24 / 35
懇願
しおりを挟む「四ノ宮だよね?久しぶり!」
そう言って、男──中村は大股で滉の前まで歩いてきた。
背は滉よりも頭一つ分ほど低いが、その快活な調子に、滉はどうしても気圧されてしまう。
感覚としては見上げるほど体が大きく感じる。
実際、体つきはがっしりしているから余計にそう感じるのかもしれない。
「あ、えと…久しぶり」
喉に何かが詰まったみたいな声が出て、滉は慌てて、それを誤魔化すように小さく咳払いをした。
「こんなとこでどうした?誰か待ってんの?」
こちらの挙動を特に不審がったりすることもなく、中村はそう言うと真っすぐに滉を見て滉の返答を待っている。
滉は、無意識に上がっていた肩をすっと落とす。
そういえば、この中村という元クラスメイトはクラスの中心的グループのうちの一人でありながらも、滉のような陰キャにもフラットな態度で接してくるような男だった。
滉にとって彼は気安い存在とはとてもいえなかったが、同じクラスに在籍していた間に何度か会話をしたこともあった。
「のん…、えっと、能登歩って、今日来てる?」
「歩?」
中村はそう言うと難しそうな顔をした。
中村が何学部の何学科なのかは知らないが、キャンパス内は広いし、仮に同じ学科だとしても人によって授業数も履修科目もまちまちだ。
こんなことを聞いても中村を困惑させてしまうだけだ。
中村の反応からしても、今日歩が大学に来ているかどうかなんて知らなそうだ。
滉は途端に恥ずかしくなった。口から出た言葉を取り消す術があればいいのに。
いつだって発言してから自分のした発言のおかしさに気付くのだ。
滉は軽く唇を噛む。
「…ごめん、知らないよね」
滉は俯きがちに小さな声で言うと、早口に「それじゃ」と言ってその場から立ち去ろうとした。
「電話してみた?」
「え、」
しかし中村は、踵を返そうとした滉を声で引き止めた。
「あいつメッセージは結構未読スルーするけど、電話かけたら出ると思う!俺、かけてあげるよ!」
中村はそう言ってスマホを取り出して操作をすると、スマホを耳に当てた。
「あ、歩ー?今日来てる?」
『……』
「おー、どこにいる?」
『……』
「わかった!今から行くわ」
中村は通話を終えてスマホをポケットにしまう。
「今日来てるって。行こーぜ。」
中村はそう言って、ニカッと白い歯を見せた。
中村に連れて来られたのは、校舎裏の一角だった。
そこは大きな校舎の陰になっていて、昼間だというのに少し薄暗くて、正面からの立派な佇まいに反してどこか廃退的な雰囲気が漂っている。
裏道か何かだろうかと考えながら、中村の後を歩いていると、中村がふいに足を止めた。
「歩ー!」
中村の声に、滉は条件反射で顔をあげて中村の視線の先を目で追う。
そして、目を見開いた。
そこには、滉と同じく眦が裂けそうなほど目を見開いた歩の姿があったからだ。
「しの…」
紫煙とともに、歩が音もなく呟いた。
透明のアクリル板が二人を隔てている。しかし、今はそれ以上の隔たりを感じる。
「正門の前で四ノ宮見つけてさあー、お前のこと探してたから連れてきた」
中村の快活な声に、止まっていた時が動き出したように、歩がハッとした顔をして中村の方を見た。
「ああ、…うん。ありがとう」
歩は歯切れ悪くそう言うと、手にしていたタバコの始末をして、アクリル板で囲われた簡素な喫煙所から出てきた。
「じゃ!俺行くから!」
そう言って中村は背を向けて去っていく。なんとなく気まずい雰囲気のまま、滉と歩はその場に残されたのだった。
二人は暫く無言でその背を見ていた。
そして、中村の姿が見えなくなって、漸く口を開いたのは歩からだった。
「…わざわざ来たの?」
視線が合わないまま歩が言った。そのいつもより低いく冷たい声に、滉は肩が跳ねそうになる。
「…うん、だ、だめだった?」
恐る恐る、伺うように歩を見ると、歩は相変わらず視線をこちらに寄越さないまま、小さく息を吐きながら「別に」とだけ言った。
滉は、歩の返答に言葉にを詰まらせる。いつもの歩とあまりにも様子が違い、これ以上何をどう話せばいいのかわからない。
「用があって来たんじゃないの?用がないならもう行くけど」
「ま、まって!話がしたい!」
すぐにでもこの場を立ち去ってしまいそうな歩の腕を、滉は咄嗟に掴んだ。
「いっ、」
しかし、思いの外力が入ってしまい、歩が痛みに顔を歪めた。
「わっ!ご、ごめん…っ」
滉は慌てて力を緩めて、今度はそっとその腕を掴み直した。どうしても、その手を離すことはできなかったのだ。
歩はというと、何かを考え込むような、どこか苦しげな顔で地面を睨んでいる。
しかし、滉の手を振り払う気配は今のところない。
滉は、一先ずそのことに安堵しつつ、慎重に言葉を選びながら口を開く。
「のんと、ちゃんと話がしたい。俺が何かしちゃったなら教えて。ちゃんと謝るし、同じことはもうしないし、悪いところがあったら直すから。約束する」
滉は泣きそうになりながら、歩にちゃんと聞こえるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「これから俺の家に来てくれる?そこでなんで俺のこと避けたのか教えて」
最後はもはや祈りに似ていた。歩の返答が怖くて、歩の顔を見れない。
滉は、じっと歩の腕を掴んだ自分の手を見つめている。
「…わかった」
その声はいくらか柔らかく、しかしどこか侘しさを感じる声音だった。
0
あなたにおすすめの小説
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
推し変なんて絶対しない!
toki
BL
ごくごく平凡な男子高校生、相沢時雨には“推し”がいる。
それは、超人気男性アイドルユニット『CiEL(シエル)』の「太陽くん」である。
太陽くん単推しガチ恋勢の時雨に、しつこく「俺を推せ!」と言ってつきまとい続けるのは、幼馴染で太陽くんの相方でもある美月(みづき)だった。
➤➤➤
読み切り短編、アイドルものです! 地味に高校生BLを初めて書きました。
推しへの愛情と恋愛感情の境界線がまだちょっとあやふやな発展途上の17歳。そんな感じのお話。
【2025/11/15追記】
一年半ぶりに続編書きました。第二話として掲載しておきます。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/97035517)
学校一のイケメンとひとつ屋根の下
おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった!
学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……?
キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子
立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。
全年齢
アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。
天音ねる(旧:えんとっぷ)
BL
家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!?
学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。
ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。
智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。
「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」
無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。
住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!
俺の幼馴染みが王子様すぎる。
餡玉(あんたま)
BL
早瀬空(15)と高比良累(15)は、保育園時代からの幼馴染み。だが、累の父親の仕事の都合で、五年間離れ離れになっていた——
そして今日は、累が五年ぶりにドイツから帰国する日。若手ヴァイオリニストとして一回りも二回りも成長した累を迎えに、空港へ出向くことになっている。久しぶりの再会に緊張する空に対して、累の求愛行動はパワーアップしていて……。
◇『スパダリホストと溺愛子育て始めます 愛されリーマンの明るい家族計画』(原題・『子育てホストと明るい家族計画』)の続編です。前作の十年後、高校生になった空と累の物語。そして彼らを取り巻く大人たちの、ほのぼの日常ラブコメディ。
◇このお話はフィクションです。本作品に登場する学校名・音楽団体名はすべて架空のものです。
◆不定期更新
◇本編完結済、番外編更新中
◆表紙イラストは朔さま(https://www.pixiv.net/users/44227236)のフリー素材をお借りしています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる