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未練
しおりを挟む──四十分後。
「…ほんとに四十分で来た」
「四十分後って言ったじゃん」
正確には電話を切ってから三十六分で歩の元まで来た歩の元恋人洋は、呆れ顔をする歩を見て眉を下げて笑った。
「仕事は?」
車の助手席に乗り込んだ歩を愛おしげに見つめるその視線を無視して、歩はシートベルトを締めながら無感情を装って問いかける。
「切り上げてきたよ」
「ふうん。仕事しろよ」
「いんだよ。仕事なんて。それで、どこに連れていけばいいの?」
「…」
洋に問われて歩は言葉に詰まる。だって歩には行きたいところなどないのだから。歩が黙り込んでいると、その横顔を見つめていた洋が、ポンと歩の頭に手を乗せた。
「ちょっ、何っ」
知らず知らずのうちに俯いていた顔を、ばっと上げると目の前に洋の顔があった。
「っ!」
「ドライブでもしようか」
洋はそう言って歩に笑いかけると、歩が返事をする前に車を発車させる。
「付き合ってた頃、よくドライブしたよね」
上機嫌で運転するその横顔を盗み見ながら、歩は詰めていた息を吐き出す。
「…そうだね」
歩と洋は、歩が高校二年生の頃に初めて付き合い始めた。それから一年ほど前まで、別れたりくっついたりを繰り返しながらもその関係は3年ほど続いた。
「なんか音楽かけて良い?」
「いいよ」
歩は洋の返事を聞いてから、スマホとカーナビを操作しながら両者を接続させる。
「…このナビ、オレのスマホ登録したままじゃん」
カーナビのディスプレイに表示された自分の名前を見て、歩は呆れ顔で呟く。
「歩って“あゆみ”とも読めるから、あらぬ誤解を招きかねないよ」
「別に誤解されて困るような相手なんて居ないよ。それに、この車はもともと歩の為に買ったんだし」
この車は歩と洋が付き合い始めてすぐに洋が購入したもので、その当時も洋はそんな様なことを言っていた。車のナンバープレートを見て、自分の誕生日であることに気づいた時は恥ずかしさと、呆れと、しかしその奥に確かな嬉しさがあったことを、歩は今でも覚えている。
「オレに未練ありすぎ。もうオレは洋とより戻したりする気ないから」
言いながら、歩はスマホを操作して適当な音楽を流す。洋はというと、歩の言葉を否定するでも肯定するでもなく、相変わらず柔らかい雰囲気を纏いながら運転を続けている。歩はそんな洋を見て、こっそりため息を吐いて、窓の外に目をやる。歩を乗せた車は丁度大きな河川に架かる橋を渡るところだった。河川に沿って立ち並ぶ高層マンションの窓から漏れる明かりは、まるで夜空に瞬く星のようだ。真っ暗な川面は月やそれらの明かりが映り込んで、キラキラと反射している。
「歩って夜景好きだよね」
「え、」
視線を洋に向けると、洋と目が合った。
「昔からこうやって夜景の綺麗な場所を通ると、窓の外に目を奪われてるよ」
運転中の洋はすぐに視線を歩から外して前を向くと、言いながら柔らかく笑った。自分でも自覚のなかったことを指摘された歩は、何も言えないまま洋の横顔を見つめる。
「…」
洋は本当によく歩を見ている。歩自身が知らない歩のことを、今みたいに急に言い出すから、歩はその度はっとさせられるのだ。
「…」
「……」
「…ねぇ」
「ん?」
「今日、洋の家泊まっていい?」
「なんか懐かしい」
歩は、部屋を見渡しながら呟いた。
「荷物そのへんに置いて」
洋は、仕立ての良さそうなグレーのウィンドウペーンのスリーピーススーツのジャケットを脱ぎながら言った。
歩は言われた通り、荷物を部屋の端に置いてリビングの中央のソファーに腰掛けた。革張りのダークブラウンのソファーはこの部屋で歩と洋が同棲をはじめた時に一緒に買いに行ったものだ。
歩が昔を懐かしみながらソファーの座面を撫でていると不意に声がかけられた。
「飲み物は紅茶でいい?」
それに「うん」と歩が短く答えると、洋は笑みを深めてキッチンへと消える。
歩はそれを見送って、ソファーの背もたれに背を預けて大きく息を吐く。改めて部屋を見回すと、一年前からこの部屋が何も変わっていないことに気付く。今座っているソファーに、床のラグ、天井の照明、棚に積まれた本に至るまで、一年前と何も変わっておらず、まるで歩の帰りを待っていたようだ。
「はい。」
「あ、ありがとう」
洋が差し出すマグカップを受け取って中を覗き込む。ミルクのたっぷり入った甘い紅茶は歩が昔から好んで飲んでいたものだった。そして、その紅茶の入ったカップもここで同棲していた時に歩が使っていたものだ。よく手入れがされているらしく、汚れ一つないそのカップを見て歩は目を伏せた。
「どうしたの?甘いミルクティー好きだったよね?」
「うん。好きだよ。」
歩はふぅーっと息を吹きかけてから、そおっとマグカップを傾ける。それを見て、隣に座る洋は安心したように顔を綻ばせると自分のカップに口をつけた。
暫く、二人ソファーに並んで互いの近況報告やら他愛のない話をした。
「夜ご飯何食べる?」
カップの中もすっかり空っぽになった頃。気付けばもう20時を過ぎていた。
「そう言えば何も食べてなかったな」
歩はそう言って自分の腹を擦る。夕食どころか昼食すら食べていなかったことに、今更ながら気付く。
「なんか頼むか」
そう言って洋はスマホを取り出す。
「何が良い?」
「んー、なんでも。ピザとか?」
「どれがい?」
「んー」
一台のスマホを二人で覗き込みながら、ピザ屋のメニューからピザやサイドメニューをいくつか選ぶ。
「20分くらいで着くって」
「ん」
注文を終えてスマホを置くと、洋は隣に座る歩に熱い視線を注ぐ。
「何?」
「いや、なんだか感慨深くて。またここに歩がいることが」
「…」
あんまり真剣に言うものだから、歩は二の句が継げずに黙り込む。
「あは、ごめん。困らせてるよね」
「…いや、別に」
「歩。俺はずっと歩のことが好きだから。この先もずっと」
「…」
遂に俯いてしまった歩の頭を、穏やかに笑ったままの洋が優しく撫でる。
「歩が俺を必要としてくれるなら、俺はずっと歩の側にいるからね」
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