18 / 35
オムライス
しおりを挟む洋は完璧な恋人だった。
俳優やモデルだと言われても納得してしまう程の美丈夫で、優しく紳士的で、大人の余裕がある。それに加え、勤め先は誰もが知っている大企業。
女の子が放っておくわけないし、事実、歩と付き合う前はかなり遊んでいたのだろうと推察できる。
そんな洋と歩けば、女性から声を掛けられることも少なくなかった。
洋は「歩がかっこいいからだね」と言ってはいたが、女性たちの狙いはどう見ても高校生の歩ではなく洋だ。「かわいい~、弟さん?」と言われたこともある。
そんな二人の年の差は六歳差だ。
洋は23歳の大人で、歩は16歳の子どもだった。
「だめだよ。歩。」
優しい声色だったが、それは明確な拒絶にほかならなかった。
二人が付き合い始めて二カ月が経った頃のこと。その日、歩は自分より大きな体をソファに押し倒してその上に乗り上げた。
「なんで?」
歩はそう言って冷えた目で洋を見下ろす。苛立ちを隠そうともしない歩を前に、洋は困ったように笑うだけで何も言わない。
「オレが男だから?子どもだから?」
「歩が男であることは関係ないよ」
「じゃ、オレがお子様だからだ」
歩は嫌味っぽく言い捨てる。それに対して少し眉を下げただけの洋に、歩は益々苛立つ。
「オレ童貞じゃないよ。中学生の時からセックスしてるし」
歩は洋の襟ぐりを摑んで、洋の唇に自分のそれを寄せる。キスでもすれば洋だってその気になるはず。ついでにモノを擦ってやれば、洋だって我慢できないはずだ。
自分の一連の言動が子供じみていると思わないでもなかったが、歩は清いお付き合いなんてまっぴらごめんだ。
「むっ!」
「だめだって」
唇が触れ合う直前、洋の手がそれを阻んだ。洋の掌が歩の口に押し当てられたのだ。
そのまま、体の上に乗っている歩がバランスを崩さないように気遣いながら、洋が体を起こす。
「歩」
そして、ソファの上で向かい合い、真剣な顔で歩の名を呼ぶ。
「…っ、」
それに体を強張らせた歩を見て、洋は小さく息をついてから、また穏やかに笑った。
「歩。俺は歩の性別も年齢も関係なく歩のことが好きだし、大切に思っている。」
「…」
「でも、俺は大人で社会人で、歩は未成年の高校生だ」
「…うん」
「大人は子どもを守る立場で、導く立場だ。だから、今の歩に歩の望むようなことをしてあげることはできない。」
「…」
「何より、俺は歩が傷つくようなことをしたくないんだ。」
「…傷つく?他でもないオレ自身がいいって言ってるのに?」
洋はまた困ったように笑った。洋はしばしばその表情を歩の前でする。分別のない子どもに向けるようなその目に、歩はまた、自分がおかしなことを言ったのだと悟る。
「歩が今の俺と同じ歳になった時に分かるよ。その時になって、取り返しのつかないことに歩が傷つくようなことがあっちゃいけない。」
「…」
歩には洋の言っていることがわかるようでわからなくて、黙るほかなかった。
そんな歩をどう思ったのかわからないが、洋は黙り込んだ歩の頭をぽんぽんと撫でた。
「…キスもだめなの?」
「うん。だめ。」
取り付く島もないくらいきっぱり言われて、二の句が継げないでいると、洋は歩の手をそっと握る。
「ごめんね」
そう言われると、より惨めで、恥ずかしくて泣きたくなった。
それから二人は、歩のわがままで別れたりくっついたりをしながらも、2年ほど交際をしていた。
歩が高校を卒業するのを待って、二人は初めて体を繋げた。洋にとっても歩にとっても同性との行為は初めてだったが、互いの体を夢中で確かめあった。
歩は次第に洋のことを本当に好きなっていった。そして洋のことを大切に思うようになった。
しかしその一方で、歩は滉への想いを完全に断ち切ることができずにいた。
洋が歩にとって大切な存在になればなるほど、その事実は歩を苦しめる。
洋に対して誠実でいたい気持ちと、滉への未練との間で、歩はずっと藻掻いている。
歩の行動は常に矛盾している。
洋が好きなのにいつも試すようなことばかりして困らせる。滉を忘れたいのに必死に滉との繋がりを守ろうとしてしまう。
とうとう歩は二人を好きでいるのが辛くなってしまった。
滉のことはどうしたって好きでいるのをやめられないから、洋とは別れることを決意した。洋に対しては申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、これ以上洋を振り回してはいけないと思った。
高校生だった自分に真面目に向き合ってくれた人の好意を、これ以上踏みにじりたくなかった。
今回ばかりは歩のいつもの試し行為の延長ではないのだと気づいたのだろう。洋は必死に歩を引き留め説得し、歩が誰を好きでもいいとまで言ったが、歩はそれを聞いて余計に洋と別れなければと思ったのだ。
(まあ、結局またこうして洋の人生の汚点を更新しているんだけど)
歩はすっかり冷めた紅茶を温めるようにカップを手で覆う。
「もうすぐできるよー。テーブル拭いてくれる?」
キッチンから呼びかけられて、歩は弾かれたように顔をあげる。
「あ、うん」
歩は返事をするなり立ち上がって、キッチンカウンターの上のウェットティッシュ数枚引き抜く。
歩がテーブルを拭き終える頃、洋のほうも料理が完成したらしい。
二人でバケツリレーの要領で食事をテーブルに並べて、向かい合って席に着いた。
「洋の料理久しぶり。いただきます。」
「召し上がれ。あり合わせでごめんね。歩が来るって分かっていたらもっと凝ったものを作ったんだけど」
洋が作ったのはオムライスとスープとマカロニサラダだった。
チキンがないと言っていた通り、裂目一つない綺麗な薄焼き卵に包まれていたのは、チキンの代わりにウインナーを入れたケチャップライスだった。
口に入れると、薄焼き卵は表面がつるりとしていて、ほんのり甘い。それがケッチャップライスによく合っている。
「オレ、オムライスってふわとろ系のしか知らなかったんだけど、今はこっちの薄焼き卵のオムライスの方が好きだわ」
「あはは、うちの実家がこっち派なんだよね。むしろ俺はふわとろのほうが馴染みが薄いかも。」
洋の作る料理は温かい家庭の味がする。特別な調味料は入っていないけど、シンプルでガツガツ食べてしまいたくなるような味。きっとお母さんがこういう料理をする人なんだろうなと、そんな想像をしてしまうような愛情を感じる料理だ。
「おいしい」
「よかった」
スープもマカロニサラダもどれも美味しくてほっとする味だった。
「洋、」
「ん?」
洋は歩の呼びかけに、食事の手を止める。
「もう一回、オレと付き合う?」
「え、」
歩の突拍子のない言葉に、洋は言葉を失う。
「これが最後。」
「…!付き合おう!」
洋は焦ったように早口で言うと、テーブルの上で固く握られていた歩の手を力強く握った。
「絶対に幸せにする!」
洋はそういい切ると心底嬉しそうに笑った。それを見て、歩はどこか吹っ切れた気がした。
(幸せになる。洋と、幸せになろう。)
歩は歩の手を握る洋の手にもう片方の手を重ねた。
「これからよろしく。洋。」
0
あなたにおすすめの小説
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
推し変なんて絶対しない!
toki
BL
ごくごく平凡な男子高校生、相沢時雨には“推し”がいる。
それは、超人気男性アイドルユニット『CiEL(シエル)』の「太陽くん」である。
太陽くん単推しガチ恋勢の時雨に、しつこく「俺を推せ!」と言ってつきまとい続けるのは、幼馴染で太陽くんの相方でもある美月(みづき)だった。
➤➤➤
読み切り短編、アイドルものです! 地味に高校生BLを初めて書きました。
推しへの愛情と恋愛感情の境界線がまだちょっとあやふやな発展途上の17歳。そんな感じのお話。
【2025/11/15追記】
一年半ぶりに続編書きました。第二話として掲載しておきます。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/97035517)
学校一のイケメンとひとつ屋根の下
おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった!
学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……?
キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子
立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。
全年齢
アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。
天音ねる(旧:えんとっぷ)
BL
家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!?
学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。
ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。
智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。
「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」
無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。
住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!
俺の幼馴染みが王子様すぎる。
餡玉(あんたま)
BL
早瀬空(15)と高比良累(15)は、保育園時代からの幼馴染み。だが、累の父親の仕事の都合で、五年間離れ離れになっていた——
そして今日は、累が五年ぶりにドイツから帰国する日。若手ヴァイオリニストとして一回りも二回りも成長した累を迎えに、空港へ出向くことになっている。久しぶりの再会に緊張する空に対して、累の求愛行動はパワーアップしていて……。
◇『スパダリホストと溺愛子育て始めます 愛されリーマンの明るい家族計画』(原題・『子育てホストと明るい家族計画』)の続編です。前作の十年後、高校生になった空と累の物語。そして彼らを取り巻く大人たちの、ほのぼの日常ラブコメディ。
◇このお話はフィクションです。本作品に登場する学校名・音楽団体名はすべて架空のものです。
◆不定期更新
◇本編完結済、番外編更新中
◆表紙イラストは朔さま(https://www.pixiv.net/users/44227236)のフリー素材をお借りしています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる