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学院での日々
五限目
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ダミアンの庭園から飛び立ったリオンがのんびりと空を飛んでいると、下町の方で何やら騒いでいる教え子を見つけた。片方は知っているが、片方は知らない。たぶん貴族寮の人間だろう。
「こら、何をやっているんだい」
「せ、先生!」
「レオナルド。君がケンカとは珍しいね」
色鮮やかな鳥の羽のついた、大きな魔導書。勤勉な優等生の意外な一面に驚きつつ地面へ直接降り立つと、喧嘩相手であろう貴族の生徒がリオンを睨みつける。
「オマエ! 誰だよ、新入りか!? よわっちそうなやつ!」
「な、何だと……!」
「やめなさい。君の品格をわざわざ落とすものでも無いよ」
リオンよりもかなり背の小さい、強気そうな少年。燃えるような赤髪を逆立て、特徴的な揺れる青い瞳を持つ彼が豪傑、バルバトス伯の息子だろうと簡単に当たりがついた。
「おや君、貴族寮のバルバトスくんか。噂は聞いているよ。たいそう元気がいいらしいね」
リオンが握手を求めるように手を差し出す。少年は迷わず、新人教官の手を握りしめた。
「フン、オマエも負かされたいのか!? レオナルドといい、魔法使いなんかとは格が違うんだよ!」
バルバトス伯は金獅子卿と同じく成り上がりの貴族だが、それゆえにひどい実力主義者のきらいがある。
「ふふ、そうかい」
特に魔法を使う騎士を軟弱だと嫌っており、息子にも魔法を習わせておきながら使わせない。典型的な魔法嫌い。
「しかし、ずいぶん君は強さに自信があるようだね」
「まぁな!」
「うん。だって」
──ところで、セシリアという少女は幼い頃から最強の傭兵である父に憧れていた、生粋の強者至高主義だ。
故に弱い、という言葉が地雷であった。
「うちのレオナルドは、ちゃんと俺を警戒するもの」
次の瞬間。
赤毛の子供は地に伏せていた。
「……?」
まず、理解が追いつかず。
「え」
状況を判断しきった頃には数瞬経っており。
這いつくばった地べたから広い空と建物、こちらを見下す教官が開いた手には、いくつかの呪文が刻まれていた。
「貴族寮五点減点。喧嘩両成敗で騎士寮も同様の措置……全く、問題を起こすんじゃないよ」
「えっ……えっ!? 先生、今のどうやって……って減点!?!?」
「ちなみにこういう、証拠の残らない不意打ちは減点対象に入らないよ。意外と治安悪いよね、じゃあ引き続き頑張って」
「わーー待って待って待って!」
慌てて追いかけてくるレオナルドを無視してリオンは飛び立つ。リオン的にはかなり大人気ゼロなことをしてしまったので早く無かったことにしたいのである。
ふわ、と教官の羽織るローブが風に揺られる。それを震える手で掴んだ誰かがいた。
(へぇ)
レオナルドは初日に怖がらせて以降、不用意にリオンへ触れてこない。
「……待て」
「どうかしたかな」
ばぢ、ばぢりと電流を迸らせ、少年がリオンを引き留めていた。一瞬だけ、その眼力に押される。
「四半刻後に解ける設定だったのだけれど、よく破れたね。気合いかい?」
「……オマエ! なにもんだ」
「リオンだよ。騎士寮一年生の担当教官で、君よりももっと年上かつ、格上だね」
言外に弁えろと指摘したリオンの言葉に、少年は存外素直に従う。治ってきた電流を受け流しながら、貴族らしく優雅に跪く。その辺の教育はされているらしい。
「失礼しました! 遅ればせながらオレは貴族寮一年、アラン=バルバトスと申します!」
「よろしい。それで? 何か用かな」
レオナルドが隣で彼の変わり身に困惑している。まぁ慣れるしかない、こういう家系なのだから。全くバルバトス家はこういうところが厄介というか、憎めないのだ。
バルバトス伯は実力主義者であり、かつては金獅子卿によく勝負を挑みにきていた存在でもあった。その姿はセシリアもよく知っている。
そして、その頃はよく魔法を使っているヒョロガリであった。
「オレが負けたことはわかりますが、なぜ負けたのか分かりません! 教えて頂けますか!」
「……簡単な呪文さ。掌に忍ばせ、相手に触れさせる。今のは君のファーストネームと時間を合わせた、簡単な拘束呪文だ」
「呪文……魔法ですか」
あからさまに顔を顰めるアランに、リオンは微笑みかけた。
「バルバトスくん。魔法は可能性の塊だ。特に呪文はね、俺は呪文をこよなく愛している。だって考えても見てほしい、君の鍛えた拳に、剣に、先程の呪文が乗る。弱いかい?」
「……スッゲー強い!!」
今度は目を輝かせる。バルバトスの一族は、勝ったものの言うことだけを聞く。逆に言えば彼らに勝てばどんな話し合いも、一旦は必ず席に着いてくれるのだ。
「これは学べば簡単に出来る。もっともっと極めれば、さらに複雑なことが出来る。研究すれば不老不死もありえないものではない。永遠に己を鍛え上げられるんだ」
「何だそれ強すぎる……じゃあリオン先生は、そんな呪文学を──?」
「この間論文出して賞とったよ」
「すげー!!!!」
そしてめちゃくちゃチョロい。
バルバトス伯は金獅子卿に挑み、負けた。
負けた結果、魔法の苦手な金獅子卿に合わせるように剣を振り、生粋の魔法嫌いとなったのだ。
「え!? 先生論文出されてたんですか!?」
「主人のセシリア様名義でね。彼女と共同研究だったんだ」
驚くレオナルドにリオンは顔に出さず誤魔化した。そういえばセシリアの頃に出してたんだった、と内心冷や汗をかく。
「セシリア姫って、金獅子卿の!? てことはリオン先生、まさか」
「金獅子卿の弟子兼執事だよ、よろしく」
「やべー!! すげー!!」
どうやらここでも父の名は周知されているようだ。やはり、金獅子卿というのは素晴らしい。世界一格好いい。
誰にも渡さない、セシリアが継ぐ称号だ。
「まぁ俺は今忙しいから、教えるならあとでね」
「じゃあ自分協力します!! 何すればいいすか!!」
「この時間貴族寮も授業中だろう、早く戻りなさ──」
リオンが教師として注意しかけた瞬間、ガヤガヤとした雑踏と市場を割くような叫び声が、箒の飛び交う大空に響いた。
「──お姉様ァーッッッッ!?!?!?」
「こら、何をやっているんだい」
「せ、先生!」
「レオナルド。君がケンカとは珍しいね」
色鮮やかな鳥の羽のついた、大きな魔導書。勤勉な優等生の意外な一面に驚きつつ地面へ直接降り立つと、喧嘩相手であろう貴族の生徒がリオンを睨みつける。
「オマエ! 誰だよ、新入りか!? よわっちそうなやつ!」
「な、何だと……!」
「やめなさい。君の品格をわざわざ落とすものでも無いよ」
リオンよりもかなり背の小さい、強気そうな少年。燃えるような赤髪を逆立て、特徴的な揺れる青い瞳を持つ彼が豪傑、バルバトス伯の息子だろうと簡単に当たりがついた。
「おや君、貴族寮のバルバトスくんか。噂は聞いているよ。たいそう元気がいいらしいね」
リオンが握手を求めるように手を差し出す。少年は迷わず、新人教官の手を握りしめた。
「フン、オマエも負かされたいのか!? レオナルドといい、魔法使いなんかとは格が違うんだよ!」
バルバトス伯は金獅子卿と同じく成り上がりの貴族だが、それゆえにひどい実力主義者のきらいがある。
「ふふ、そうかい」
特に魔法を使う騎士を軟弱だと嫌っており、息子にも魔法を習わせておきながら使わせない。典型的な魔法嫌い。
「しかし、ずいぶん君は強さに自信があるようだね」
「まぁな!」
「うん。だって」
──ところで、セシリアという少女は幼い頃から最強の傭兵である父に憧れていた、生粋の強者至高主義だ。
故に弱い、という言葉が地雷であった。
「うちのレオナルドは、ちゃんと俺を警戒するもの」
次の瞬間。
赤毛の子供は地に伏せていた。
「……?」
まず、理解が追いつかず。
「え」
状況を判断しきった頃には数瞬経っており。
這いつくばった地べたから広い空と建物、こちらを見下す教官が開いた手には、いくつかの呪文が刻まれていた。
「貴族寮五点減点。喧嘩両成敗で騎士寮も同様の措置……全く、問題を起こすんじゃないよ」
「えっ……えっ!? 先生、今のどうやって……って減点!?!?」
「ちなみにこういう、証拠の残らない不意打ちは減点対象に入らないよ。意外と治安悪いよね、じゃあ引き続き頑張って」
「わーー待って待って待って!」
慌てて追いかけてくるレオナルドを無視してリオンは飛び立つ。リオン的にはかなり大人気ゼロなことをしてしまったので早く無かったことにしたいのである。
ふわ、と教官の羽織るローブが風に揺られる。それを震える手で掴んだ誰かがいた。
(へぇ)
レオナルドは初日に怖がらせて以降、不用意にリオンへ触れてこない。
「……待て」
「どうかしたかな」
ばぢ、ばぢりと電流を迸らせ、少年がリオンを引き留めていた。一瞬だけ、その眼力に押される。
「四半刻後に解ける設定だったのだけれど、よく破れたね。気合いかい?」
「……オマエ! なにもんだ」
「リオンだよ。騎士寮一年生の担当教官で、君よりももっと年上かつ、格上だね」
言外に弁えろと指摘したリオンの言葉に、少年は存外素直に従う。治ってきた電流を受け流しながら、貴族らしく優雅に跪く。その辺の教育はされているらしい。
「失礼しました! 遅ればせながらオレは貴族寮一年、アラン=バルバトスと申します!」
「よろしい。それで? 何か用かな」
レオナルドが隣で彼の変わり身に困惑している。まぁ慣れるしかない、こういう家系なのだから。全くバルバトス家はこういうところが厄介というか、憎めないのだ。
バルバトス伯は実力主義者であり、かつては金獅子卿によく勝負を挑みにきていた存在でもあった。その姿はセシリアもよく知っている。
そして、その頃はよく魔法を使っているヒョロガリであった。
「オレが負けたことはわかりますが、なぜ負けたのか分かりません! 教えて頂けますか!」
「……簡単な呪文さ。掌に忍ばせ、相手に触れさせる。今のは君のファーストネームと時間を合わせた、簡単な拘束呪文だ」
「呪文……魔法ですか」
あからさまに顔を顰めるアランに、リオンは微笑みかけた。
「バルバトスくん。魔法は可能性の塊だ。特に呪文はね、俺は呪文をこよなく愛している。だって考えても見てほしい、君の鍛えた拳に、剣に、先程の呪文が乗る。弱いかい?」
「……スッゲー強い!!」
今度は目を輝かせる。バルバトスの一族は、勝ったものの言うことだけを聞く。逆に言えば彼らに勝てばどんな話し合いも、一旦は必ず席に着いてくれるのだ。
「これは学べば簡単に出来る。もっともっと極めれば、さらに複雑なことが出来る。研究すれば不老不死もありえないものではない。永遠に己を鍛え上げられるんだ」
「何だそれ強すぎる……じゃあリオン先生は、そんな呪文学を──?」
「この間論文出して賞とったよ」
「すげー!!!!」
そしてめちゃくちゃチョロい。
バルバトス伯は金獅子卿に挑み、負けた。
負けた結果、魔法の苦手な金獅子卿に合わせるように剣を振り、生粋の魔法嫌いとなったのだ。
「え!? 先生論文出されてたんですか!?」
「主人のセシリア様名義でね。彼女と共同研究だったんだ」
驚くレオナルドにリオンは顔に出さず誤魔化した。そういえばセシリアの頃に出してたんだった、と内心冷や汗をかく。
「セシリア姫って、金獅子卿の!? てことはリオン先生、まさか」
「金獅子卿の弟子兼執事だよ、よろしく」
「やべー!! すげー!!」
どうやらここでも父の名は周知されているようだ。やはり、金獅子卿というのは素晴らしい。世界一格好いい。
誰にも渡さない、セシリアが継ぐ称号だ。
「まぁ俺は今忙しいから、教えるならあとでね」
「じゃあ自分協力します!! 何すればいいすか!!」
「この時間貴族寮も授業中だろう、早く戻りなさ──」
リオンが教師として注意しかけた瞬間、ガヤガヤとした雑踏と市場を割くような叫び声が、箒の飛び交う大空に響いた。
「──お姉様ァーッッッッ!?!?!?」
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