陰キャに恋は早すぎる

ツワブキ

文字の大きさ
16 / 35

やっぱり嫌い

しおりを挟む

 今年最後の講義を終え、歩は一人街を歩いていた。

 クリスマス・イブの今日は、歩の通うキャンパスから駅までの道も普段より人で賑わっている。

 街はイルミネーションに彩られ、恋人らしい男女や両親に手を引かれて歩く子どもが、美しい光に瞳を輝かせ、幸せそうに笑っている。

 歩は、景色に見惚れながら歩く人々を避けながら、歩調を緩めることなく歩みを進める。急ぐ理由もないが、とろとろ歩く人々にも辟易してきたところだ。早く家に帰って風呂にでも入りたい気分だった。





 能登歩は、クリスマスが好きではない。



「歩、クリスマスプレゼントは何がいい?」

 小学校から帰ると、出迎えた母がそう言った。

 歩は手を洗いながら、ううんと唸る。歩は物欲があまりない。欲しいおもちゃやゲームもすぐには思い浮かばないし、必要なものは歩がなにか言う前に母が用意してくれる。

 欲しいもの、欲しいもの…と考えながらリビング・ダイニングに行くと、ちょうど母がティーセットをダイニングテーブルに並べていた。

「今日はウィークエンドシトロンを焼いてみたの。この前は少し甘すぎたから、今回は砂糖を減らしてみたのよ」

 母はそう言って、皿に乗った焼き菓子を歩の前に置いた。

 歩は出された焼き菓子の端をフォークで切って一口口に入れる。

(前くらい甘いほうが良かったな)

 そう思ったが、歩はそれを口には出さず、代わりに「おしいよ」とだけ言って母に笑いかけた。

「それで、クリスマスプレゼントは決まった?」

 テーブルの向かいに腰を下ろした母は紅茶を飲んで一息つくと、そう切り出した。

「スムブラが欲しい」

「スムブラ?」

「うん。今クラスで流行ってるゲーム。」

 歩のクラス、4年1組では今スムブラというゲームが流行っている。歩も何度か友達の家でやったことがある。数人で対戦することができるアクションゲームで、友達同士で集まってやると盛り上がるゲームだ。滉の家にはなかったはずだから、持っていったら喜ぶかもしれない。

「じゃあ、サンタさんにお願いしておくね」

 母は満足そうに言うと、空になったカップを手に立ち上がる。

「うん」

 母に聞こえるか聞こえないかの声で返事をして、歩は残りの焼き菓子を食べる。



 毎年、クリスマスになるとなぜか気分が落ち込む。

 理由はよく分からない。自分以外のみんながクリスマスの一ヶ月も前からその日を待ち望み、その日が近づくごとにそのムードは高まる。その一方で、それに乗れない歩は、自分はどこかおかしいのではないか。何らかの欠陥があるのではないかと思えてならないのだ。

 歩と彼らの違いがどこにあるのか、歩にはわからない。

 歩は、優しい両親のもと何不自由ない暮らしをしていて、毎年クリスマス・イブには家族とケーキとご馳走を食べる。そしてクリスマスの朝には、サンタから贈られたプレゼントを開ける。

 クリスマスを楽しむための材料は、いつだって歩の前に整然と並べられている。

 …それなのに、こんなにも心が弾まないのはなぜなのだろう。



 クリスマス・イブ当日、大きなケーキと山程のご馳走がテーブルに並べられ、父の背よりも高いクリスマスツリーに見下ろされながら、家族でそれを食べる。

 学校はどうだとか、勉強はどうだとか、友達はどうだとか、そんなことを聞かれながら、歩はチキンにナイフを入れる。

 学校は楽しいよ、勉強は順調、友達は最近山﨑くんという子と仲良くなった。歩は食事をしながら、合間合間で父や母からの質問に順番に答えていく。

 歩にはきょうだいがいないから、食事の時はこうして父と母と歩の三人で食卓を囲む。時折、きょうだいがいたらなあと思うこともあるが、そればかりは仕方のないことだ。

 いつもなら早めに夕食を終わらせて、宿題をするからと言って自室に下がる歩だが、あいにく明日は学校の終業式で、今日は宿題を出されてない。

 お酒を飲んでいつもよりも饒舌な父とその横で微笑む母を前に、なんと言ってこの場を辞すればいいのか歩にはわからない。

 結局、「そろそろお風呂に入って寝なさい」と母に言われるまで、歩はフォークの先でケーキをつついていた。





 過去を思い返したところで何の感慨もない。

 軽く息をついたところで、歩は一軒のイタリアンバルの前で足を止める。       

 そのバルは、以前同じ学科の木村に呼ばれた合コンの時に入った店だった。

 歩道に面した壁はガラス張りになっていて、外が暗い分、明かりの灯る店内は外からよく見えた。

「──…」 

 その光景に歩は思わず息を飲む。

 そこには、歩の知らない女性と食事をする滉の姿があった。

 温かみのある照明の下、料理やドリンクが並ぶテーブルを挟んで、滉が女性と笑っている。

 声こそ聞こえないが、親しげに話す二人の様子から二人がカップルなのだとすぐにわかる。

(だからクリスマスなんて嫌いなんだ)

 歩は再び歩き出す。

 そういえば、子どもの頃からクリスマスが嫌いだった。

 クリスマスは大切な誰かと過ごす特別な日らしい。

 でも、歩が大切な人と過ごせたクリスマスは、去年の─18歳のクリスマスの一度きりで、きっともうそんな日は永遠に訪れることがないのだ。

 その証左に、その大切な人は今、他の大切な誰かと過ごしている。

 歩は今度こそ脇目も振らず駅を目指して足を動かす。

 歩が店の前で足を止めていたのは、ほんの一瞬で、一秒にも満たない短い時間だった。

 それでも、その一瞬の光景が目に焼き付いて離れない。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

推し変なんて絶対しない!

toki
BL
ごくごく平凡な男子高校生、相沢時雨には“推し”がいる。 それは、超人気男性アイドルユニット『CiEL(シエル)』の「太陽くん」である。 太陽くん単推しガチ恋勢の時雨に、しつこく「俺を推せ!」と言ってつきまとい続けるのは、幼馴染で太陽くんの相方でもある美月(みづき)だった。 ➤➤➤ 読み切り短編、アイドルものです! 地味に高校生BLを初めて書きました。 推しへの愛情と恋愛感情の境界線がまだちょっとあやふやな発展途上の17歳。そんな感じのお話。 【2025/11/15追記】 一年半ぶりに続編書きました。第二話として掲載しておきます。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/97035517)

アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。

天音ねる(旧:えんとっぷ)
BL
家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!? 学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。 ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。 智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。 「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」 無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。 住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

処理中です...