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オムライス
しおりを挟む洋は完璧な恋人だった。
俳優やモデルだと言われても納得してしまう程の美丈夫で、優しく紳士的で、大人の余裕がある。それに加え、勤め先は誰もが知っている大企業。
女の子が放っておくわけないし、事実、歩と付き合う前はかなり遊んでいたのだろうと推察できる。
そんな洋と歩けば、女性から声を掛けられることも少なくなかった。
洋は「歩がかっこいいからだね」と言ってはいたが、女性たちの狙いはどう見ても高校生の歩ではなく洋だ。「かわいい~、弟さん?」と言われたこともある。
そんな二人の年の差は六歳差だ。
洋は23歳の大人で、歩は16歳の子どもだった。
「だめだよ。歩。」
優しい声色だったが、それは明確な拒絶にほかならなかった。
二人が付き合い始めて二カ月が経った頃のこと。その日、歩は自分より大きな体をソファに押し倒してその上に乗り上げた。
「なんで?」
歩はそう言って冷えた目で洋を見下ろす。苛立ちを隠そうともしない歩を前に、洋は困ったように笑うだけで何も言わない。
「オレが男だから?子どもだから?」
「歩が男であることは関係ないよ」
「じゃ、オレがお子様だからだ」
歩は嫌味っぽく言い捨てる。それに対して少し眉を下げただけの洋に、歩は益々苛立つ。
「オレ童貞じゃないよ。中学生の時からセックスしてるし」
歩は洋の襟ぐりを摑んで、洋の唇に自分のそれを寄せる。キスでもすれば洋だってその気になるはず。ついでにモノを擦ってやれば、洋だって我慢できないはずだ。
自分の一連の言動が子供じみていると思わないでもなかったが、歩は清いお付き合いなんてまっぴらごめんだ。
「むっ!」
「だめだって」
唇が触れ合う直前、洋の手がそれを阻んだ。洋の掌が歩の口に押し当てられたのだ。
そのまま、体の上に乗っている歩がバランスを崩さないように気遣いながら、洋が体を起こす。
「歩」
そして、ソファの上で向かい合い、真剣な顔で歩の名を呼ぶ。
「…っ、」
それに体を強張らせた歩を見て、洋は小さく息をついてから、また穏やかに笑った。
「歩。俺は歩の性別も年齢も関係なく歩のことが好きだし、大切に思っている。」
「…」
「でも、俺は大人で社会人で、歩は未成年の高校生だ」
「…うん」
「大人は子どもを守る立場で、導く立場だ。だから、今の歩に歩の望むようなことをしてあげることはできない。」
「…」
「何より、俺は歩が傷つくようなことをしたくないんだ。」
「…傷つく?他でもないオレ自身がいいって言ってるのに?」
洋はまた困ったように笑った。洋はしばしばその表情を歩の前でする。分別のない子どもに向けるようなその目に、歩はまた、自分がおかしなことを言ったのだと悟る。
「歩が今の俺と同じ歳になった時に分かるよ。その時になって、取り返しのつかないことに歩が傷つくようなことがあっちゃいけない。」
「…」
歩には洋の言っていることがわかるようでわからなくて、黙るほかなかった。
そんな歩をどう思ったのかわからないが、洋は黙り込んだ歩の頭をぽんぽんと撫でた。
「…キスもだめなの?」
「うん。だめ。」
取り付く島もないくらいきっぱり言われて、二の句が継げないでいると、洋は歩の手をそっと握る。
「ごめんね」
そう言われると、より惨めで、恥ずかしくて泣きたくなった。
それから二人は、歩のわがままで別れたりくっついたりをしながらも、2年ほど交際をしていた。
歩が高校を卒業するのを待って、二人は初めて体を繋げた。洋にとっても歩にとっても同性との行為は初めてだったが、互いの体を夢中で確かめあった。
歩は次第に洋のことを本当に好きなっていった。そして洋のことを大切に思うようになった。
しかしその一方で、歩は滉への想いを完全に断ち切ることができずにいた。
洋が歩にとって大切な存在になればなるほど、その事実は歩を苦しめる。
洋に対して誠実でいたい気持ちと、滉への未練との間で、歩はずっと藻掻いている。
歩の行動は常に矛盾している。
洋が好きなのにいつも試すようなことばかりして困らせる。滉を忘れたいのに必死に滉との繋がりを守ろうとしてしまう。
とうとう歩は二人を好きでいるのが辛くなってしまった。
滉のことはどうしたって好きでいるのをやめられないから、洋とは別れることを決意した。洋に対しては申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、これ以上洋を振り回してはいけないと思った。
高校生だった自分に真面目に向き合ってくれた人の好意を、これ以上踏みにじりたくなかった。
今回ばかりは歩のいつもの試し行為の延長ではないのだと気づいたのだろう。洋は必死に歩を引き留め説得し、歩が誰を好きでもいいとまで言ったが、歩はそれを聞いて余計に洋と別れなければと思ったのだ。
(まあ、結局またこうして洋の人生の汚点を更新しているんだけど)
歩はすっかり冷めた紅茶を温めるようにカップを手で覆う。
「もうすぐできるよー。テーブル拭いてくれる?」
キッチンから呼びかけられて、歩は弾かれたように顔をあげる。
「あ、うん」
歩は返事をするなり立ち上がって、キッチンカウンターの上のウェットティッシュ数枚引き抜く。
歩がテーブルを拭き終える頃、洋のほうも料理が完成したらしい。
二人でバケツリレーの要領で食事をテーブルに並べて、向かい合って席に着いた。
「洋の料理久しぶり。いただきます。」
「召し上がれ。あり合わせでごめんね。歩が来るって分かっていたらもっと凝ったものを作ったんだけど」
洋が作ったのはオムライスとスープとマカロニサラダだった。
チキンがないと言っていた通り、裂目一つない綺麗な薄焼き卵に包まれていたのは、チキンの代わりにウインナーを入れたケチャップライスだった。
口に入れると、薄焼き卵は表面がつるりとしていて、ほんのり甘い。それがケッチャップライスによく合っている。
「オレ、オムライスってふわとろ系のしか知らなかったんだけど、今はこっちの薄焼き卵のオムライスの方が好きだわ」
「あはは、うちの実家がこっち派なんだよね。むしろ俺はふわとろのほうが馴染みが薄いかも。」
洋の作る料理は温かい家庭の味がする。特別な調味料は入っていないけど、シンプルでガツガツ食べてしまいたくなるような味。きっとお母さんがこういう料理をする人なんだろうなと、そんな想像をしてしまうような愛情を感じる料理だ。
「おいしい」
「よかった」
スープもマカロニサラダもどれも美味しくてほっとする味だった。
「洋、」
「ん?」
洋は歩の呼びかけに、食事の手を止める。
「もう一回、オレと付き合う?」
「え、」
歩の突拍子のない言葉に、洋は言葉を失う。
「これが最後。」
「…!付き合おう!」
洋は焦ったように早口で言うと、テーブルの上で固く握られていた歩の手を力強く握った。
「絶対に幸せにする!」
洋はそういい切ると心底嬉しそうに笑った。それを見て、歩はどこか吹っ切れた気がした。
(幸せになる。洋と、幸せになろう。)
歩は歩の手を握る洋の手にもう片方の手を重ねた。
「これからよろしく。洋。」
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