陰キャに恋は早すぎる

ツワブキ

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 数度瞬きをすることで、徐々に薄暗い室内の輪郭を捉えていく。

 歩はぼんやりする頭で窓の方を見る。まだ夜明けには早いようだった。

 ふと自分の体を見下ろすと、滉の手足が眠る前とほとんど変わらない形で歩の体に巻き付いている。

 歩は滉を起こさないように気をつけながら、腕だけを伸ばして、眠る直前に適当にほっぽった自分のスマホを手探りで見つけ出す。

 時刻は午前四時を回ったところだった。

 歩はまたスマホを適当なところにほっぽった。

「んん、」

 歩が動いたことで、背中の滉が身動ぎする。

 起こしてしまっただろうか、と首だけで滉の方を向こうとするも、滉が歩の首筋に顔を埋めて、更に体を密着させる。 

 ごりっ──、

「…っ!」

 体を密着させられたことで、歩の尻に“ナニか”が押し当てられた。瞬時にそれが何かを理解した歩は、すぐさま体を離そうとするが、却って更に深く抱き込まれてしまう。

(~~~っ、まずいって…!)

 歩も同じ男であるから、それが性的興奮に起因するものではないことはわかっているが、それでも歩としてはこの状況に穏やかではいられない。

 歩は今度こそ本気で滉の腕から逃れてベッドを脱する。そのまま床に置いてあった上着と荷物とスマホを持って慌てて部屋を出る。

 その時ちらっと後を振り返ったが、滉は起き上がる様子もなくまだ夢の中だった。



 戸締りをして、鍵をドアポストに入れて、歩は今度こそ安堵の息を吐いた。

 外は真っ暗で夜と変わらない。早朝も早朝ゆえ、年寄りや散歩の犬さえ歩いていない。

 始発まで時間があるが、ゆっくり駅まで歩いて喫煙所で一服したらいい頃合いになるだろう。

 はぁっと、吐く息が白い。

 歩は上着の襟元を掻き合せた。

 



 歩が家に帰る頃には、既に東の空が明るくなっていた。

 そおっとマンションの部屋の玄関を開けると、リビングに明かりが灯っていた。

「おかえり。熱を出したっていう友達はもう大丈夫?」

 リビングにいくと、もう仕事の準備を終えた洋に出迎えられた。

「うん。もうだいぶ良くなった」

「そう。良かった」

 洋は慣れた手つきで腕時計をはめながら笑う。

 それにしても、今日はずいぶん早いのだなと疑問に思う。いつもは八時くらいに家を出ているはずだ。

「…早くない?」

「今日は出張でね」

「そうなんだ。夜は帰ってくる?」

「うん。いつもより少し遅くなるかもしれないけど、晩ご飯は一緒に食べられると思う。」

「そう。気を付けて」

「うん」

 何気ないやり取りだが、洋はひどく幸せそうに笑って歩の耳裏にキスをする。それに応えるように歩も洋の首に腕を回して、どちらからともなくキスをする。

「もう行かないと」

 名残惜しそうに洋の体が離れていく。

「うん。いってらっしゃい」

 最後にちゅっと軽いキスをして、洋は歩を残して出て行った。

 一人残された歩はキスで火照ってしまった体を冷ます為にバスルームへと向かった。





 洋が帰って来たのは、午後八時過ぎのことだった。

 玄関が開く音に気付いた歩は、ソファを立って玄関まで洋を出迎えに行った。



「おかえりー」

「ただいま。これ、出張土産。」

 そう言って、洋はビニール袋を歩に差し出した。

「お、萩の月だ。仙台?」

 袋の中には馴染みの銘菓の箱が入っていた。

「そう。あ、お昼牛タン食べたけどうまかったよ。今度歩と行きたいな」

「いいね。牛タン。オレ仙台行ったことないかも」

「それはちょうどいい。おいしいものも温泉もあるし、いい宿も多いよ」

 元来あまり旅行には興味がないが、こうやって話を聞くと行ってみたい気になってくる。

 以前洋と付き合っていた時に卒業祝いとして旅行に連れて行ってもらったことがある。

 行き先は東伊豆で、とてもいい宿だった。

 海の向こうの地平線を見ながら浸かる露天風呂は最高だったし、料理も絶品だった。特に金目鯛の煮付けがうまくて、食べ物で感動したのはあれが初めてだったと思う。

「いいね。旅行」

 歩がそう言って笑うと、洋も嬉しそうに笑う。

 歩が笑うと、いつも洋は嬉しそうに笑う。

 とても愛されていて、大切にされている。

 歩は、ちくんと胸の奥が痛んだ。

 しかし、歩はそれに気付かないふりをして笑う。





 いつもより少しだけ遅い食事を終えて、それぞれ風呂を済ませ、同じ布団に入った。

 洋が腕を広げるから、いつものようにそこにすっぽり収まって、自分も洋の背に手を回す。

「大学いつから?」

「来週」

「もうすぐだね」

 「まあすぐに春休みだけどね」

「大学の春休みって長いよね」

「来週粗大ごみ出しに行かないと」

「土曜の朝までに出せばいいんだよね。金曜の夜にお邪魔して平気かな?」

「いや、金曜学校のあとぱっと行ってやってくる。あの量ならオレと隆雅だけで平気だよ」

「そう?手伝えなくてごめんね」

「ううん」

 喋っているうちにだんだん眠くなってくる。思えば、昨日はろくに寝ていない。

 髪を優しい手つきで撫でられ、心地よい体温に包まれていると、意識が中に浮くような感覚がしてくる。

 そういえば、昨夜は滉に抱き締められて眠った。 

 まるで、滉が歩を強く求めていると錯覚してしまいそうなほど、力強く抱き締められた感触と熱が、今なお歩の体に残っている。

 あれから一人残して来てしまったが大丈夫だろうか。

 ──病院へはちゃんと行けたのか。

 ──熱はあれから上がったりしなかったのか。

 考えているうちに何を考えていたのかわからなくなって、意識が溶けそうになる。

 誰かが、大きな手で歩の頭を撫でて、歩の体を抱き締めている。

(あったかい…。あれ、オレ今どこにいるんだっけ…。これは誰の胸?ああ、そうだ、何で忘れてたんだろう)



「…しの」

 

「…そんなに弟に似ている?」



 ──返ってきた声は、滉のものと似ているようで全く違う声だった。


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