陰キャに恋は早すぎる

ツワブキ

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懇願

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「四ノ宮だよね?久しぶり!」

 そう言って、男──中村は大股で滉の前まで歩いてきた。

 背は滉よりも頭一つ分ほど低いが、その快活な調子に、滉はどうしても気圧されてしまう。

 感覚としては見上げるほど体が大きく感じる。

 実際、体つきはがっしりしているから余計にそう感じるのかもしれない。

「あ、えと…久しぶり」

 喉に何かが詰まったみたいな声が出て、滉は慌てて、それを誤魔化すように小さく咳払いをした。

「こんなとこでどうした?誰か待ってんの?」

 こちらの挙動を特に不審がったりすることもなく、中村はそう言うと真っすぐに滉を見て滉の返答を待っている。

 滉は、無意識に上がっていた肩をすっと落とす。

 そういえば、この中村という元クラスメイトはクラスの中心的グループのうちの一人でありながらも、滉のような陰キャにもフラットな態度で接してくるような男だった。

 滉にとって彼は気安い存在とはとてもいえなかったが、同じクラスに在籍していた間に何度か会話をしたこともあった。

「のん…、えっと、能登歩って、今日来てる?」

「歩?」

 中村はそう言うと難しそうな顔をした。

 中村が何学部の何学科なのかは知らないが、キャンパス内は広いし、仮に同じ学科だとしても人によって授業数も履修科目もまちまちだ。

 こんなことを聞いても中村を困惑させてしまうだけだ。

 中村の反応からしても、今日歩が大学に来ているかどうかなんて知らなそうだ。

 滉は途端に恥ずかしくなった。口から出た言葉を取り消す術があればいいのに。

 いつだって発言してから自分のした発言のおかしさに気付くのだ。

 滉は軽く唇を噛む。

「…ごめん、知らないよね」

 滉は俯きがちに小さな声で言うと、早口に「それじゃ」と言ってその場から立ち去ろうとした。

「電話してみた?」

「え、」

 しかし中村は、踵を返そうとした滉を声で引き止めた。

「あいつメッセージは結構未読スルーするけど、電話かけたら出ると思う!俺、かけてあげるよ!」

 中村はそう言ってスマホを取り出して操作をすると、スマホを耳に当てた。

「あ、歩ー?今日来てる?」

『……』

「おー、どこにいる?」

『……』

「わかった!今から行くわ」

 中村は通話を終えてスマホをポケットにしまう。

「今日来てるって。行こーぜ。」

 中村はそう言って、ニカッと白い歯を見せた。



 中村に連れて来られたのは、校舎裏の一角だった。

 そこは大きな校舎の陰になっていて、昼間だというのに少し薄暗くて、正面からの立派な佇まいに反してどこか廃退的な雰囲気が漂っている。

 裏道か何かだろうかと考えながら、中村の後を歩いていると、中村がふいに足を止めた。

「歩ー!」

 中村の声に、滉は条件反射で顔をあげて中村の視線の先を目で追う。

 そして、目を見開いた。

 そこには、滉と同じく眦が裂けそうなほど目を見開いた歩の姿があったからだ。

「しの…」

 紫煙とともに、歩が音もなく呟いた。

 透明のアクリル板が二人を隔てている。しかし、今はそれ以上の隔たりを感じる。

「正門の前で四ノ宮見つけてさあー、お前のこと探してたから連れてきた」

 中村の快活な声に、止まっていた時が動き出したように、歩がハッとした顔をして中村の方を見た。

「ああ、…うん。ありがとう」

 歩は歯切れ悪くそう言うと、手にしていたタバコの始末をして、アクリル板で囲われた簡素な喫煙所から出てきた。

「じゃ!俺行くから!」

 そう言って中村は背を向けて去っていく。なんとなく気まずい雰囲気のまま、滉と歩はその場に残されたのだった。



 二人は暫く無言でその背を見ていた。

 そして、中村の姿が見えなくなって、漸く口を開いたのは歩からだった。

「…わざわざ来たの?」

 視線が合わないまま歩が言った。そのいつもより低いく冷たい声に、滉は肩が跳ねそうになる。

「…うん、だ、だめだった?」

 恐る恐る、伺うように歩を見ると、歩は相変わらず視線をこちらに寄越さないまま、小さく息を吐きながら「別に」とだけ言った。

 滉は、歩の返答に言葉にを詰まらせる。いつもの歩とあまりにも様子が違い、これ以上何をどう話せばいいのかわからない。

「用があって来たんじゃないの?用がないならもう行くけど」

「ま、まって!話がしたい!」

 すぐにでもこの場を立ち去ってしまいそうな歩の腕を、滉は咄嗟に掴んだ。

「いっ、」

 しかし、思いの外力が入ってしまい、歩が痛みに顔を歪めた。

「わっ!ご、ごめん…っ」

 滉は慌てて力を緩めて、今度はそっとその腕を掴み直した。どうしても、その手を離すことはできなかったのだ。

 歩はというと、何かを考え込むような、どこか苦しげな顔で地面を睨んでいる。

 しかし、滉の手を振り払う気配は今のところない。

 滉は、一先ずそのことに安堵しつつ、慎重に言葉を選びながら口を開く。

「のんと、ちゃんと話がしたい。俺が何かしちゃったなら教えて。ちゃんと謝るし、同じことはもうしないし、悪いところがあったら直すから。約束する」

 滉は泣きそうになりながら、歩にちゃんと聞こえるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「これから俺の家に来てくれる?そこでなんで俺のこと避けたのか教えて」

 最後はもはや祈りに似ていた。歩の返答が怖くて、歩の顔を見れない。

 滉は、じっと歩の腕を掴んだ自分の手を見つめている。

「…わかった」

 その声はいくらか柔らかく、しかしどこか侘しさを感じる声音だった。



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