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1、好きなようにさせていただきますね
初夜の寝室をほどよく照らす燭台の光が揺れたとき。
「実は、俺には恋人がいるんだ」
夫となったカルベスが突っ立ったまま、ベッドに腰を下ろすミアに告げた。
彼は頭を垂れて、申し訳なさそうにしている。
気まずい沈黙のあと、ミアがあっさりと答える。
「はい、知っています」
「えっ!?」
まったく動じることなく軽い口調で言うミアに対し、カルベスが呆気にとられてしまった。
ミアは淡々と話す。
「たしか子爵令嬢のマデリーン様ですよね? 金髪ふわふわで可愛らしいお方ですわ」
「えっ、なぜ知って……?」
「有名ですよ。アランドール侯爵家のカルベス様とスミス子爵家のマデリーン様が恋仲であることは社交界でよく話題にのぼりますから」
「そ、そうなのか?」
「あら、ご存知なかったのですか?」
「いや、知らないな。しかし、それならなぜ君は俺との結婚を承諾したんだ?」
「貴族の結婚とは家同士が決めるもの。なので、私には断る選択肢がありません。カルベス様はなぜ私とご結婚を? マデリーン様はよろしいのですか?」
「い、いや……君の言う通り、俺も父に決められたんだ。だが、俺はどうしてもマデリーンのことが忘れられない」
「忘れなくていいのでは? どうぞ、恋人と仲良くしてください」
ふわっと笑顔でそう告げるミアに、カルベスは目を見開いて固まる。
「君は俺が別の女性と恋仲にあっても構わないのか?」
「はい。だって人の気持ちなんて私がどうこうすることはできませんから」
「そうか……なんだか複雑な気持ちだが、君がそう言うなら……」
「その代わり、私も好きなようにさせていただきますね」
「あ、ああ……誰か好きな相手でも?」
「おりませんわ。私、生まれてこの方、殿方を好いたことはありませんから」
目を丸くしてそう語るミアに、カルベスはたじたじになる。
「人生の無駄かなって」
「む、無駄……っ!」
「あ、失礼しました。私の個人的な意見です」
「君は結構……なんというか、強い人だな」
「そうですか?」
ミアはベッドから立ち上がり、ゆっくりと歩きながら笑顔で自分のやりたいことを話す。
「ここのお庭に私の花壇を作りたいです。あとは、パンを焼いたり、川へ釣りに行ったり、町へ遊びに行ったり……あ、でも侯爵夫人としてやるべきことはきちんとします。旦那様とパーティへ出席しますし、執務のことで何か手助けが必要でしたらもちろんやります。書類整理は得意ですから」
にこにこしながらそう語るミアに、カルベスは拍子抜けといった表情だった。
しかし、彼はすぐに反応する。
「花壇の手入れなら庭師がやるし、パンを焼くのは料理人がすることだ。川で釣りをするとか、町へ遊びにいくのは……」
「何か問題でも?」
「いや……俺がとやかく言うことではないな」
「ですよね。だって旦那様は恋人と好きにお過ごしになるのですから」
ミアの遠慮ない言葉に、カルベスは胸を押さえて苦笑するしかなかった。
「というわけで、交渉成立ですね。あ、ワインでも飲みます? 侍女が用意してくれたみたいですよ」
サイドテーブルに置かれたワインボトルにグラスが2つ。そしてチーズとクラッカーやフルーツなどがのせられた皿がある。
「ああ、少しだけ」
ミアがワインをグラスに注いで、カルベスに手渡す。
そして彼女はふと思いついたように彼に訊ねた。
「ところで、子作りはいかがいたしましょうか?」
カルベスは「ぶはあっ」と飲んでいたワインを吹き出した。
ミアは笑顔のまま、冷静に、サイドテーブルに置いてあるハンカチを差し出す。
ハンカチを受けとったカルベスは狼狽えながらシャツにこぼれたワインを拭く。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……しかし、今の話からなぜそうなるんだ?」
「だって跡継ぎは必要でしょう?」
「いやまあ、そうだが……今すぐどうこうという話では……」
「そうですか。では今夜は子作りはなしですね。了解しました。では、お互いにゆっくり安眠を取りましょうね」
ミアは広いベッドの隅っこまで寄って布団にもぐり込む。
それを呆気にとられながら見つめるカルベス。
ミアは布団から顔だけ出して、カルベスに言った。
「あ、マデリーン様に作っていただいてもいいですよ。せっかくなので愛し合うおふたりの子のほうがよろしいのでは?」
「は、はあ……?」
次々と突拍子もない発言をするミアに、カルベスは開いた口が塞がらない。
「それと、お洋服を着替えられたほうがよろしいですわ。ワインのシミが取れなくなってしまいます」
「……そ、そうだな」
「それでは、おやすみなさいませ」
ミアはにっこり笑ってそう言うと、さっさと寝入ってしまった。
◇
静寂の中に取り残されたカルベスは、しばし硬直したまま放心状態でミアを見つめた。
ミアは疲れているのか、すでに寝息を立てている。
(つまり、俺には欠片も興味はないと、言われたんだよな?)
恋人の存在を許してもらったが、かなり複雑な心境になった。
(いや、俺は文句を言える立場じゃない。他の令嬢ならきっとすごく怒ることだろうから。ミアは寛大な人なんだ)
そう言い聞かせたが、それでも、まったくの無関心であるということに、少なからず傷ついていた。
カルベスは渋々着替えを済ませて自身もベッドに入った。
ベッドはかなり広いのに、ミアは落ちそうなほど隅っこぎりぎりで小さくなって眠っている。
(そんなに離れなくても……いや、俺と近づきたくもないってことか。それもそうだ)
その夜、カルベスはそわそわして一睡もできなかった。
それとは対照的にミアは朝までぐっすりだった。
感想
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