陰キャに恋は早すぎる

ツワブキ

文字の大きさ
32 / 35

二日酔い

しおりを挟む

 泥沼から這い上がるような気分で、歩は目を覚ました。歩は覚醒しきっていない頭のまま数回瞬きをして、見知った天井にここが何処なのかを知る。

 今日はよく晴れているらしい。照明の点いていない部屋は、カーテンの隙間から射し込む光だけで十分に明るい。

(どうやって帰ってきたんだっけ?)

 おぼろげな記憶を辿りながらゆっくり体を起こすと、ひどく頭が痛んだ。

 見下ろすと、意外にもちゃんと部屋着に着替えられていた。

 ふと、歩は自分の寝ていた場所の隣を見る。しかし、そこにはそこにいるはずの姿がない。

──どうやらかなり寝ていたらしい。

 歩は寝癖の髪をかき混ぜて、のそりとベッドを抜け出した。



「おはよ」

 歩が言うと、リビングのソファにだらしなく座って本を読んでいた滉が顔を上げる。

「おはよ」

 感情の乗っていない、いつも通りの滉の声に歩は内心ほっとして、滉のすぐ隣に腰を下ろす。

 すぐに読書を再開した滉のその横で、歩は少し思案する。

 昨日は友人の隆雅と酒を飲みに行った。酒でも飲まないとやってられない気分だったから。

 それにしても、昨夜はさすがに飲みすぎた。お陰で記憶は曖昧だし、途中からは記憶が完全にブラックアウトだ。

 歩はちらりと滉を盗み見る。本の文章をなぞる視線の動き。すっと通った鼻筋に、薄くて形のいい唇。本のページを捲る美しく長い指。

 なんてことないそんな姿に、歩は胸がキュッと引き絞られる心地がして、慌てて滉から目を逸らす。

 付き合って3ヶ月。毎日顔を合わせて、一つ屋根の下で暮らしているというのにこのザマだ。

 歩は小さく息を吐く。

 いつもと変わらない滉の様子や起きた時の自身の状態からして、昨夜酒に酔った歩が滉に迷惑を掛けたということはなさそうだ。

 なんなら、歩が酒に酔って帰ってきたことすら、滉は知らないかもしれない。

 昨夜何時に帰宅したのか歩自身も覚えていないが、記憶をなくすほど深酒したのだ。帰りも相当遅かったはず。へべれけになった歩がこの家に帰ってきた時、滉が起きていたとも限らない。むしろ、寝ていた可能性の方が高い。

 歩はそう結論づけて、深くソファに凭れ、天井を仰ぐ。 

(…腹減った)

「しの、昼ごはんどーする?」

 歩は天井に向かって話す。

 起き抜けの歩からすれば朝食になるが、早めの昼食にしてもいい時間だった。

「んー、出るのめんどいな。」

 言って、滉は億劫そうに本を閉じて立ち上がる。

「適当に家にあるもんで済ますか。」

 滉は言いながらキッチンのストッカーを漁って、次に冷蔵庫の中を眺める。歩もそれに続いて一緒になって冷蔵庫を覗き込む。

「チャーシューがないからハムで代用になるけど、ハムとネギと卵でチャーハンも作れるな。カニカマもあるからついでにいれるか」

 言いながら、滉が材料を取り出して調理台に並べる。

「のん、ご飯解凍して、小さい鍋にお湯沸かして」

「はーい」

 滉から指示を受けた歩は、冷凍庫からラップで小分けされた冷凍ご飯がいくつか入ったプラスチック製の保存バッグを取り出す。

「ねえこれ何個解凍する?」

 歩は肩越しにすぐ後ろの滉を振り返る。二人で対面式キッチンに立つと、背中と背中が合わさりそうなほど狭い。

「3個くらい」

 滉は材料を刻みながら、振り返らずに言う。歩はそれに頷くと、言われた通り3つ分の冷凍ご飯をレンジに入れて加熱を開始した。

 次にコンロ下の引き出しから鍋を取りしだして、歩はその鍋を手に、包丁を使っている滉の後ろを慎重に通り抜けてシンクへ行き、鍋に水を注ぐ。そしてまた、滉の後ろを通り抜けて狭いキッチンを行き来する。

「のん、場所代わって」

 ちょうど歩が鍋を火にかけたところで、材料を切り終えたらしい滉に言われて、歩は滉と場所を入れ替わる。

 コンロの横の壁に掛けて並べられた大小のフライパンのうち、大きい方のフライパンを手にした滉が、それを火にかけた。

「卵いる?」

「うん。2個ちょうだい」

 たらりとフライパンに油を垂らす滉の横で、歩は卵を容器に割り入れて、それを箸で溶く。

「はい」

「さんきゅ」

 歩が溶いた卵を受け取った滉は、それを勢いよく熱したフライパンに流し入れる。同時にじゅっと音がして、それを木べらで崩しつつ、まな板の上の食材もフライパンに入れる。

「しのって結構手際いいよね」

 感心しつつ歩が言うと滉は「普通じゃん?」となんてことなさそうに返して、フライパンの中の具を炒める。

「のん、米ちょうだい」

「はいはい」

 まだ卵に火が通りきっていないところに、解凍した米を入れて、木べらでほぐすように混ぜる。

 手が空いてしまった歩はまな板と包丁を洗いながら、横目で滉を見る。

──こんな暮らし、いつまでつづくのかな

 歩はハッとして、思考を霧散させる。

「できたよ」

「あ、うん!」

 ひどい頭痛を隠しながら、歩は笑った。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

百合豚、男子校に入る。

BL
百合をこよなく愛する男子高校生・眞辺恵。 母の歪んだ価値観により共学への進学を断たれ、彼が入学させられたのは―― 男同士の恋愛が“文化”として成立している、全寮制男子校《私立瑞嶺学園》だった。 この学園では、生徒会長は「抱かれたいランキング」で選ばれ、美貌こそが正義とされる世界。 それでも眞辺は決意する。 生徒会長になり、この学校を“共学”に変え、間近で百合を拝むことを。 立ちはだかるのは、顔面至上主義の学園制度、性に奔放すぎるイケメンな幼馴染、そして彼らに憧れ恋をする生徒たち。 さらに何故か、学園の人気者たちに次々と目をつけられてしまい――。 百合を拝むため男子校を変えようとする異端者が、歪んだ王道学園を改革する物語。

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

笑って下さい、シンデレラ

椿
BL
付き合った人と決まって12日で別れるという噂がある高嶺の花系ツンデレ攻め×昔から攻めの事が大好きでやっと付き合えたものの、それ故に空回って攻めの地雷を踏みぬきまくり結果的にクズな行動をする受け。 面倒くさい攻めと面倒くさい受けが噛み合わずに面倒くさいことになってる話。 ツンデレは振り回されるべき。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。

天音ねる(旧:えんとっぷ)
BL
家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!? 学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。 ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。 智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。 「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」 無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。 住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

処理中です...