陰キャに恋は早すぎる

ツワブキ

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 いい匂いがした。

 その香は澄んだ水のような、自然の中で感じる安らぎに似ていた。

 泣きそうになるほど清廉なその香をもっと感じたくて、滉は腕の中に閉じ込めたものにすり寄って、鼻先を埋める。

(いいにおい…)

 



 目が覚めると、滉は部屋に一人だった。

 眠ってからどれくらい経ったのだろう。かなり寝てしまった気がする。

 滉はゆっくりと上体を起こして辺りを見回す。しんと静まり返ったそこに人の気配はない。

「のん…」

 滉はぽつりと彼の名を零す。

 あれは、高熱が見せた幻だったのではなかろうかというほど、今、この部屋は不気味なほど静かで、人の温度を感じない。

 滉はまだ少しふらつく体を叱咤してよろめきながらもキッチンに行く。

 次いでトイレ、洗面所を覗いて、滉は漸く歩が既にこの家を出たことを認めて、やり場のない気持ちと共に息を吐いた。

 時刻は午前10時を過ぎたところだった。

 滉はふらふらしながら再びキッチンに行って、冷蔵庫を開ける。そこには、歩が買ってきてくれたプリンやらゼリーやら飲み物やらが沢山詰め込まれていた。

 ふと目線をずらすと、冷蔵庫の横の棚、電子レンジの置かれた段の下段には、カップうどんやレトルトパウチのおかゆがひっそりと置かれている。

 滉はゆっくりと冷蔵庫の扉を閉める。

 同時に涙が零れた。

 なんの涙か、滉はよくわからない。

 それでも涙は次から次へと零れた。

 ここに歩がいない。一つだけわかるのはそれがひどく寂しかった。





 あの日、何故歩が自分の部屋にいたのかは、よくわからないままだ。

 体調が回復し、アパートのエントランスの郵便受けを久しぶりに開けた。チラシやら郵便物やらが雪崩のように出てきて、その中にビニール袋に丁寧に包まれた『星メロ』が紛れていた。

 歩はきっとそれを返しに来たのだろう。



 

 その日滉は、ある場所に向かって一人歩いていた。

 一月に風邪で寝込んで歩に看病してもらってから、既に二ヶ月ほどが経過していた。

 

 歩のことを考えながら歩いていると、気づけば目的地に着いていた。滉は大きく聳える近未来的な建物を見上げる。

「…」

 そして行き交う学生たちを気にしながらまた歩き出す。

 ──自分でもどうかしていると思う。

 滉は、歩と会えないこと、連絡が取れないことにとうとう我慢ができなくなった。

 だから、最近はこうして歩の通う大学の周りや歩の自宅の最寄り駅を彷徨いている。

 歩の家の場所がわかればまだ早かったが、生憎歩が友人とルームシェアをしている部屋など、滉にはとても踏み入る勇気などなかったし、歩から家に誘われたこともなかったから、滉はその場所を知らなかった。

「はぁ…」

 滉は自分の吐いた白い息をぼんやりと眺める。

 もうじき冬も終わろうとしているが、それでもまだ寒さが厳しく、こうして当てもなく歩いていると体の芯まで底冷えする。

 滉は一度立ち止まって脇に避けると、スマホを操作する。

 そして、インステの歩のアカウントを開く。歩がインステのストーリーを投稿することはまずない。過去の投稿もごく僅かで、そのストーリーも気紛れに投稿した何気ないものだし、最後の投稿は高校の卒業式の時のものだ。それも雑な写真に淡白な文章が添えてあるだけで、本人の姿はない。

 自分がインステなんてものを利用することになるなんて、思いもしなかった。滉が使うSNSといえばもっぱらツミッターだ。

 そんな滉がインスタを利用するようになったのは歩に関する情報を少しでも得るためだ。もちろん滉は投稿などしないし、しようとも思わない。

 だというのに、肝心の歩のアカウントは前述した通りの状態である。そうなると、インステで歩の情報を得るには、歩の友人のアカウントの投稿の中から歩を探すくらいしか術がない。

 そのため、歩がフォローしている知らないアカウントの投稿にも滉は目を通すようになった。

 歩は華やかな見た目をしているから、そうした中から歩を探すのは難しいことではなかった。

 みな、歩という友人をSNSで見せびらかしたいのだろう。

 滉は、色んな場所で色んな人と写真に収まる歩を見つめる。

 知らない背景と、見たことがあるようなないような男、あるいは女が、歩の横に並んで笑っている。

 歩はというと、どの写真も完璧な顔で写っている。女性と並んでもその顔の小ささと、顔の作り良さが際立っていて、どんな美女と並んでも自然と歩にばかり目がいく。

 大きな目を少しだけ和らげ、薄くてつややかな花弁のような唇の両端を少しだけあげている。

 改めて綺麗な顔をしていると思う。絵画みたいだなんて、およそ同性の友人を見て持つ感想ではない。

 歩は今の滉にとってとても遠い存在だ。そもそも、歩のようなキラキラした人間と自分が友人だったことからしておかしなことだったのかもしれない。

 それにしても、この写真に写っている歩は見慣れない顔をしていると滉は思った。

 滉は、スマホのカメラロールを眺める。

 ゲームのスクリーンショットばかりだが、それらを除けば歩の写真ばかりだった。

 歩のスマホのインカメで撮った二人のツーショット。滉が撮った何気ない日常の一コマ。そこに写っている歩は表情豊かで、様々な顔を見せている。

 そのどれもが、歩の友人たちのアカウントでは見られないものだ。

(またこの顔が見たい)

 滉はスマホを上着のポケットに押し込んで、踵を返した。

「あれ?四ノ宮?」

「え、」

 ふいに名を呼ばれて、反射的に目線を上げたその先にいたのは、高校の時のクラスメイトの男だった。



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