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49 ただ一人の為にまたたく光
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まず、羽黒の雲龍物産傘下の清掃会社とヒルズクリーンとの業務提携契約がスムーズに締結。蛍は当初の提示条件通り、羽黒指定の例の屋敷に出向となった。それにより、新設された部署の主任という肩書きまで付いた。組織図だけ見れば、下に数人の部下まで居る事になっている。
と言っても、実際は蛍は出向先に一人で職務に従事しているだけなので、あまり実感は無い。ただ、肩書きが付いた事で役職手当てと出向手当てが付いて給料がアップすると聞いた時は、すごく嬉しかった。
『nobilis』に勤務していた頃、高額の給料が振り込まれたのも嬉しかったけれど、その時の嬉しさともまた違った。何が違うのかは、蛍にも上手く説明できない。けれど、これまで以上にがんばらなければとモチベが上がって、慣れない環境下での仕事もすぐに覚える事ができた。
そしてそれと並行して、羽黒と蛍は、恋人としてのおつきあいなるものを始めた。
一方通行かと思い、それでも退くつもりの無かった羽黒。そんな彼にとって、蛍も自分に想いを寄せていると知った事は、嬉しい誤算だった。EDも改善の兆しが見えたし、ここは一気に推し進めたいところ。
しかし、相手はちょっと性的な想像を促しただけで失神してしまう蛍である。
『白川様はかなり純情なお方のご様子。逃げられない為に、ここはひとつ、少しずつ慎重に段階を踏まれた方がよろしいかと』
楡崎の、それなすぎるアドバイスもあり、羽黒はまず、蛍と恋人としての色々を経験してみようと考えたのだった。
と言っても、デートなら以前も、同伴でしていた。なので、そう変わらないだろうなどと高を括っていた羽黒だったが、実際には全く違った。
蛍を連れているのは変わらないが、今の彼の立場は店のキャストではなく、恋人、婚約者、将来の番予定者だ。誰はばかることなく、愛しんで良い相手。
羽黒の中でそう認識が変化した事により、彼は一気に蛍バカになってしまったのである。
出向先である屋敷で勤務を始めてから一ヶ月。
庭の芝生に水を撒き終わった蛍がホースリールを片付けていると、背後から名前を呼ばれた。
「蛍くん、お疲れ様。お昼用意できてるよ、手を洗っておいでー」
声の主は勿論、羽黒。
黒いカフェエプロンスタイルの羽黒が、リビングの掃き出し窓を全開にして、蛍に手を振っていた。
「はーい! 今行きまーす」
蛍は元気良く返事をして、庭の一角にある収納庫にホースリールを仕舞うと、軍手を外しながら羽黒に向かって小走りに駆けた。
実は羽黒、蛍の勤務開始に合わせて本格的にこの屋敷に移り住んでいた。今では、殆どの実務をこの屋敷の二階に作った仕事部屋でこなしている。しかも、昼前になると自らキッチンに立ち、蛍と自分の食事を作るという尽くしぶり。
やりさえすれば何でも出来るくせに、面倒臭いからと自分では冷蔵庫の水すら取ろうとしなかった不精者のあまりの変わりように、最初は楡崎のみならず、羽黒の父や祖父も困惑の色を隠せなかったくらいだ。
だが今では、それが常態化している。
真昼の日差しが射し込む明るいダイニングで、テーブルを挟んで向かい合った蛍が、自分の作った料理を美味しそうに平らげていく。それを眺めるのが、毎日の羽黒の幸せのひとつになった。外食先で、料理人が作った料理を食べさせていた時とは比較にならない満足感だと、羽黒は思う。
と、目の前でもりもり手羽先を食べていた蛍が、ふと何かを思い出したように動きを止めた。
「あっ、そういえばなんですけど、慧生さん」
「何だい?」
慧生(さとき)さん。名前呼びもようやく定着したなと、羽黒はにっこり笑いながら返事をする。
「昨日、美優先輩達と林店長に連絡入れたんですけど」
「ああ、うん。どうだった?」
「結婚式、出席してくださるそうです!」
「ほんとに?」
「日時が決まったら知らせてほしいって。お店閉めてでも希望者全員で出席してくれるって言ってました!」
「……営業に差し障らない時間帯にしないとね」
実は、蛍たっての希望で、挙式には『nobilis』の関係者も呼ぶ事にしたのだ。希望者のみにするつもりだったが、美優や流星やアサヒを始めとして、キャストだけでも二十名以上。黒服など男性スタッフ達も、林店長を入れて六人ほど。スタイリストの豪太とアシスタントの南も入れると、そこそこの人数になりそうだった。その前に勤めていた製菓会社の上司や、可愛がってくれた工場の先輩や歳上の同僚達にも、一応声はかけてみるつもりだ。
不幸にも肩叩きされてしまったとはいえ、確かにそれまではお世話になったのだし、退職の時には心配してくれた人も居た。蛍は、自分に優しさをくれた人達に、幸せな姿を見て安心してほしいと思っているのだ。そして、そんな蛍の素直な優しい気持ちを、羽黒はできる限り尊重するつもりでいる。
今や羽黒にとって、蛍は決して手放す事のできない、愛する人だからだ。
先日、蛍を婚約者として羽黒の祖父や父に引き合わせた時。
最初は、何処の馬の骨を連れて来たのかと探るような目で蛍を見ていた祖父も、今ではすっかり新しい孫息子に骨抜きだ。なまじ羽黒のように跡取りとして厳しく接する必要が無い分、掛け値無く可愛がれるといったところか。
蛍の裏の無い素直さは、多くの猜疑や駆け引きの中で生きてきた人間ほど、余計に見抜けるものなのかもしれない。
祖父を味方につけた蛍はきっと、後継者・羽黒慧生の伴侶として、親族達に問答無用で受け入れられるだろう。
羽黒がつらつらと考えている間に、食事を終えた蛍は食後のアイスティーまでも飲み干し、二人で使った食器類をシンクに運ぶ為、トレイに乗せていた。
後の業務の開始まであと5分。蛍は片付けもしっかりするし、時間もきっちり守るよいこなのだ。
「今日は、この後何を?」
そう羽黒が聞くと、蛍はぱあっと嬉しそうに笑った。
「えっとですね~、午後は花壇に、ビオラの種を撒きます!」
「ビオラ? ああ、パンジーか」
「そう、パンジー! 初心者にもおすすめだって伊東さんが」
「伊東さん?」
「坂の下の花屋の店長さんです!」
「なるほど」
ひと月は住んでいながら、羽黒は花屋の位置すら意識した事が無いし、伊東さんも知らない。が、蛍はもう近隣の店に馴染みが出来たらしい。流石だ、と感心している羽黒に手を振って、蛍は掃き出し窓に向かう。そして、沓脱石の上に脱いであった長靴に足を通すと、青々とした芝生に降り立った。
白いTシャツにデニムのサロペット、唾の広い麦わら帽子。羽黒の好みで指定した作業着姿の蛍が、夏の日差しの照りつける芝生の庭を歩いていく。その後ろ姿を、羽黒は微笑みながら見つめていた。
これから先、こんな心満たされる日々が長く続く事を願いながら。
不幸の連鎖にも挫けなかった青年は間も無く、数え切れないほどたくさんの祝福に包まれながら、幸せを掴む。
一度は眩い夜の蝶になった小さな蛍は、今やただ一人の愛しいアルファの肩にとまり、その愛を受けてながら、仄かに光り続ける筈だ。
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