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第36話
しおりを挟む第一王子専属区画の前。
重厚な扉と、二人の護衛。
その前に――
レオンハルトが立っていた。
目は赤く、
呼吸は荒く、
魔力が不安定に揺れている。
護衛たちは、
その異様な気配に身構えた。
「第二王子殿下。
ここから先は――」
レオンは、
低く、押し殺した声で言った。
「どけ」
護衛たちは息を呑む。
(……この気配……
危険だ……)
レオンは続けた。
「エリシアに会う。
今すぐだ」
護衛は首を振る。
「殿下の命令です。
エリシア様には、
“誰も勝手に近づけるな”と」
レオンの表情が歪む。
「……兄上が……
そんな命令を……?」
胸の奥で、
何かがさらに壊れた。
(……エリシア……
お前……
兄上の庇護下に……?
俺じゃなく……?)
魔力が、
レオンの周りで不安定に揺れ始める。
護衛たちは剣に手をかけた。
「殿下、これ以上は――」
レオンは叫んだ。
「黙れ!!
エリシアは……
俺の婚約者だったんだ!!
俺のものだったんだ!!」
護衛たちは、
その言葉に一瞬だけ目を伏せた。
(……殿下……
それはもう……)
(……エリシア様は……
あなたのものではありません……)
だが、
レオンには届かない。
第一王子専属区画の奥。
エリシアとアルベルトは、
静かにお茶を飲んでいた。
精霊たちが、
穏やかに二人の周りを舞っている。
――エリシア。
――殿下、落ち着いてる。
――いい空気。
エリシアは微笑んだ。
「殿下……
今日の任命式……
本当にありがとうございました」
アルベルトは、
優しく微笑んだ。
「こちらこそ。
君が隣にいてくれて……
本当に嬉しかった」
エリシアの胸が熱くなる。
(……殿下……)
そのとき――
ドンッ!!
扉の向こうから、
重い衝撃音が響いた。
エリシアはびくりと肩を震わせる。
精霊たちがざわめく。
――嫌な気配。
――危ない。
――来る。
アルベルトの表情が一瞬で険しくなった。
「……レオンだ」
エリシアの胸が凍りつく。
「レ、レオン様……?」
アルベルトは立ち上がり、
エリシアの前に立った。
「エリシア。
後ろに」
エリシアは、
言われるままにアルベルトの背に隠れた。
(……殿下……
守ってくれている……)
護衛たちは、
レオンを必死に止めていた。
「殿下!!
これ以上は――」
レオンは叫ぶ。
「どけと言っている!!
エリシアに会うんだ!!
今すぐ!!」
魔力が暴れ、
床がびりびりと震える。
護衛たちは、
必死に剣を構えた。
(……このままでは……
暴走する……)
(……殿下を止めなければ……)
だが――
レオンは止まらない。
「エリシア!!
聞こえるだろ!!
出てこい!!
俺と話を――」
その瞬間。
扉が開いた。
護衛たちが息を呑む。
レオンは、
勝ち誇ったように顔を上げた。
「エリシア……!」
だが――
扉の向こうに立っていたのは、
エリシアではなかった。
アルベルトだった。
アルベルトは、
静かに、しかし圧倒的な威圧を放っていた。
その瞳は冷たく、
王子としての威厳に満ちている。
「レオン。
ここは私の区画だ。
勝手に騒ぐな」
レオンは歯を食いしばる。
「兄上……
エリシアに会わせろ……
俺は……!」
アルベルトは、
一歩前に出た。
その瞬間、
空気が重くなる。
精霊たちが、
アルベルトの周りに集まり、
光を強めた。
――殿下、怒ってる。
――エリシアを守る。
――絶対に。
アルベルトは、
低く、鋭く言い放った。
「エリシアに近づくな」
レオンの目が見開かれる。
「……兄上……?」
アルベルトは続けた。
「彼女は私の側近だ。
そして――
私が守るべき人だ」
レオンの胸がざくりと裂けた。
(……兄上が……
エリシアを……
“守るべき人”……?)
アルベルトは、
さらに冷たく言い放つ。
「レオン。
これ以上エリシアを困らせるなら――
弟であっても容赦しない」
レオンは、
その言葉に完全に凍りついた。
(……兄上が……
本気で……
俺を……?)
胸の奥で、
何かが完全に崩れた。
扉の奥で、
エリシアは震えていた。
(……レオン様……
どうして……
こんな……)
精霊たちが寄り添う。
――エリシア。
――殿下が守る。
――大丈夫。
エリシアは、
アルベルトの背中を見つめた。
(……殿下……
わたしを……守ってくれている……)
胸が熱くなる。
レオンは、
震える声で呟いた。
「……兄上……
エリシアを……
本気で……?」
アルベルトは答えない。
その沈黙が、
何よりの答えだった。
レオンは、
ふらりと後ずさった。
「……嘘だ……
嘘だろ……
エリシア……
お前……」
護衛たちが、
静かにレオンを支える。
レオンは、
そのまま崩れ落ちるように
廊下を去っていった。
その背中は、
かつての自信も誇りもなく、
ただ“喪失”だけを背負っていた。
扉が閉まると、
アルベルトはゆっくりと振り返った。
エリシアは、
不安そうに立っていた。
アルベルトは、
そっと彼女の手を取った。
「怖かったね。
でも……大丈夫。
君は私が守る」
エリシアの胸が震えた。
(……殿下……
本当に……)
精霊たちが、
優しく光を降らせる。
――エリシア。
――殿下は本気。
――あなたを守る。
エリシアは、
涙をこらえながら微笑んだ。
「……ありがとうございます……
殿下……」
二人の距離は、
また確かに近づいた。
だがその裏で――
レオンの暴走は、
まだ終わっていなかった。
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