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18 朝食どころじゃない朝に
しおりを挟む俺付きの侍女ちゃんは、いつも朝7時に俺を起こしに来てくれる。と言っても、絶対起きなきゃならないって事じゃないから、起こすというより『朝食どうします?』って確認の意味合いの方だ。
後宮に来て最初の頃は夜中まで配信観たりゲーム三昧したりでダラダラ過ごしてたから、食べずに遅寝して昼時に起きて昼食、なんてて日も結構あった。自堕落極まりないですな。
でも!
陛下の初お渡りがあって、正式な側室の位に就いてからは、ちょっと生活を改めなきゃなと考えて、少し気をつけ始めたんだ。
いや別に、位が上がったから品行方正にしなきゃなんて殊勝な動機じゃなくて、若さに甘えてあんまり不規則な生活をしていて肌とかに出ると困るなと思っただけだ。荒れて吹き出物とか出来た肌を陛下に見せたくない。そんな事になったら申し訳なさ過ぎてお会いできなくなる。あの陛下の超絶美顔を間近で見たら、誰しもそう思う筈だ。
陛下に恥じない側室として、俺にはこの美貌と肌を死守する義務がある。
まあでもこれは本来、最初から気をつけなきゃいけない事ではあったんだよな。
一応の選別を受けた後、側室候補として後宮に来た人間は、そこに在るだけで普通に働く何倍もの報酬を受け取る権利が発生する。それは一定の年数を拘束される事への対価としてだけじゃなく、その報酬に見合う若さと美貌を提供する契約でもある訳だから…俺達が対価に見合う価値を維持する努力をするのは当然と言えば当然なのだ。後宮内にある、最新のダイエットマシンが充実したジムやプールは単なるお飾りではなかったって事だな。俺も此処(後宮)にいる間に通って、出る頃までにはもう少し筋肉を付けようとか思ってた。
でも今は、筋肉付けて陛下の好みのタイプから外れちゃったら困るから見送ってる。多分陛下は、今のThe・オメガなひょろっこい俺をお気に召してくださったんだと思うし、余計な事をして俺の永久就職計画を筋肉で頓挫させる訳にはいかない。
…とまあ、長々説明してしまったけど、とにかく今朝も侍女ちゃんは7時きっかりに来たって事だ。
「ユウリン様、お顔が赤いですね。お熱でしょうか」
挨拶しながら部屋に入って来て、リモコン操作で窓のカーテンを開けながらベッドに近づいてきた侍女ちゃんが、俺の顔を覗き込んで表情を変えた。
そう言われて、ベッドの上でのろのろと体を起こしはしたものの、確かに何だか体が怠い。風邪か?就寝前の事を思い返してみる。
昨夜はお渡りの日じゃなかったから、22時には寝た。その時は特にいつもと変わりはなかったんだけど…と思った途端、ハッと気づいた。
(前のヒートって、いつ来た…?)
後宮に来て3ヶ月と少し。陛下と会うと強制的に陥ってしまう簡易的な擬似ヒートを除けば、入内する2ヶ月以上前、だった筈…。厳密に言うと、擬似ヒートはあくまで擬きだし短時間で抜けるから、ヒートにカウントしない。
(て事は、前回からはそろそろ半年…)
入内前に健診を受けてからというもの、抑制剤の処方箋を出してもらう為だけの簡易な問診をオンラインで受けるのみだったから、次のヒート時期がいつ頃かなんてすっかり頭から抜け落ちてた。
実家住みの時には気をつけてたのに、此処が安全圏過ぎるからって気が緩み過ぎだ。というか、ヒート起こしても部屋に篭れば良いだけだもんな。後宮の使用人達は皆ベータばかりだからヒートフェロモンの影響は受けないし、世話してもらうのにも安心。
それに、ヒートが来たら…陛下に噛んでもらえる。
『早くこのうなじに僕の番印を刻みつけたいよ。擬似印ではなく、生涯消えない僕の印を』
俺を後ろから攻めながらうなじを甘噛みしては、吐息混じりに囁く陛下の甘い声。汗で密着する熱い肌から立ちのぼる、艶めかしいあの匂い。
それらを思い出してしまって、ただでさえ熱っぽい体がますます熱くなるのを感じた。俺のスケベ。
「お風邪かもしれませんね、お薬は医師をお呼びしてからの方がよろしいでしょうか」
焦ったように段取りを口にする侍女ちゃんに、俺は右手を小さく振る。
「いや、大丈夫。多分、風邪じゃないからそう急がなくても良い。あと、呼ぶのなら高梨医師の方を呼んでくれる?」
俺の言葉に、一瞬虚をつかれたような顔をした後、何かを察したように頷く侍女ちゃん。
高梨医師とは、後宮に常駐している医師ではなく、週一で来てる非常勤のバース専門医。此処にはオメガが何人も居るからな。でも予約を取るのが面倒なので、俺が彼の診療を受けたのは一度だけである。
良いんだよ、ネット問診では何度もモニター越しに顔を合わせてるから。でも今回は、それで済ませる訳にはいかない。ちゃんと診てもらって、この状態がヒートの前兆なのか確信を得たい。
それでもし、間違いなくヒートなら…、
そしたら…そしたら、シュウメイさんに連絡して、すぐに陛下に連絡してもらわなくちゃ。
「かしこまりました、すぐに!」
朝食のお伺いどころではないとばかりに踵を返し、急ぎ足で部屋を出ていく侍女ちゃん。その背中を見送りながら俺は人生で初めて、ヒートが来る事に対して嬉しさを感じていた。
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