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「…それは…。」

「会ってらっしゃるんですよね?しかも日帰りで行って帰って来られる場所ですよね?」


鈴木はにこやかに笑いながら言う。

総は取り敢えずは表情を取り繕ってはみたが、内心焦っているのは3人には悟られていた。

「何故…、」

「奏君、気づいてますよ。
匂いだそうです。」

奏を見ると、こくりと頷いた。

やはりこの間、感づかれていたのか。
総は内心舌打ちする思いだった。
不味いとは思ったのだ。
あの時、帰ってすれ違った総に、ハッとした様子の奏を見た時から。

まさか何時も何処かへ遊びに出かけている奏が家に居るとは思わなかった。 完全なる油断だった。


「ちぃ兄さん、元気なの…?」

奏は無表情で聞く。

確信を持っているのだ、利一は国内にいると。

もう良いか、と総は思った。


「…恙無く暮らしてはいる。」

「元気なのか聞いたんだよ。」


今迄、奏がこんな口の利き方をした事は無かった。


元気か、と聞かれると、どう返して良いものか、総は困った。

以前よりは弱っていると、馬鹿正直に言って良いものだろうか。


「…一応、元気、だ。」


我ながら歯切れの悪い返事を、と 総は思った。


鈴木は、ふむ、と考え込んだ後、

「現状、どういったご様子なんですか?」

と質問して来た。


現状…。

仕方ない、と総は腹を括って答えた。



「正直、年々弱っているように感じている。」


聞いた奏が、涙ぐんで唇を噛む。

「何処か病気でも?」

梁瀬に問われた。

「いや、何も。
只、弱っていくんだ。
奏、お前が利一と離れて情緒不安定になっているように、利一も…。

利一と奏は既に番に近い状態だったんじゃないかとも言われた。」

誰に?妻にである。
思えば 直接の血縁関係にない妻の方が、利一と奏の事を冷静に見ていたのだろうと思う。


「……ちぃ兄…。」

奏の目からは涙が溢れ出し、頬を濡らしていく。

総は昔から奏に泣かれると弱い。
ハンカチを取り出して涙を拭ってやろうとしたが、拒否されて胸が痛んだ。


「そういうのはいい。会わせて。

ちぃ兄に会わせて。」

聞いた事の無い低い声に、可愛い弟も男だったのだと認識を新たにした。

Ωなのだ。女ではない。

Ωではあるが、男性なのだ。

Ωという性を持っていても、とうに成人済みの男なのだ。

何時迄も弱く可愛いまま、言いなりに生きるものでもないのだ、と思った。



「……明後日なら……1日調整がつく。」

それ以降なら再来週だ、とスケジュールを確認しながら告げると、

「なら明後日。」

と迷いのない返事が即座に返ってきた。


「……わかった。」


何時かはこうなると思っていた。
利一と奏を引き離しておいたのは誤りではないのかと、常に自問自答する気持ちがあった。

父は知れば怒るだろうが、あの頃とはもう状況が違う。
後から知っても、もう何も出来るまい。


10年だ。

総と父は利一達の人生の、10年を奪ったのだ。

10年の間に、色々な事が変わった。

総も力をつけた。
もう自分の独断でのゴリ押しだけで通らない事は、父も理解しているだろう。


もし本当に兄弟で番おうが、死なれるよりはずっと良い。


これからどうなるかは、本人達が会ってからの話だ。



この先を考えると頭の痛い思いはあるが、正直 肩の荷が降りたと 総は思った。






「あ。あと……」


またお前か、と総は声の主を見た。鈴木だ。



「なんですか?」

「コレ。」


鈴木が、奏のチョーカーを指差す。


「万が一、って事がありますし。鍵も、ね。」


ニコッと愛想の良い笑顔をしていながら、妙に抜け目の無い男だ、と総は苦笑いした。


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