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救いのために
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魔女が出した条件に驚いたのはロードリックだけでアルフローレンスの表情は変わらなかった。
「聞いていなかったのか!? 陛下には愛する女性がいるんだ!」
「聞いた上で言ってるの」
「何を……悪趣味だぞ!」
何を考えているのかがわからない。愛する女がいると言ったからそんな条件を出したのだろうかと困惑するロードリックだが、アルフローレンスは腕でロードリックを後ろに下がらせてコートを脱いだ。
「陛下!?」
「あら、いいの? 眠ってる恋人に悪いと思わないの?」
自分で条件を出しておきながら罪悪感を抱かせようとする魔女にアルフローレンスはハッキリと答えた。
「思わぬ。余は戯れでお前を抱くわけではないからな」
迷いのない瞳に魔女の表情が「ふーん」と音を漏らす。
「お前を抱くことでミュゲットを救えるのなら迷うことなどあるはずもない」
「魔女を抱くのよ?」
「だからどうした。余は汚れた人間だ。魔女を抱こうと何も変わらぬ」
「魔女が汚れた存在のような言い方ね」
「命を救うために解毒薬を求める人間に身体を求める奴が汚れていないとでも?」
淡々と答えるアルフローレンスに目を細めた魔女は一度顔を俯かせた直後、すぐに顔を上げて大笑いし始めた。
「んふふっ、んふふふふふふっ! 面白いわね、あなた。自分の立場わかってる?」
「ああ。だからお前が抱けと言えば抱くし、跪けと言うのなら跪くさ」
「死ねと言っても?」
「愚問だな。ただし、ミュゲットが解毒されたのを見届けてからだ」
立場をわかっているのかわかっていないのか、自らも条件を出すような言い方に魔女の笑い声が大きくなる。
「いいわ。じゃあ私の目を見て。真っ直ぐ見つめて五秒黙って」
椅子から立ち上がって目の前までふわふわと飛んできた魔女が顔の位置を合わせて真っ直ぐ目を見つめる。
頬に触れる小さな手が幼い頃のミュゲットを思い出させる。
「……あなたもつまんない男ってわけね」
「どういう意味だ?」
「ときどきいるのよね、チャームが効かない男。私の目を見れば誰もが私に跪く。私を愛してくれるの。でもあなたは違う」
「エルドレッドが魔女の魅了がどうのと言っていたな。だが余はミュゲットしか愛さぬ」
「だから、つまんない男って言ったの。相手は大した女でもないくせに心に隙間がない男って大嫌い」
瞳を見つめても何も感じなかった。身体が熱くなることも氷が溶けるような感覚もなかった。
ため息をつく魔女がまたふわふわと飛んでロードリックの後ろへ回って首に腕を回す。
「わ、私は目を見ないぞ! 陛下にお仕えすることこそ騎士の誇りだ!」
「私に仕えてみない? この美しい森で私と二人のんびり暮らすの。悪くないと思うけど」
「陛下に仕えているんだ!」
「でも魔女に仕えるのも誉なことよ」
「ち、違う!」
耳元で囁く声は子供のような幼い声ではなく艶のある大人の声。
誘惑するような甘い声に心臓が大きく脈を打つ。
「じゃああなたが仕えてくれたら解毒薬を作ってあげるって言ったら?」
「それなら仕えよう」
「ふふっ、大した忠誠心ね。すごくすごくつまんないけど、今回は特別にタダでお願いを聞いてあげる」
腕を離してアルフローレンスの前に戻ってきた魔女がもう一度目を見つめる。
「その凍った心の奥にある火傷しそうなほど熱い魂を感じてみたいけど、あなたのその瞳に宿る意志に免じてお薬作ってあげる」
「感謝する」
「でも簡単にはいかないわ。必要な物があるのよ」
「心臓以外は全て差し出す」
「あら意外ね。心臓も差し出すって言うかと思ったのに」
「ミュゲットが目覚めたとき、余が傍にいてやらねばならぬからな」
「あなたみたいなとびきりのイケメンっていつも手垢がついてるのよね」
オエーとでも言いたげに舌を出してうんざりしたような顔を見せる魔女が指を鳴らすと部屋が一瞬で真っ暗になった。何事だと警戒するロードリックだが、すぐに部屋の真ん中に浮かび上がる魔法陣の明かりに握った剣から手を離す。
そこにあった椅子もテーブルも消え、あるのは魔法陣とその上に配置されたベッドだけ。
どういうつもりなのかがわからないものの従うしかない。
「必要な物は眠れば手に入るのか?」
「そうよ」
「余の夢に用があるのか?」
「夢じゃない。過去よ」
「過去……だと?」
「あなたが抱えるその闇の中にある物」
「ハッキリ言え」
なんのことかわからず苛立つアルフローレンスに魔女は愉快そうに笑みを浮かべる。
「欲しいのは氷の涙」
「氷の涙……?」
聞いたことがないアイテム。
「涙は凍らぬ」
「正確には氷を使う人間の涙が必要なの。あなたみたいな強い氷使いの涙は貴重なのよね。いくつか欲しいのよ」
「解毒薬に必要なのか?」
「ええ」
嘘だとわかったが、何も言わずにベッドに寝転んだ。
「余は泣かぬぞ。涙など幼き頃に枯れ果てた」
「だから過去に行ってもらうの」
「過去と向き合えば余が泣くとでも思っているのか?」
「じゃなきゃ言わない」
「無駄だ」
断言するアルフローレンスに向かった大きなため息を吐き出す魔女は呆れた顔でアルフローレンスの胸の上に腰掛ける。
不愉快そうな表情で魔女を見るアルフローレンスだが、払うことはしない。
「私ね、無駄なことはしない主義なの。二度手間や二度聞き、二度言うことも大嫌い。あなたがもう一度無駄だと言ったら私はあなたの望みを叶えない」
魔女と話しているとどこか嫌悪ににた感じを覚えた。その理由がなんなのか、ようやくわかった。
自分とよく似ているのだ。
一人であることを恥と思わず、寂しさを感じていないフリをする。でも本当はそうじゃない。
力を持っているが故に誰もを格下とし、脅す。
哀れな魔女だと同情する。それと同時に他者から見た自分も、ミュゲットが見ていた自分もこんな感じだったのだと気付いた。
「チャンスは一度、正解は一つ。あなたはどうする?」
「やる」
「いい子ね」
目を細めながら言われるその言葉にギュッと拳を握る。
『いい子でいる必要なんてない』
ミュゲットがそう言ってくれたから心が少し救われた。
あの優しい光がなければ生きられない。
あの光を守るためならもう一度あの化け物共に会うぐらいなんでもない。
闇の中に戻るぐらいなんでもないことだ。
「さっさとしてくれ」
「せっかちな男はモテないわよ」
「余はミュゲット以外必要としていない。どうだっていいことだ」
「あっそ。彼女持ちのイケメンなんか絶滅しちゃえばいいのよ」
吐き捨てるように言って腹の上からどいた魔女がアルフローレンスの横に移動し、宙に浮いたまま目の上に手を伸ばす。
自然と目を閉じるアルフローレンスの目と魔女の手の間に紫色の光が現れた。
「ねえ、どうして魔女が魔女って呼ばれるか知ってる?」
「悪魔のような女だからだろう」
「大正解」
満足げに口元を笑みで歪ませる魔女はアルフローレンスの身体の上に両手をかざすと魔法陣から黒煙のようなものが伸びてくる。
それはあっという間にベッドをのみこみ、アルフローレンスの腕に巻きつき始めた。
「じゃあ、行きましょうか。あなたが一番辛く苦しい思いをしたあの頃へ」
魔女が優しい声で囁くとアルフローレンスは身体が魔力で縛られるのを感じた。そのまま身体が黒い水の中へと沈み込んでいくのを感じる。
風呂に浸かるのは全く違う、まとわりつくような感覚に目を開けて叫びながら逃げ出したくなる。
全身が粟立ち、吐き気さえ込み上げるような憎悪と恐怖が流れ込んでくる。
無意識に震える手。滲む汗。眉間に刻まれる皺。
それでもアルフローレンスは足掻くことなく静かにのみこまれていく。
全てはその先にある救いのために──
「聞いていなかったのか!? 陛下には愛する女性がいるんだ!」
「聞いた上で言ってるの」
「何を……悪趣味だぞ!」
何を考えているのかがわからない。愛する女がいると言ったからそんな条件を出したのだろうかと困惑するロードリックだが、アルフローレンスは腕でロードリックを後ろに下がらせてコートを脱いだ。
「陛下!?」
「あら、いいの? 眠ってる恋人に悪いと思わないの?」
自分で条件を出しておきながら罪悪感を抱かせようとする魔女にアルフローレンスはハッキリと答えた。
「思わぬ。余は戯れでお前を抱くわけではないからな」
迷いのない瞳に魔女の表情が「ふーん」と音を漏らす。
「お前を抱くことでミュゲットを救えるのなら迷うことなどあるはずもない」
「魔女を抱くのよ?」
「だからどうした。余は汚れた人間だ。魔女を抱こうと何も変わらぬ」
「魔女が汚れた存在のような言い方ね」
「命を救うために解毒薬を求める人間に身体を求める奴が汚れていないとでも?」
淡々と答えるアルフローレンスに目を細めた魔女は一度顔を俯かせた直後、すぐに顔を上げて大笑いし始めた。
「んふふっ、んふふふふふふっ! 面白いわね、あなた。自分の立場わかってる?」
「ああ。だからお前が抱けと言えば抱くし、跪けと言うのなら跪くさ」
「死ねと言っても?」
「愚問だな。ただし、ミュゲットが解毒されたのを見届けてからだ」
立場をわかっているのかわかっていないのか、自らも条件を出すような言い方に魔女の笑い声が大きくなる。
「いいわ。じゃあ私の目を見て。真っ直ぐ見つめて五秒黙って」
椅子から立ち上がって目の前までふわふわと飛んできた魔女が顔の位置を合わせて真っ直ぐ目を見つめる。
頬に触れる小さな手が幼い頃のミュゲットを思い出させる。
「……あなたもつまんない男ってわけね」
「どういう意味だ?」
「ときどきいるのよね、チャームが効かない男。私の目を見れば誰もが私に跪く。私を愛してくれるの。でもあなたは違う」
「エルドレッドが魔女の魅了がどうのと言っていたな。だが余はミュゲットしか愛さぬ」
「だから、つまんない男って言ったの。相手は大した女でもないくせに心に隙間がない男って大嫌い」
瞳を見つめても何も感じなかった。身体が熱くなることも氷が溶けるような感覚もなかった。
ため息をつく魔女がまたふわふわと飛んでロードリックの後ろへ回って首に腕を回す。
「わ、私は目を見ないぞ! 陛下にお仕えすることこそ騎士の誇りだ!」
「私に仕えてみない? この美しい森で私と二人のんびり暮らすの。悪くないと思うけど」
「陛下に仕えているんだ!」
「でも魔女に仕えるのも誉なことよ」
「ち、違う!」
耳元で囁く声は子供のような幼い声ではなく艶のある大人の声。
誘惑するような甘い声に心臓が大きく脈を打つ。
「じゃああなたが仕えてくれたら解毒薬を作ってあげるって言ったら?」
「それなら仕えよう」
「ふふっ、大した忠誠心ね。すごくすごくつまんないけど、今回は特別にタダでお願いを聞いてあげる」
腕を離してアルフローレンスの前に戻ってきた魔女がもう一度目を見つめる。
「その凍った心の奥にある火傷しそうなほど熱い魂を感じてみたいけど、あなたのその瞳に宿る意志に免じてお薬作ってあげる」
「感謝する」
「でも簡単にはいかないわ。必要な物があるのよ」
「心臓以外は全て差し出す」
「あら意外ね。心臓も差し出すって言うかと思ったのに」
「ミュゲットが目覚めたとき、余が傍にいてやらねばならぬからな」
「あなたみたいなとびきりのイケメンっていつも手垢がついてるのよね」
オエーとでも言いたげに舌を出してうんざりしたような顔を見せる魔女が指を鳴らすと部屋が一瞬で真っ暗になった。何事だと警戒するロードリックだが、すぐに部屋の真ん中に浮かび上がる魔法陣の明かりに握った剣から手を離す。
そこにあった椅子もテーブルも消え、あるのは魔法陣とその上に配置されたベッドだけ。
どういうつもりなのかがわからないものの従うしかない。
「必要な物は眠れば手に入るのか?」
「そうよ」
「余の夢に用があるのか?」
「夢じゃない。過去よ」
「過去……だと?」
「あなたが抱えるその闇の中にある物」
「ハッキリ言え」
なんのことかわからず苛立つアルフローレンスに魔女は愉快そうに笑みを浮かべる。
「欲しいのは氷の涙」
「氷の涙……?」
聞いたことがないアイテム。
「涙は凍らぬ」
「正確には氷を使う人間の涙が必要なの。あなたみたいな強い氷使いの涙は貴重なのよね。いくつか欲しいのよ」
「解毒薬に必要なのか?」
「ええ」
嘘だとわかったが、何も言わずにベッドに寝転んだ。
「余は泣かぬぞ。涙など幼き頃に枯れ果てた」
「だから過去に行ってもらうの」
「過去と向き合えば余が泣くとでも思っているのか?」
「じゃなきゃ言わない」
「無駄だ」
断言するアルフローレンスに向かった大きなため息を吐き出す魔女は呆れた顔でアルフローレンスの胸の上に腰掛ける。
不愉快そうな表情で魔女を見るアルフローレンスだが、払うことはしない。
「私ね、無駄なことはしない主義なの。二度手間や二度聞き、二度言うことも大嫌い。あなたがもう一度無駄だと言ったら私はあなたの望みを叶えない」
魔女と話しているとどこか嫌悪ににた感じを覚えた。その理由がなんなのか、ようやくわかった。
自分とよく似ているのだ。
一人であることを恥と思わず、寂しさを感じていないフリをする。でも本当はそうじゃない。
力を持っているが故に誰もを格下とし、脅す。
哀れな魔女だと同情する。それと同時に他者から見た自分も、ミュゲットが見ていた自分もこんな感じだったのだと気付いた。
「チャンスは一度、正解は一つ。あなたはどうする?」
「やる」
「いい子ね」
目を細めながら言われるその言葉にギュッと拳を握る。
『いい子でいる必要なんてない』
ミュゲットがそう言ってくれたから心が少し救われた。
あの優しい光がなければ生きられない。
あの光を守るためならもう一度あの化け物共に会うぐらいなんでもない。
闇の中に戻るぐらいなんでもないことだ。
「さっさとしてくれ」
「せっかちな男はモテないわよ」
「余はミュゲット以外必要としていない。どうだっていいことだ」
「あっそ。彼女持ちのイケメンなんか絶滅しちゃえばいいのよ」
吐き捨てるように言って腹の上からどいた魔女がアルフローレンスの横に移動し、宙に浮いたまま目の上に手を伸ばす。
自然と目を閉じるアルフローレンスの目と魔女の手の間に紫色の光が現れた。
「ねえ、どうして魔女が魔女って呼ばれるか知ってる?」
「悪魔のような女だからだろう」
「大正解」
満足げに口元を笑みで歪ませる魔女はアルフローレンスの身体の上に両手をかざすと魔法陣から黒煙のようなものが伸びてくる。
それはあっという間にベッドをのみこみ、アルフローレンスの腕に巻きつき始めた。
「じゃあ、行きましょうか。あなたが一番辛く苦しい思いをしたあの頃へ」
魔女が優しい声で囁くとアルフローレンスは身体が魔力で縛られるのを感じた。そのまま身体が黒い水の中へと沈み込んでいくのを感じる。
風呂に浸かるのは全く違う、まとわりつくような感覚に目を開けて叫びながら逃げ出したくなる。
全身が粟立ち、吐き気さえ込み上げるような憎悪と恐怖が流れ込んでくる。
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