陰キャに恋は早すぎる

ツワブキ

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こっちの気も知らないで

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 買い出しに出ていた歩が部屋に戻ると、滉は歩が出た時と同じ状態でベッドに横たわっていた。相変わらず苦しそうにしているが、特段容体の悪化は見られないことに歩は胸を撫で下ろす。

 飲み物や食べ物を冷蔵庫にしまって、歩は再び滉の眠るベッドの側に膝をついた。

 少しものを食べて水分をとってほしいが、起こしていいのだろうか。ドラッグスノアで薬も買った。病院に行ってないとあらば、ドラッグストアの風邪薬でも飲んだほうがいくらかいいだろう。

 歩が、うーん、と悩んでいると滉の瞼が僅かに痙攣した。

「う、ん」

 掠れた声を微かに漏らして、滉はゆっくりとその瞼を持ち上げた。

「しの!」

「…のん?…なん、」

「プリンとか買ってきたよ。食べられる?あとポカリも買ってきたから水分とって。病院は行った?一応ドラストで薬買ってきたよ」

 滉が何か言おうとしたのをあえて遮って、歩は早口に捲し立てる。

「…プリン食べる。病院は行ってない」

「わかった!取りに行ってくるから待ってて」

 歩はそう言うなり立ち上がってキッチンへと向かう。部屋に残された滉は、その後ろ姿をベッドの上でぼんやりと眺めていた。





「ごちそうさま」

 滉は空になったプリンの容器をトレイの上に戻した。

 それをトレイごと受け取って、歩は滉の様子を伺う。

「少しは良くなった?」

 滉は、水で薬を流し込むと、一息ついてから答える。

「うん。さっきよりは。その、いろいろありがとう」

 一度眠ったからか滉の様子も幾分マシになった。

 歩はそれに安堵しつつ「明日病院に行きなよ」と念を押す。それに滉が頷いたのを確認して歩はその場を立ち上がる。

「…まだ帰らないよね?」

 滉は上目遣いに歩を見上げて、細い声で言った。歩はプリンと薬の空の容器が乗ったトレイを持ったまま滉を見下ろす。体調不良で気持ちの面も弱っているのか、滉の瞳が不安に揺れている。

「もう少しいるよ」

 歩が滉を安心させるように微笑むと、滉は目に見えてほっとしたような顔をして「うん」と言うと、起こしていた体を横たえて布団を被った。



 歩がキッチンから戻ると、滉は既に眠っていた。先ほどと違い、穏やかな寝息をたてている。額に触れると、先ほどと比べればかなりマシだが、まだまだ熱が高そうだった。

 歩は暫しじっとその寝顔を見る。汗で額に貼り付いている髪を除けてやって、濡らして固く絞ったハンカチで拭ってやる。

 もうきっと大丈夫だろうと、感覚的にわかった。

 歩は濡れたハンカチをコンビニの袋に入れて口を縛り、自分のバッグにしまう。

 歩は側に置いてある上着を手にし、滉を起こしてしまうことのないように静かに立ち上がろうとした。

 ──その時、

(うわっ、)

 突然伸びてきた腕に腰を引かれて、歩はベッドに倒れこみそうになる。驚きで目を白黒させながら、その腕の主を見下ろすと、バチッと目が合った。

「ちょっ、しのっ、」

 滉は何も言わない。

 病人のどこにこんな力があったのかと思うほどの力で、歩の体は布団の中に引きずり込まれる。

「なに、もうっ、」

 無言のまま、後からぎゅっと抱きしめられる。

「…っ!」

 しまいには脚まで絡められてしまい、そう簡単に抜け出せない。

(なに、この状況…!)

 長い手足でがっちり抱え込まれ、身動きが取れない。何とか首だけ後を向くと、なんと、寝技を掛けている相手はすやすやと寝息をたてていた。

(なんなんだよ…)

 こっちの気も知らないでと、内心で悪態をつく。

(彼女と間違えたのかな…)

 そんな考えが過った瞬間、歩の胸の辺りにモヤが広がる。

 滉とこんな風に眠ったことなんてもちろんない。

 きっと彼女とはこんな風に寝ているのだろう。こうやって、逃さないとばかりにがっちり抱え込んで。

 滉の腕の中は自分のいるべき場所ではない。ここは滉の彼女のものだ。

 罪悪感が歩を苛む。

 鼻の奥がツンとした。ひどく惨めな気持ちになって、気を抜けば泣いてしまいそうだった。

 背後の呑気な男に対しての怒りと、愛おしさでどうにかなりそうだった。

 滉が、歩と彼女を間違えたのか、単に人肌が恋しかったのか、それはわからない。

 どちらにせよ、滉の行動に意味なんてないということだけは明らかだった。

(…仕方ないか)

 歩は体の力を抜いて、滉に体を委ねる。

 こんな風に寝てしまえば、のちのちこの思い出に苦しめられることは目に見えていた。

 しかし、歩はもう何も考えたくない。今はただ、愛しい温もりを背中に感じながら眠りたかった。

 昨日は眠るのが遅くて、若干寝不足気味であったことを今になって思い出した。

 歩は目を閉じる。

 今夜は長い夜になりそうだった。

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