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視線
しおりを挟む「おはようございます主様。」
朝、起こしに来てカーテンを開けようとした草鹿は、既に起きてベッドに座っている俺を見て、少し驚いたようだった。
「何かございましたか?」
早足でベッドの横に来て片膝をつく。
だけど、何をどう言ったら良いのか、わからない。
「草鹿…」
「はい。」
俯いた俺の表情を覗き見ようと乗り出してきた草鹿の肩に抱きつく。僅かに草鹿が動揺するのが伝わってきた。
そりゃそうだ。男に突然そんな事をされたら誰だって驚く。
だが、夜中に飛び起きてから今迄、結局寝られずに脳内で憶測と思考を繰り広げていた俺の精神状態はいっぱいいっぱいだった。
自分の死を巡り、いくつかの仮説を立て直す孤独な作業。
たかが15…いや、死亡時は17か。
それっぽっちの歳の小僧の死に様に、何故こんなに悩まなきゃいけないんだ。
そんなに俺は悪事を働いただろうか。
草鹿の肩の温かみが、人心地を取り戻させてくれる。
ぎゅ、と力を込めると、背中に腕が回され、優しくさすってくれた。幼い頃、母上がして下さったように。
「怖い夢でも、ごらんになられましたか。」
「…うん…。」
「直ぐに草鹿をお呼びくださればよろしいのに…。」
「…そうだな、すまない。」
成人男性の癖に草鹿からは、柔らかな優しい匂いがする。
何だろう。この落ち着く感じは。
まだ出会って数日にしかならないと言うのに、俺はもうすっかり草鹿を頼りにしているのだろうか。
執事と言っても所詮草鹿は、在学中限定の、学園からの借り物に過ぎないだろうに。
有能過ぎるのも考えものだな。
こんな風に簡単にチョロガキに懐かれてしまうんだから。
(人は孤独を拗らせ過ぎると依存しやすくなるんだろうか。)
俺が落ち着く迄、草鹿はずっと背中を撫でてくれていた。
朝食のサラダをつつきながら食べている時に、休むかと聞かれて首を振った。
まさか。
授業初日から休める訳が無い。
それこそまたニュースになってしまうわ。
ホントにややこしい立場になってしまったもんだとゲンナリする。
食後、草鹿が髪を整えてくれてる間に隈の出来た目元にホットタオルをあてる。
消えるんだろうか、こんなんで。
…でも、俺の顔なんか隈あろうがあるまいが、そんな変わる?
「当然です。
主様は耳目をお集めになられる存在でございます故。」
「…やだな~。」
「愛らしいお顔に憂いた跡がありますと、多方の者は案ずるものです。」
「…そっかあ。」
何か草鹿の俺に対する評価が過大。いやもう良いけど。
それなりになったなってとこで制服に袖を通す。
さてと。 今日も1日が始まる。
専用通路を歩いて教室に向かっている途中でふと窓の外を見ると、一般棟から此方を見ている生徒が数人。俺が見ているのに気づいたのか、しきりに会釈しては立ち去る。
一般生徒は此方の人間をあまり凝視するのは失礼だと折に触れ言われているだろうしな。
だがその中に1人だけ、立ち去らずずっと此方を見ている。
濃い茶色の髪の、背の高い…。
ちゃんと視線が合ったかなんてわからないのに、何故だかゾクッとして一瞬草鹿の後ろに隠れ、再び見るとその生徒の姿は既に消えていた。
あんな夢を見た後だから、只の思い込みかもしれない。
それに夢では、犯人となった者は俺が入学して数ヶ月後に外部から来た者。最初の数ヶ月は違う人間が監視者だったと言っていた。それならば今、未だ犯人は学内には存在しない筈だ。
それを考えれば草鹿は最初から除外されるので信用して良いだろう。
それに、俺の辛い状況に同情して無理心中?を図ったという事なら、現状では俺を殺す理由は無い筈。
しかし、それでも俺を監視させている者は、おそらく存在する。
目的はわからないが、その本人には何かしら意味があるからやってる事なんだろう。
(やっぱり、気は抜けないな…。)
草鹿は俺の様子が変なのに気づき、気遣わしげに見ている。
いけない、過敏になり過ぎては。
既に色んな事が変化した筈だ。
俺が変えたのだ。
誰であろうと 今の俺に、早々手が出せる筈が無い。
「大丈夫だ。行こう。」
草鹿を安心させる為に僅かに笑顔を作る。
「左様ですね。参りましょう。」
再びゆっくり歩を進める。
俺の背を大きな掌で庇うように歩きながら、草鹿がある一点を睨み付けていたのを、この時俺は知らなかった。
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