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くだらない質問

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「本当にこれでよいのか?」
「無理強いはしたくないのです」

 閉じた封筒に蝋を垂らして封蝋するユーフェミアを心配そうに見つめるトリスタンにユーフェミアは小さく頷く。
 エリオットに頼んだ父親探しはすぐに報告が上がった。国は出ていなかったが、質素な暮らしに身を置いていると。そして娘が会いたがっていると伝えても会わないと丁寧に断られたことも。
 それをユーフェミアは父親らしいと受け入れることにした。王妃の命として連れてくることもできるが、権限を使って強制的に連れてくるような真似はしたくない。だからユーフェミアは手紙を書いた。
 会うこともできるのになぜそうしないのかと不思議に思うトリスタンはユーフェミアが手紙を書いている最中ずっと「それでよいのか?」「本当によいのか?」と何度も何度も問いかけてきたが、ずっと無視し続けている。それでも確認は止まない。

「直接伝えたほうがいいんじゃないのか? 君が望むなら僕が連れてきてもいい」
「お気遣いありがとうございます。でも、これでよいのです。どうしても会いたくなったら会いに行こうと思います。お父様から許可が下りれば、ですが」
「許可が下りなければ?」
「そこまで意固地になる人ではないですから、大丈夫だと思います」
「そうか?」
「はい」

 母親と縁を切るとトリスタンに伝えたとき、トリスタンは一瞬だけ驚いた顔をした。トリスタンにとって亡くなった両親は誇りであったため、生きている親と縁を切るというユーフェミアの考えに驚いたのだろうが、あの騒動のあとだからか反対はしなかった。

『君がよいのならよいのだ』

 そう言ってくれた。
 言うべきではなかったのかもしれないと思ったのだが、予算の分配もあるため黙っているわけにはいかず。すぐに絶縁状を用意してくれたトリスタンには感謝している。
 実家を訪問したとき、父親にどう話そうと思っていたものの離婚したと聞いて安堵したからこそあの母親相手に強気にいけた。
 実家を出て二十年。実家で過ごした十四年。心配の表情を向ける彼に嫁ぎ、王族として生きている時間のほうが長くなってしまったのだと改めて実感する。

「大丈夫か?」
「はい」

 すぐに笑顔を浮かべるユーフェミアだが、すぐに表情が消える。母親は今頃、泣きながら周りの人間に訴えていることだろう。破った絶縁状を掻き集め「親に絶縁状を叩きつけるなんてひどい娘だ!」そう涙ながらに叫んで注目を集め、同情を買っているに違いない。
 それでも広場であれほど喚き散らした母親を一体どの程度の数の人間が同情するだろうか。いないとは言いきれないが多くはないだろう。
 来年から、母親の花屋は〝王室御用達〟ではなく〝元王室御用達〟の花屋に戻る。それを知って母親はきっと文句を言いに来るだろう。城の前までやってきて怒声を飛ばしながら「自分は母親だ」「娘に用がある」と詰め寄るはず。それでもユーフェミアはそれを受け入れないと決めた。
 既に門番には話してあるため今までのように気軽に入れることはない。

「後悔はしないか?」
「しません」

 トリスタンの気遣いに頷いて再び笑顔を見せるもトリスタンが眉を下げた。この人の優しさは自分よりずっと大きいもので、あんな母親のために心を痛めてくれる相手の存在をありがたいと思った。

「僕が愛人を作っていたことを言えば変わるかもしれないぞ?」
「ありえません。愛人を作らせた私の努力不足だと言うか、愛人を作ることも甲斐性の一つだと言うか……何を言おうと娘の非難をするだけです」

 母親はそういう人間なのだ。何があっても娘を叱って、叱って、叱って、自分が悪いのだと思い込ませておけば離婚はしない。
 母親が離婚に応じたのは離婚したところで一生安泰が変わらないと思っていたから。既に愛情がなくなっていた相手がいなくなることは彼女にとってむしろ身辺整理のようなものだっただろう。自分の離婚は認めても、娘の離婚だけは認めない。娘が王妃であり続ければ自分は死ぬまで安泰だと自負していた母親だが、一つだけ誤算があった。
それは〝娘が逆らう〟ということ。
 今まで一度だって逆らったことはなかった。ほんの少し口答えしただけでヒステリーを起こす母親への対処法は逆らわないことだったから。
 でも、今回の決断に後悔はない。それだけは言える。だからトリスタンの心配に迷いなど見せることはなかった。

「それより、クライアは再建できるでしょうか?」
「だといいがな。シュライアが戻れば全て解決するというわけではないだろう。今回のことでレオンハルトは信頼を失った。王の座をシュライアに渡したところで国民がどこまで納得するかどうか、だな」

 報道によればレオンハルトは王の資格なしと判断され、軍に戻ることになった。そして今の混乱が収まるまでシュライアが国を任されることになったと。
 その新聞を読んですぐに手紙を出すと民の生活が落ち着いたら子に王位を継がせてシュライアは後方に回ると聞いたのだが、思った以上にクライアの状況は悪く、レオンハルトの処分に納得していない者も多いと返事が来た。

「王を退いた、と言えば聞こえはいいが、クライアの民はそうは思っていないだろう。強引なやり方をしてきたツケが回ってきただけのこと。頭を下げようと、王妃を流刑に処そうと民は許さなかったか」

 ユーフェミアは頭のどこかでシュライアが戻れば全て丸く収まると思っていただけに一ヵ月二ヶ月と時が経とうとまだ落ち着いていない内情に驚いていた。

「もし、アステリアの民がクーデターを起こしたらどうしますか?」
「難しいな。僕たちは武器を持っていない。武器を持つ民と真正面から対峙すれば王室は負けるだろう。鬱憤を爆発させた民の調理器具と騎士の剣、どちらが強いか……。ある程度の対処はできるだろうが、逃げるわけにもいかないしな……」

 レオンハルトのように武力で解決しようとした結果が今のクライア。アステリアには軍隊がないため武力行使はできない。
 腕を組みながら首を傾げるトリスタンに合わせてユーフェミアも首を傾げる。

「話を聞くしかないだろうな。クーデターを起こすには必ず理由がある。暇だからという理由で自らの生活を壊す者はいないはずだ。だから爆発するほど抱え続けた民の声を聞き、解決法を探らなければならない。僕にできることはそれぐらいか」

 ユーフェミアも同意見だった。

「僕はクライアがこれからどうなるかということよりも、ララがどこから君の情報を手に入れたのかが気になっている」
「あ……」

 ララを自国に連れ帰って尋問したレオンハルトが聞きだしたのは「街に出たとき、フードをかぶった男から渡された手紙に書いてあった」ということだけ。それがどこの誰なのかまでは顔を見ていないからわからないと。
 ララが一人で調査して情報を掴んだとは考えにくく、内情を知るアステリアの者からの流出だと考えるべきだろう。

「アードルフ医師ということは考えられませんか?」
「ありえない」
「腹いせというのは……」
「ありえない」
「なぜです?」
「もしそれがバレたらどうなる? 流刑ではなく死刑だ。もし追放した僕への復讐だとしてもリスクが大きすぎる」
「でも実際、彼女に伝えた人物はわかっていません」

 バレたら死刑だとしても、アステリアに死刑はない。それを踏まえた上で復讐を考えたのだとしたらどうか。王族の専属医師が失態を犯して追放となれば二度と大きな場所で働くことはできない。自業自得だとしても逆恨みする可能性はじゅうぶんにある。実際、犯人はわかっていないのだ。バレなければいいという考えのほうが強く働いたのかもしれないとユーフェミアは考えたが、トリスタンはそれでもありえないと首を振る。

「わたくしは、なぜララ様があのような行動に走ったのかも気になります」

 ユーフェミアの言葉にトリスタンはあんぐりと口を開けて固まった。

「陛下?」

 なぜそんな顔をしているのかと不思議そうに見るユーフェミアの手を握るトリスタンはそのまま首を振って微笑み

「彼女はきっと自分の地位を確立したかったのだ」
「確率するのであれば毎日コツコツと王妃として働けば結果は出たでしょうに」
「そこまでの考えに至らなかったのだろう。彼女は世界で最も美しい君を貶めれば自分が王妃の中で一番になれると思った。世界中の人間を騙していたひどい王妃だと涙ながらに語る三文芝居でもしようと企んでいたんじゃないか? だからあのような愚行に走った。それだけだろう」

 嘘をついた。トリスタンはララの行動理由を知っている。それでもトリスタンは言いたくなかった。気付いていないのであればそれでいい。あえて言う必要などないのだから。
 ユーフェミアは浮気心を持つ人間ではないし、好みの男性像があるわけでもない。だから心配する必要はなくとも心配してしまう。
 レオンハルトは自分より背が高く、イケメンで、身体もルドラほどではないといえど男らしい。
 真実を伝えて変に意識されては困る。ありえないと思っていても先のことはわからない。愛人を作る王たちを批判した十五年前は自分が愛人を作るなど考えられもしなかったのだから。でも作った。不安を残さないためには根元から絶つのが一番。

「ユーフェミア、変なことを聞いてもよいか?」
「くだらない内容でなければ」
「つ、冷たい……。くだらない話でもいいと言ってくれ」
「ふふっ、冗談です。なんでしょう?」

 最近のユーフェミアはどこまでが冗談なのかわからないほど自然に冗談を発する。以前「怒っていないだけで許したわけじゃない」と言われてからトリスタンはずっと怯えている。
 次もし、ユーフェミアが離婚だと口にしたときは間違いなく手段を選ばず離婚届を書くだけ書いて出ていってしまうだろう。それが容易に想像できてしまうだけにトリスタンは発言に気をつけるようになった。

「君はどういう男が好み……とか、あるのか?」

 くだらない内容だったのだろう。ユーフェミアの表情から笑みが消え、スンッと無表情になった。

「陛下、それでわたくしが陛下と真逆のタイプを口にしたらどうするおつもりですか? 傷つくのは陛下なのですよ?」
「そ、それは……」

 その可能性があると言いたげにも聞こえたトリスタンは人差し指を突き合わせながらチラッと視線だけ向けるもすぐに声を張り上げた。

「ぼ、僕は夫だ! 君の好みがどんなものであれ僕の地位は揺らがない! 僕はこんなにも君を愛しているし、これからも君だけを愛し続けるし、愛人は二度と作らないと誓った! 不安も心配もない!」
「ではなぜそんな質問を?」
「た、ただの興味だ!」

 どこか怪しんでいるような視線を向けるユーフェミアにトリスタンは汗が止まらない。余計な質問だったと後悔しても遅い。

「陛下、陛下が嘘をつくおつもりであれば……」
「まままま待て! 違う! 本当に君の好みが気になっただけなんだ! 僕は、その、他の王と比べて……ちんちくりん、だから……」

 嘘をついたら嘘をつくと約束したため慌てて説明したトリスタンだが、それだけでは説明不足。疑わしいと言いたげな目を十秒ほど向けるユーフェミアに唾液を飲み込んで喉を鳴らしそうになったのを必死に堪えて目を合わせ続ける。

「答えたくありません」
「ユーフェミア~」

 プイッと顔を背けたユーフェミアの回答にトリスタンは握った手を何度か上下に動かして答えを促す。

「夫婦の間でそんな問答は無意味です。楽しくないですし、嫌です」
「これは単なる世間話だぞ?」
「世間話ならどんな話題でもいいと? ならばティーナの話でもしますか? ティーナはどうしていますか? ティーナのお腹の子は元気なのですか?」
「ユーフェミア、落ち着け」
「わたくしを試しているのですか?」
「そうじゃない! そういうつもりはないのだ! 気分を害したのなら謝る! ユーフェミア、機嫌を直してくれ!」
「不愉快です」
「ユーフェミア! ユーフェミア待ってくれ! ユーフェミアー!」

 立ち上がって部屋を出ていったユーフェミアを追いかけようとしたトリスタンの前にスッと現れたヴィクターの笑顔に眉を寄せる。

「ご公務のお時間でございます、陛下」
「ユーフェミアを怒らせたのに公務などしている場合ではない! 今の僕の公務はユーフェミアの許しが得られるまで謝罪することだ!」
「自分の機嫌を取るために公務をキャンセルした陛下の行動を王妃陛下は褒めてくださるでしょうか?」
「ぐぬぬ……!」

 ぶつけられた正論にぐうの音も出ないトリスタンは大股で歩きながら執務室へと向かう。狙ったかのように現れたヴィクターはきっとドアの向こうで待機していたのだろう。邪魔が入らなければきっと今頃仲直りできていたのにと小さな可能性を大きなものと勘違いしてブツブツ文句を言うが、一つの疑問が頭の片隅にある。

「なぜ答えなかったのだろうか……」

 素直に答えてもよかったはず。背が高く、イケメンでマッチョが好きと言われてもトリスタンはショックこそ受けるが傷つきはしなかった。女性は大体そういう男が好きだと知っているから。
 自分たちは恋愛結婚ではなく政略結婚。それもユーフェミアが母親のために自分を犠牲にしたことで夫婦になれただけ。
 自分と違うタイプを言われるぐらいの覚悟はあったが、頑として言わなかったユーフェミアの態度が気になった。

「あー嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 嫌だー!」
「陛下、ご公務ですから嫌とは言えません」
「公務はする! 僕が言いたいのはユーフェミアが……美しすぎることだ」
「そうですか。では、それは当たり前のことと胸にしまって手を動かしてください」

 なぜいつも失敗するのだろうかと頭を抱えたトリスタンの前に羽根ペンとインクを置くヴィクターは甘くない。一日で溜まる書類を手早く処理してもらわなければ他の者たちが困るのだ。

「ヴィクター」
「はい」
「ララに情報を渡した者が誰なのか調べてくれ」
「仕事をしてくださるのであればすぐにでも」
「わかった」

 トリスタンは終始「う~!」と子供のように唸りながら仕事を続け、夜にまた土下座をすることとなった。

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