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17 父さん俺は元気です
しおりを挟む陛下が俺の部屋に通うようになって1ヶ月と少し。
その日の昼過ぎに鳴った着信は、実家の父親からのものだった。
後宮に就職決まったからちょっと何年か行ってくる~と事後報告した時、ウチの親は全く反対しなかった。寧ろ、良かった良かった行ってこいと送り出された。別に俺んちの親子仲が悪いって事じゃない。ご存知の通りあの時期は、別れた元カレのエリアスのストーキングが激化して、外出すらままならなかった。警察にもそこそこお世話をかけたし、家族も俺の身を守る為に気を張ってくれていた。
しかし、それを掻い潜るように置かれる花束、手紙、etc。玄関前に置かれたそれらを見つける度に両親は溜息を吐いていたし、家族だけで俺を守る事に限界を感じていたんだろう。
目を血走らせて何をしでかすかわからないようなストーカーの手にかかるより、皇帝のお手つきになる方がまだ良いと思ったのかもしれない。後宮は国の管理下にある機関だし、入ってしまえば身の安全は完全に保証される。それに以前説明したように、待遇が破格。もしお手付きにならなくても、後宮内では衣食住に金はかからず、報酬は銀行口座に手付かずでプールしていく事が可能な環境なので、死ぬほど暇を持て余すのを数年我慢すれば、かなりの金を手にする事ができる。しかも少しだが退職金も付けてもらえるって話だから、至れり尽くせりだ。2、3年くらいほとぼりを冷ますのにもってこい。
何より、俺が家から離れた場所に身を隠せれば、両親の心労も無くなる。
その退職時までお手つきにならずに出られるかは一か八かって感じだったが、これ以上うってつけのシェルターは無いと覚悟したさ。
...決して通販用のクレカにダメ押しされたってばかりじゃないぞ。
で、話は戻るが。
入内した日の夜に電話をして以来、約2ヶ月ぶりに聞く父さんの声に、ちょっぴり緊張してしまう俺。だってこんなに家を離れるのなんて初めてだから妙な気分。エリアスから物理的距離を取れた安心感と開放感からホームシックになる間も無かったけど、こうして声を聞くと懐かしいような気分になるなー。
『どうだ、元気でやってるか』
「うん、元気元気。そっちは?」
『こちらは相変わらずだ。母さんも変わりない』
一頻り挨拶をして、こっちの近況も話す。位付きになったと言うと、一瞬無言になられたけど。
『そうか...おめでとう、で良いのかな。お前はそれで大丈夫なのか?』
まさか代々由緒正しいド庶民である自分の息子がそんな事になるとは思ってなかったのか、それとも、入内してしまった故に心ならずも陛下に身を任せるしかなかったのではと気遣ってくれたのか、父さんは珍しく言葉を選んでくれているようだった。
いつもはもっとズバズバ言ってくる癖に~。
なので、意外と親孝行な俺は、そんな父親の心を軽くしてあげようと、陛下との事を話した。
「大丈夫だよ、ありがとう。いや実はさ...」
そこからの内容は主に、陛下が如何に奇跡的イケメンかって事から始まり、如何に賢くて頑張り屋さんか、どんなに素直で可愛い性格をしてるかという事かを力説した。後は、大学の帰りにわざわざ俺の好きなたこ焼き屋でたこ焼きを買って来て届けさせてくれる事とか、今度デートで一緒に外出する予定もあるってのも話した。あー楽しみ。
しかしそれを聞かされた父さんは、俺が陛下にフォーリンラブしていた事も予想外だったらしく、わかり易く声に動揺が表れていた。
なんかすまんパパ上。
そんな調子であらかた惚気け終わり、会話が途切れて数秒。
『思ったより幸せそうにやってて安心した』
と、父さんは言った。
そして、少しの沈黙の後、また話し始めた。
『彼は未だに家の周りをウロついている』
「そうなんだ...まだ...」
彼、というのは勿論、エリアスの事だ。
俺が後宮からの迎えの車に乗ったのは平日の午前中で、比較的エリアス出没率が低いなって時間帯だったから見られずに済んだんだろう。未だに俺が家の中に居るとでも思ってるのか...。アイツはあくまで俺が目的で、俺の両親には話しかけたり接触しようとはしなかった。だから実害は無いと思うんだけど、変な物を置かれてチャイムを鳴らされたりって迷惑は変わらずかかっているので申し訳なく思う。
全く、いつになったら飽きるんだか。
思い出してはウンザリしていると、父さんが溜息混じりに言葉を続けた。
『彼のしている事は褒められた事ではないし、お前を苦しめた人間の肩を持つ気も更々無いんだけどな...。最近では、必死過ぎていっそ哀れだと思う』
「...」
まさか、父さんアイツに同情してるのか?
困惑して返事が返せない俺に、父さんは続ける。
『誤解するなよ?俺はただ、今更になってこんなにも必死になるのなら、どうしてもう少し早くお前を大事にしてくれなかったんだろうなあと思ってるだけだ。お前との未来を手放したのは、彼自身なんだろうに』
「父さん...」
『まあ、彼の自業自得だけどな。と言っても、いい加減お前が居ない事を知らせてやらなきゃと思ってるんだが、相変わらず俺や母さんにはなかなか姿を見せないときた。困ったもんだ』
「...」
それを聞いていて、俺はまた複雑な気持ちになった。
本当に、父さんの言う通りだ。
覆水盆に返らず。失った時間も消え去った感情も戻らない。
ただただエリアスを好きだった俺はもう何処にも居ないのに、アイツはいつまで昔の俺の幻影を求め続けるつもりなんだろう?
(ま、気の済むまで好きにすりゃ良いけど)
後宮に永久就職を決めるつもりの俺には、もうどうでも良い事だ。
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