陰キャに恋は早すぎる

ツワブキ

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片想い歴17年

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 今思えば、あの頃から歩の片想いは始まっていた。



「しのー?」

 ソファの上で丸まって眠る背中に呼びかける。

「ねぇー、もう10時だよー?お腹すいたよー」

 カーテンの開け放たれた窓から日差しが差し込む。季節的に雨か曇りばかりだったから、こんなふうに晴れるのは久しぶりだ。歩はゆさゆさと滉の肩を掴んで揺する。貴重な晴れ間をこんなふうに寝て過ごしたくはない。それに歩は料理、と言うか家事全般が大の苦手だ。以前この部屋でインスタで見たような料理を作ろうとして大失敗して以来、歩は滉に料理をすることを禁じられている。ちなみに、その時滉は『ダークマター生成ってネタだと思ってたけど、天然でやる人いるんだ…』とボソボソと早口で言いながら、スマホのカメラでその『ダークマター』を連写していた。歩は脳内に蘇った苦い思い出を頭を振って追い出す。

「ねぇ!しの!そろそろ起きて!起きないなら帰るよ!」

 しびれを切らした歩が更に強く揺さぶると、滉からくぐもった唸り声が漏れ出た。

「…おきてる」

 そう言って、滉はのそりと気怠げに起き上がった。天パの黒髪が寝癖であちこち跳ねている。

「おはよ!しの!」

「…おはよ」

「ほんっと寝起き悪いよね!もう10時だよ?めっちゃお腹すいたし!」

 滉がねぼけまなこでノロノロとトイレに向かうのに続いて歩はひたすら文句を言う。滉がバタンとトイレの扉を閉めても、歩の抗議は絶えずドアの向こうから聞こえてきた。



「いただきまーす!」

 並べられた食事を前に、歩は上機嫌で手を合わせた。朝食と呼ぶにはかなり遅くなってしまったが、トースターで温めたパンと滉が冷蔵庫にあるもので作ったスープで遅めの朝ごはんにした。二人は一人暮らし向けの小さなローテーブルに並んでそれを頂く。正面のテレビは、和やかなワイドショーが流れていて、タレント達がそれぞれ考案したオリジナルそうめんレシピを紹介している。歩はそれを見て瞬きをする。

「トマトと大葉のうまそー」

「…子どもの頃夏休み毎日そうめんで既にこの歳で一生分そうめん食べてるからもうそうめん見るのも嫌ですわ」

「そうめん美味しいけどな~。ほら、このゴマダレのとかおいしそうじゃん」

 しかし、滉の顔はげんなりとテレビに映し出されたそうめんを眺めている。歩はかぷりと、ハムとチーズが挟まったパンを齧る。

「…夏休み中のうちの昼食はそうめんオア焼きそばの2択だったわ。たまにレトルトソースかけたパスタ」

 滉はうんざりした様子で言い切ると、スープを飲み干し、食べ終えた食器を手に立ち上がる。

「食べ終わったら流し置いといて。あとで洗う」

「オレやっとくよ」

「あー、じゃあお願い」

 滉はそう言うと、食器を流しに置いて再びソファに寝転んだ。

「寝んの?」

「ごめん、ちょっと寝る」

「わかったー。おやすみー」

 暫くすると後ろから寝息が聞こえてくる。歩はそれを聞きながら、最後の一口のパンを食べた。



 スマホを見ながらダラダラしたり、アマプラの滉の視聴履歴から気になる映画を観たりして過ごすこと三時間。滉がソファを独占しているお陰で、歩はソファとテーブルの間、ラグやクッションすらない床に直に座っていた。そのせいで尻がだいぶ痛い。そんな尻を擦りながら、歩は後ろで背を向けて眠っている滉の方を振り向く。まだ起きないのだろうかと暫くその背中を眺めるも、起きる気配はない。ふと、窓の外を見上げる。空にはまたいつもの梅雨空が戻っている。歩は横たわっている滉の体にぽすんと頭を乗せる。規則正しい呼吸と共に、歩の視界も上下する。エアコンが、ぐぎぎぎぎと妙なモーター音を鳴らした。それを聞きながら歩はゆっくり目を閉じる。

 ヴヴッ

 その時傍らに置いていたスマホが短く振動した。スマホを手にしてロックを解除すると、同じ学科の友人からのメッセージだった。メッセージの内容は、『今日の飲みくる?』だった。トーク画面を遡ると、後30分ほどで飲み会が始まるらしい。歩は滉をちらりと見て、そしてまたスマホに目を落とす。『ちょっと顔出そうかな』歩はそう打ち込んで、メッセージを送信した。



 歩が呼び出されたのは大学近くのイタリアンバルだった。カフェ・ダイニングとして営業している昼の時間帯には何度か足を運んだことがあるが、バルとして営業している夜の時間帯に訪れるのは、今日が初めてだった。昼と違って照明が落とされ、より落ち着いた雰囲気になっている。

「歩ー!こっちこっち!」

 店内で知った顔を探してキョロキョロしていると名前を呼ばれた。声の方を見ると同じ学科の木村が大きく手を振っていた。

「おつかれー!何飲む?」

「おつかれー」

 歩は飲み会参加メンバーの挨拶に適当に応えながら、木村の隣に座って渡されたドリンクメニューを眺める。

「歩全然LINE見ねんだもん。今日来ないのかと思ったわ」

「んー、ごめん。オレあんまLINE見ないんだよね。すみませーん!生下さい!」

「は~い!」

カウンターの中にいる店員の返事を聞きながら、歩はドリンクメニューをメニュー立てに差した。

「でもまあ、お前が来てくれてよかったわ~」

 木村が耳打ちする。木村の言葉に疑問符を浮かべる歩だが、メンツを見て合点がいく。

(合コンか)

 男四人、向かいの席に女四人。木村の隣の男二人は木村の所属しているサークルの部員で、同じ大学の同期ではあるがほとんど知らない。向かいの女性四人に関しては全く見覚えがない。

「わぁー、能登くんだ~!近くで見るとより美人~!顔ちっちゃ~!」

「やばいよね!芸能人みたい!」

「オレのこと知ってるの?」

「当たり前だよ!みんな能登くんのことかっこいいって言ってるよ!能登くん有名人だよー?ね?」

「お待たせしましたー、生でーす」

 店員が歩の前にグラスを置いた。滑らかな泡が表面張力で盛り上がっている。

「じゃ!みんな揃ったし改めて!かんぱーい!」

 木村の掛け声で、八人がグラスを交わす。

(ま、たまにはこう言うのもいいか)

 歩はにこっと人好きのする笑顔を浮かべた。

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