陰キャに恋は早すぎる

ツワブキ

文字の大きさ
10 / 35

未練

しおりを挟む

──四十分後。



「…ほんとに四十分で来た」

「四十分後って言ったじゃん」

 正確には電話を切ってから三十六分で歩の元まで来た歩の元恋人洋は、呆れ顔をする歩を見て眉を下げて笑った。

「仕事は?」

 車の助手席に乗り込んだ歩を愛おしげに見つめるその視線を無視して、歩はシートベルトを締めながら無感情を装って問いかける。

「切り上げてきたよ」

「ふうん。仕事しろよ」

「いんだよ。仕事なんて。それで、どこに連れていけばいいの?」

「…」

 洋に問われて歩は言葉に詰まる。だって歩には行きたいところなどないのだから。歩が黙り込んでいると、その横顔を見つめていた洋が、ポンと歩の頭に手を乗せた。

「ちょっ、何っ」

 知らず知らずのうちに俯いていた顔を、ばっと上げると目の前に洋の顔があった。

「っ!」

「ドライブでもしようか」

 洋はそう言って歩に笑いかけると、歩が返事をする前に車を発車させる。

「付き合ってた頃、よくドライブしたよね」

 上機嫌で運転するその横顔を盗み見ながら、歩は詰めていた息を吐き出す。

「…そうだね」

 歩と洋は、歩が高校二年生の頃に初めて付き合い始めた。それから一年ほど前まで、別れたりくっついたりを繰り返しながらもその関係は3年ほど続いた。

「なんか音楽かけて良い?」

「いいよ」

 歩は洋の返事を聞いてから、スマホとカーナビを操作しながら両者を接続させる。

「…このナビ、オレのスマホ登録したままじゃん」

 カーナビのディスプレイに表示された自分の名前を見て、歩は呆れ顔で呟く。

「歩って“あゆみ”とも読めるから、あらぬ誤解を招きかねないよ」

「別に誤解されて困るような相手なんて居ないよ。それに、この車はもともと歩の為に買ったんだし」

 この車は歩と洋が付き合い始めてすぐに洋が購入したもので、その当時も洋はそんな様なことを言っていた。車のナンバープレートを見て、自分の誕生日であることに気づいた時は恥ずかしさと、呆れと、しかしその奥に確かな嬉しさがあったことを、歩は今でも覚えている。

「オレに未練ありすぎ。もうオレは洋とより戻したりする気ないから」

 言いながら、歩はスマホを操作して適当な音楽を流す。洋はというと、歩の言葉を否定するでも肯定するでもなく、相変わらず柔らかい雰囲気を纏いながら運転を続けている。歩はそんな洋を見て、こっそりため息を吐いて、窓の外に目をやる。歩を乗せた車は丁度大きな河川に架かる橋を渡るところだった。河川に沿って立ち並ぶ高層マンションの窓から漏れる明かりは、まるで夜空に瞬く星のようだ。真っ暗な川面は月やそれらの明かりが映り込んで、キラキラと反射している。

「歩って夜景好きだよね」

「え、」

 視線を洋に向けると、洋と目が合った。

「昔からこうやって夜景の綺麗な場所を通ると、窓の外に目を奪われてるよ」

 運転中の洋はすぐに視線を歩から外して前を向くと、言いながら柔らかく笑った。自分でも自覚のなかったことを指摘された歩は、何も言えないまま洋の横顔を見つめる。

「…」

 洋は本当によく歩を見ている。歩自身が知らない歩のことを、今みたいに急に言い出すから、歩はその度はっとさせられるのだ。

「…」

「……」

「…ねぇ」

「ん?」

「今日、洋の家泊まっていい?」







「なんか懐かしい」

歩は、部屋を見渡しながら呟いた。

「荷物そのへんに置いて」

洋は、仕立ての良さそうなグレーのウィンドウペーンのスリーピーススーツのジャケットを脱ぎながら言った。

 歩は言われた通り、荷物を部屋の端に置いてリビングの中央のソファーに腰掛けた。革張りのダークブラウンのソファーはこの部屋で歩と洋が同棲をはじめた時に一緒に買いに行ったものだ。

 歩が昔を懐かしみながらソファーの座面を撫でていると不意に声がかけられた。

「飲み物は紅茶でいい?」

 それに「うん」と歩が短く答えると、洋は笑みを深めてキッチンへと消える。

 歩はそれを見送って、ソファーの背もたれに背を預けて大きく息を吐く。改めて部屋を見回すと、一年前からこの部屋が何も変わっていないことに気付く。今座っているソファーに、床のラグ、天井の照明、棚に積まれた本に至るまで、一年前と何も変わっておらず、まるで歩の帰りを待っていたようだ。



「はい。」

「あ、ありがとう」

 洋が差し出すマグカップを受け取って中を覗き込む。ミルクのたっぷり入った甘い紅茶は歩が昔から好んで飲んでいたものだった。そして、その紅茶の入ったカップもここで同棲していた時に歩が使っていたものだ。よく手入れがされているらしく、汚れ一つないそのカップを見て歩は目を伏せた。

「どうしたの?甘いミルクティー好きだったよね?」

「うん。好きだよ。」

 歩はふぅーっと息を吹きかけてから、そおっとマグカップを傾ける。それを見て、隣に座る洋は安心したように顔を綻ばせると自分のカップに口をつけた。



 暫く、二人ソファーに並んで互いの近況報告やら他愛のない話をした。

「夜ご飯何食べる?」

 カップの中もすっかり空っぽになった頃。気付けばもう20時を過ぎていた。

「そう言えば何も食べてなかったな」

 歩はそう言って自分の腹を擦る。夕食どころか昼食すら食べていなかったことに、今更ながら気付く。

「なんか頼むか」

 そう言って洋はスマホを取り出す。

「何が良い?」

「んー、なんでも。ピザとか?」

「どれがい?」

「んー」

 一台のスマホを二人で覗き込みながら、ピザ屋のメニューからピザやサイドメニューをいくつか選ぶ。

「20分くらいで着くって」

「ん」

 注文を終えてスマホを置くと、洋は隣に座る歩に熱い視線を注ぐ。

「何?」

「いや、なんだか感慨深くて。またここに歩がいることが」

「…」

 あんまり真剣に言うものだから、歩は二の句が継げずに黙り込む。

「あは、ごめん。困らせてるよね」

「…いや、別に」

「歩。俺はずっと歩のことが好きだから。この先もずっと」

「…」

 遂に俯いてしまった歩の頭を、穏やかに笑ったままの洋が優しく撫でる。

「歩が俺を必要としてくれるなら、俺はずっと歩の側にいるからね」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

推し変なんて絶対しない!

toki
BL
ごくごく平凡な男子高校生、相沢時雨には“推し”がいる。 それは、超人気男性アイドルユニット『CiEL(シエル)』の「太陽くん」である。 太陽くん単推しガチ恋勢の時雨に、しつこく「俺を推せ!」と言ってつきまとい続けるのは、幼馴染で太陽くんの相方でもある美月(みづき)だった。 ➤➤➤ 読み切り短編、アイドルものです! 地味に高校生BLを初めて書きました。 推しへの愛情と恋愛感情の境界線がまだちょっとあやふやな発展途上の17歳。そんな感じのお話。 【2025/11/15追記】 一年半ぶりに続編書きました。第二話として掲載しておきます。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/97035517)

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

幼馴染み

BL
高校生の真琴は、隣に住む幼馴染の龍之介が好き。かっこよくて品行方正な人気者の龍之介が、かわいいと噂の井野さんから告白されたと聞いて……。 高校生同士の瑞々しくて甘酸っぱい恋模様。

アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。

天音ねる(旧:えんとっぷ)
BL
家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!? 学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。 ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。 智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。 「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」 無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。 住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!

俺の幼馴染みが王子様すぎる。

餡玉(あんたま)
BL
早瀬空(15)と高比良累(15)は、保育園時代からの幼馴染み。だが、累の父親の仕事の都合で、五年間離れ離れになっていた—— そして今日は、累が五年ぶりにドイツから帰国する日。若手ヴァイオリニストとして一回りも二回りも成長した累を迎えに、空港へ出向くことになっている。久しぶりの再会に緊張する空に対して、累の求愛行動はパワーアップしていて……。 ◇『スパダリホストと溺愛子育て始めます 愛されリーマンの明るい家族計画』(原題・『子育てホストと明るい家族計画』)の続編です。前作の十年後、高校生になった空と累の物語。そして彼らを取り巻く大人たちの、ほのぼの日常ラブコメディ。 ◇このお話はフィクションです。本作品に登場する学校名・音楽団体名はすべて架空のものです。 ◆不定期更新 ◇本編完結済、番外編更新中 ◆表紙イラストは朔さま(https://www.pixiv.net/users/44227236)のフリー素材をお借りしています

処理中です...