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第35話
しおりを挟む任命式が終わった大広間は、
すでに片付けが始まっていた。
だが――
その隅で、
レオンハルトはひとり立ち尽くしていた。
エリシアが兄の隣で輝いていた光景が、
何度も何度も脳裏に焼き付いて離れない。
(……エリシア……
お前……
あんな顔……
俺には一度も……)
胸の奥が、
焼けるように痛む。
怒りでも、
嫉妬でもない。
もっと深い、
もっとどうしようもない感情。
喪失。
(……俺は……
本当に……
失ったんだ……?)
その瞬間――
レオンの中で、
何かが静かに“切れた”。
「レ、レオン様……」
震える声が背後から聞こえた。
ミリアだ。
任命式の間、
レオンの様子を心配して
ずっと遠くから見ていた。
「だ、大丈夫ですか……?
お顔が……真っ青で……」
レオンは振り返らない。
ミリアは、
勇気を振り絞って近づいた。
「エリシア様は……
もう殿下の側近で……
レオン様は……
新しい婚約者として……
わたくしが……」
その瞬間。
バンッ!!
レオンは壁を殴りつけた。
ミリアは悲鳴を上げて後ずさる。
「黙れ!!」
レオンの声は、
怒りではなく――
“絶望”に濡れていた。
「お前じゃ……
エリシアの代わりにはならない!!
誰も……
エリシアの代わりなんか……
いないんだ……!」
ミリアの胸がざくりと裂けた。
(……代わり……
わたくしは……
ただの……代わり……?)
涙がこぼれる。
だがレオンは、
そんなミリアを見る余裕すらなかった。
レオンは、
ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、
焦りと執着と絶望が混ざり合い、
危うく揺れている。
(……エリシア……
お前は……
俺のものだった……)
(……兄上なんかに……
渡すものか……)
(……取り戻す……
絶対に……)
その決意は、
もはや“愛”ではなかった。
執着。
所有欲。
狂気の始まり。
精霊たちが、
遠くからざわざわと震える。
――危ない。
――この気配、嫌。
――エリシア、守らなきゃ。
レオンは、
ゆっくりと歩き出した。
向かう先は――
第一王子専属区画。
(……エリシア……
迎えに行く……
俺のところに戻ってこい……)
その足取りは、
まるで“何かに取り憑かれた”ようだった。
その頃――
第一王子専属区画では、
エリシアがアルベルトの隣で
静かにお茶を飲んでいた。
任命式の緊張が解け、
二人の空気は柔らかい。
アルベルトは、
エリシアを見つめながら微笑んだ。
「エリシア。
今日の君は……本当に綺麗だった」
エリシアは、
頬を赤らめて俯く。
「そ、そんな……
わたしなんて……」
アルベルトは首を振った。
「君だからいいんだ。
君じゃなきゃ……意味がない」
エリシアの胸が震えた。
精霊たちが、
嬉しそうに光を散らす。
――エリシア。
――殿下の気持ち、もうすぐ届く。
――二人は光。
だが――
その光の外側で、
影が静かに近づいていた。
第一王子専属区画の前。
護衛が二人、
厳しく見張っている。
レオンは、
その前に立った。
護衛たちは驚き、
慌てて頭を下げる。
「で、第二王子殿下……!
こちらは立ち入り禁止で――」
レオンは、
ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、
狂気の光を帯びていた。
「……どけ」
護衛たちは息を呑む。
(……この気配……
危険だ……)
だがレオンは、
一歩も引かない。
「エリシアに会う。
今すぐだ」
護衛たちは、
互いに目を見合わせた。
そして――
静かに剣に手をかけた。
(……殿下……
これ以上は……)
レオンの魔力が、
不安定に揺れ始める。
暴走の始まり。
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