと手を繋いで歩く。
これはお忍びであるためリオンたちもフードをかぶって広場へと向かった。
「それでは皆様、お待たせしました。カウントダウンの準備はよろしいでしょうか? 十秒前からカウントお願いします!」
「三秒前からでよくね?」
「長いなって思うぐらいのが期待度上がるだろ?」
「わかんね」
「ロマンのない男はモテねぇぞ」
「もう嫁がいるからいーんだよ」
「なら嫁を喜ばせるためにもロマンを勉強しねぇとな」
「おっさんから学ぶロマンなんざねー……」
十秒のカウントダウンが終わると同時に広場の中央に設置してあるモミの木に飾られたオーナメントが一斉に光を放つ。
辺りを照らすほど明るい光とはまた違った灯りが夜空に広がる。
耳を塞ぎたくなるほど大きな音と共に上がる花火。
その光景にロイもエリスローズも言葉を失った。
「キレイだね」
小声で話しかけるリオンにエリスローズは反応しない。
ツリーを見ているのか、花火を見ているのか、驚いた顔で見上げている。
「ロイ、あれが花火っつーもんだ。どうだ、スゲーだろ」
ロイも反応しなかった。埋もれてしまわないようにと抱き上げたロイはエリスローズと同じように驚いた顔で見上げたまま動かない。
「エリー?」
見つめていた横顔が光で照らされることで涙が伝っているのが見えた。
「泣いてるのかい?」
驚いたままだったエリスローズの表情が徐々に歪んでいく。
それは誰が見ても喜びではなく悲しみの涙。
街に出て見るイルミネーションの美しさに涙が溢れる。
どうして同じ国に生まれて同じ国に生きているのに差別があるのだろう。こんなに美しい景色を覗き見ることさえ許されない世界で生きてきた。見るだけで幸せになれる世界に足を踏み入れることさえお金が必要となる。
(どうしてこんなに美しいものを私たちは見ることさえ許されないの……?)
どうして世界はこんなにも自分たちに冷たいのだろう。
考えても仕方ないことをぼんやりと考えていた。
「エリーに会いたい……」
そう呟いたロイにアレンは何も聞かずリオンたちのほうへと向かう。
どこにこれだけの人間がいるんだと問いたくなるほど大勢の人間を掻き分けながら後方にいるリオンたちを掴まえると輪から出るよう顎で指示する。
それに頷いたリオンがエリスローズの肩を抱いて人の輪から外れて少し離れた場所で待機していたアレンと合流した。
「エリー」
手を伸ばすロイを地面に下ろすとそのままエリスローズに駆け寄って抱きつく。
なぜ泣いているのか聞かないロイはわかっているようで、リオンとアレンは顔を見合わせて首を傾げる。
「ロイ、花火キレイだったか?」
答えなかった。
ロイの機嫌ほど難しいものはないと肩を竦めるアレンの横に腰掛けるリオンは暫く二人を見つめていた。
『ごめんなさい』
五分ほどして自らの足で寄ってきたエリスローズが二人に頭を下げる。
頬に伝う涙はもうない。
「どうしたんだい?」
「見せてやりたいって思ったんだよ、エリーは。俺ら、いつもこの音だけは聞いてた。アイツらがギャアギャア騒ぐ声とこのデッケェ音。それが何か見たことなくて、なんだろうって言ってた。メイとシオンはいつもビビってた。こんなキレイなもんだったんだな……」
見せてやりたいと思ったのはロイも同じなのか、懐かしそうに目を細めてエリーの代わりに語る。
「……なんで、俺らはこんなものさえ見ちゃいけねーの?」
瞳を揺らしながら二人に問いかけるロイにリオンは目を逸らし、アレンは立ち上がってロイに近付き地面に腰掛ける。
あぐらをかいて大輪の華が咲く夜空を見上げながら「なんでかねぇ」と漏らした。
「どうやって差別が生まれていったのか、その経緯を知らねぇからなんとも言えねぇが……根本的な理由としては、この国が腐ってるからだろうな。王族だけじゃなく、国民全員が腐ってる。王族だけが腐ってるならお前らだってここら辺を自由に歩き回れるだろうが、国民まで腐りきってるからここでも差別を受ける。花火なんざ誰が見たって何も変わらねぇのによ。夜空に浮かぶ星と同じだろうに、腐りきった人間にはそれがわからねんだろうさ。誰がどこで見たっていいのよ、本当はな」
王族、貴族、平民だけではなく貧困街の者までがスラム街の人間を差別する。
それはあってはならないことなのに当たり前のように存在していて、仕方ないことのように彼らを傷つける。
打ち上げられる花火はこの国の民のため。そこに見ていい階級など存在しないのに、蔓延している差別意識のせいでスラム街の人間は花火の音か空砲かわからない。
「どうせ国民のほとんどが集まってんだからこっそり上がって見りゃよかったんじゃねぇか?」
「バレたときのメンドーさを知らねー奴はこれだから」
「なら毎年、俺がこうして見せてやるよ。来年はお前の家族も一緒にな」
「ホント──……来年もお前と一緒にいるつもりねーんだけど」
「俺も行くとこないしなぁ」
「どこでも行けよ。旅に出ろよ」
「ロイといるの楽しすぎて暫く予定ねぇのよ」
「あっそ」
家族と一緒に見られたらどれほどいいだろうと一瞬期待したロイがすぐに表情を変えてクールに振る舞う。
その様子がおかしくてアレンが笑い、腹を立てたロイがアレンの髪を鷲掴みにする。
「お前らはいいね、眩しいよ」
エリスローズから引き剥がすように無理矢理抱き寄せたロイが猫のように暴れてアレンの髪を引っ張っている。
それを気にすることなく静かな笑みを浮かべながら呟くアレンにロイの動きが止まった。
「こんな小さなことで感動する心があるってのは羨ましいな。俺らは贅沢に慣れすぎて花火を見たぐらいじゃ感動しなくなっちまってる。家族に見せたいとか思うこともな」
アレンの言葉にリオンは頷きこそしないものの同じ気持ちだった。
毎年恒例の冬の花火。エリーナはそれを見てもリオンはそれを見ようとしなかった。むしろ読書の邪魔だと思っていたぐらいだ。
家族集まって見ようとかそういう考えもなかった。
「世界を旅してるとお前に見せたいと思う景色に山ほど出会ったよ。でも涙を流すような経験じゃない」
腕の力を緩めてロイを解放するとロイはそのまま地面に足をついてアレンの前に立った。
「お前さんのその涙は辛い涙かもしれねぇが、俺にはこの花火より美しいものに見えた。不謹慎な言葉だったらすまねぇな」
アレンの言葉にエリスローズが首を振る。
「十年もバカな時間の使い方をしてきた男だからな、俺は。お前に父親だって誇れるような生き方もしてねぇし、話せば軽蔑されるような人生を送ってきた。辛い中で生きてきたお前らは真っ直ぐで立派だ。この国の誰よりも誇れる生き方をしてきたんだよ。羨ましいな」
息子がどこかに売られたのではないかと世界各地を旅しながら探してきた。だが結果的に自分の力では見つけられなかったし、最悪の場合を想定して探すこともしなかった。
王族の血が入った自分の息子をスラム街になど捨てるはずがないと思い込んで十年間も放置した。
変えたいと願っても変えられない過去。どれだけ後悔しても取り返せない過去にアレンは今も後悔し続けている。
それを聞いたロイがアレンの目の前に手を差し出した。
何かわからないが、ロイから手を出してくることなどないためアレンはそのまま手を握った。まだ小さいな手。愛しい我が子が成長した手なのだと思うとたまらなく愛おしい。
「十年間、探してたんだろ?」
「ああ、ずっとな」
「一日だって忘れたことないんだろ?」
「当然だ。生まれたてのお前の匂いだって忘れたことはない」
ロイが生まれた日が来る度に一歳か、二歳かと成長した姿を想像していた。
もし母親に似ていれば成長したらわからなくなってしまうのではないかと不安に駆られ続けた十年だった。
あの優しい、甘い匂いが今もずっと記憶として残っている。
この小さな手がギュッと指を握ってくれたあの感触も。
「じゃあバカじゃねーよ」
ロイの言葉にアレンは握った手を引いて再び抱きしめた。
「離れ──……」
驚いたロイが離れようとするが、俯いたアレンが鼻を啜る音が聞こえたことで口を閉じた。
何が正しいことなのかは今もわからない。突き放すことか、受け入れることか。
何もしていない男を父親とは思えないが、好きで手放したわけではないことはわかっている。
今、彼が抱いている後悔が伝わってくることがロイの中で少し許しを与える機会となった。
「ありがとうな、ロイ」
震えた声で感謝を告げるアレンにロイは「別に」とだけぶっきらぼうに答えながら背中をトントンと二回だけ優しく叩いた。
(奇跡ってこういうのかな)
もしそうならどんなにいいだろうと嬉しそうに笑うエリスローズの隣に立ってリオンが手を握る。
「聖リュミエール祭、素敵な思い出になったかい?」
笑顔で頷くエリスローズにリオンが安堵する。
聖リュミエール祭は幸せなものでなければならない。
二人の記憶に幸せな記憶が一つでも増えたのなら嬉しいとリオンも笑顔になる。
だが、別れのときはあっという間にやってくる──
あちこちに飾り付けられた聖リュミエール祭用のツリーのオーナメント。
アレンの命令で窓には画家に描かせた雪だるまや雪の結晶の絵。
今日だけはメイドのエプロンは白ではなく赤に変更。
ランドルたちは気に入らないと不満がっていたが、メイドたちの中にはこっちのほうが可愛いとハシャぐ者もいた。
「腹いっぱいか?」
「どんだけ食うんだよ」
「まだ半分ぐらいしか入ってねぇ感じだな」
「太るぞ」
「男は少しぐらいガッシリしてるほうがいいんだよ」
「エリーもそう思う?」
いつまでも子供のままではいられないロイは将来自分の身体がどうなっているか想像もつかない。
アレンに似れば背は高くなるだろうが、コリンのように細いままななのか、アレンのようにガッシリとしているのかはわからない。
荷役人夫をすれば必然的にガッシリすると思ってはいてもコリンのようになる可能性もある。
『ロイが元気で健康に育ってくれるならどっちでもいいよ』
「俺が太っても?」
『よく食べてる証だからそれでもいい』
「エリーが太っても俺は愛してるから」
スラム街の子供が太れるなんてまずありえない。それでも太れたのだとしたらよく食べている証拠。
見ているだけできっと嬉しくなってしまうだろう。
どんな子に育ってくれてもいいから健康でいてほしい。
それがエリスローズの唯一の望み。
頬にキスを受けて抱きしめるとロイは首に顔を埋める。
「おっさん、まだ食うのかよ。イベントあんだろ?」
「点灯式と花火な。なんだよ、楽しみにしてんじゃねぇか」
「エリーに見せてやりたいんだから当たり前だろ。さっさと食え」
「待っててくれるとはお優しい坊ちゃんだねぇ」
「エリー、行くぞ。広場でやるから俺らでも迷子にならねーよ」
「待て待て待て待て! 行くって! お前マジで短気だな」
既に食べ終えているロイとエリスローズとリオン。アレンだけがまだ皿に盛った物を食べている。
待たせている側の茶化しに舌打ちをしたロイが膝から降りてエリスローズの手を引いて外へ出ようとするのをアレンが慌てて追いかけていく。
「これかぶれよ」
外に出る直前、ロイに帽子をかぶらせるとアレンが手を繋ぐ。
エリスローズと手を離して歩くロイの顔は不愉快そのものだが、これは全てを台無しにしないための約束。
エリーナが子供を抱っこして城から出てくるのはおかしいし、入っていくのもおかしい。
いつの間に世継ぎがと大騒ぎにならないためにもエリスローズはリオンと手を繋いで歩く。
これはお忍びであるためリオンたちもフードをかぶって広場へと向かった。
「それでは皆様、お待たせしました。カウントダウンの準備はよろしいでしょうか? 十秒前からカウントお願いします!」
「三秒前からでよくね?」
「長いなって思うぐらいのが期待度上がるだろ?」
「わかんね」
「ロマンのない男はモテねぇぞ」
「もう嫁がいるからいーんだよ」
「なら嫁を喜ばせるためにもロマンを勉強しねぇとな」
「おっさんから学ぶロマンなんざねー……」
十秒のカウントダウンが終わると同時に広場の中央に設置してあるモミの木に飾られたオーナメントが一斉に光を放つ。
辺りを照らすほど明るい光とはまた違った灯りが夜空に広がる。
耳を塞ぎたくなるほど大きな音と共に上がる花火。
その光景にロイもエリスローズも言葉を失った。
「キレイだね」
小声で話しかけるリオンにエリスローズは反応しない。
ツリーを見ているのか、花火を見ているのか、驚いた顔で見上げている。
「ロイ、あれが花火っつーもんだ。どうだ、スゲーだろ」
ロイも反応しなかった。埋もれてしまわないようにと抱き上げたロイはエリスローズと同じように驚いた顔で見上げたまま動かない。
「エリー?」
見つめていた横顔が光で照らされることで涙が伝っているのが見えた。
「泣いてるのかい?」
驚いたままだったエリスローズの表情が徐々に歪んでいく。
それは誰が見ても喜びではなく悲しみの涙。
街に出て見るイルミネーションの美しさに涙が溢れる。
どうして同じ国に生まれて同じ国に生きているのに差別があるのだろう。こんなに美しい景色を覗き見ることさえ許されない世界で生きてきた。見るだけで幸せになれる世界に足を踏み入れることさえお金が必要となる。
(どうしてこんなに美しいものを私たちは見ることさえ許されないの……?)
どうして世界はこんなにも自分たちに冷たいのだろう。
考えても仕方ないことをぼんやりと考えていた。
「エリーに会いたい……」
そう呟いたロイにアレンは何も聞かずリオンたちのほうへと向かう。
どこにこれだけの人間がいるんだと問いたくなるほど大勢の人間を掻き分けながら後方にいるリオンたちを掴まえると輪から出るよう顎で指示する。
それに頷いたリオンがエリスローズの肩を抱いて人の輪から外れて少し離れた場所で待機していたアレンと合流した。
「エリー」
手を伸ばすロイを地面に下ろすとそのままエリスローズに駆け寄って抱きつく。
なぜ泣いているのか聞かないロイはわかっているようで、リオンとアレンは顔を見合わせて首を傾げる。
「ロイ、花火キレイだったか?」
答えなかった。
ロイの機嫌ほど難しいものはないと肩を竦めるアレンの横に腰掛けるリオンは暫く二人を見つめていた。
『ごめんなさい』
五分ほどして自らの足で寄ってきたエリスローズが二人に頭を下げる。
頬に伝う涙はもうない。
「どうしたんだい?」
「見せてやりたいって思ったんだよ、エリーは。俺ら、いつもこの音だけは聞いてた。アイツらがギャアギャア騒ぐ声とこのデッケェ音。それが何か見たことなくて、なんだろうって言ってた。メイとシオンはいつもビビってた。こんなキレイなもんだったんだな……」
見せてやりたいと思ったのはロイも同じなのか、懐かしそうに目を細めてエリーの代わりに語る。
「……なんで、俺らはこんなものさえ見ちゃいけねーの?」
瞳を揺らしながら二人に問いかけるロイにリオンは目を逸らし、アレンは立ち上がってロイに近付き地面に腰掛ける。
あぐらをかいて大輪の華が咲く夜空を見上げながら「なんでかねぇ」と漏らした。
「どうやって差別が生まれていったのか、その経緯を知らねぇからなんとも言えねぇが……根本的な理由としては、この国が腐ってるからだろうな。王族だけじゃなく、国民全員が腐ってる。王族だけが腐ってるならお前らだってここら辺を自由に歩き回れるだろうが、国民まで腐りきってるからここでも差別を受ける。花火なんざ誰が見たって何も変わらねぇのによ。夜空に浮かぶ星と同じだろうに、腐りきった人間にはそれがわからねんだろうさ。誰がどこで見たっていいのよ、本当はな」
王族、貴族、平民だけではなく貧困街の者までがスラム街の人間を差別する。
それはあってはならないことなのに当たり前のように存在していて、仕方ないことのように彼らを傷つける。
打ち上げられる花火はこの国の民のため。そこに見ていい階級など存在しないのに、蔓延している差別意識のせいでスラム街の人間は花火の音か空砲かわからない。
「どうせ国民のほとんどが集まってんだからこっそり上がって見りゃよかったんじゃねぇか?」
「バレたときのメンドーさを知らねー奴はこれだから」
「なら毎年、俺がこうして見せてやるよ。来年はお前の家族も一緒にな」
「ホント──……来年もお前と一緒にいるつもりねーんだけど」
「俺も行くとこないしなぁ」
「どこでも行けよ。旅に出ろよ」
「ロイといるの楽しすぎて暫く予定ねぇのよ」
「あっそ」
家族と一緒に見られたらどれほどいいだろうと一瞬期待したロイがすぐに表情を変えてクールに振る舞う。
その様子がおかしくてアレンが笑い、腹を立てたロイがアレンの髪を鷲掴みにする。
「お前らはいいね、眩しいよ」
エリスローズから引き剥がすように無理矢理抱き寄せたロイが猫のように暴れてアレンの髪を引っ張っている。
それを気にすることなく静かな笑みを浮かべながら呟くアレンにロイの動きが止まった。
「こんな小さなことで感動する心があるってのは羨ましいな。俺らは贅沢に慣れすぎて花火を見たぐらいじゃ感動しなくなっちまってる。家族に見せたいとか思うこともな」
アレンの言葉にリオンは頷きこそしないものの同じ気持ちだった。
毎年恒例の冬の花火。エリーナはそれを見てもリオンはそれを見ようとしなかった。むしろ読書の邪魔だと思っていたぐらいだ。
家族集まって見ようとかそういう考えもなかった。
「世界を旅してるとお前に見せたいと思う景色に山ほど出会ったよ。でも涙を流すような経験じゃない」
腕の力を緩めてロイを解放するとロイはそのまま地面に足をついてアレンの前に立った。
「お前さんのその涙は辛い涙かもしれねぇが、俺にはこの花火より美しいものに見えた。不謹慎な言葉だったらすまねぇな」
アレンの言葉にエリスローズが首を振る。
「十年もバカな時間の使い方をしてきた男だからな、俺は。お前に父親だって誇れるような生き方もしてねぇし、話せば軽蔑されるような人生を送ってきた。辛い中で生きてきたお前らは真っ直ぐで立派だ。この国の誰よりも誇れる生き方をしてきたんだよ。羨ましいな」
息子がどこかに売られたのではないかと世界各地を旅しながら探してきた。だが結果的に自分の力では見つけられなかったし、最悪の場合を想定して探すこともしなかった。
王族の血が入った自分の息子をスラム街になど捨てるはずがないと思い込んで十年間も放置した。
変えたいと願っても変えられない過去。どれだけ後悔しても取り返せない過去にアレンは今も後悔し続けている。
それを聞いたロイがアレンの目の前に手を差し出した。
何かわからないが、ロイから手を出してくることなどないためアレンはそのまま手を握った。まだ小さいな手。愛しい我が子が成長した手なのだと思うとたまらなく愛おしい。
「十年間、探してたんだろ?」
「ああ、ずっとな」
「一日だって忘れたことないんだろ?」
「当然だ。生まれたてのお前の匂いだって忘れたことはない」
ロイが生まれた日が来る度に一歳か、二歳かと成長した姿を想像していた。
もし母親に似ていれば成長したらわからなくなってしまうのではないかと不安に駆られ続けた十年だった。
あの優しい、甘い匂いが今もずっと記憶として残っている。
この小さな手がギュッと指を握ってくれたあの感触も。
「じゃあバカじゃねーよ」
ロイの言葉にアレンは握った手を引いて再び抱きしめた。
「離れ──……」
驚いたロイが離れようとするが、俯いたアレンが鼻を啜る音が聞こえたことで口を閉じた。
何が正しいことなのかは今もわからない。突き放すことか、受け入れることか。
何もしていない男を父親とは思えないが、好きで手放したわけではないことはわかっている。
今、彼が抱いている後悔が伝わってくることがロイの中で少し許しを与える機会となった。
「ありがとうな、ロイ」
震えた声で感謝を告げるアレンにロイは「別に」とだけぶっきらぼうに答えながら背中をトントンと二回だけ優しく叩いた。
(奇跡ってこういうのかな)
もしそうならどんなにいいだろうと嬉しそうに笑うエリスローズの隣に立ってリオンが手を握る。
「聖リュミエール祭、素敵な思い出になったかい?」
笑顔で頷くエリスローズにリオンが安堵する。
聖リュミエール祭は幸せなものでなければならない。
二人の記憶に幸せな記憶が一つでも増えたのなら嬉しいとリオンも笑顔になる。
だが、別れのときはあっという間にやってくる──
0
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる