陰キャに恋は早すぎる

ツワブキ

文字の大きさ
3 / 35

片想い歴17年

しおりを挟む

 今思えば、あの頃から歩の片想いは始まっていた。



「しのー?」

 ソファの上で丸まって眠る背中に呼びかける。

「ねぇー、もう10時だよー?お腹すいたよー」

 カーテンの開け放たれた窓から日差しが差し込む。季節的に雨か曇りばかりだったから、こんなふうに晴れるのは久しぶりだ。歩はゆさゆさと滉の肩を掴んで揺する。貴重な晴れ間をこんなふうに寝て過ごしたくはない。それに歩は料理、と言うか家事全般が大の苦手だ。以前この部屋でインスタで見たような料理を作ろうとして大失敗して以来、歩は滉に料理をすることを禁じられている。ちなみに、その時滉は『ダークマター生成ってネタだと思ってたけど、天然でやる人いるんだ…』とボソボソと早口で言いながら、スマホのカメラでその『ダークマター』を連写していた。歩は脳内に蘇った苦い思い出を頭を振って追い出す。

「ねぇ!しの!そろそろ起きて!起きないなら帰るよ!」

 しびれを切らした歩が更に強く揺さぶると、滉からくぐもった唸り声が漏れ出た。

「…おきてる」

 そう言って、滉はのそりと気怠げに起き上がった。天パの黒髪が寝癖であちこち跳ねている。

「おはよ!しの!」

「…おはよ」

「ほんっと寝起き悪いよね!もう10時だよ?めっちゃお腹すいたし!」

 滉がねぼけまなこでノロノロとトイレに向かうのに続いて歩はひたすら文句を言う。滉がバタンとトイレの扉を閉めても、歩の抗議は絶えずドアの向こうから聞こえてきた。



「いただきまーす!」

 並べられた食事を前に、歩は上機嫌で手を合わせた。朝食と呼ぶにはかなり遅くなってしまったが、トースターで温めたパンと滉が冷蔵庫にあるもので作ったスープで遅めの朝ごはんにした。二人は一人暮らし向けの小さなローテーブルに並んでそれを頂く。正面のテレビは、和やかなワイドショーが流れていて、タレント達がそれぞれ考案したオリジナルそうめんレシピを紹介している。歩はそれを見て瞬きをする。

「トマトと大葉のうまそー」

「…子どもの頃夏休み毎日そうめんで既にこの歳で一生分そうめん食べてるからもうそうめん見るのも嫌ですわ」

「そうめん美味しいけどな~。ほら、このゴマダレのとかおいしそうじゃん」

 しかし、滉の顔はげんなりとテレビに映し出されたそうめんを眺めている。歩はかぷりと、ハムとチーズが挟まったパンを齧る。

「…夏休み中のうちの昼食はそうめんオア焼きそばの2択だったわ。たまにレトルトソースかけたパスタ」

 滉はうんざりした様子で言い切ると、スープを飲み干し、食べ終えた食器を手に立ち上がる。

「食べ終わったら流し置いといて。あとで洗う」

「オレやっとくよ」

「あー、じゃあお願い」

 滉はそう言うと、食器を流しに置いて再びソファに寝転んだ。

「寝んの?」

「ごめん、ちょっと寝る」

「わかったー。おやすみー」

 暫くすると後ろから寝息が聞こえてくる。歩はそれを聞きながら、最後の一口のパンを食べた。



 スマホを見ながらダラダラしたり、アマプラの滉の視聴履歴から気になる映画を観たりして過ごすこと三時間。滉がソファを独占しているお陰で、歩はソファとテーブルの間、ラグやクッションすらない床に直に座っていた。そのせいで尻がだいぶ痛い。そんな尻を擦りながら、歩は後ろで背を向けて眠っている滉の方を振り向く。まだ起きないのだろうかと暫くその背中を眺めるも、起きる気配はない。ふと、窓の外を見上げる。空にはまたいつもの梅雨空が戻っている。歩は横たわっている滉の体にぽすんと頭を乗せる。規則正しい呼吸と共に、歩の視界も上下する。エアコンが、ぐぎぎぎぎと妙なモーター音を鳴らした。それを聞きながら歩はゆっくり目を閉じる。

 ヴヴッ

 その時傍らに置いていたスマホが短く振動した。スマホを手にしてロックを解除すると、同じ学科の友人からのメッセージだった。メッセージの内容は、『今日の飲みくる?』だった。トーク画面を遡ると、後30分ほどで飲み会が始まるらしい。歩は滉をちらりと見て、そしてまたスマホに目を落とす。『ちょっと顔出そうかな』歩はそう打ち込んで、メッセージを送信した。



 歩が呼び出されたのは大学近くのイタリアンバルだった。カフェ・ダイニングとして営業している昼の時間帯には何度か足を運んだことがあるが、バルとして営業している夜の時間帯に訪れるのは、今日が初めてだった。昼と違って照明が落とされ、より落ち着いた雰囲気になっている。

「歩ー!こっちこっち!」

 店内で知った顔を探してキョロキョロしていると名前を呼ばれた。声の方を見ると同じ学科の木村が大きく手を振っていた。

「おつかれー!何飲む?」

「おつかれー」

 歩は飲み会参加メンバーの挨拶に適当に応えながら、木村の隣に座って渡されたドリンクメニューを眺める。

「歩全然LINE見ねんだもん。今日来ないのかと思ったわ」

「んー、ごめん。オレあんまLINE見ないんだよね。すみませーん!生下さい!」

「は~い!」

カウンターの中にいる店員の返事を聞きながら、歩はドリンクメニューをメニュー立てに差した。

「でもまあ、お前が来てくれてよかったわ~」

 木村が耳打ちする。木村の言葉に疑問符を浮かべる歩だが、メンツを見て合点がいく。

(合コンか)

 男四人、向かいの席に女四人。木村の隣の男二人は木村の所属しているサークルの部員で、同じ大学の同期ではあるがほとんど知らない。向かいの女性四人に関しては全く見覚えがない。

「わぁー、能登くんだ~!近くで見るとより美人~!顔ちっちゃ~!」

「やばいよね!芸能人みたい!」

「オレのこと知ってるの?」

「当たり前だよ!みんな能登くんのことかっこいいって言ってるよ!能登くん有名人だよー?ね?」

「お待たせしましたー、生でーす」

 店員が歩の前にグラスを置いた。滑らかな泡が表面張力で盛り上がっている。

「じゃ!みんな揃ったし改めて!かんぱーい!」

 木村の掛け声で、八人がグラスを交わす。

(ま、たまにはこう言うのもいいか)

 歩はにこっと人好きのする笑顔を浮かべた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

百合豚、男子校に入る。

BL
百合をこよなく愛する男子高校生・眞辺恵。 母の歪んだ価値観により共学への進学を断たれ、彼が入学させられたのは―― 男同士の恋愛が“文化”として成立している、全寮制男子校《私立瑞嶺学園》だった。 この学園では、生徒会長は「抱かれたいランキング」で選ばれ、美貌こそが正義とされる世界。 それでも眞辺は決意する。 生徒会長になり、この学校を“共学”に変え、間近で百合を拝むことを。 立ちはだかるのは、顔面至上主義の学園制度、性に奔放すぎるイケメンな幼馴染、そして彼らに憧れ恋をする生徒たち。 さらに何故か、学園の人気者たちに次々と目をつけられてしまい――。 百合を拝むため男子校を変えようとする異端者が、歪んだ王道学園を改革する物語。

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

笑って下さい、シンデレラ

椿
BL
付き合った人と決まって12日で別れるという噂がある高嶺の花系ツンデレ攻め×昔から攻めの事が大好きでやっと付き合えたものの、それ故に空回って攻めの地雷を踏みぬきまくり結果的にクズな行動をする受け。 面倒くさい攻めと面倒くさい受けが噛み合わずに面倒くさいことになってる話。 ツンデレは振り回されるべき。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。

天音ねる(旧:えんとっぷ)
BL
家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!? 学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。 ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。 智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。 「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」 無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。 住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

処理中です...