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許可
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「望みがないなら一つ許可をやろう」
「許可、ですか?」
会議室から部屋に戻るまでの道中、アルフローレンスの口から出た『許可』という言葉に首を傾げる。なんの許可だろうかと足を止めるとアルフローレンスも足を止めた。
「この城の中を自由に歩き回ってよいぞ」
自由という言葉が今は不安で仕方ない。自由とは何か、どういう意味かとミュゲットは黙って見つめながら言葉を待った。
「なぜ喜ばぬ」
「どういう風の吹き回しかと思って……」
「本ばかり読んでいては腐ってしまうぞ。たまには外の空気を吸え」
「外に行ってもいいのですか?」
「部屋の外という意味だ。城からは出るな」
予想通りだが、これを拒否する理由はない。部屋の中でロマンも何もない小説を読んでいるだけではアルフローレンスの言うとおり腐ってしまいそうだった。だから城の外には出れないと言ってもこれはラッキーで、自分から言った願いではないため代償は必要ない。
ミュゲットはそれをありがたく受け取ることにした。
「入っちゃいけない部屋はありますか?」
「フローラリアのような拷問部屋はない」
「フローラリアにもそんな部屋はありませんでした。フローラリアは物騒な国ではないんですから」
「どうだかな」
「騎士だっていないし、兵隊もいない。グラキエスとは違うんです」
フローラリアは性に奔放というだけでどこかと争うことはなかった。男たちは獲物を狩るだけで人は狩らない。グラキエスのように争いごとを好む国ではない。自然を愛する穏やかな国だ。
その国もこれからどう変わっていくのか少し不安ではあるものの、アルフローレンスが言うには「戦争に加担させるつもりはない」らしく、今はそれを信じるしかない。
男たちが奴隷から解放されたことを考えると嘘ではないだろうと思っている部分もあった。
「入ってはならぬ部屋には鍵をかけておく」
「そんな部屋が?」
「入れば途端に呪われるだろう」
アルフローレンスがいる部屋こそ呪いの部屋だと心の中だけで主張し、ミュゲットは頷く。どことなく笑っているように感じるのは気のせいかと思いながら軽く頭を下げると頭を撫でられた。
頭を撫でられるのは久しぶりでミュゲットは戸惑ってしまう。嬉しいと思ってはいけない。これも気まぐれで、これがいつ暴力に変わるのかわからないのだから。
「その代わり、いい子にしていろ」
「はい」
アルフローレンスの条件はいつも『いい子』にしていること。何十回聞いたかわからないことだが、今回は素直に頷いた。
「お前は両親にどのように育てられたのだ?」
部屋に入ってソファーに腰掛けるアルフローレンスを見るが近寄りはしない。ベッドに置きっぱなしだった本を戻そうと見たが本がない。戻しただろうかと思いながら本棚を見るとラインナップが一新されている。外に出る許可を得られた上に新しい本まで。今日はミュゲットにとって嬉しいこと続き。
「余との会話よりも本か?」
「本棚に並ぶ本が新しくなっているので嬉しくって」
「デニスは忠実で仕事が早いからな」
それにはミュゲットも納得。本だけではなく本棚も綺麗に磨かれている。ミュゲットはさっそく一冊の本を手に取った。
「雪降る街に落ちる雫」
たまたま目についたタイトルだが、表紙が気に入った。
「綺麗ですね、この本」
「くだらぬ本だ」
「そうですか? グラキエスらしい本のタイトルですよね」
真っ白に染まった夜の街に箔押しの雫が描かれている表紙の美しさに目を奪われる。街全体が雪に染まっているのにオレンジの灯りが優しくて好きだと思った。
「読んだことは?」
「一度だけな」
「どんなお話ですか?」
「読み聞かせてほしいのか?」
「いえ、自分で読みます」
くだらないと言った本を相手が真面目に読むわけがない。グラキエスの歴史については語ってもらったときはなんの違和感もなかったが、本の読み聞かせはきっと向いていないだろうと容易に想像がつく。何より、その冷たい声で本を読まれると内容が頭に入ってこない気がしたからお断りした。
「お前はフローラリアでもそうやって本を読んで過ごしていたのか?」
「そうですね」
「海が目の前にあるのにか?」
「貝殻を拾うことはありましたよ」
「貝殻……そうか」
昔は浜辺を歩いて貝殻を集めたりしていた。フランは貝殻集めに興味がなかったため一人で歩く時間は子供の頃から嫌いではなかった。次々と到着する船から降りてくる観光客を遠巻きに見ていたりと賑やかな子供時代ではなかったなと思い出して苦笑する。
両親はそれを注意することはしなかったし、フランのようにたくさん遊びなさいとも言わなかった。だからそれでいいと思っていたのだ。
「子供時代、何か夢中になった遊びはありますか?」
「ない。余は外を走り回るようなマヌケではなかったからな」
それはわかる。逆に外を走り回っていたと言われたほうが信じられない。幼少期はどんな感じだったのか、まだ少し興味を持っているが聞きはしない。突き放した言い方をされるのはわかっているから。傷ついたって仕方ないのに傷ついてしまう自分が情けない。だからミュゲットはもう彼の過去について聞くのはやめた。
「本は夜に読め」
「でもこれすごく面白そうなんです」
「雪が降り止まない国に生まれた男の哀れな人生を書いただけの至極退屈な本だ」
「でも退屈な本をデニスさんが置いていくとは思えません」
「デニスは仕事はできるが趣味が悪い」
ミュゲットはファンタジー小説やロマンス小説が読みたかった。しかしこの城にそんな本は一冊だってないのだろう。グラエキスに来てからは読んだことがない。特別面白い本はなく、今までは退屈しのぎで読んでいたが、この本だけは興味がある。
「グラキエスはいつか雪が止むのでしょうか?」
「何百年も止まぬのだ。これからも止まぬだろう」
「太陽がなくて平気なのですか?」
「グラキエスの民は強靭な肉体と精神をしている。問題はない」
常に太陽と共にあるフローラリアでは絶対にありえないことだが、これが俗に言うお国柄というものなのだろうと納得する。
「太陽が恋しいか?」
「それはまあ……恋しくないと言えば嘘になりますが、もう帰りたいとは言いません」
「なぜだ? 一時的なものであれば余が連れ帰ってやる」
同行することを条件とすれば帰れると言うが、ミュゲットは首を振る。そこまでして帰ろうとは思わないし、やっぱりフローラリアで暮らしたいと思うとグラキエスに帰ってからしばらく辛い日々が続くため断った。
フローラリアであれだけの声を上げておいて今更どんな顔して戻るというのか。
「海で泳ぐことはなかったのか?」
「ありましたよ」
「水着を着てか?」
何が言いたいのかとアルフローレンスを見るも表情は相変わらずだが、内容からして水着が気になっているのではないかと思い、ミュゲットは目を細めて意地悪な笑みを浮かべる。
「スケベ」
氷の皇帝陛下に言い放った短いが攻撃的な言葉にアルフローレンスの肩が一瞬ピクリと動いたのを見逃さなかった。
捕虜を娼婦に落とす男だ。スケベ心を持っていても驚きはしない。だが、なんでもハッキリ言う男がそういうことは隠すのかと思うと小馬鹿にする気持ちからニヤつきが止まらない。
「…………余を侮辱するつもりか」
「だって、どんな水着を着ているのか想像されたのでしょう?」
明らかに小馬鹿にしているミュゲットにアルフローレンスは鼻を鳴らす。
「お前のその貧相な身体に合う水着があれば余も想像できたのだがな」
一瞬でミュゲットの表情が固まった。
確かに自分の身体はお世辞にも豊かとは言えない。それはアルフローレンスも知っているため知らないくせにとは言えないし、失礼だとも言えない。実際、ミュゲットは水着を着てもその上からシャツを着て泳いでいた。水着はいつもフランと同じ物だったためスタイルの良いフランと比べられたくなかったのも一つの理由。
薄っぺらい身体に合う水着などない。それはミュゲットが一番よくわかっている。
「どうした? 図星だったか?」
顎を少し上げて見下すような視線を向けてくるアルフローレンスにクッションを投げつけるも顔には当たらない。
「グラキエスで水着になることは一生ないのでいいんです」
「風呂に入るときに着せてやることもできる」
「貧相な身体に合う水着がないので結構です!」
「余が見立ててやろう」
「悪趣味なことしないでください」
「余の気分次第だな」
自分でひどいことを言っておいて水着を着させようとするアルフローレンスに思いきり眉を寄せて不愉快を表明するもアルフローレンスはミュゲットの頬を摘むだけで怒ったりはしない。逃げ出そうとしたり、それに関することを言わなければ多少の反論は許される。これはミュゲットにとってラッキーなことだった。
「でも意外です。グラキエスの人も水着を知っていたんですね」
「グラキエスにも水着はある」
「海がないのに?」
「寒中水泳をするからだ」
「……そう、ですか……」
雪の中、外に立っているだけで凍えそうなほど寒いというのに水の中に入るなどどうかしているとしか思えず、ミュゲットは思わず「グラキエスは大丈夫か?」と問いかけそうになった。
フローラリアは常夏なためいつでも海に入れる。稀に降る雨の中でも海に入る者はいるし、それで凍えることもない。
寒い中で泳ぐこともあるというのは知らなかったし想像したこともなかっただけにグラキエスの民が水泳をするというのは常軌を逸しているとしか思えなかった。
「私は寒中水泳はしませんからね」
「だから風呂で着せてやると言っている」
「着ませんから」
「反抗的だな」
ミュゲットの嫌いな言葉。脅しにしか聞こえない。
父親は優しい人で、そういう言葉を一切口にしなかったからミュゲットにとって「反抗的」や「逆らうのか」という言葉は威圧的で滅入りそうになる。
「水着も下着も同じだろう。何をそんなに抵抗することがある」
「あなたがひどいことを言うからですけどね」
「お前がスケベなどと言うからだろう」
「人の水着姿を想像するからですよ」
「衣装とて水着と変わらんだろう」
そういう問題ではないと言おうと思ったがやめた。この男はきっとわかっていると妙な確信があったから。それを誤魔化そうとして正論っぽいことを言っているだけ。そう思うとミュゲットはムキになって反論する気も起きず頷いて納得したように見せた。
「私が水着を着るとき、アルも水着を着ますか?」
「余が水着だと?」
「……やっぱりいいです……ッ」
相手が水着を着ている姿を想像するもあまりの似合わなさに吹き出しそうになるのを堪えた。
「不敬罪だと思わぬか?」
「いいえ、思いません。でも、自由に歩き回る許可を出してくださったことには感謝いたします、皇帝陛下」
「うむ」
ミュゲットが見せた小さな微笑みがそれ以上の追求をやめさせた。
「許可、ですか?」
会議室から部屋に戻るまでの道中、アルフローレンスの口から出た『許可』という言葉に首を傾げる。なんの許可だろうかと足を止めるとアルフローレンスも足を止めた。
「この城の中を自由に歩き回ってよいぞ」
自由という言葉が今は不安で仕方ない。自由とは何か、どういう意味かとミュゲットは黙って見つめながら言葉を待った。
「なぜ喜ばぬ」
「どういう風の吹き回しかと思って……」
「本ばかり読んでいては腐ってしまうぞ。たまには外の空気を吸え」
「外に行ってもいいのですか?」
「部屋の外という意味だ。城からは出るな」
予想通りだが、これを拒否する理由はない。部屋の中でロマンも何もない小説を読んでいるだけではアルフローレンスの言うとおり腐ってしまいそうだった。だから城の外には出れないと言ってもこれはラッキーで、自分から言った願いではないため代償は必要ない。
ミュゲットはそれをありがたく受け取ることにした。
「入っちゃいけない部屋はありますか?」
「フローラリアのような拷問部屋はない」
「フローラリアにもそんな部屋はありませんでした。フローラリアは物騒な国ではないんですから」
「どうだかな」
「騎士だっていないし、兵隊もいない。グラキエスとは違うんです」
フローラリアは性に奔放というだけでどこかと争うことはなかった。男たちは獲物を狩るだけで人は狩らない。グラキエスのように争いごとを好む国ではない。自然を愛する穏やかな国だ。
その国もこれからどう変わっていくのか少し不安ではあるものの、アルフローレンスが言うには「戦争に加担させるつもりはない」らしく、今はそれを信じるしかない。
男たちが奴隷から解放されたことを考えると嘘ではないだろうと思っている部分もあった。
「入ってはならぬ部屋には鍵をかけておく」
「そんな部屋が?」
「入れば途端に呪われるだろう」
アルフローレンスがいる部屋こそ呪いの部屋だと心の中だけで主張し、ミュゲットは頷く。どことなく笑っているように感じるのは気のせいかと思いながら軽く頭を下げると頭を撫でられた。
頭を撫でられるのは久しぶりでミュゲットは戸惑ってしまう。嬉しいと思ってはいけない。これも気まぐれで、これがいつ暴力に変わるのかわからないのだから。
「その代わり、いい子にしていろ」
「はい」
アルフローレンスの条件はいつも『いい子』にしていること。何十回聞いたかわからないことだが、今回は素直に頷いた。
「お前は両親にどのように育てられたのだ?」
部屋に入ってソファーに腰掛けるアルフローレンスを見るが近寄りはしない。ベッドに置きっぱなしだった本を戻そうと見たが本がない。戻しただろうかと思いながら本棚を見るとラインナップが一新されている。外に出る許可を得られた上に新しい本まで。今日はミュゲットにとって嬉しいこと続き。
「余との会話よりも本か?」
「本棚に並ぶ本が新しくなっているので嬉しくって」
「デニスは忠実で仕事が早いからな」
それにはミュゲットも納得。本だけではなく本棚も綺麗に磨かれている。ミュゲットはさっそく一冊の本を手に取った。
「雪降る街に落ちる雫」
たまたま目についたタイトルだが、表紙が気に入った。
「綺麗ですね、この本」
「くだらぬ本だ」
「そうですか? グラキエスらしい本のタイトルですよね」
真っ白に染まった夜の街に箔押しの雫が描かれている表紙の美しさに目を奪われる。街全体が雪に染まっているのにオレンジの灯りが優しくて好きだと思った。
「読んだことは?」
「一度だけな」
「どんなお話ですか?」
「読み聞かせてほしいのか?」
「いえ、自分で読みます」
くだらないと言った本を相手が真面目に読むわけがない。グラキエスの歴史については語ってもらったときはなんの違和感もなかったが、本の読み聞かせはきっと向いていないだろうと容易に想像がつく。何より、その冷たい声で本を読まれると内容が頭に入ってこない気がしたからお断りした。
「お前はフローラリアでもそうやって本を読んで過ごしていたのか?」
「そうですね」
「海が目の前にあるのにか?」
「貝殻を拾うことはありましたよ」
「貝殻……そうか」
昔は浜辺を歩いて貝殻を集めたりしていた。フランは貝殻集めに興味がなかったため一人で歩く時間は子供の頃から嫌いではなかった。次々と到着する船から降りてくる観光客を遠巻きに見ていたりと賑やかな子供時代ではなかったなと思い出して苦笑する。
両親はそれを注意することはしなかったし、フランのようにたくさん遊びなさいとも言わなかった。だからそれでいいと思っていたのだ。
「子供時代、何か夢中になった遊びはありますか?」
「ない。余は外を走り回るようなマヌケではなかったからな」
それはわかる。逆に外を走り回っていたと言われたほうが信じられない。幼少期はどんな感じだったのか、まだ少し興味を持っているが聞きはしない。突き放した言い方をされるのはわかっているから。傷ついたって仕方ないのに傷ついてしまう自分が情けない。だからミュゲットはもう彼の過去について聞くのはやめた。
「本は夜に読め」
「でもこれすごく面白そうなんです」
「雪が降り止まない国に生まれた男の哀れな人生を書いただけの至極退屈な本だ」
「でも退屈な本をデニスさんが置いていくとは思えません」
「デニスは仕事はできるが趣味が悪い」
ミュゲットはファンタジー小説やロマンス小説が読みたかった。しかしこの城にそんな本は一冊だってないのだろう。グラエキスに来てからは読んだことがない。特別面白い本はなく、今までは退屈しのぎで読んでいたが、この本だけは興味がある。
「グラキエスはいつか雪が止むのでしょうか?」
「何百年も止まぬのだ。これからも止まぬだろう」
「太陽がなくて平気なのですか?」
「グラキエスの民は強靭な肉体と精神をしている。問題はない」
常に太陽と共にあるフローラリアでは絶対にありえないことだが、これが俗に言うお国柄というものなのだろうと納得する。
「太陽が恋しいか?」
「それはまあ……恋しくないと言えば嘘になりますが、もう帰りたいとは言いません」
「なぜだ? 一時的なものであれば余が連れ帰ってやる」
同行することを条件とすれば帰れると言うが、ミュゲットは首を振る。そこまでして帰ろうとは思わないし、やっぱりフローラリアで暮らしたいと思うとグラキエスに帰ってからしばらく辛い日々が続くため断った。
フローラリアであれだけの声を上げておいて今更どんな顔して戻るというのか。
「海で泳ぐことはなかったのか?」
「ありましたよ」
「水着を着てか?」
何が言いたいのかとアルフローレンスを見るも表情は相変わらずだが、内容からして水着が気になっているのではないかと思い、ミュゲットは目を細めて意地悪な笑みを浮かべる。
「スケベ」
氷の皇帝陛下に言い放った短いが攻撃的な言葉にアルフローレンスの肩が一瞬ピクリと動いたのを見逃さなかった。
捕虜を娼婦に落とす男だ。スケベ心を持っていても驚きはしない。だが、なんでもハッキリ言う男がそういうことは隠すのかと思うと小馬鹿にする気持ちからニヤつきが止まらない。
「…………余を侮辱するつもりか」
「だって、どんな水着を着ているのか想像されたのでしょう?」
明らかに小馬鹿にしているミュゲットにアルフローレンスは鼻を鳴らす。
「お前のその貧相な身体に合う水着があれば余も想像できたのだがな」
一瞬でミュゲットの表情が固まった。
確かに自分の身体はお世辞にも豊かとは言えない。それはアルフローレンスも知っているため知らないくせにとは言えないし、失礼だとも言えない。実際、ミュゲットは水着を着てもその上からシャツを着て泳いでいた。水着はいつもフランと同じ物だったためスタイルの良いフランと比べられたくなかったのも一つの理由。
薄っぺらい身体に合う水着などない。それはミュゲットが一番よくわかっている。
「どうした? 図星だったか?」
顎を少し上げて見下すような視線を向けてくるアルフローレンスにクッションを投げつけるも顔には当たらない。
「グラキエスで水着になることは一生ないのでいいんです」
「風呂に入るときに着せてやることもできる」
「貧相な身体に合う水着がないので結構です!」
「余が見立ててやろう」
「悪趣味なことしないでください」
「余の気分次第だな」
自分でひどいことを言っておいて水着を着させようとするアルフローレンスに思いきり眉を寄せて不愉快を表明するもアルフローレンスはミュゲットの頬を摘むだけで怒ったりはしない。逃げ出そうとしたり、それに関することを言わなければ多少の反論は許される。これはミュゲットにとってラッキーなことだった。
「でも意外です。グラキエスの人も水着を知っていたんですね」
「グラキエスにも水着はある」
「海がないのに?」
「寒中水泳をするからだ」
「……そう、ですか……」
雪の中、外に立っているだけで凍えそうなほど寒いというのに水の中に入るなどどうかしているとしか思えず、ミュゲットは思わず「グラキエスは大丈夫か?」と問いかけそうになった。
フローラリアは常夏なためいつでも海に入れる。稀に降る雨の中でも海に入る者はいるし、それで凍えることもない。
寒い中で泳ぐこともあるというのは知らなかったし想像したこともなかっただけにグラキエスの民が水泳をするというのは常軌を逸しているとしか思えなかった。
「私は寒中水泳はしませんからね」
「だから風呂で着せてやると言っている」
「着ませんから」
「反抗的だな」
ミュゲットの嫌いな言葉。脅しにしか聞こえない。
父親は優しい人で、そういう言葉を一切口にしなかったからミュゲットにとって「反抗的」や「逆らうのか」という言葉は威圧的で滅入りそうになる。
「水着も下着も同じだろう。何をそんなに抵抗することがある」
「あなたがひどいことを言うからですけどね」
「お前がスケベなどと言うからだろう」
「人の水着姿を想像するからですよ」
「衣装とて水着と変わらんだろう」
そういう問題ではないと言おうと思ったがやめた。この男はきっとわかっていると妙な確信があったから。それを誤魔化そうとして正論っぽいことを言っているだけ。そう思うとミュゲットはムキになって反論する気も起きず頷いて納得したように見せた。
「私が水着を着るとき、アルも水着を着ますか?」
「余が水着だと?」
「……やっぱりいいです……ッ」
相手が水着を着ている姿を想像するもあまりの似合わなさに吹き出しそうになるのを堪えた。
「不敬罪だと思わぬか?」
「いいえ、思いません。でも、自由に歩き回る許可を出してくださったことには感謝いたします、皇帝陛下」
「うむ」
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