12 / 93
敵対
しおりを挟む
「どうしてセシル様もご一緒なんですか?」
教室を出るまでは上機嫌だったティーナの表情が馬車で待っていたセシルの存在によって崩れた。
「君は知らないだろうけど僕は毎日ヴィンセルと一緒に帰ってるんだ。家が近いもんだから」
「ご自分の馬車に乗られてはいかがですか?」
「ま、自分の馬車も用意できない人間に──おっと、貧乏男爵への侮辱だったかな」
帰りの馬車の中はヴィンセルと二人きりではなくティーナとセシルも一緒で四人いっぱい乗り込み、室内では気の合わない二人がバチバチと火花を散らし合う。
セシルがヴィンセルと一緒に帰っているのは聞いたことがなく、ティーナを警戒しての護衛のようなものだろうが馬車の中の雰囲気は紫煙が漂うサロンより悪い。
「ティーナ、セシル様に失礼よ」
「セシル様こそレディに失礼よ」
「悪いけど、僕はアリスに失礼な態度をとったことはないから」
「私にですけど」
「君がレディ? ああ、自分のこと言ってたのか。どの口が言ってるんだろう」
「は?」
「なに?」
いつ爆発してもおかしくない火花を散らせる二人にアリスとヴィンセルは呆れたように首を振る。
ティーナが黙っておけば静かでいられるのにティーナがヴィンセルに話しかけるとセシルが邪魔するため乗ってからずっと苛立っていた。
いや、実際はその前から多少の苛立ちを感じている気配はあった。
まず教室まで迎えに来た時———
「アリス、待たせた」
「いえ、とんでもありません。時間ぴったりです」
「ベルフォルン男爵令嬢も一緒でいいんだったな?」
「もう、ティーナと呼んでくださいってばぁ」
何度言ってもティーナのことは名前で呼ばない。そのくせアリスのことはずっと呼び捨てにしているのだからティーナはそれが気に入らなかった。
二つ目———
「アリス、俺が先に入って手を貸そう」
「すみません」
利き手が使えないだけで左手は使えるのだから馬車に乗るに不自由はないが、ヴィンセルは過保護なまでにアリスに手を貸して馬車に乗せてくれた。
「ベルフォルン男爵令嬢も乗るといい」
「こんな高級な馬車に乗るのは初めてで緊張で手が震えてるんです。手を貸してくださいませんか?」
まず乗るよう伝える時にヴィンセルは手を貸さなかった。それも気に食わなかったが、手を貸してほしいと自らチャンスを作った後もヴィンセルは少し戸惑っていた。アリスには自ら手を差し出したのになぜその流れで自分に手を貸してくれないのかと不満だったのだろう。
その直後にティーナを押しのけてセシルが「乗らないのならどいて。邪魔」と先に馬車に乗り込みヴィンセルの隣を取ったものだからティーナの機嫌は乗った時から既に最悪だった。
ヴィンセルの向かいはアリスが。ヴィンセルの隣はセシルが。自分はアリスの隣でヴィンセルの斜め。話しかけるのは簡単でも、くっつくことができない位置のせいで仕掛けることができなかった。
「ヴィンセル様はなぜ婚約者を作らないのですか?」
それはアリスも気になっていたこと。
「あー……ブラックバーン家は親が見つけるのではなく自分で見つけて選ぶのが決まりなんだ」
「じゃあまだ見つけられてないってことですか?」
「……まあ、そんなところだ」
まだ見つけられていないということは候補の一人もいないということで、ティーナは自分にも勝機があると思ったのか、目を輝かせて無礼にもヴィンセルの手を握った。
ありえない行為にセシルもアリスも目を見開き、慌てて手を伸ばすもヴィンセルがそれを乱暴に振り払った。
「キャッ!」
「…すまないが、レディが異性に安易に触れるのは好ましくない」
「そんな強く拒まなくても……ひどい……」
嘘泣きが始まったと全員が思っていた。
ティーナのすごさは声を漏らして泣き真似をするだけではなく実際に涙を流して見せる所。誰もが彼女は傷付いて泣いていると本気で勘違いしてしまうのだが、この三人はティーナの本性を知っているだけにこんなことぐらいで泣いたりしないとわかっている。
一番呆れているのはセシルで、呆れすぎて責める言葉も出てこないらしく、ワザと大きなため息をついた。
「私に触れられるの嫌ですか?」
「誰かの体温を感じたくないんだ」
「それって寂しくないですか?」
「全く」
「もしよければ、私、お手伝いしますよ」
「は?」
思わず漏れたセシルの声。
「触れられ慣れてないから苦手なんですよね? 慣れればきっと心地良く思いますよ! 私、そのお手伝いします!」
勝手なことを口走るティーナにヴィンセルの表情は歪み、それをなんとか苦笑に直して首を振る。
「心遣いはありがたいが、そういう問題ではない」
「私、汚くないですよ。ヴィンセル様が迎えに来てくださる前も手を洗いましたし。アリスは洗ってないですけど」
いちいち誰かを蹴落として自分を上げなければ気が済まないティーナ。これを好きだという人間もいるのだからティーナはこういう自分を良しとする。ベルフォルン家の娘らしいと言われていることをティーナは知らない。
最初は嫌がっていても癖になると思っているのだ。それが自分の魅力だと。
「そのハンカチって女性モノですよね?」
「あ、ああ……」
「ヴィンセル様のですか?」
「ああ……」
「ふーん」
ヴィンセルが持っているのはアリスのハンカチ。ヴィンセルは確かに新しいハンカチをすぐに買って返してくれた。自分が持っていた薄桃色のお気に入りのハンカチよりも上質なシルクの白いハンカチ。
アリスとしてはそのまま返してくれてもよかったのだが、できないと言われてしまったため諦めた。捨てているだろうと思っていたのだが、ヴィンセルが鼻を押さえるのに取り出したハンカチは普段から使用している王家の紋章が入った物ではなく、薄桃色の生地にBの刺繍がされている物。
無意識に出してしまったそれにヴィンセルは内心焦っていた。
「アリス、ハンカチ持ってる?」
ティーナの問いかけにギクッとしたのはヴィンセル。
「手を洗ったときにハンカチ貸したじゃない」
「……あ、そっかぁ! やだ、忘れてた!」
手洗いから戻ってきたティーナにハンカチを貸しておいて良かったと心から安堵した。
「でも意外。ヴィンセル様ってそういうハンカチ持つんですね」
「女性モノは手触りがいい。私は年中花粉症だからハンカチが手放せないんだ」
「そうだったんですね! 皆どうしてヴィンセル様はハンカチで顔押さえるんだろって言ってたんですよ! うふふっ、新情報ゲットしちゃった!」
誰も知らないだろう新情報にテンションが上がるティーナはさっきまでの涙はどこへやら上機嫌に笑顔になる。
「アリス、早く手が治るといいね」
「すみません、こんな大袈裟にしてしまって」
セシルの言葉にアリスが頷く。
「謝らなくていい。私のせいだ。本当にすまない」
「ヴィンセル様、もう本当に謝罪はやめてください。本当に兄が大袈裟なだけで平気ですから」
頭を下げた時にふわりと香る爽やかな匂い。夏を連想させる不思議な匂いは相手のイメージに合っていて心地良い感じを受けた。
もう何度謝られたかわからないだけに苦笑しか出てこないアリスは困ってしまう。
セシルは同級生でどこか弟のような態度を見せるため話しやすいが、ヴィンセルは年上でしかも王子。どういう対応が正しいのかわからないでいる。
「アリス、ヴィンセル様に頭なんて下げさせないでよ」
「ご、ごめんね」
ティーナといるとヴィンセルもやり辛さを感じる。手は二本あっても人間は常にその二本をフルに使って生きる生き物だ。それが急に一本使い物にならなくなっただけでどれだけ不自由を感じるか。ましてや相手はあのカイル・ベンフィールドの妹。誠心誠意面倒を見なければと心構えを持って接する覚悟だが、どうにもティーナの存在が引っかかって仕方ない。
「でもアリスならヴィンセルの婚約者になれそうだよね」
「セシル、やめてください。ムリですムリです!」
なんてことを言い出すんだと慌てるアリスを見てティーナが鼻で笑う。
「そうですよ。アリスに王女様なんて無理に決まってるじゃないですか」
「でもヴィンセル・ブラックバーンの婚約者候補の最低ラインは公爵だから。間違っても男爵なんてありえないわけだし、その最低ラインだけでもアリスは合格してる」
いちいち食ってかかるセシルにギリッと歯を鳴らすティーナだが、ヴィンセルに顔を向けるときには拗ねたように唇を尖らせた表情を見せる。
「ヴィンセル様は爵位で選ばれるのですか?」
「そういうわけではないが、価値観が近いと思うんだ。あまりに格差がありすぎても不一致が起こるだろうからと祖父の時代に決まったんだ」
「でも公爵令嬢ってお金を持ってるからこそ買い物付きだったりしますよね? それはいいんですか?」
「そういう相手を選ぶつもりはない。我慢させるつもりもないが、豪遊もさせるつもりはない。俺は妻には控えめな淑女を望んでいる」
「誰だってそうでしょ。我の強い女性って不気味だよね。稼げもしないくせに高級志向な人間ってウザい。自分のこと何様だと思ってるんだろ」
「セシル様って差別主義者なんですね。女性が世の中に出て稼ぐ大変さなんてご存じないんでしょ? 知ってます? 女性の給料って男性の半分以下だってこと」
「どう思ってもらっていいよ。社会に出て稼ぐつもりもない人間にどう思われようとどうだっていいし」
ティーナは社会に出るつもりなどない。稼ぐのは男の仕事で女は家の中でお茶を楽しむのが仕事だとよく言っている。
化粧や趣味を満喫して美しい姿で生きる。それが夫のためだと。
実際、今の社会に女がイキイキと働く場所はない。ティーナが言ったように給料にも男女格差があり、貴族が就ける唯一の上品な職業である家庭教師も成績の悪いティーナでは不可能。
「セシル様のファンがお聞きになったらがっかりするでしょうね」
「言えばいいよ。どうして僕が顔も名前も知らないファンとやらのために気を遣った発言をしなきゃいけないの」
セシルにとって“ファン”という存在は顔も名前も知らない他人。勝手にキャアキャアと騒いでいるミーハーな存在。それだけ。
だからその存在が自分の発言で傷付こうとどうだっていいのだ。
何も気にしない様子で肩を竦めるセシルをティーナが睨む。
「でもアリスはヴィンセルじゃなくて僕の婚約者になってくれてもいいんだよ?」
「え?」
「え?」
思わずヴィンセルまで反応してしまい、慌てて姿勢を正すもセシルはおかしそうに声を上げて笑った。
教室を出るまでは上機嫌だったティーナの表情が馬車で待っていたセシルの存在によって崩れた。
「君は知らないだろうけど僕は毎日ヴィンセルと一緒に帰ってるんだ。家が近いもんだから」
「ご自分の馬車に乗られてはいかがですか?」
「ま、自分の馬車も用意できない人間に──おっと、貧乏男爵への侮辱だったかな」
帰りの馬車の中はヴィンセルと二人きりではなくティーナとセシルも一緒で四人いっぱい乗り込み、室内では気の合わない二人がバチバチと火花を散らし合う。
セシルがヴィンセルと一緒に帰っているのは聞いたことがなく、ティーナを警戒しての護衛のようなものだろうが馬車の中の雰囲気は紫煙が漂うサロンより悪い。
「ティーナ、セシル様に失礼よ」
「セシル様こそレディに失礼よ」
「悪いけど、僕はアリスに失礼な態度をとったことはないから」
「私にですけど」
「君がレディ? ああ、自分のこと言ってたのか。どの口が言ってるんだろう」
「は?」
「なに?」
いつ爆発してもおかしくない火花を散らせる二人にアリスとヴィンセルは呆れたように首を振る。
ティーナが黙っておけば静かでいられるのにティーナがヴィンセルに話しかけるとセシルが邪魔するため乗ってからずっと苛立っていた。
いや、実際はその前から多少の苛立ちを感じている気配はあった。
まず教室まで迎えに来た時———
「アリス、待たせた」
「いえ、とんでもありません。時間ぴったりです」
「ベルフォルン男爵令嬢も一緒でいいんだったな?」
「もう、ティーナと呼んでくださいってばぁ」
何度言ってもティーナのことは名前で呼ばない。そのくせアリスのことはずっと呼び捨てにしているのだからティーナはそれが気に入らなかった。
二つ目———
「アリス、俺が先に入って手を貸そう」
「すみません」
利き手が使えないだけで左手は使えるのだから馬車に乗るに不自由はないが、ヴィンセルは過保護なまでにアリスに手を貸して馬車に乗せてくれた。
「ベルフォルン男爵令嬢も乗るといい」
「こんな高級な馬車に乗るのは初めてで緊張で手が震えてるんです。手を貸してくださいませんか?」
まず乗るよう伝える時にヴィンセルは手を貸さなかった。それも気に食わなかったが、手を貸してほしいと自らチャンスを作った後もヴィンセルは少し戸惑っていた。アリスには自ら手を差し出したのになぜその流れで自分に手を貸してくれないのかと不満だったのだろう。
その直後にティーナを押しのけてセシルが「乗らないのならどいて。邪魔」と先に馬車に乗り込みヴィンセルの隣を取ったものだからティーナの機嫌は乗った時から既に最悪だった。
ヴィンセルの向かいはアリスが。ヴィンセルの隣はセシルが。自分はアリスの隣でヴィンセルの斜め。話しかけるのは簡単でも、くっつくことができない位置のせいで仕掛けることができなかった。
「ヴィンセル様はなぜ婚約者を作らないのですか?」
それはアリスも気になっていたこと。
「あー……ブラックバーン家は親が見つけるのではなく自分で見つけて選ぶのが決まりなんだ」
「じゃあまだ見つけられてないってことですか?」
「……まあ、そんなところだ」
まだ見つけられていないということは候補の一人もいないということで、ティーナは自分にも勝機があると思ったのか、目を輝かせて無礼にもヴィンセルの手を握った。
ありえない行為にセシルもアリスも目を見開き、慌てて手を伸ばすもヴィンセルがそれを乱暴に振り払った。
「キャッ!」
「…すまないが、レディが異性に安易に触れるのは好ましくない」
「そんな強く拒まなくても……ひどい……」
嘘泣きが始まったと全員が思っていた。
ティーナのすごさは声を漏らして泣き真似をするだけではなく実際に涙を流して見せる所。誰もが彼女は傷付いて泣いていると本気で勘違いしてしまうのだが、この三人はティーナの本性を知っているだけにこんなことぐらいで泣いたりしないとわかっている。
一番呆れているのはセシルで、呆れすぎて責める言葉も出てこないらしく、ワザと大きなため息をついた。
「私に触れられるの嫌ですか?」
「誰かの体温を感じたくないんだ」
「それって寂しくないですか?」
「全く」
「もしよければ、私、お手伝いしますよ」
「は?」
思わず漏れたセシルの声。
「触れられ慣れてないから苦手なんですよね? 慣れればきっと心地良く思いますよ! 私、そのお手伝いします!」
勝手なことを口走るティーナにヴィンセルの表情は歪み、それをなんとか苦笑に直して首を振る。
「心遣いはありがたいが、そういう問題ではない」
「私、汚くないですよ。ヴィンセル様が迎えに来てくださる前も手を洗いましたし。アリスは洗ってないですけど」
いちいち誰かを蹴落として自分を上げなければ気が済まないティーナ。これを好きだという人間もいるのだからティーナはこういう自分を良しとする。ベルフォルン家の娘らしいと言われていることをティーナは知らない。
最初は嫌がっていても癖になると思っているのだ。それが自分の魅力だと。
「そのハンカチって女性モノですよね?」
「あ、ああ……」
「ヴィンセル様のですか?」
「ああ……」
「ふーん」
ヴィンセルが持っているのはアリスのハンカチ。ヴィンセルは確かに新しいハンカチをすぐに買って返してくれた。自分が持っていた薄桃色のお気に入りのハンカチよりも上質なシルクの白いハンカチ。
アリスとしてはそのまま返してくれてもよかったのだが、できないと言われてしまったため諦めた。捨てているだろうと思っていたのだが、ヴィンセルが鼻を押さえるのに取り出したハンカチは普段から使用している王家の紋章が入った物ではなく、薄桃色の生地にBの刺繍がされている物。
無意識に出してしまったそれにヴィンセルは内心焦っていた。
「アリス、ハンカチ持ってる?」
ティーナの問いかけにギクッとしたのはヴィンセル。
「手を洗ったときにハンカチ貸したじゃない」
「……あ、そっかぁ! やだ、忘れてた!」
手洗いから戻ってきたティーナにハンカチを貸しておいて良かったと心から安堵した。
「でも意外。ヴィンセル様ってそういうハンカチ持つんですね」
「女性モノは手触りがいい。私は年中花粉症だからハンカチが手放せないんだ」
「そうだったんですね! 皆どうしてヴィンセル様はハンカチで顔押さえるんだろって言ってたんですよ! うふふっ、新情報ゲットしちゃった!」
誰も知らないだろう新情報にテンションが上がるティーナはさっきまでの涙はどこへやら上機嫌に笑顔になる。
「アリス、早く手が治るといいね」
「すみません、こんな大袈裟にしてしまって」
セシルの言葉にアリスが頷く。
「謝らなくていい。私のせいだ。本当にすまない」
「ヴィンセル様、もう本当に謝罪はやめてください。本当に兄が大袈裟なだけで平気ですから」
頭を下げた時にふわりと香る爽やかな匂い。夏を連想させる不思議な匂いは相手のイメージに合っていて心地良い感じを受けた。
もう何度謝られたかわからないだけに苦笑しか出てこないアリスは困ってしまう。
セシルは同級生でどこか弟のような態度を見せるため話しやすいが、ヴィンセルは年上でしかも王子。どういう対応が正しいのかわからないでいる。
「アリス、ヴィンセル様に頭なんて下げさせないでよ」
「ご、ごめんね」
ティーナといるとヴィンセルもやり辛さを感じる。手は二本あっても人間は常にその二本をフルに使って生きる生き物だ。それが急に一本使い物にならなくなっただけでどれだけ不自由を感じるか。ましてや相手はあのカイル・ベンフィールドの妹。誠心誠意面倒を見なければと心構えを持って接する覚悟だが、どうにもティーナの存在が引っかかって仕方ない。
「でもアリスならヴィンセルの婚約者になれそうだよね」
「セシル、やめてください。ムリですムリです!」
なんてことを言い出すんだと慌てるアリスを見てティーナが鼻で笑う。
「そうですよ。アリスに王女様なんて無理に決まってるじゃないですか」
「でもヴィンセル・ブラックバーンの婚約者候補の最低ラインは公爵だから。間違っても男爵なんてありえないわけだし、その最低ラインだけでもアリスは合格してる」
いちいち食ってかかるセシルにギリッと歯を鳴らすティーナだが、ヴィンセルに顔を向けるときには拗ねたように唇を尖らせた表情を見せる。
「ヴィンセル様は爵位で選ばれるのですか?」
「そういうわけではないが、価値観が近いと思うんだ。あまりに格差がありすぎても不一致が起こるだろうからと祖父の時代に決まったんだ」
「でも公爵令嬢ってお金を持ってるからこそ買い物付きだったりしますよね? それはいいんですか?」
「そういう相手を選ぶつもりはない。我慢させるつもりもないが、豪遊もさせるつもりはない。俺は妻には控えめな淑女を望んでいる」
「誰だってそうでしょ。我の強い女性って不気味だよね。稼げもしないくせに高級志向な人間ってウザい。自分のこと何様だと思ってるんだろ」
「セシル様って差別主義者なんですね。女性が世の中に出て稼ぐ大変さなんてご存じないんでしょ? 知ってます? 女性の給料って男性の半分以下だってこと」
「どう思ってもらっていいよ。社会に出て稼ぐつもりもない人間にどう思われようとどうだっていいし」
ティーナは社会に出るつもりなどない。稼ぐのは男の仕事で女は家の中でお茶を楽しむのが仕事だとよく言っている。
化粧や趣味を満喫して美しい姿で生きる。それが夫のためだと。
実際、今の社会に女がイキイキと働く場所はない。ティーナが言ったように給料にも男女格差があり、貴族が就ける唯一の上品な職業である家庭教師も成績の悪いティーナでは不可能。
「セシル様のファンがお聞きになったらがっかりするでしょうね」
「言えばいいよ。どうして僕が顔も名前も知らないファンとやらのために気を遣った発言をしなきゃいけないの」
セシルにとって“ファン”という存在は顔も名前も知らない他人。勝手にキャアキャアと騒いでいるミーハーな存在。それだけ。
だからその存在が自分の発言で傷付こうとどうだっていいのだ。
何も気にしない様子で肩を竦めるセシルをティーナが睨む。
「でもアリスはヴィンセルじゃなくて僕の婚約者になってくれてもいいんだよ?」
「え?」
「え?」
思わずヴィンセルまで反応してしまい、慌てて姿勢を正すもセシルはおかしそうに声を上げて笑った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
さようなら、私の愛したあなた。
希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。
ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。
「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」
ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。
ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。
「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」
凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。
なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。
「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」
こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
王女殿下のモラトリアム
あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」
突然、怒鳴られたの。
見知らぬ男子生徒から。
それが余りにも突然で反応できなかったの。
この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの?
わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。
先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。
お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって!
婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪
お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。
え? 違うの?
ライバルって縦ロールなの?
世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。
わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら?
この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。
※設定はゆるんゆるん
※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。
※明るいラブコメが書きたくて。
※シャティエル王国シリーズ3作目!
※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、
『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。
上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。
※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅!
※小説家になろうにも投稿しました。
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中
白雨 音
恋愛
父親の再婚により、家族から小間使いとして扱われてきた、伯爵令嬢のコレット。
思いがけず結婚が決まるが、義姉クリスティナと偽る様に言われる。
愛を求めるコレットは、結婚に望みを託し、クリスティナとして夫となるアラード卿の館へ
向かうのだが、その先で、この結婚が偽りと知らされる。
アラード卿は、彼女を妻とは見ておらず、曰く付きの塔に閉じ込め、放置した。
そんな彼女を、唯一気遣ってくれたのは、自分よりも年上の義理の息子ランメルトだった___
異世界恋愛 《完結しました》
【完結】ありのままのわたしを愛して
彩華(あやはな)
恋愛
私、ノエルは左目に傷があった。
そのため学園では悪意に晒されている。婚約者であるマルス様は庇ってくれないので、図書館に逃げていた。そんな時、外交官である兄が国外視察から帰ってきたことで、王立大図書館に行けることに。そこで、一人の青年に会うー。
私は好きなことをしてはいけないの?傷があってはいけないの?
自分が自分らしくあるために私は動き出すー。ありのままでいいよね?
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる