陰キャに恋は早すぎる

ツワブキ

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のんという友達

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 長い前髪の隙間からじっとスマホの画面を見つめる。やがて滉はスマホを伏せると、そのままテーブルに突っ伏した。

 四限の講義が行われている最中である今、空きコマの滉は一人学生ホールで時間を潰していた。いつもは賑わっているこのホールも、この時間になると人が疎らで、皆それぞれ思い思いの時間を過ごしている。滉も、普段ならばこの時間を利用して授業の予習復習やレポートの作成などをしているところだが、近頃はめっきり身が入らない。過集中気味で困ることはあっても気が散って仕方ないなんてこと、滉にとって初めての経験だった。



──それもこれも、幼馴染の「のん」のせいだ。



 「のん」こと能登歩は、滉にとって幼馴染であり、数少ない友達の一人である。しかし、滉と歩を知る者が二人の関係性を知ったら、その意外性に少なからず驚くことになるだろう。

 滉は中学でパソコン部に所属し、高校では帰宅部だった。パソコン部と言ってもそれは名ばかりで、活動日らしい活動日がないような部活だったから、中学校の三年間で部活動をしたのは数えるほどで、その内容もネットサーフィンをしたくらいである。ただでさえ人間関係の構築が苦手な滉だ。ほぼ帰宅部として過ごした中高の六年間で、友達と呼べるような人間は殆ど出来なかった。そんな滉の唯一の友達が歩だった。

 歩とは幼稚園の頃からの友達だ。家の学区も同じだった為、小中は同じ学校に通った。高校もたまたま志望校が同じで同じ高校に進学した。歩は、滉にとってなんやかんやと縁のある相手だ。

 前述した通り、滉は所謂陰キャと呼ばれるような学生だった。運動はてんでだめで体育は悪目立ちばかりだったし、挙動も少し変だからクラスでも少し浮いていた。地味で暗くて、いつも猫背で、たまに何か喋ったと思えばボソボソとはっきりしない。おまけに伸びた前髪が邪魔をして顔がよく見えないし、天パの黒髪がより一層その陰気さに拍車をかけた。幸いだったのはイジメの対象にならなかったことくらいだろうか。滉は昔から痩せてはいたが背が高かったし、勉強はズバ抜けてできたから、そういう点に救われたのだろう。

 一方歩は子供の頃から人の関心を集める存在だった。人の顔の造形に関心の低い滉でさえ、昔から歩の顔を美しいと思っていたし、滉のような陰キャにも分け隔てなく優しい歩の周りには常に人がいた。

 幼稚園では男の子も女の子も歩を取り合っていたし、小学校でも相変わらず歩は人気者だった。4年時の担任教師など、今思い返せば若干犯罪臭がするほど歩を贔屓していた。中高では滉同様、帰宅部だったくせに花形運動部の一軍男女の輪に当然のように入っているし、決して不真面目ではないくせに不良っぽい友達とつるんでいることもあった。

 そんな歩には当然中学のうちから彼女がいた。当時、歩はそのことについて積極的に話したくない様子で、滉が歩に恋人について尋ねても、歩ははぐらかしてばかりでまともに答えが返ってくることはなかった。中学生だったこともあり、彼女や彼女との関係を幼馴染に話すのが気恥ずかしかったのだろう。しかし、同じ学校にいれば何かと目立つ歩の話題は自然と耳に入ってくるものだ。滉は、歩の相手が二つ上の三年生の先輩であることを知った。部活に所属していない滉は、当然上級生との交流など皆無に等しいから、結局相手の情報は「三年生の女の先輩」ということ以上のことはわからなかった。    

 幼稚園から高校までなんの巡り合せか同じ場所で過ごした二人だったが、さすがに大学までとはいかなかった。滉は、歩と大学も同じ所に進学できたらと密かに思っていたが、将来を大きく左右する大学進学に関してはそんな甘えたことも言っていられず、高校卒業後は別々の大学へと進学が決まった。

 別々の大学に通い始めた二人だったが、幼馴染の腐れ縁か何だかんだと連絡を取っては月に一度程度の頻度で遊んでいた。陰キャと陽キャ故、分かり会えない部分も多かったが、それでも歩は滉にとって親友といっていいほど特別な存在だった。



──だというのに…



(どゆこと?俺なんかした?)

 歩と最後に会った日から既に三ヶ月以上が経っている。季節は移り変わり、最近は日が暮れるのが随分と早くなった。この空きコマの時間も、少し前までは夕日が差していたのに、今では窓の外は真っ暗で、窓から見下ろす街路樹は殆どの葉が散って寒々しい。その間、歩からの連絡は一度もないし、滉からの連絡にも一切の返信がないのだ。返信がない以前に滉が一週間前に送ったメッセージは未だ既読の文字すらつかない。

 滉は最後の日の事を必死に思い返すが、未読無視に繋がるような出来事などなかったように思う。

(まっじで何!?梨鉄でクイーンボンビーなすりつけたから!?「もーやめよーよー」って言ってるのんを無視してプレイ続行強要したから!?)

 滉は遂に頭を抱える。タイプは全く違えど、長年幼馴染として親しくしてきた友達だ。そんな相手に理由もわからないまま一方的に関係を切られたと言う事実に、滉は相当なダメージを食らっていた。

 滉が会いたいと思う前にいつも歩から連絡が来ていたから、会いたいのに会えないことがこんなにも辛いなんて、滉は知らなかった。同時に、滉は歩が自分にとってどれほど特別で、大切な友達であったのかを今更になって思い知らされる。

「はぁーー」

滉は近くに人が居ないのをいいことに、大きくため息をついた。


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