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やっぱり嫌い
しおりを挟む今年最後の講義を終え、歩は一人街を歩いていた。
クリスマス・イブの今日は、歩の通うキャンパスから駅までの道も普段より人で賑わっている。
街はイルミネーションに彩られ、恋人らしい男女や両親に手を引かれて歩く子どもが、美しい光に瞳を輝かせ、幸せそうに笑っている。
歩は、景色に見惚れながら歩く人々を避けながら、歩調を緩めることなく歩みを進める。急ぐ理由もないが、とろとろ歩く人々にも辟易してきたところだ。早く家に帰って風呂にでも入りたい気分だった。
能登歩は、クリスマスが好きではない。
「歩、クリスマスプレゼントは何がいい?」
小学校から帰ると、出迎えた母がそう言った。
歩は手を洗いながら、ううんと唸る。歩は物欲があまりない。欲しいおもちゃやゲームもすぐには思い浮かばないし、必要なものは歩がなにか言う前に母が用意してくれる。
欲しいもの、欲しいもの…と考えながらリビング・ダイニングに行くと、ちょうど母がティーセットをダイニングテーブルに並べていた。
「今日はウィークエンドシトロンを焼いてみたの。この前は少し甘すぎたから、今回は砂糖を減らしてみたのよ」
母はそう言って、皿に乗った焼き菓子を歩の前に置いた。
歩は出された焼き菓子の端をフォークで切って一口口に入れる。
(前くらい甘いほうが良かったな)
そう思ったが、歩はそれを口には出さず、代わりに「おしいよ」とだけ言って母に笑いかけた。
「それで、クリスマスプレゼントは決まった?」
テーブルの向かいに腰を下ろした母は紅茶を飲んで一息つくと、そう切り出した。
「スムブラが欲しい」
「スムブラ?」
「うん。今クラスで流行ってるゲーム。」
歩のクラス、4年1組では今スムブラというゲームが流行っている。歩も何度か友達の家でやったことがある。数人で対戦することができるアクションゲームで、友達同士で集まってやると盛り上がるゲームだ。滉の家にはなかったはずだから、持っていったら喜ぶかもしれない。
「じゃあ、サンタさんにお願いしておくね」
母は満足そうに言うと、空になったカップを手に立ち上がる。
「うん」
母に聞こえるか聞こえないかの声で返事をして、歩は残りの焼き菓子を食べる。
毎年、クリスマスになるとなぜか気分が落ち込む。
理由はよく分からない。自分以外のみんながクリスマスの一ヶ月も前からその日を待ち望み、その日が近づくごとにそのムードは高まる。その一方で、それに乗れない歩は、自分はどこかおかしいのではないか。何らかの欠陥があるのではないかと思えてならないのだ。
歩と彼らの違いがどこにあるのか、歩にはわからない。
歩は、優しい両親のもと何不自由ない暮らしをしていて、毎年クリスマス・イブには家族とケーキとご馳走を食べる。そしてクリスマスの朝には、サンタから贈られたプレゼントを開ける。
クリスマスを楽しむための材料は、いつだって歩の前に整然と並べられている。
…それなのに、こんなにも心が弾まないのはなぜなのだろう。
クリスマス・イブ当日、大きなケーキと山程のご馳走がテーブルに並べられ、父の背よりも高いクリスマスツリーに見下ろされながら、家族でそれを食べる。
学校はどうだとか、勉強はどうだとか、友達はどうだとか、そんなことを聞かれながら、歩はチキンにナイフを入れる。
学校は楽しいよ、勉強は順調、友達は最近山﨑くんという子と仲良くなった。歩は食事をしながら、合間合間で父や母からの質問に順番に答えていく。
歩にはきょうだいがいないから、食事の時はこうして父と母と歩の三人で食卓を囲む。時折、きょうだいがいたらなあと思うこともあるが、そればかりは仕方のないことだ。
いつもなら早めに夕食を終わらせて、宿題をするからと言って自室に下がる歩だが、あいにく明日は学校の終業式で、今日は宿題を出されてない。
お酒を飲んでいつもよりも饒舌な父とその横で微笑む母を前に、なんと言ってこの場を辞すればいいのか歩にはわからない。
結局、「そろそろお風呂に入って寝なさい」と母に言われるまで、歩はフォークの先でケーキをつついていた。
過去を思い返したところで何の感慨もない。
軽く息をついたところで、歩は一軒のイタリアンバルの前で足を止める。
そのバルは、以前同じ学科の木村に呼ばれた合コンの時に入った店だった。
歩道に面した壁はガラス張りになっていて、外が暗い分、明かりの灯る店内は外からよく見えた。
「──…」
その光景に歩は思わず息を飲む。
そこには、歩の知らない女性と食事をする滉の姿があった。
温かみのある照明の下、料理やドリンクが並ぶテーブルを挟んで、滉が女性と笑っている。
声こそ聞こえないが、親しげに話す二人の様子から二人がカップルなのだとすぐにわかる。
(だからクリスマスなんて嫌いなんだ)
歩は再び歩き出す。
そういえば、子どもの頃からクリスマスが嫌いだった。
クリスマスは大切な誰かと過ごす特別な日らしい。
でも、歩が大切な人と過ごせたクリスマスは、去年の─18歳のクリスマスの一度きりで、きっともうそんな日は永遠に訪れることがないのだ。
その証左に、その大切な人は今、他の大切な誰かと過ごしている。
歩は今度こそ脇目も振らず駅を目指して足を動かす。
歩が店の前で足を止めていたのは、ほんの一瞬で、一秒にも満たない短い時間だった。
それでも、その一瞬の光景が目に焼き付いて離れない。
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