2.5次元君

KAZEMICHI

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彼女に出会うまで

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 ここ数ヶ月、直人の様子は誰が見てもおかしくて仲間内でちょっとした話題になっていた。

 なんて言うか、妙にテンションが高くてよくニヤニヤしてる。
この間はみんなで鍋しようってスーパー行ったら、機嫌良さそうにスキップなんかして───。気持ち悪い。

 悠太に俺がどれほど気味悪がっているかを伝えると、
〝まぁ、許してやってよ。アイツ今、最高だから笑笑〟
なんて訳の分からない答えが返ってきた。でも、その直人の怪し気なテンションの原因に俺は心当たりがあった。


 北海道ではまだ寒さの厳しい二月、久しぶりに誘われたスキー。結構楽しみにしていたけど前日から熱が上がって行けなかった。
その日の夜は酷い頭痛と汗をかいて気持ちの悪いTシャツに気分は最悪だった。
ベッドの上で何度も寝返りばかりうっていた俺の携帯に、直人から送られてきたメールの内容は画像のみ。

 牡蠣の乗った七輪と刺身の舟盛り。取皿がまぁ少し高級そうで…。
俺抜きでいつもより良さそうな物を食べているであろうその画像に普通に腹が立った。で、結果そのメールは無視しといた。

 その時は熱のせいであまり深く考えていなかったけど、後々気づいた。
七輪の周りに並んだ光沢のある綺麗な深緑の器と箸が四人分だった事。

 何故…、四人分……。

 ゲレンデへは俺と幼馴染みの直人ナオトと、俺たちが中学から仲の良い悠太ユウタで出かける予定だった。俺が行かなかったんだから二人のはず。

 でもあの日くらいを境に、元々テンションが高くて陽気だった直人のそれに拍車がかかったのは間違いないから関係ない筈がない。これは絶対に女性だ。

 そう確信したけど、いくら仲が良くても二十歳はたちを超えた男が中学生のように恋愛話をするのも気持ち悪い気がした。

 それに、俺は元々そう言うタイプではない。

 彼女ができても周りに何も言わないし、相談とかもしないし別れても当然言わない。浮かれる事も無ければ落ち込む事もない。
一年前に別れた人とは半年ほど続いたけど、最後に言われた言葉は〝和也、人好きになった事ないでしょ〟だった。

 いや、俺なりに好きだと思っていた。大切にしていたつもりだった。

 でも結局それは相手には伝わっていなかったし、俺の中だけの〝つもり〟でしか無かったのかも知れない。
それで思った。俺は恋愛に向いていない人間なんじゃないかと。

 向いていないと思う事や興味が無い事、己の力量以上の事はしない。それが俺。

 高校を卒業して就職した会社は八ヶ月で辞めた。単純に自分は〝会社員〟に向いていないと思った。
同じ会社の先輩や上司を見ていて先の自分が容易に想像できた。
このままなんとなく働いてなんとなく結婚して…、歳をとって〝俺にあるものってなんだろう〟と思う。
別に先輩や上司がそうと言っている訳では無くて。
人の幸せや先の人生をとやかく言いたいんじゃ無く、俺個人が〝会社員である俺の人生〟を嫌だと思っただけだ。

 それからは何がしたいのか分からず、バイトをしてみたり派遣社員になってみたり。
最後にたどり着いたのが動画制作。
友達の誕生日に仲間と作ったお祝い動画の編集をした事がきっかけだった。
それが予想以上に面白くて、自分にはこれだと思った。

 昔から好きだった歴史や政治、話題のニュースなんかの話を面白おかしく話す自分の姿を動画投稿サイトで配信し始めると、予想に反して視聴回数が伸びていった。

 そんな感じで在宅ワークを始めてもうすぐ二年になる。

 今ではバイトをしなくても生活出来るくらいの収入があるし、少し前に出版社から本を出さないかと連絡をもらった。

 メールを読みながら恥ずかしいけど一人で声を出して喜んでしまった。

 俺の毎日はとても平和で充実している。

 向いていないと思ったことを潔く辞めたからこそ今の自分がいると思うと、恋愛も向いていないならしなければいい、無くても困るものじゃない。

 前の彼女と別れた時にそう思った。

 そんな俺が、何故ダブルデートみたいな事に付き合う事になったかと言うと……。



〝和也、頼むっっ! 旅行付き合ってくれ!〟

 直人が頭を下げたまま、目一杯高く両手を合わせて頼んできたのは1週間前。ちょっとギリギリ過ぎやしないかお前…。
そう思ったけど、切に頼み込む直人の姿を初めて見たから、俺は大金自腹で海外にでも付き合うのかと思っていたら…───、

    道内かよ。

 さすがに笑ってしまった。〝全然良いけど〟と笑いながら言った後にしまったと思った。
何故男二人で道内を旅行するのか先に聞かなかった俺ももちろん悪い。

   〝実は…、半年前に運命の人に会った。〟

 そう言って笑った直人の顔はニヤニヤしている様に見えて気味悪かった。今思えばただ単に照れ笑いだったんだろうけど、ファミレスで向かい合って座る男友達に見せる顔じゃなかった。
そこで初めて妙に機嫌の良かった半年間の経緯を聞いた。

 あの日、ゲレンデで追突してしまったモデルみたいな美人に一目惚れした事。
どうしても仲良くなりたくて生まれて初めてナンパをした事。
彼女とのメールのやり取りや、意を決して北海道旅行に誘った事。
思わず〝女子かよ〟と突っ込んでしまう様な話を小一時間…いや、三時間くらい聞いた。
その間に俺はドリンクバーの飲み物を全種類制覇した。


 直人は優しい。誰に対しても。それ故に流されやすかったり主体性が無く見られる事も多い。
直人は俺と違って自分の恋愛話を率先してする方だから、今までの彼女の話を殆ど聞いている。

 まとめると、付き合ってと言われると断れないし、むしろそう言われてしか付き合いが始まらない。
我慢はしていないだろうけど、相手の我儘に嫌と言わないから向こうをより我儘にさせる。
そして最後は〝自分が無い優しいだけの男はつまらない〟と言われて振られる。
その後、〝どこが駄目だったんだろう…〟と一ヶ月は落ち込む。でも、それを忘れる頃にはまた新しい子が寄って来る…。で、また言われて付き合う。

 これを懲りずに何度も繰り返す直人はシンプルに馬鹿だと思う。

 決して悪口では無く…、いや、これじゃ完全に悪口だな。

 でも直人はいつも彼女を大切にしていると思う。今まで直人の歴代彼女の内の何人かは会った事があるけど、彼女と一緒にいる時の直人は本当に優しいし俺が思っていても絶対に口にしない甘いセリフを恐ろしい程簡単に言葉にする。

 女性から見ればそれらは当たり前なのかも知れないけど、恐ろしく女性慣れしている奴は別としてそんな奴はそうそういないと思う。

 そんな優しくも受動的な直人が初めて自分から動いた恋愛だからこそ、上手くいく手助けになるなら良いと思った────────。










 土曜日のせいか空港のパーキングは意外にも車が多くて…。
一般車の一時停車エリアで直人だけを降ろして少し離れた所に車を停めた。
今日も空は相変わらず蒼くて、北海道の変わらない空。変わらない一日。
車を降りて空を見上げた俺は、あまりの天気の良さに扉を閉める手がいつもよりも張り切っている気がした。

 少し歩くと、空港到着ゲートの出入り口付近で何やら騒ぐ直人の姿が目に入る。


 あ、いた。…───え…、何で回ってんの?

 キャリーケースの周りを回る直人と脚の長いスレンダーな女の人と…、こちらに背を向けて立つ女の人は、お腹を抱えてケタケタと楽しそうに笑っている。

 うるさいし、恥ずかしい…。


 身長が186もあるスタイルの良い直人はだいたいどこに行っても、黙っていても人目を引くのに。
直人とじゃれる女の人…、遠くから見ても分かるくらい手足が細くて長いし、頭なんか米粒みたいな大きさ…は、言い過ぎた。
でも、そう言いたくなるくらい小さい顔。
直人と並ぶと華あり過ぎで人目を引く相乗効果…。


「俺、お前も恥ずかしいわ。」


 そう言いながら直人に近づく……────。


 一瞬…、俺の鼻先を掠めたのは甘い、甘い香りだった。


 花みたいな……。  果物みたいな…。



 彼女の艶のある長い黒髪が視界の隅で揺れた気がした。

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