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8、偽り夫婦のはずなのに旦那さまがおかしい
しおりを挟む華やかなパーティ会場に訪れた貴族たちの中で、ひときわ目立つ新婚夫婦がいた。
それは、フィリクスとアリアだ。
「まあ、アトラーシュ侯爵と夫人だわ」
「侯爵は平民の女に溺れていると聞いたけど」
「しっ……! そのことを口にしてはいけないわよ」
予想はしていたが、やはりフィリクスの噂で持ちきりである。
この噂を払拭するためにフィリクスはアリアと仲良し夫婦を演じようというのだろう。
どうせ1年経ったらバレるというのに。
ふたりは仲良く腕を組んで貴族たちに挨拶を交わした。
その後、仕事の話で盛り上がるフィリクスから離れたアリアはひとり、会場の隅っこで料理を堪能した。
あとは美味しいものを食べて気楽に過ごしていればいいわ。
そんなふうに考えていたところ、次々と貴婦人たちが近づいてきたのである。
「侯爵夫人にご挨拶申し上げますわ」
「夫人は侯爵さまと仲がよろしいのですね」
「本当に、噂とは適当なものですわね」
「あら、わたくしは噂など気にもしておりませんわよ」
アリアは笑顔で対応しながら、複雑な胸中だった。
それでも、みんなの反応はそれほど悪いものでもないことに安堵した。
平民の女にうつつを抜かす侯爵に見捨てられた夫人という立場は、やはり気分のいいものではない。
「失礼。私もご挨拶したいのだが」
現れたのはすらりと背の高い美形の男。
ジタール辺境伯だった。
貴婦人たちはみな、そそくさとその場を離れ、アリアと彼のふたりきりになる。
「お久しぶりでございます。ディゼル令嬢、いやアトラーシュ侯爵夫人となられたのですね」
「ええ、お久しぶりですわ、ジタール卿。お会いできて嬉しいわ」
「私もです」
ジタール卿は深々と礼をして、アリアの手の甲にキスをした。
「私はあなたが不憫でならない。愛のない結婚に苦しんでおられるのではないかと」
「あら、平気ですわ。政略結婚なんて普通のことですもの」
「しかし、あなたの夫は……」
アリアはジタール卿の気持ちを知っている。
彼はアリアに好意を寄せてくれているのだ。
だが、アリアは彼の気持ちに応えることはできなかった。
すでに侯爵家との結婚は決まっていたからだ。
「ジタール卿、ご心配には及びませんわ。私は夫と上手くいっておりますから」
大嘘だが、今はそう言うしかない。
いくら婚前から親しくしていた友人だとしても、ここは侯爵夫人として演技をしなければならない。
「アリアさま」
ジタール卿はいきなりアリアの手を握った。
そして、彼は顔を近づけてじっとアリアを見つめてくる。
わざわざ名前で呼ぶのは、彼が結婚前のように親しくしたいという意思表示か。
アリアのことを本当に心配しているという気持ちなのか。
どちらにしても、大勢の人がいる社交の場であまりにも接近していると、よからぬ噂が広まってしまう。
「あの、ジタール卿。私はアトラーシュ侯爵の妻で……」
「知っています。だが、あなたの夫はよそに心が向いている。私はあなたの悲しい顔は見たくないのです」
「先ほども申しましたように、夫との関係に何も問題はありませんわ。噂はあくまで噂に過ぎないのです」
「しかし……」
ジタール卿がアリアの手を強く握りしめる。
アリアにはその手を振りほどくことができずに困った。
そうしていたら、思わぬことが起こったのだ。
「アリア」
ふわっと肩を抱かれたかと思うと、いきなりフィリクスの腕に抱き寄せられたのだった。
「えっ……?」
フィリクスの香水がかすかに香る。
それほど近くに顔を寄せたことなど、今までに一度もない。
「ジタール卿、彼女は僕の妻です。あまり馴れ馴れしくされると困るのですが」
めずらしく、フィリクスの低い声を聞いた。
まるで静かな怒りが込められているような声音だった。
アリアは混乱する。
一体、どうなっているの?
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