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終わり
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「知られてないとでも思ったか?」
「い……いえ、私……その……」
ありえないと、その言葉だけが何百回も頭の中をループしている。なぜバレた。だって……そう思っている中園の耳に届いたのは想定していなかった事実。
「倉庫管理部の人間が心配して聞いてきたんだよ。大丈夫でしたかって」
「え……」
そんなはずはない。倉庫管理部の人間は全員コミュ障のような人間ばかり。だからあんな地獄のような場所で働いていても苦にならず生きているのだ。自分に荷物を渡した女だって最初から最後まで視線を少し下に向けた状態で話していた。声が小さくて聞き取りづらい苛立ちを抑える事に必死になるほどあの部署の人間は陰気な者ばかり。そんな人間が立花柊に自ら話しかけるなどありえない。
戸惑いを隠せない中園の表情を瑠璃川はジッと見ていた。
「お前、ワザとベジタリアン向けの商品持って行ったんだな。ビーガン向けの商品を販売してる会社との契約だって聞いてたから急にベジタリアン向けの商品も見せてほしいって言われたってのに矛盾を感じてたんだとよ。バレないとでも思ったか? 部署内で知れ渡ったんだ。他の部署まで話が行くのに一時間も必要ねぇのはわかるだろ。ああ、地下にある倉庫管理部の人間にまでは届かないと思ってたのか?」
「そ、れは……」
「甘ぇよ」
突き放すような冷たい声にビクッと肩を跳ねさせる。今まで何度か冷たい声は聞いていた。向けられたこともある。でもここまでじゃなかった。軽蔑。その感情が声だけで明確に伝わってくる。
「たった一人の男を手に入れる……いや、違うな。たった一人の女に嫌がらせするためだけにそんな事までしちまえるお前は気持ち悪ィよ」
「立花さん、話を聞いてください! 違うんです! 私は──」
「皇家に手紙送ったよな?」
「ッ!?」
いつ心臓が止まってもおかしくないほどの驚きの連続に手が震える。怒りではなく恐怖と緊張によるもの。
「悠二から聞き出した情報で優位に立てたつもりになれたか?」
「私そんなことしてません!」
「立花柊と皇椿は共に国外に逃亡予定。日付と飛行機の時刻までハッキリ書かれてたらしいな」
「なん、で……」
どうして全てバレているのだろう。自分が手紙を書いた事だけではなく、悠二と繋がりを持った事までバレている。
なんとか柊との繋がりを切りたくなかった中園は随分と前に一度だけあった悠二の存在を思い出した。知り合いに聞けばあっという間に居場所がわかり、偶然を装ってバーで会った。酔っ払ったフリをして愚痴を混ぜて色々と聞き出し、椿が皇家の跡取りである事を知った。
あの瞬間の怒りは今までに感じた事がないほど強いものだった。そこら辺に転がっている金持ちの娘ではなく名家の出。自分がどう転んでも手に入れられないものだ。選び放題の身分でありながらわざわざ柊を選んだ事が許せなかったし、一ヶ月で婚約関係を結んだ事は更に許せなかった。だから悠二が言った『ばあちゃんが許してくれないらしくてさ、駆け落ち同然で国外に行くらしい』と言っていたのを聞いて即座に手紙を出した。酔っ払っている悠二から住所を聞き出すのは簡単だった。
これは言ってはいけない事だから内緒だと悠二は言っていた。だから柊にバレるはずがないのに。
「俺が頼んだんだよ。もしお前が接触してきたら言ってほしい事があるって」
「わ、私が彼を探してるってなんで……ッ!?」
バッと勢いよく瑠璃川に振り返ると肩を竦められた。
瑠璃川に悠二の話をした。でもそれは世間話程度にしたつもりだった。だけど瑠璃川はそうは受け取らず、そのまま柊に報告した。それを聞いて中園が動きだすと確信していた柊が悠二に先手を打っておいた。
「お前なら絶対にやると思ったよ。俺の勘が外れたらよかったんだけどな」
少し寂しげにも聞こえる声に中園が勢いよく立ち上がる。
「立花さんが悪いんですよ! あの日の事なんてなかったみたいに振る舞うし、私の事ぜんっぜん見てくれないから! 恋人なんていらない。結婚は絶対にしないって言ってたくせに急に婚約者なんか作ってデレデレして! 裏切りじゃないですか!」
何言ってるんだと呆れる瑠璃川の顔はもう見ていない。空港のロビー内に響き渡るほどの大声に周囲の注目を浴びても中園の言葉は止まらない。
「あの女が遊び相手なら私だって何もしませんでしたよ! でもあの女が本命なんて絶対に許せない! どう見たって私の方が可愛いし、仕事だってできるし、社会でも上手くやっていける! あんな地味な女が立花さんのお嫁さんだなんて誰も受け入れてくれませんよ!」
椿の祖母が聞いていようがもうどうでもよかった。全てバレているのなら取り繕う必要はない。全てぶちまけてやる。
「無知な人間を傍に置いておく必要がありますか!? 立花さんはもっと自由であるべきなんです! あんな女に縛られないでください! あんな女のために人生を棒に振らないでください! あんな女を選ばないでください! 私なら立花さんのために全て捧げられますから!」
電話の向こうで小さな溜息が聞こえた。
「お前は人の心に寄り添うことを知らないだろ。だから俺はお前を好きにならないんだ。与えてやりたいと思えない」
「私は与えてもらわなくても大丈夫です! 私は与える側ですから! 可愛さも、癒しも、安らぎも全部私が与えます! 立花さんは物珍しさで勘違いしてるだけなんです! 立花さん今どこですか!? 迎えに行きますから場所教えてください!」
「海の上なのにか?」
「……は……?」
空を飛んでいくはずだった柊は今、海の上にいると言った。最初から飛行機で行くつもりはなく船で出るつもりだった。見送りにと伝えたのは囮にするため。全て詳細に伝えていれば自分がこうするだろう事を読んだ上での事だったと膝をついた。
「お前がそう言ったように、俺も椿のためなら全部捨てられるんだわ。順調に走ってきた道を外れる事だって厭わない。一流企業も、給料も、仕事も、友人も──」
「部下もですか?」
静かな声にフッと笑った柊の声。
「そうだ」
迷いのない声に怒りが湧き上がる。
「バッカじゃないの! そんな女のために勝ち組の人生捨てるとかマジ信じらんない! 不細工な女に惚れてエリート街道外れて二人で海外逃亡とか笑っちゃうんですけど! 今まで慕ってきた部下さえ捨てて女選ぶとか普通じゃないですよ! 絶対に後悔しますからね! 私を選ばずその女を選んだ事も! その女のために全て投げ捨てた事も絶対に後悔するはずです! 後悔すればいい!」
直接顔を見て言ってやりたかった。椿の顔も柊の顔も見たくはないけど直接言えたら今より気分はマシだったはず。
こうして電話している最中もあの女は柊の隣にいるのだろうか。肩を抱かれているのかもしれない。優しく髪を撫でられて、あの日のように額にキスをもらっているかもしれない。
悔しい。自分にだってチャンスはあったはず。正常な判断力を失くすほど酔っていたとはいえ、抱いてもいいと思ってもらった。上司と部下であるが故に突き放されたと自分に言い聞かせていたが、それでも慕っていればいずれまたチャンスはやってくると信じていたのに柊は裏切った。相手が美人なバリキャリだったら諦められた。でも相手があれでは諦めるに諦めきれない。
溢れ出す涙を堪えきれず頬を濡らす。
「後悔はしない。絶対に。俺は癒しも安らぎも愛も全て与えてもらったんだ。人生を捧げるだけの価値がある運命の相手に出会えた事を神に感謝してる」
「神って……」
神なんて目に見えない存在は信じていないとバカにしたように笑っていた男がそう口にした瞬間、全て終わったと思った。何を言っても彼は変わらない。戻っても来ない。聞いていた飛行機の行き先はでたらめで、どこに行ったのかもわからない。
初恋のように永遠に残るだろうほどの好意は叶う事なく壊れて終わった。
「大好きだったのに……!」
嗚咽を上げながら告げた言葉に返ってきた言葉。
「俺はお前が大嫌いだったよ」
優しい声で告げられた残酷な言葉に中園の手からスマホが滑り落ち、声を上げて泣いた。
「い……いえ、私……その……」
ありえないと、その言葉だけが何百回も頭の中をループしている。なぜバレた。だって……そう思っている中園の耳に届いたのは想定していなかった事実。
「倉庫管理部の人間が心配して聞いてきたんだよ。大丈夫でしたかって」
「え……」
そんなはずはない。倉庫管理部の人間は全員コミュ障のような人間ばかり。だからあんな地獄のような場所で働いていても苦にならず生きているのだ。自分に荷物を渡した女だって最初から最後まで視線を少し下に向けた状態で話していた。声が小さくて聞き取りづらい苛立ちを抑える事に必死になるほどあの部署の人間は陰気な者ばかり。そんな人間が立花柊に自ら話しかけるなどありえない。
戸惑いを隠せない中園の表情を瑠璃川はジッと見ていた。
「お前、ワザとベジタリアン向けの商品持って行ったんだな。ビーガン向けの商品を販売してる会社との契約だって聞いてたから急にベジタリアン向けの商品も見せてほしいって言われたってのに矛盾を感じてたんだとよ。バレないとでも思ったか? 部署内で知れ渡ったんだ。他の部署まで話が行くのに一時間も必要ねぇのはわかるだろ。ああ、地下にある倉庫管理部の人間にまでは届かないと思ってたのか?」
「そ、れは……」
「甘ぇよ」
突き放すような冷たい声にビクッと肩を跳ねさせる。今まで何度か冷たい声は聞いていた。向けられたこともある。でもここまでじゃなかった。軽蔑。その感情が声だけで明確に伝わってくる。
「たった一人の男を手に入れる……いや、違うな。たった一人の女に嫌がらせするためだけにそんな事までしちまえるお前は気持ち悪ィよ」
「立花さん、話を聞いてください! 違うんです! 私は──」
「皇家に手紙送ったよな?」
「ッ!?」
いつ心臓が止まってもおかしくないほどの驚きの連続に手が震える。怒りではなく恐怖と緊張によるもの。
「悠二から聞き出した情報で優位に立てたつもりになれたか?」
「私そんなことしてません!」
「立花柊と皇椿は共に国外に逃亡予定。日付と飛行機の時刻までハッキリ書かれてたらしいな」
「なん、で……」
どうして全てバレているのだろう。自分が手紙を書いた事だけではなく、悠二と繋がりを持った事までバレている。
なんとか柊との繋がりを切りたくなかった中園は随分と前に一度だけあった悠二の存在を思い出した。知り合いに聞けばあっという間に居場所がわかり、偶然を装ってバーで会った。酔っ払ったフリをして愚痴を混ぜて色々と聞き出し、椿が皇家の跡取りである事を知った。
あの瞬間の怒りは今までに感じた事がないほど強いものだった。そこら辺に転がっている金持ちの娘ではなく名家の出。自分がどう転んでも手に入れられないものだ。選び放題の身分でありながらわざわざ柊を選んだ事が許せなかったし、一ヶ月で婚約関係を結んだ事は更に許せなかった。だから悠二が言った『ばあちゃんが許してくれないらしくてさ、駆け落ち同然で国外に行くらしい』と言っていたのを聞いて即座に手紙を出した。酔っ払っている悠二から住所を聞き出すのは簡単だった。
これは言ってはいけない事だから内緒だと悠二は言っていた。だから柊にバレるはずがないのに。
「俺が頼んだんだよ。もしお前が接触してきたら言ってほしい事があるって」
「わ、私が彼を探してるってなんで……ッ!?」
バッと勢いよく瑠璃川に振り返ると肩を竦められた。
瑠璃川に悠二の話をした。でもそれは世間話程度にしたつもりだった。だけど瑠璃川はそうは受け取らず、そのまま柊に報告した。それを聞いて中園が動きだすと確信していた柊が悠二に先手を打っておいた。
「お前なら絶対にやると思ったよ。俺の勘が外れたらよかったんだけどな」
少し寂しげにも聞こえる声に中園が勢いよく立ち上がる。
「立花さんが悪いんですよ! あの日の事なんてなかったみたいに振る舞うし、私の事ぜんっぜん見てくれないから! 恋人なんていらない。結婚は絶対にしないって言ってたくせに急に婚約者なんか作ってデレデレして! 裏切りじゃないですか!」
何言ってるんだと呆れる瑠璃川の顔はもう見ていない。空港のロビー内に響き渡るほどの大声に周囲の注目を浴びても中園の言葉は止まらない。
「あの女が遊び相手なら私だって何もしませんでしたよ! でもあの女が本命なんて絶対に許せない! どう見たって私の方が可愛いし、仕事だってできるし、社会でも上手くやっていける! あんな地味な女が立花さんのお嫁さんだなんて誰も受け入れてくれませんよ!」
椿の祖母が聞いていようがもうどうでもよかった。全てバレているのなら取り繕う必要はない。全てぶちまけてやる。
「無知な人間を傍に置いておく必要がありますか!? 立花さんはもっと自由であるべきなんです! あんな女に縛られないでください! あんな女のために人生を棒に振らないでください! あんな女を選ばないでください! 私なら立花さんのために全て捧げられますから!」
電話の向こうで小さな溜息が聞こえた。
「お前は人の心に寄り添うことを知らないだろ。だから俺はお前を好きにならないんだ。与えてやりたいと思えない」
「私は与えてもらわなくても大丈夫です! 私は与える側ですから! 可愛さも、癒しも、安らぎも全部私が与えます! 立花さんは物珍しさで勘違いしてるだけなんです! 立花さん今どこですか!? 迎えに行きますから場所教えてください!」
「海の上なのにか?」
「……は……?」
空を飛んでいくはずだった柊は今、海の上にいると言った。最初から飛行機で行くつもりはなく船で出るつもりだった。見送りにと伝えたのは囮にするため。全て詳細に伝えていれば自分がこうするだろう事を読んだ上での事だったと膝をついた。
「お前がそう言ったように、俺も椿のためなら全部捨てられるんだわ。順調に走ってきた道を外れる事だって厭わない。一流企業も、給料も、仕事も、友人も──」
「部下もですか?」
静かな声にフッと笑った柊の声。
「そうだ」
迷いのない声に怒りが湧き上がる。
「バッカじゃないの! そんな女のために勝ち組の人生捨てるとかマジ信じらんない! 不細工な女に惚れてエリート街道外れて二人で海外逃亡とか笑っちゃうんですけど! 今まで慕ってきた部下さえ捨てて女選ぶとか普通じゃないですよ! 絶対に後悔しますからね! 私を選ばずその女を選んだ事も! その女のために全て投げ捨てた事も絶対に後悔するはずです! 後悔すればいい!」
直接顔を見て言ってやりたかった。椿の顔も柊の顔も見たくはないけど直接言えたら今より気分はマシだったはず。
こうして電話している最中もあの女は柊の隣にいるのだろうか。肩を抱かれているのかもしれない。優しく髪を撫でられて、あの日のように額にキスをもらっているかもしれない。
悔しい。自分にだってチャンスはあったはず。正常な判断力を失くすほど酔っていたとはいえ、抱いてもいいと思ってもらった。上司と部下であるが故に突き放されたと自分に言い聞かせていたが、それでも慕っていればいずれまたチャンスはやってくると信じていたのに柊は裏切った。相手が美人なバリキャリだったら諦められた。でも相手があれでは諦めるに諦めきれない。
溢れ出す涙を堪えきれず頬を濡らす。
「後悔はしない。絶対に。俺は癒しも安らぎも愛も全て与えてもらったんだ。人生を捧げるだけの価値がある運命の相手に出会えた事を神に感謝してる」
「神って……」
神なんて目に見えない存在は信じていないとバカにしたように笑っていた男がそう口にした瞬間、全て終わったと思った。何を言っても彼は変わらない。戻っても来ない。聞いていた飛行機の行き先はでたらめで、どこに行ったのかもわからない。
初恋のように永遠に残るだろうほどの好意は叶う事なく壊れて終わった。
「大好きだったのに……!」
嗚咽を上げながら告げた言葉に返ってきた言葉。
「俺はお前が大嫌いだったよ」
優しい声で告げられた残酷な言葉に中園の手からスマホが滑り落ち、声を上げて泣いた。
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