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愛の贈り物2
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「このリボンを贈ってくれたのは、マリーが素敵だと言ったからだと言ったわね?」
「ええ」
「リボンを贈る意味を知ってる?」
「いいえ」
リボンは女性が身につけるか、ラッピングにしか使われていない。所謂、飾りとして使われるだけの物に意味などあるのかと言いたげなマリーにカサンドラはリボンの箱にチラッと視線をやった。
「リボンは人と人の結びつきを、絆を強くすると言われてるの。片想いなら、あなたと深い結びつきが欲しい。恋人からなら、二人の関係性をより深めたいという意味を持ってるのよ」
まだ恋人ではないアーサーがこの意味を知って贈ったのだとしたらそれは立派な告白のようなもので、馬車の中で突然受けた求婚よりずっと胸をトキめかせるもの。
知らずに贈ったとしてもその優しさにやはり胸がトキめく。
「このブローチは、私の母が父から受け取った物だったわ。受け取った母がとても嬉しそうな顔をしていたからよく覚えているの」
「ひいおじいさまは商人だったのよね?」
「そうよ。だからあまり家にいなくてね。地方に仕入れに行っていたとき、母にこれを贈ったの。鳩をモチーフにした物は日々、心穏やかに過ごすためのお守りと言われてたから、母に『心配しなくていいよ』って伝えてるみたいだったわ。それとこの勿忘草……」
「忘れないでって意味よね?」
「それもあるけど、真実の愛という意味もあるのよ。これは〝あなたを愛している私のことを片時も忘れないでほしい〟って意味なの。心穏やかに過ごしながら愛する私の帰りを待っていてほしいという意味で贈ったと父は言ってたけど」
「ロマンチック……」
曾祖父には幼い頃に何度か会ったことがある。曾祖母を見つめる瞳が優しくて、愛情深い人なのだという印象を子供ながらに受けたのを覚えている。
勿忘草の意味を「私を忘れないで」という悲しい意味だとばかり思っていたマリーにとってカサンドラの話は目から鱗で、この瞬間、マリーは勿忘草が好きになった。
(このブローチをデザインした人にもきっと愛する人がいたんだわ)
離れていても私があなたを愛していることを忘れないでほしい。そんな想いから作られた物だとしたら、どんな豪華な指輪よりもずっと素敵に見えた。
「それをあなたが贈られたってこと、覚えてる?」
「忘れてるんじゃないか? 勿忘草だけに」
ワッハッハッ!と笑い声を上げるベンジャミン。二人の言葉にマリーはボッと顔に火がついたように赤くなる。
素敵だと思っていた物語に自分が参加している。アーサーは普段はアルキュミアという自分の国にいて、この国にはいない人。いつ帰るのかはわからないが、帰ってしまえば遠距離になってしまう。だから曾祖父が贈ったような意味を持ってこれを選んだのだとしたら……
「死んじゃいそう……」
アーサーに会ってから自分はおかしくなってしまった。今まで恋愛小説を読んでいてもこんなにトキめいたことなどなかったのに、今日は何度トキめいたかわからない。本当に心臓がどうにかなってしまうのではないかと思うほど、恥ずかしくて胸が震える。
鳩はゴールド、鳩の目はアメジスト、勿忘草の花はアクアマリン、葉や茎はエメラルドでできていた。けして安い物ではない。お金に余裕があっても慰めや励ましでこれを贈るはずがない。
真っ赤な顔を両手で覆って隠しながら言葉を漏らすマリーに二人は満面の笑みを浮かべる。
(だって、相手が意味を知ってたら期待する物ばかりよ)
なぜ求婚されたのかはわからない。馬車の中でマリーは求婚についての返事をしなかったし、アーサーも返事を促しはしなかった。ただひたすら無言でアーネット邸まで向かい、そしてうやむやで今に至る。
もしアーサーがネイトのような遊び人なら、勘違いさせて自分を優位に立たせるためだと思うだろうが、アーサーはそういう男ではない。
頭の片隅には噂の〝複数人の恋人〟が過るも頭を振って振り払う。
「108本のバラにも意味があるのよ」
「もう……これ以上、素敵な意味だったら本当に死んじゃう……」
もういいと首を振るもカサンドラは聞かせる気満々。ここまで意味が揃っているのだから108本のバラも狙って贈ったのだと確信がある。
意味を持って贈った物はその意味に気付かれなければただの物でしかない。意味を知ってもらってこそ、その物はそれ以上の価値を発揮するのだ。〝ただの物〟が〝意味を持って贈られた物〟に変わる。
求婚されたマリーにはそれを聞く義務があるとカサンドラは二階のバラを指さした。
「108本のバラを贈る意味は……」
「意味は……」
手を少しズラして目を覗かせ、ゴクリと喉を鳴らすマリーはカサンドラの言葉を待った。
「私と結婚してください」
いろいろな感情が限界に達したマリーの目から大粒の涙が溢れだす。また顔を覆って身体を震わせながら声を漏らすのを堪えるマリーをカサンドラが抱きしめ、ベンジャミンも一緒になって抱きしめた。
マリーは昨日、婚約破棄をされたばかり。その日に求婚され、翌日また花言葉ではあるがプロポーズを受けた。もしそれを今、マリーが受け止めて再婚約が果たされれば早いと批判する貴族がいるのは間違いない。子爵、伯爵、侯爵、公爵が孫を「公爵より上の人間に迫ったか」とか「大公と結婚したいがために婚約破棄されるように仕向けたんじゃないか?」と勘繰るだろう。
貴族たちの好物は良い噂ではなく悪い噂。男爵令嬢ごときが大公と結婚するなどありえないと思うはず。そして、婚約破棄されたばかりの傷物に大公様が求婚などありえない」とも言うだろう。その言葉は直接マリーの耳に入ることはなくとも、ベンジャミンの耳には間違いなく届く。真実を確かめようと直接聞いてくる愚か者たちは、ベンジャミンより上の爵位を持つ者たちなのだから。
それでもベンジャミンはマリーが今日、婚約すると言っても早いなどと言うつもりはなかった。くだらない男のくだらない欲望を叶えなかった孫は偉い。どこぞの娼婦とは違う。自分の孫は清らかで美しいままだと胸を張って言うつもりさえあった。
「私……応えてもいいの……?」
「いいとも。お前の心に従いなさい」
「でも、昨日、婚約破棄されたばかりなのに……」
「周りの意見などどうでもいい。お前を批判する者などお前の人生には必要ないだろう? お前の人生に必要な者はお前の背中を押し、お前の間違いを正し、お前を愛し、守ってくれる者だ。妬ましさから批判するような愚かな人間の意見など聞く価値もない」
背中を押し、間違いを正し、愛し、守ってくれる人。今までそうしてくれたのは祖父母だった。間違っていることは間違っていると言い、新しいことへの挑戦に怯えるマリーの背中を押し、どんなときも愛を伝え、守ってくれた。
この二人こそマリーの人生の全てで、だからこそマリーは二人を喜ばせたかった。
「お前は、私たちにはもったいないほど素晴らしい子だ。優しくて、清らかで、強い子だ。昨日、婚約破棄されて翌日に次の恋に進むことの何が悪い? 相手がいないんだ。探すのは自由だろう。怯えることはない。大丈夫。お前が幸せにならなければならない。だから叶えなさい。従いなさい、自分の心に」
いつもそうだ。彼らはいつもこうして背中を押してくれる。愛をくれる。
アーサー・アーチボルトが自分のような娘に求婚するわけがない。そう思うのはやめよう。たくさんの想いを伝えてくれる相手に失礼だ。
「私、彼と結婚したい。返事をするわ」
涙はまだ頬を伝っていて止まっていないが、マリーは満面の笑顔で二人に伝えた。頷く二人の目にも涙が滲んでいたが、溢すのはマリーに任せて二人は笑顔を見せた。
プレゼントの蓋を閉じて抱え、小走りで二階へ上がっていく孫を見送ったベンジャミンはカサンドラの肩に頭をもたれかからせる。
「結婚します、か……」
「あら、一ヵ月後には挙式の予定だったじゃない」
「そうだが、寂しいな。あの男と結婚せんでよくなったのは喜ばしいことじゃがな。あやつは初対面から気に入らんかった」
「彼を気に入る人などいませんよ」
「私はずっと思っとったんだ。どうせアーチボルト家と家族になるならアーサー・アーチボルトのほうが良かったと」
「言ってたわね」
「現実になるんだなぁ……」
アーチボルトはアーチボルトでもアーサーではなくネイトだったことにガッカリしたのは記憶に新しい。ネイト・アーチボルトというよりはその親であるアベラルド・アーチボルトの狙いがわかっていただけにマリーが受けたときは驚いた。なぜ、孫があの男との結婚を受けたのか、その理由が聞かずともわかってしまったからこそ、心臓が抉れる思いだったが、マリーが『結婚できるの。すごく嬉しい』とムリに笑うから止められなかった。
結婚式のマリーの表情次第でマリーを連れ帰ろうとさえ考えていたのだが、婚約破棄になったと聞いて心底安心した。
息子に向ける顔がない。息子になんと言えばいい。何度、墓に足を運び、何度謝ったか。息子たちならきっと、ネイトと結婚すると言ったマリーを何時間、何日、何ヶ月かかろうと説得したはず。自分たちはそれができなかった。申し訳ないと言わなければならないのは自分たちだったのに。
ベンジャミンがグスッと鼻を啜る。
「息子たちが守ってくれていたんだな」
「そんな当たり前のことを今更言ってるの?」
クスッと笑うカサンドラがベンジャミンの髪を撫で、そのまま手を下ろして手を握る。
あの子たちが愛する娘を守らないはずがない。親だからわかる。
「私は信じてましたよ。ネイトとの結婚は白紙になり、本物の白馬の王子様が現れると」
「お前、調子のいいこと言うなぁ」
「あら、私の言葉を忘れたの?」
「ああ、結婚式前日にネイトの馬車を襲って火かき棒でグサッとってやつか。……まさかお前、本気だったんじゃないだろうな?」
「祖母というのは、愛する孫を守るためなら何でもするものよ。スナイパーにだってなるわ」
「プロ並みは料理だけにしておくれ」
カサンドラならやりかねないと苦笑を滲ませながらベンジャミンはカサンドラの手を強く握った。
「一生愛してるからな。殺さないでくれよ」
「私も愛してますよ」
「あと、アーサー様も殺さないでくれよ」
「マリーを泣かせることがなければ大丈夫ですよぉ」
殺さないとは言わなかったことに妻の怖さを再確認したベンジャミンはハハッと乾いた笑いをこぼしてそのまま横になり、カサンドラの膝に頭を乗せる。そこから見える飾られたバラの花束。
一日経っても気持ちは変わらなかったかと嬉しくなったベンジャミンが笑顔を見せるとカサンドラはベンジャミンが何を考えているのか見抜いているよう。
「ええ」
「リボンを贈る意味を知ってる?」
「いいえ」
リボンは女性が身につけるか、ラッピングにしか使われていない。所謂、飾りとして使われるだけの物に意味などあるのかと言いたげなマリーにカサンドラはリボンの箱にチラッと視線をやった。
「リボンは人と人の結びつきを、絆を強くすると言われてるの。片想いなら、あなたと深い結びつきが欲しい。恋人からなら、二人の関係性をより深めたいという意味を持ってるのよ」
まだ恋人ではないアーサーがこの意味を知って贈ったのだとしたらそれは立派な告白のようなもので、馬車の中で突然受けた求婚よりずっと胸をトキめかせるもの。
知らずに贈ったとしてもその優しさにやはり胸がトキめく。
「このブローチは、私の母が父から受け取った物だったわ。受け取った母がとても嬉しそうな顔をしていたからよく覚えているの」
「ひいおじいさまは商人だったのよね?」
「そうよ。だからあまり家にいなくてね。地方に仕入れに行っていたとき、母にこれを贈ったの。鳩をモチーフにした物は日々、心穏やかに過ごすためのお守りと言われてたから、母に『心配しなくていいよ』って伝えてるみたいだったわ。それとこの勿忘草……」
「忘れないでって意味よね?」
「それもあるけど、真実の愛という意味もあるのよ。これは〝あなたを愛している私のことを片時も忘れないでほしい〟って意味なの。心穏やかに過ごしながら愛する私の帰りを待っていてほしいという意味で贈ったと父は言ってたけど」
「ロマンチック……」
曾祖父には幼い頃に何度か会ったことがある。曾祖母を見つめる瞳が優しくて、愛情深い人なのだという印象を子供ながらに受けたのを覚えている。
勿忘草の意味を「私を忘れないで」という悲しい意味だとばかり思っていたマリーにとってカサンドラの話は目から鱗で、この瞬間、マリーは勿忘草が好きになった。
(このブローチをデザインした人にもきっと愛する人がいたんだわ)
離れていても私があなたを愛していることを忘れないでほしい。そんな想いから作られた物だとしたら、どんな豪華な指輪よりもずっと素敵に見えた。
「それをあなたが贈られたってこと、覚えてる?」
「忘れてるんじゃないか? 勿忘草だけに」
ワッハッハッ!と笑い声を上げるベンジャミン。二人の言葉にマリーはボッと顔に火がついたように赤くなる。
素敵だと思っていた物語に自分が参加している。アーサーは普段はアルキュミアという自分の国にいて、この国にはいない人。いつ帰るのかはわからないが、帰ってしまえば遠距離になってしまう。だから曾祖父が贈ったような意味を持ってこれを選んだのだとしたら……
「死んじゃいそう……」
アーサーに会ってから自分はおかしくなってしまった。今まで恋愛小説を読んでいてもこんなにトキめいたことなどなかったのに、今日は何度トキめいたかわからない。本当に心臓がどうにかなってしまうのではないかと思うほど、恥ずかしくて胸が震える。
鳩はゴールド、鳩の目はアメジスト、勿忘草の花はアクアマリン、葉や茎はエメラルドでできていた。けして安い物ではない。お金に余裕があっても慰めや励ましでこれを贈るはずがない。
真っ赤な顔を両手で覆って隠しながら言葉を漏らすマリーに二人は満面の笑みを浮かべる。
(だって、相手が意味を知ってたら期待する物ばかりよ)
なぜ求婚されたのかはわからない。馬車の中でマリーは求婚についての返事をしなかったし、アーサーも返事を促しはしなかった。ただひたすら無言でアーネット邸まで向かい、そしてうやむやで今に至る。
もしアーサーがネイトのような遊び人なら、勘違いさせて自分を優位に立たせるためだと思うだろうが、アーサーはそういう男ではない。
頭の片隅には噂の〝複数人の恋人〟が過るも頭を振って振り払う。
「108本のバラにも意味があるのよ」
「もう……これ以上、素敵な意味だったら本当に死んじゃう……」
もういいと首を振るもカサンドラは聞かせる気満々。ここまで意味が揃っているのだから108本のバラも狙って贈ったのだと確信がある。
意味を持って贈った物はその意味に気付かれなければただの物でしかない。意味を知ってもらってこそ、その物はそれ以上の価値を発揮するのだ。〝ただの物〟が〝意味を持って贈られた物〟に変わる。
求婚されたマリーにはそれを聞く義務があるとカサンドラは二階のバラを指さした。
「108本のバラを贈る意味は……」
「意味は……」
手を少しズラして目を覗かせ、ゴクリと喉を鳴らすマリーはカサンドラの言葉を待った。
「私と結婚してください」
いろいろな感情が限界に達したマリーの目から大粒の涙が溢れだす。また顔を覆って身体を震わせながら声を漏らすのを堪えるマリーをカサンドラが抱きしめ、ベンジャミンも一緒になって抱きしめた。
マリーは昨日、婚約破棄をされたばかり。その日に求婚され、翌日また花言葉ではあるがプロポーズを受けた。もしそれを今、マリーが受け止めて再婚約が果たされれば早いと批判する貴族がいるのは間違いない。子爵、伯爵、侯爵、公爵が孫を「公爵より上の人間に迫ったか」とか「大公と結婚したいがために婚約破棄されるように仕向けたんじゃないか?」と勘繰るだろう。
貴族たちの好物は良い噂ではなく悪い噂。男爵令嬢ごときが大公と結婚するなどありえないと思うはず。そして、婚約破棄されたばかりの傷物に大公様が求婚などありえない」とも言うだろう。その言葉は直接マリーの耳に入ることはなくとも、ベンジャミンの耳には間違いなく届く。真実を確かめようと直接聞いてくる愚か者たちは、ベンジャミンより上の爵位を持つ者たちなのだから。
それでもベンジャミンはマリーが今日、婚約すると言っても早いなどと言うつもりはなかった。くだらない男のくだらない欲望を叶えなかった孫は偉い。どこぞの娼婦とは違う。自分の孫は清らかで美しいままだと胸を張って言うつもりさえあった。
「私……応えてもいいの……?」
「いいとも。お前の心に従いなさい」
「でも、昨日、婚約破棄されたばかりなのに……」
「周りの意見などどうでもいい。お前を批判する者などお前の人生には必要ないだろう? お前の人生に必要な者はお前の背中を押し、お前の間違いを正し、お前を愛し、守ってくれる者だ。妬ましさから批判するような愚かな人間の意見など聞く価値もない」
背中を押し、間違いを正し、愛し、守ってくれる人。今までそうしてくれたのは祖父母だった。間違っていることは間違っていると言い、新しいことへの挑戦に怯えるマリーの背中を押し、どんなときも愛を伝え、守ってくれた。
この二人こそマリーの人生の全てで、だからこそマリーは二人を喜ばせたかった。
「お前は、私たちにはもったいないほど素晴らしい子だ。優しくて、清らかで、強い子だ。昨日、婚約破棄されて翌日に次の恋に進むことの何が悪い? 相手がいないんだ。探すのは自由だろう。怯えることはない。大丈夫。お前が幸せにならなければならない。だから叶えなさい。従いなさい、自分の心に」
いつもそうだ。彼らはいつもこうして背中を押してくれる。愛をくれる。
アーサー・アーチボルトが自分のような娘に求婚するわけがない。そう思うのはやめよう。たくさんの想いを伝えてくれる相手に失礼だ。
「私、彼と結婚したい。返事をするわ」
涙はまだ頬を伝っていて止まっていないが、マリーは満面の笑顔で二人に伝えた。頷く二人の目にも涙が滲んでいたが、溢すのはマリーに任せて二人は笑顔を見せた。
プレゼントの蓋を閉じて抱え、小走りで二階へ上がっていく孫を見送ったベンジャミンはカサンドラの肩に頭をもたれかからせる。
「結婚します、か……」
「あら、一ヵ月後には挙式の予定だったじゃない」
「そうだが、寂しいな。あの男と結婚せんでよくなったのは喜ばしいことじゃがな。あやつは初対面から気に入らんかった」
「彼を気に入る人などいませんよ」
「私はずっと思っとったんだ。どうせアーチボルト家と家族になるならアーサー・アーチボルトのほうが良かったと」
「言ってたわね」
「現実になるんだなぁ……」
アーチボルトはアーチボルトでもアーサーではなくネイトだったことにガッカリしたのは記憶に新しい。ネイト・アーチボルトというよりはその親であるアベラルド・アーチボルトの狙いがわかっていただけにマリーが受けたときは驚いた。なぜ、孫があの男との結婚を受けたのか、その理由が聞かずともわかってしまったからこそ、心臓が抉れる思いだったが、マリーが『結婚できるの。すごく嬉しい』とムリに笑うから止められなかった。
結婚式のマリーの表情次第でマリーを連れ帰ろうとさえ考えていたのだが、婚約破棄になったと聞いて心底安心した。
息子に向ける顔がない。息子になんと言えばいい。何度、墓に足を運び、何度謝ったか。息子たちならきっと、ネイトと結婚すると言ったマリーを何時間、何日、何ヶ月かかろうと説得したはず。自分たちはそれができなかった。申し訳ないと言わなければならないのは自分たちだったのに。
ベンジャミンがグスッと鼻を啜る。
「息子たちが守ってくれていたんだな」
「そんな当たり前のことを今更言ってるの?」
クスッと笑うカサンドラがベンジャミンの髪を撫で、そのまま手を下ろして手を握る。
あの子たちが愛する娘を守らないはずがない。親だからわかる。
「私は信じてましたよ。ネイトとの結婚は白紙になり、本物の白馬の王子様が現れると」
「お前、調子のいいこと言うなぁ」
「あら、私の言葉を忘れたの?」
「ああ、結婚式前日にネイトの馬車を襲って火かき棒でグサッとってやつか。……まさかお前、本気だったんじゃないだろうな?」
「祖母というのは、愛する孫を守るためなら何でもするものよ。スナイパーにだってなるわ」
「プロ並みは料理だけにしておくれ」
カサンドラならやりかねないと苦笑を滲ませながらベンジャミンはカサンドラの手を強く握った。
「一生愛してるからな。殺さないでくれよ」
「私も愛してますよ」
「あと、アーサー様も殺さないでくれよ」
「マリーを泣かせることがなければ大丈夫ですよぉ」
殺さないとは言わなかったことに妻の怖さを再確認したベンジャミンはハハッと乾いた笑いをこぼしてそのまま横になり、カサンドラの膝に頭を乗せる。そこから見える飾られたバラの花束。
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