陰キャに恋は早すぎる

ツワブキ

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恋人とのクリスマス

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 広い階段教室は、今日も気怠い空気に満たされている。全学部共通必修科目として設けられているこの経済学の講義は、滉とは違う学部、違う学年の学生達も多く受講している。学部・学科ごとにそれぞれの学生の雰囲気というものがあるが、この講義室はさながら学生のアソートパックだ。多種多様な学生たちが一つの広い教室に詰め込まれていた。

 午後一且つ、受講人数が多い共通必修科目はどうしても気が抜けがちだ。母国語の発声の癖を色濃く残す中国出身講師の声を、どこか遠くに聞きながら、滉は先日部屋で見つけたピアスを指先で撫でた。滉の指先で弄ばれるピアスは、窓から差し込む陽射しを受けてキラリと輝く。

 部屋でピアスを拾った数日後、滉は恋人の里穂と会っていた。

 里穂は滉のバイト先に同じくバイトとして勤務している大学生だ。通っている大学は違えど、フリーターの多い職場で大学生という共通点から次第に距離が縮まり、夏に付き合い始めてもう半年近くなる。

 その日は二人でカフェに来ていた。滉は女の子が喜ぶような場所なんて知らないから、いつも里穂が行きたい場所について行っている。

 滉はコーヒーのカップを傾けながら、ケーキを食べる彼女の耳にさり気なく視線を向ける。改めて見るその耳はピアスホールなんてない真っさらな耳だった。滉が拾ったシルバーの小ぶりなフープピアスはやはり歩のものだったらしい。

 それからというもの、滉はそのピアスをどこへ行くときも持ち歩くようになった。まるでお守りのようなそれを手にすると、少しだけ寂しさや不安が紛れるような、そんな気がした。

 つるりとしたその表面をもう一度指先で撫でる。

 滉は周りに聞こえないように小さく息を吐く。

 歩からの連絡は未だにない。滉の送ったメッセージは、相変わらず既読の文字もつかず、一方通行で投げかけたままになっている。歩と連絡もつかず、会えもしない今の状態になってもう四ヶ月ほどが経っている。歩に会いたい気持ちや、歩に会えずさみしい気持ちは日毎に大きくなるばかりで、何をやっても身が入らない。もう、歩とは会えないんだろうか。そう思うと、滉は悲しくてさみしくて、心臓が引き絞られるようだった。

 思い浮かぶのは、歩と過ごした日々だ。他愛のない会話をしたり、一緒にゲームをしたりアニメを観たり、夜遅くまで遊んだ。それらの光景が、今となっては懐かしく、恋しい。そして、より鮮明に思い浮かぶのはアーモンド型の目を細めて笑うその顔だ。

 滉の手の中のピアスの本当の持ち主は今ごろどうしているのだろう。

 滉は窓の外に視線を投げる。空は澄んだ青空が続いている。この空の続く先にその人はいる。でも、もう、会うことは叶わないのかもしれない。



 授業が終わるなり、滉は荷物をまとめて席を立った。今日はクリスマス・イブ。滉にとって、恋人のいる初めてのクリスマスだ。

 外に足を踏み出し、滉は冷たい空気に身震いする。日が傾き出した空を見あげて滉は歩き出す。 街はもうすっかりクリスマスムードで、行き交う人々もどこか浮足立っている。里穂とは夕方に待ち合わせて食事に行き、その後は滉の家に行く予定となっている。

「はぁ…」

 ふと、ショウウィンドウに写った自分が目に入った。黒いコートに黒いパンツおまけに大きな黒いリュックを背負った男が辛気臭い顔でこちらを見ている。滉はその視線から逃げるように歩みを速めた。



 一度家に帰り、夕方の待ち合わせの時刻に合わせて指定の場所に行くと、そこには既に里穂の姿があった。

「ごめん。待った?」

 駆け寄って声を掛けると、里穂は手元のスマホに落としていた視線をこちらに向けてにこりと笑う。

「ううん。今来たところ」

「そう。じゃあ行こうか」



 二人が訪れたのは街の小さなイタリアンバルだった。店の入り口には滉の背丈程の高さのクリスマスツリーが飾られており、おしゃれで落ち着いた雰囲気の店内は、やはりクリスマスということもあり恋人同士であろう男女で席が埋まっている。

 里穂と付き合う以前の外食は肥高屋ひだかやかファミレスだったが、最近ではこういった店に入るのも随分慣れた。滉は通された席に着くと店内をぐるりと見廻す。

(おお、グラスがいっぱい吊るされてる…)

「滉、何食べる?ピザとかあるよ。あ!桃とモッツァレラのカプレーゼだって。おいしそー。これデザート?」

 里穂に見せられたメニュー表には文字がずらりと並んでいる。肥高屋やファミレスと違って、こういう店は文字しか情報がないことがよくあることを滉は最近になって知った。メニューの中にはどんな料理なのかよく分からないものもある。幼い頃に比べればかなりマシにはなったが、偏食傾向にある滉はこういう洒落た店のそういうところが少し苦手だ。 しかし、彼女とのデートでファミレスや肥高屋が適切ではないことは滉でもなんとなくわかる。もちろん恋人同士の関係性や、その時の状況にもよるわけだが、少なくとも今の滉と滉の恋人である里穂に於いては、ファミレスや肥高屋は論外だった。だからといって、若い女の子が恋人と行って喜ぶような場所など滉は知る由もないので、今回も里穂の選択によるものである。

(のんとは肥高屋とかファミレスばっか行ってたなあ)





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