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二日酔い
しおりを挟む泥沼から這い上がるような気分で、歩は目を覚ました。歩は覚醒しきっていない頭のまま数回瞬きをして、見知った天井にここが何処なのかを知る。
今日はよく晴れているらしい。照明の点いていない部屋は、カーテンの隙間から射し込む光だけで十分に明るい。
(どうやって帰ってきたんだっけ?)
おぼろげな記憶を辿りながらゆっくり体を起こすと、ひどく頭が痛んだ。
見下ろすと、意外にもちゃんと部屋着に着替えられていた。
ふと、歩は自分の寝ていた場所の隣を見る。しかし、そこにはそこにいるはずの姿がない。
──どうやらかなり寝ていたらしい。
歩は寝癖の髪をかき混ぜて、のそりとベッドを抜け出した。
「おはよ」
歩が言うと、リビングのソファにだらしなく座って本を読んでいた滉が顔を上げる。
「おはよ」
感情の乗っていない、いつも通りの滉の声に歩は内心ほっとして、滉のすぐ隣に腰を下ろす。
すぐに読書を再開した滉のその横で、歩は少し思案する。
昨日は友人の隆雅と酒を飲みに行った。酒でも飲まないとやってられない気分だったから。
それにしても、昨夜はさすがに飲みすぎた。お陰で記憶は曖昧だし、途中からは記憶が完全にブラックアウトだ。
歩はちらりと滉を盗み見る。本の文章をなぞる視線の動き。すっと通った鼻筋に、薄くて形のいい唇。本のページを捲る美しく長い指。
なんてことないそんな姿に、歩は胸がキュッと引き絞られる心地がして、慌てて滉から目を逸らす。
付き合って3ヶ月。毎日顔を合わせて、一つ屋根の下で暮らしているというのにこのザマだ。
歩は小さく息を吐く。
いつもと変わらない滉の様子や起きた時の自身の状態からして、昨夜酒に酔った歩が滉に迷惑を掛けたということはなさそうだ。
なんなら、歩が酒に酔って帰ってきたことすら、滉は知らないかもしれない。
昨夜何時に帰宅したのか歩自身も覚えていないが、記憶をなくすほど深酒したのだ。帰りも相当遅かったはず。へべれけになった歩がこの家に帰ってきた時、滉が起きていたとも限らない。むしろ、寝ていた可能性の方が高い。
歩はそう結論づけて、深くソファに凭れ、天井を仰ぐ。
(…腹減った)
「しの、昼ごはんどーする?」
歩は天井に向かって話す。
起き抜けの歩からすれば朝食になるが、早めの昼食にしてもいい時間だった。
「んー、出るのめんどいな。」
言って、滉は億劫そうに本を閉じて立ち上がる。
「適当に家にあるもんで済ますか。」
滉は言いながらキッチンのストッカーを漁って、次に冷蔵庫の中を眺める。歩もそれに続いて一緒になって冷蔵庫を覗き込む。
「チャーシューがないからハムで代用になるけど、ハムとネギと卵でチャーハンも作れるな。カニカマもあるからついでにいれるか」
言いながら、滉が材料を取り出して調理台に並べる。
「のん、ご飯解凍して、小さい鍋にお湯沸かして」
「はーい」
滉から指示を受けた歩は、冷凍庫からラップで小分けされた冷凍ご飯がいくつか入ったプラスチック製の保存バッグを取り出す。
「ねえこれ何個解凍する?」
歩は肩越しにすぐ後ろの滉を振り返る。二人で対面式キッチンに立つと、背中と背中が合わさりそうなほど狭い。
「3個くらい」
滉は材料を刻みながら、振り返らずに言う。歩はそれに頷くと、言われた通り3つ分の冷凍ご飯をレンジに入れて加熱を開始した。
次にコンロ下の引き出しから鍋を取りしだして、歩はその鍋を手に、包丁を使っている滉の後ろを慎重に通り抜けてシンクへ行き、鍋に水を注ぐ。そしてまた、滉の後ろを通り抜けて狭いキッチンを行き来する。
「のん、場所代わって」
ちょうど歩が鍋を火にかけたところで、材料を切り終えたらしい滉に言われて、歩は滉と場所を入れ替わる。
コンロの横の壁に掛けて並べられた大小のフライパンのうち、大きい方のフライパンを手にした滉が、それを火にかけた。
「卵いる?」
「うん。2個ちょうだい」
たらりとフライパンに油を垂らす滉の横で、歩は卵を容器に割り入れて、それを箸で溶く。
「はい」
「さんきゅ」
歩が溶いた卵を受け取った滉は、それを勢いよく熱したフライパンに流し入れる。同時にじゅっと音がして、それを木べらで崩しつつ、まな板の上の食材もフライパンに入れる。
「しのって結構手際いいよね」
感心しつつ歩が言うと滉は「普通じゃん?」となんてことなさそうに返して、フライパンの中の具を炒める。
「のん、米ちょうだい」
「はいはい」
まだ卵に火が通りきっていないところに、解凍した米を入れて、木べらでほぐすように混ぜる。
手が空いてしまった歩はまな板と包丁を洗いながら、横目で滉を見る。
──こんな暮らし、いつまでつづくのかな
歩はハッとして、思考を霧散させる。
「できたよ」
「あ、うん!」
ひどい頭痛を隠しながら、歩は笑った。
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