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ごめんなさい
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「お前はどんな夢を見ていたのだ?」
自分は教えたのだから教えろと顔を向けるアルフローレンスを見てからもう一度景色に顔を戻す。
「あなたに会う夢」
「……悪夢の再来か?」
少し不安げに問いかけるアルフローレンスに笑いながら首を振る。
「悪夢と言えば悪夢だけど、良い夢だったわ」
意味がわからないと言いたげなアルフローレンスに寄り添うと自然と肩が抱かれる。
「フローラリアであなたに会う夢。五歳の私が浜辺でずーっとあなたを待ち続けてるの。馬車が来る度にあなたなんじゃないかって確認しては落胆する。約束なんてしてないのにどうして来ないのって泣くの」
「実際に泣いていたのか?」
「寂しくはあったけど泣いてはなかったと思う」
「そうか」
別れるとき、次の約束はしていなかったのだから期待していたわけではない。だが、もしかするともう一度会えるかもしれないと待っていたときは確かにあった。
そのときの記憶で夢を見ていたのだろうかと思っていた。
「でもある日あなたが現れた。嬉しくて駆け寄るんだけど、どうしてかあなたはすごく苦しんでた。今にも泣きだしそうな顔をしてて……」
夢の中で会ったときと同じ光景。それをミュゲットも見ていたのだと思うとアルフローレンスは胸が甘く締め付けられるのを感じた。
「それで、お前はどうした?」
「大丈夫ってあなたを抱きしめたの。それだけよ」
「そうか」
ミュゲットからすればそんなことで何が救われるのだと思うこと。何も知らない子供が大丈夫と言ったところで子供は神ではないのだから、それが不安を吹き飛ばす要因にはならない。
だがアルフローレンスはあの一回が救いとなったと言う。
あの瞬間に得たものを失わないために生きていたのだと。
ただ、あの温もりと香りがミュゲットの寂しさを埋めてくれたのも確かで、不思議と安心感があった。
こうして自分を包み込んでくれている物全てが今は愛情だとわかる。
「抱けば解毒剤をくれてやると言われた」
「幼女よね?」
「魔女は姿を変えられる」
「抱いたの?」
「余がお前以外にどうこうなると思うか?」
「捕虜を抱いたわけだし?」
返す言葉もない。
ミュゲットにしか反応しないと言いたかったアルフローレンスは自分が犯した過ちによって言葉を失った。
それはこれからもずっと言われ続けることだろうと覚悟はしていても後悔は消えない。
「抱かなかったのね」
「抱こうとはした。抱いたことで解毒薬が手に入るのならと思ったからだ」
「私が不潔だって言うとは思わなかったの?」
「お前はそういう女ではないだろう」
妙な信頼を得ているのがなんとなく恥ずかしさを込み上げさせるも嬉しくもあった。
助けるために魔女にまで会いに行ってくれた相手が魔女を抱いたからといってどうして文句が言えるのか。
血に染まった手が急に汚く思えて気持ちに蓋をした男が、真実を話さず嫌われても傍に置くことを選んだ男が、自分のために身体を差し出してくれる男を嫌いになれるわけがない。
むしろ謝らなければならないことだ。
敵意を、憎悪を持っていた妹が出す食事に手をつけなかったこと。心配と恐怖を与えてしまったこと。
甘い決断を許してくれたことへの感謝はしてもし足りないほどだ。
「アル、ありがとう」
「もう二度と心配をかけてくれるなよ。あんな思いは二度としたくない」
親に捨てられる恐怖より、殴られる恐怖よりずっと怖かったこと。
二十八年間生きてきて最も恐怖を感じていた日々だった。
「帰ったらお前の誕生祝いをしなくてはな」
「あ……もう十七歳だ。忘れてた」
「準備をしていたのだがな」
「あなたが?」
「そうだ」
「ふふっ、楽しみ。プレゼントは何かしら?」
「期待しすぎるな。余は誰かに物を贈ったことなどないのだ」
「コートくれた」
「あれは必需品というだけだ」
必需品ではない物を贈ろうとしてくれているのかと想像しては相手がどんな物を選んでくれたのか楽しみでならない。
今聞いてしまいたいが、絶対に言わないことはわかっているため聞かずに当日まで我慢することにした。
「魔女に会ったついでにグラキエスの雲を払えるか聞いてみたが無理だった」
「まだ気にしてるの?」
「お前は星空が好きだろう。グラキエスで見れたら喜ぶと思ったのだ」
「嬉しいけど、見れないからってガッカリしたりはしない」
「余はお前を喜ばせたい。フローラリアより美しい星空が見えるはずなのにと言っていただろう」
「でも見えなくても平気。あなたがいるんだもの」
「余がいたところで星空が見えぬぞ。余の目をいくら見つめようと星空にはならぬからな。お前の目は見ていれば海を思い出す」
誰かと目を合わせて話すことは何もおかしなことではない。むしろ普通だと言える。
しかし、アルフローレンスはいつも真っ直ぐすぎるほど見つめてくるため恥ずかしくなってしまう。
捕虜として捕らえられたときからずっとそうだった。彼を見ればいつだって目が合った。
「あなたの目を見れば空を思い出すからいいの」
「それほど青くはないだろう」
「青空っていつもこんなに青いわけじゃないの。水色のときだってあるし、晴れてるのに白っぽいときだってある。だからグラキエスが晴れなくても平気。あなたの目を見るわ」
触れるだけのキスが唇に落とされると今度は包み込むように抱きしめられる。
身長差のせいで相手の背が丸くなるとミュゲットは圧迫されるその感じに笑いだす。
今の感情を言葉にするなら相手はなんと言うだろう。
それはもっと言葉が出てくるようになったら聞こうと目を閉じた。
この温もりが、匂いがずっと恋しかった子供の頃、ずっと彼を待ち続けていた。
もう辛い思いはしていないだろうか、大丈夫だろうかとそればかり気にしていた。
「ミュゲットさま~!」
聞こえた幼い声に下を覗くと子供が両手を振っている。
「これあげるー!」
花冠を振っている双子の様子にミュゲットはアルフローレンスから離れて階段を降りていく。
「あのね、あのね、おねーちゃんとね、つくったの。もらってくれる?」
「素敵。ありがとう」
その場にしゃがむと頭の上にそっと乗せられる色とりどりの花で作られた花冠。
乗せているだけで届く香りに目を細めると子供が嬉しそうに笑っている。
「ミュゲットさまおひめさまみたい!」
「バカッ、ミュゲット様はお姫さまなの!」
一緒にいた姉だろう少女が妹の腕を軽く叩いて指摘する。
「おーじさまにもあげる」
「…………余のことか?」
「ミュゲットさまのおーじさまでしょ?」
「王子様、こちらへどうぞ」
自分のことだと思っていなかったアルフローレンスが目を瞬かせているのが面白くて口を押さえながら笑うミュゲットが自分の隣に来るよう手で指して促す。
「とどかない~!」
「もう、しょうがないなー!」
膝をついていようと小さな少女が必死に両手を伸ばすも大きすぎるアルフローレンスの頭には届かない。
呆れながらも妹の脇に手を入れて抱え上げた姉に合わせてアルフローレンスが頭を下げる。そっと乗せられた花冠に満足げに笑う少女。
「しゅてき!」
「感謝する」
小さな手を叩いて拍手する少女の屈託のない笑顔に向けてアルフローレンスが小さいながらに笑顔を返すと隣で見ていた姉のほうが顔を赤くする。
「ありがとう。大事にするわね」
「フランさまは?」
「フランは今、別の場所にいるの」
「フローラリア、こない?」
「フラン次第かな」
「フランさまにもね、あげるの」
「そう、きっとすごく喜ぶわ」
「えへへっ」
心を込めて作った贈り物を喜ばないはずがない。
フランは高飛車ではあったが、子供には優しかった。一緒に遊んでいる姿もよく目にした。
こうしてフランのためにと作る子供がいるのはフランがそれだけのことをしてきたからだとわかる。
だがフランはフロガから出さないとエルドレッドは約束した。
この子たちに会うことはないかもしれないが、ミュゲットはなんとなくもう一度ここでフランに会えるような気がしていた。
きっとエルドレッドがフロガからフローラリアに旅行に連れて行ったとしてもアルフローレンスはそれを咎めることなく『愚者のやりそうなことだ』と興味ない様子で吐き捨てて終わるだろうと想像できる。
それがいつになるかはわからないが、今度会うときは笑い合えることを願っている。
「行くよ!」
「あ、まってよー!」
バタバタと去っていく姉妹を見つめながら目を細める。
自分たちは反対だった。いつもフランが先を歩いて、それを自分が慌てて追いかけるばかりだった。
「あの少女たちの目に余はどう映っていたのだろうな」
「素敵なおーじさまに見えてたんじゃない?」
「ヤキモチは妬いてくれるな。顔が良いのは余のせいではないからな」
「それって冗談で言ってる? 本気で言ってる?」
「本気だ」
顔が良いと自覚する相手がそれを本気で言っていることにミュゲットは思わず声を上げて笑いだす。
どう考えも冗談めいて言う言葉を相手は本気で言っているのだと笑いが止まらない。
「笑いすぎだ。何がそんなにおかしい」
「だってあなたっ……ククッ、そんな顔で……ッ、真面目に言うんだもの!」
大笑いし続けるミュゲットに呆れたような視線を向けながらもアルフローレンスの表情は柔らかい。
「終わったか?」
「笑いすぎて疲れちゃった」
涙が滲むほど笑ったミュゲットの呼吸が落ち着くのを待ってから手を差し出したアルフローレンスをミュゲットが見上げる。
「お手をどうぞ、お姫様」
そんなことが言えるのかと驚きながらも手を取って立ち上がると階段を戻って一面を見渡した。
「陛下、少しよろ……ッ……しいでしょうか?」
「ああ。ミュゲット、少し待っていろ」
やってきた兵士がアルフローレンスの姿を見て一瞬言葉を詰まらせた。
あの氷帝が頭に花冠を乗せている姿を夢だと思ったのだろう。兵士は自分の頬をバチンッと叩き、夢ではないとわかると平静を装って言葉を続けた。
自分を置いていくなんて珍しいとわざとアルフローレンスの後を歩いていると手と表情で止まれと促される。
何をコソコソ話しているのだと思いながらもミュゲットは反対側の部屋、両親の寝室の一つ手前の部屋に入った。
「どこからが嘘だったの……?」
皆で過ごした部屋。
本を読んで感想を言い合ったり、おやつを食べたり、ボードゲームをしたり、肖像画を描いたりした思い出がたくさんある。
どんなときも愛を伝え合い笑顔を絶やさなかった両親とわがままを言いながらも明るい笑顔を見せていた妹。
あの愛の言葉はどこまでが本当だったのだろう。許さない、償いという全く正反対の思いを抱えながら夫婦として過ごしていた二人。それを知っていた妹。
夫が娘を抱いていたことを母は知っていたのだろうか。
愛した人を忘れられないことは罪ではない。だが、それに固執しすぎて二人の娘の間に差別が生じるのは問題でしかない。
母親も間違っていたのだ。愛の大きな人ではあったが、間違いも多い人だった。
全員が仮面をかぶっていたから違和感があったのか、自分だけが違うということに違和感があったのか、今こうして考えてみてもわからない。
全てが嘘だったわけじゃない。
誰しも嘘はつく。
それがたとえ家族であったとしても。
フランは父親に吐き気がしながらも抱かれ、そして家族で過ごす際はいつも笑顔だった。
あのわがままでどうしようもない自分勝手な妹がずっとそうして過ごしてきたのはなぜだろうか。
「ごめんね、フラン。ごめんなさい」
本人に謝ることは許されなかった。だからミュゲットはここで謝る。
何も気付くことができなかった、目の前にある光景が全てだと信じ込んでいた愚かな姉として本人に届くことはなくても精一杯の謝意を込めて、フランがいつも座っていた椅子に向かって頭を下げた。
自分は教えたのだから教えろと顔を向けるアルフローレンスを見てからもう一度景色に顔を戻す。
「あなたに会う夢」
「……悪夢の再来か?」
少し不安げに問いかけるアルフローレンスに笑いながら首を振る。
「悪夢と言えば悪夢だけど、良い夢だったわ」
意味がわからないと言いたげなアルフローレンスに寄り添うと自然と肩が抱かれる。
「フローラリアであなたに会う夢。五歳の私が浜辺でずーっとあなたを待ち続けてるの。馬車が来る度にあなたなんじゃないかって確認しては落胆する。約束なんてしてないのにどうして来ないのって泣くの」
「実際に泣いていたのか?」
「寂しくはあったけど泣いてはなかったと思う」
「そうか」
別れるとき、次の約束はしていなかったのだから期待していたわけではない。だが、もしかするともう一度会えるかもしれないと待っていたときは確かにあった。
そのときの記憶で夢を見ていたのだろうかと思っていた。
「でもある日あなたが現れた。嬉しくて駆け寄るんだけど、どうしてかあなたはすごく苦しんでた。今にも泣きだしそうな顔をしてて……」
夢の中で会ったときと同じ光景。それをミュゲットも見ていたのだと思うとアルフローレンスは胸が甘く締め付けられるのを感じた。
「それで、お前はどうした?」
「大丈夫ってあなたを抱きしめたの。それだけよ」
「そうか」
ミュゲットからすればそんなことで何が救われるのだと思うこと。何も知らない子供が大丈夫と言ったところで子供は神ではないのだから、それが不安を吹き飛ばす要因にはならない。
だがアルフローレンスはあの一回が救いとなったと言う。
あの瞬間に得たものを失わないために生きていたのだと。
ただ、あの温もりと香りがミュゲットの寂しさを埋めてくれたのも確かで、不思議と安心感があった。
こうして自分を包み込んでくれている物全てが今は愛情だとわかる。
「抱けば解毒剤をくれてやると言われた」
「幼女よね?」
「魔女は姿を変えられる」
「抱いたの?」
「余がお前以外にどうこうなると思うか?」
「捕虜を抱いたわけだし?」
返す言葉もない。
ミュゲットにしか反応しないと言いたかったアルフローレンスは自分が犯した過ちによって言葉を失った。
それはこれからもずっと言われ続けることだろうと覚悟はしていても後悔は消えない。
「抱かなかったのね」
「抱こうとはした。抱いたことで解毒薬が手に入るのならと思ったからだ」
「私が不潔だって言うとは思わなかったの?」
「お前はそういう女ではないだろう」
妙な信頼を得ているのがなんとなく恥ずかしさを込み上げさせるも嬉しくもあった。
助けるために魔女にまで会いに行ってくれた相手が魔女を抱いたからといってどうして文句が言えるのか。
血に染まった手が急に汚く思えて気持ちに蓋をした男が、真実を話さず嫌われても傍に置くことを選んだ男が、自分のために身体を差し出してくれる男を嫌いになれるわけがない。
むしろ謝らなければならないことだ。
敵意を、憎悪を持っていた妹が出す食事に手をつけなかったこと。心配と恐怖を与えてしまったこと。
甘い決断を許してくれたことへの感謝はしてもし足りないほどだ。
「アル、ありがとう」
「もう二度と心配をかけてくれるなよ。あんな思いは二度としたくない」
親に捨てられる恐怖より、殴られる恐怖よりずっと怖かったこと。
二十八年間生きてきて最も恐怖を感じていた日々だった。
「帰ったらお前の誕生祝いをしなくてはな」
「あ……もう十七歳だ。忘れてた」
「準備をしていたのだがな」
「あなたが?」
「そうだ」
「ふふっ、楽しみ。プレゼントは何かしら?」
「期待しすぎるな。余は誰かに物を贈ったことなどないのだ」
「コートくれた」
「あれは必需品というだけだ」
必需品ではない物を贈ろうとしてくれているのかと想像しては相手がどんな物を選んでくれたのか楽しみでならない。
今聞いてしまいたいが、絶対に言わないことはわかっているため聞かずに当日まで我慢することにした。
「魔女に会ったついでにグラキエスの雲を払えるか聞いてみたが無理だった」
「まだ気にしてるの?」
「お前は星空が好きだろう。グラキエスで見れたら喜ぶと思ったのだ」
「嬉しいけど、見れないからってガッカリしたりはしない」
「余はお前を喜ばせたい。フローラリアより美しい星空が見えるはずなのにと言っていただろう」
「でも見えなくても平気。あなたがいるんだもの」
「余がいたところで星空が見えぬぞ。余の目をいくら見つめようと星空にはならぬからな。お前の目は見ていれば海を思い出す」
誰かと目を合わせて話すことは何もおかしなことではない。むしろ普通だと言える。
しかし、アルフローレンスはいつも真っ直ぐすぎるほど見つめてくるため恥ずかしくなってしまう。
捕虜として捕らえられたときからずっとそうだった。彼を見ればいつだって目が合った。
「あなたの目を見れば空を思い出すからいいの」
「それほど青くはないだろう」
「青空っていつもこんなに青いわけじゃないの。水色のときだってあるし、晴れてるのに白っぽいときだってある。だからグラキエスが晴れなくても平気。あなたの目を見るわ」
触れるだけのキスが唇に落とされると今度は包み込むように抱きしめられる。
身長差のせいで相手の背が丸くなるとミュゲットは圧迫されるその感じに笑いだす。
今の感情を言葉にするなら相手はなんと言うだろう。
それはもっと言葉が出てくるようになったら聞こうと目を閉じた。
この温もりが、匂いがずっと恋しかった子供の頃、ずっと彼を待ち続けていた。
もう辛い思いはしていないだろうか、大丈夫だろうかとそればかり気にしていた。
「ミュゲットさま~!」
聞こえた幼い声に下を覗くと子供が両手を振っている。
「これあげるー!」
花冠を振っている双子の様子にミュゲットはアルフローレンスから離れて階段を降りていく。
「あのね、あのね、おねーちゃんとね、つくったの。もらってくれる?」
「素敵。ありがとう」
その場にしゃがむと頭の上にそっと乗せられる色とりどりの花で作られた花冠。
乗せているだけで届く香りに目を細めると子供が嬉しそうに笑っている。
「ミュゲットさまおひめさまみたい!」
「バカッ、ミュゲット様はお姫さまなの!」
一緒にいた姉だろう少女が妹の腕を軽く叩いて指摘する。
「おーじさまにもあげる」
「…………余のことか?」
「ミュゲットさまのおーじさまでしょ?」
「王子様、こちらへどうぞ」
自分のことだと思っていなかったアルフローレンスが目を瞬かせているのが面白くて口を押さえながら笑うミュゲットが自分の隣に来るよう手で指して促す。
「とどかない~!」
「もう、しょうがないなー!」
膝をついていようと小さな少女が必死に両手を伸ばすも大きすぎるアルフローレンスの頭には届かない。
呆れながらも妹の脇に手を入れて抱え上げた姉に合わせてアルフローレンスが頭を下げる。そっと乗せられた花冠に満足げに笑う少女。
「しゅてき!」
「感謝する」
小さな手を叩いて拍手する少女の屈託のない笑顔に向けてアルフローレンスが小さいながらに笑顔を返すと隣で見ていた姉のほうが顔を赤くする。
「ありがとう。大事にするわね」
「フランさまは?」
「フランは今、別の場所にいるの」
「フローラリア、こない?」
「フラン次第かな」
「フランさまにもね、あげるの」
「そう、きっとすごく喜ぶわ」
「えへへっ」
心を込めて作った贈り物を喜ばないはずがない。
フランは高飛車ではあったが、子供には優しかった。一緒に遊んでいる姿もよく目にした。
こうしてフランのためにと作る子供がいるのはフランがそれだけのことをしてきたからだとわかる。
だがフランはフロガから出さないとエルドレッドは約束した。
この子たちに会うことはないかもしれないが、ミュゲットはなんとなくもう一度ここでフランに会えるような気がしていた。
きっとエルドレッドがフロガからフローラリアに旅行に連れて行ったとしてもアルフローレンスはそれを咎めることなく『愚者のやりそうなことだ』と興味ない様子で吐き捨てて終わるだろうと想像できる。
それがいつになるかはわからないが、今度会うときは笑い合えることを願っている。
「行くよ!」
「あ、まってよー!」
バタバタと去っていく姉妹を見つめながら目を細める。
自分たちは反対だった。いつもフランが先を歩いて、それを自分が慌てて追いかけるばかりだった。
「あの少女たちの目に余はどう映っていたのだろうな」
「素敵なおーじさまに見えてたんじゃない?」
「ヤキモチは妬いてくれるな。顔が良いのは余のせいではないからな」
「それって冗談で言ってる? 本気で言ってる?」
「本気だ」
顔が良いと自覚する相手がそれを本気で言っていることにミュゲットは思わず声を上げて笑いだす。
どう考えも冗談めいて言う言葉を相手は本気で言っているのだと笑いが止まらない。
「笑いすぎだ。何がそんなにおかしい」
「だってあなたっ……ククッ、そんな顔で……ッ、真面目に言うんだもの!」
大笑いし続けるミュゲットに呆れたような視線を向けながらもアルフローレンスの表情は柔らかい。
「終わったか?」
「笑いすぎて疲れちゃった」
涙が滲むほど笑ったミュゲットの呼吸が落ち着くのを待ってから手を差し出したアルフローレンスをミュゲットが見上げる。
「お手をどうぞ、お姫様」
そんなことが言えるのかと驚きながらも手を取って立ち上がると階段を戻って一面を見渡した。
「陛下、少しよろ……ッ……しいでしょうか?」
「ああ。ミュゲット、少し待っていろ」
やってきた兵士がアルフローレンスの姿を見て一瞬言葉を詰まらせた。
あの氷帝が頭に花冠を乗せている姿を夢だと思ったのだろう。兵士は自分の頬をバチンッと叩き、夢ではないとわかると平静を装って言葉を続けた。
自分を置いていくなんて珍しいとわざとアルフローレンスの後を歩いていると手と表情で止まれと促される。
何をコソコソ話しているのだと思いながらもミュゲットは反対側の部屋、両親の寝室の一つ手前の部屋に入った。
「どこからが嘘だったの……?」
皆で過ごした部屋。
本を読んで感想を言い合ったり、おやつを食べたり、ボードゲームをしたり、肖像画を描いたりした思い出がたくさんある。
どんなときも愛を伝え合い笑顔を絶やさなかった両親とわがままを言いながらも明るい笑顔を見せていた妹。
あの愛の言葉はどこまでが本当だったのだろう。許さない、償いという全く正反対の思いを抱えながら夫婦として過ごしていた二人。それを知っていた妹。
夫が娘を抱いていたことを母は知っていたのだろうか。
愛した人を忘れられないことは罪ではない。だが、それに固執しすぎて二人の娘の間に差別が生じるのは問題でしかない。
母親も間違っていたのだ。愛の大きな人ではあったが、間違いも多い人だった。
全員が仮面をかぶっていたから違和感があったのか、自分だけが違うということに違和感があったのか、今こうして考えてみてもわからない。
全てが嘘だったわけじゃない。
誰しも嘘はつく。
それがたとえ家族であったとしても。
フランは父親に吐き気がしながらも抱かれ、そして家族で過ごす際はいつも笑顔だった。
あのわがままでどうしようもない自分勝手な妹がずっとそうして過ごしてきたのはなぜだろうか。
「ごめんね、フラン。ごめんなさい」
本人に謝ることは許されなかった。だからミュゲットはここで謝る。
何も気付くことができなかった、目の前にある光景が全てだと信じ込んでいた愚かな姉として本人に届くことはなくても精一杯の謝意を込めて、フランがいつも座っていた椅子に向かって頭を下げた。
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