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二年目の魔法学校
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もちもちと何やら言いたげなセリオンだが、ついぞ何か不満を漏らすようなことはなかった。のでスルーしておいて、その口に運ばれていく食事を何とは無しに見つめていた。基本的に夜会に訪れれば他へ挨拶回りをするようなこともあるのだが、気心知れた学友達の間なので省略可だ。
「お食事中失礼致します。初めまして、フィレンツェ卿」
と思えば挨拶にくる奴もいる。
馴染みのある声に振り返れば、よそ行きの笑顔を貼り付けたユミルがパートナーらしき人物と連れ立って立っていた。
この場合おそらくは俺に声をかけてるな。爵位を継承する息子への呼び方だ。
何か言おうとしたセリオンを制し、俺も笑顔をわざとらしく浮かべる。
「これはこれは、アギアス卿。きみの有能さはお父上から伝え聞いているよ、何よりも私に声をかけてくれるとは、ずいぶん高く買ってくれているようだ」
暗にもっと早く声をかける相手はいないのかと聞けば、ユミルが少し視線を逸らして笑顔で封殺してくる。やっぱりな。
ユミルの家は爵位が低く、夜会にもなれば自分から動いて挨拶しなければならないことが多い。
その場合は主催者→地位の高いものから順に声をかけていきなさい。そう言うところはまだまだ未熟だな……。
まぁだが、一応は見逃してやろう。今はね。
「はは! そう堅苦しくならなくても良い。飛行大会の活躍も伝え聞いている。私が主催したものでもないが、ゆっくりしていくといい」
「ご厚意に感謝を。ところで、ダンスのパートナーはお決まりで?」
「ン? ああ……今はまだ。そう格式ばった場でもないからな、壁でも飾り立てていようかと」
「貴方で飾られる壁が羨ましい限りです」
ユミルが俺に声をかけてきた理由は、概ね政治的な策略が絡んでいる。初めまして、の言葉にある通り、彼は今フィレンツェ卿と話しているのだ。また、俺もアギアス家と。
ようするに、プライベートな親密度ではなく、政治的やビジネス的な連帯を匂わせるために。未来のパイプの一つとなってくれるよう、今現在公爵子息として、または貴族としての茶番が繰り広げられているのだ。
……という機微はまだセリオンくんには早かったらしく、お互いにすっとぼけて会話するのを困惑した顔でキョロキョロ見ていた。ピシッとしなさい、交渉の場だぞ。
「みだりに他人と踊るものじゃないさ。俺は高いんだ」
今日はあまり踊るような気分でもない。というか、こんな煌びやかなところに一人で置いていったらセリオンがストレスマッハで死んでしまう。
そういう意図を汲んだのか、おそらくダンスの相手に誘おうとしていたユミルはサッと言葉を飲み込む。この、子供とは思えない言動や空気の読み方は父親譲りであろうか。
大抵の相手には可愛がられるだろう。
俺もかつての記憶のおかげだが賢い子供として生きてきたので、気持ちはわかる。怖いのはこいつが人生一週目という点だが……。
「ふふ、まさに高嶺の花だと? セリオンが羨ましいな、僕も先輩と踊ってみたかったんですよ」
「お。もう良いのか?」
「ええ、次はデビュタントで」
ふわりと緊張を解いたユミルに喉を潤すグラスを渡してやれば、図太いこの子も流石に気を張っていたのかぐっと一気に飲み干された。
彼の意図を汲んで見守っていたらしいパートナーも、その様子に笑って挨拶してくれる。
「いやぁユミル、分かってるだろうけどお前先に俺んとこ来ちゃダメだろ」
「すみません、ほとんど初めてだったので、頭が真っ白になってしまって……なっ、なんで止めてくれなかったんですか!?」
ほあーーっと情けなさからか羞恥からかため息を吐くユミルがパートナーを恨みがましく見つめ、パートナーはパートナーで全く聞いていないような顔をしてヘラリと笑った。
「えっ? まぁ学級長なら怒らんやろーしなぁ。今失敗しといたほうがええんかなって。経験的に?」
「そうだぞ、いつでも経験豊富な先達が隣にいるわけでもないんだから。先輩からのありがたい指導だ、愛のあるな!」
「痛い目見せて愛を説かれましても!」
先輩二人にいじめられ、ピィッと涙目になるユミルにワハハとデカめの声が出る。
緊張からの緩和というのもあるが、このそつがない後輩が可愛げを見せてきたのもつい口角が緩む要因だろう。
だってユミルったら全然先輩のこと頼ってくんないんだからな。初心者マークの可愛い失敗は何度見ても食事が進むぜ。ここにいる年上は二人とも性格が悪いぜ。
「……あ、もういい? 話して……」
「セ、セリオン。空気読めて偉かったな」
「おっこれが噂の天才魔法使いくん? 商売っ気なら負けんレイくんやで、以降よろしゅう~」
「なに? 怖い」
「セリオンは相変わらず人見知りですね」
フランクな態度に怯えたらしく、セリオンが俺の後ろに隠れる。その背中をさりげなく支えてやりながら、俺と同じく獅子寮であるレイにも手を振った。
「まぁ、どんな無礼も馬に食いちぎられるよかマシやろ」
「あの場面で傍観していたお前は絶対に許さないからな…………公爵家ではなく、俺個人として!」
「律儀やなぁ~」
「お食事中失礼致します。初めまして、フィレンツェ卿」
と思えば挨拶にくる奴もいる。
馴染みのある声に振り返れば、よそ行きの笑顔を貼り付けたユミルがパートナーらしき人物と連れ立って立っていた。
この場合おそらくは俺に声をかけてるな。爵位を継承する息子への呼び方だ。
何か言おうとしたセリオンを制し、俺も笑顔をわざとらしく浮かべる。
「これはこれは、アギアス卿。きみの有能さはお父上から伝え聞いているよ、何よりも私に声をかけてくれるとは、ずいぶん高く買ってくれているようだ」
暗にもっと早く声をかける相手はいないのかと聞けば、ユミルが少し視線を逸らして笑顔で封殺してくる。やっぱりな。
ユミルの家は爵位が低く、夜会にもなれば自分から動いて挨拶しなければならないことが多い。
その場合は主催者→地位の高いものから順に声をかけていきなさい。そう言うところはまだまだ未熟だな……。
まぁだが、一応は見逃してやろう。今はね。
「はは! そう堅苦しくならなくても良い。飛行大会の活躍も伝え聞いている。私が主催したものでもないが、ゆっくりしていくといい」
「ご厚意に感謝を。ところで、ダンスのパートナーはお決まりで?」
「ン? ああ……今はまだ。そう格式ばった場でもないからな、壁でも飾り立てていようかと」
「貴方で飾られる壁が羨ましい限りです」
ユミルが俺に声をかけてきた理由は、概ね政治的な策略が絡んでいる。初めまして、の言葉にある通り、彼は今フィレンツェ卿と話しているのだ。また、俺もアギアス家と。
ようするに、プライベートな親密度ではなく、政治的やビジネス的な連帯を匂わせるために。未来のパイプの一つとなってくれるよう、今現在公爵子息として、または貴族としての茶番が繰り広げられているのだ。
……という機微はまだセリオンくんには早かったらしく、お互いにすっとぼけて会話するのを困惑した顔でキョロキョロ見ていた。ピシッとしなさい、交渉の場だぞ。
「みだりに他人と踊るものじゃないさ。俺は高いんだ」
今日はあまり踊るような気分でもない。というか、こんな煌びやかなところに一人で置いていったらセリオンがストレスマッハで死んでしまう。
そういう意図を汲んだのか、おそらくダンスの相手に誘おうとしていたユミルはサッと言葉を飲み込む。この、子供とは思えない言動や空気の読み方は父親譲りであろうか。
大抵の相手には可愛がられるだろう。
俺もかつての記憶のおかげだが賢い子供として生きてきたので、気持ちはわかる。怖いのはこいつが人生一週目という点だが……。
「ふふ、まさに高嶺の花だと? セリオンが羨ましいな、僕も先輩と踊ってみたかったんですよ」
「お。もう良いのか?」
「ええ、次はデビュタントで」
ふわりと緊張を解いたユミルに喉を潤すグラスを渡してやれば、図太いこの子も流石に気を張っていたのかぐっと一気に飲み干された。
彼の意図を汲んで見守っていたらしいパートナーも、その様子に笑って挨拶してくれる。
「いやぁユミル、分かってるだろうけどお前先に俺んとこ来ちゃダメだろ」
「すみません、ほとんど初めてだったので、頭が真っ白になってしまって……なっ、なんで止めてくれなかったんですか!?」
ほあーーっと情けなさからか羞恥からかため息を吐くユミルがパートナーを恨みがましく見つめ、パートナーはパートナーで全く聞いていないような顔をしてヘラリと笑った。
「えっ? まぁ学級長なら怒らんやろーしなぁ。今失敗しといたほうがええんかなって。経験的に?」
「そうだぞ、いつでも経験豊富な先達が隣にいるわけでもないんだから。先輩からのありがたい指導だ、愛のあるな!」
「痛い目見せて愛を説かれましても!」
先輩二人にいじめられ、ピィッと涙目になるユミルにワハハとデカめの声が出る。
緊張からの緩和というのもあるが、このそつがない後輩が可愛げを見せてきたのもつい口角が緩む要因だろう。
だってユミルったら全然先輩のこと頼ってくんないんだからな。初心者マークの可愛い失敗は何度見ても食事が進むぜ。ここにいる年上は二人とも性格が悪いぜ。
「……あ、もういい? 話して……」
「セ、セリオン。空気読めて偉かったな」
「おっこれが噂の天才魔法使いくん? 商売っ気なら負けんレイくんやで、以降よろしゅう~」
「なに? 怖い」
「セリオンは相変わらず人見知りですね」
フランクな態度に怯えたらしく、セリオンが俺の後ろに隠れる。その背中をさりげなく支えてやりながら、俺と同じく獅子寮であるレイにも手を振った。
「まぁ、どんな無礼も馬に食いちぎられるよかマシやろ」
「あの場面で傍観していたお前は絶対に許さないからな…………公爵家ではなく、俺個人として!」
「律儀やなぁ~」
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