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完璧な人間などいないから
しおりを挟む雪長は閉じた深い闇の中でずっと考えていた。
戻ったのは失敗だったのだと。
死は理不尽だった。
だが、もしかするとあれが自分の天命だったのではないか。
とするならば、それを捻じ曲げて運命を変えようと足掻いたのは、天意に反するものだったのかもしれない。
だから今、こんなに苦しんでいるのだ。
自分も、ラディスラウスも。
自分は被害者のようで加害者であり、ラディスラウスは一見加害者のように見えるが、自分という存在がなければあんな風にはならなかったのではないか。
自分と彼は、本来出会ってはならない存在なのだと思う。
しかし 既に出会ってしまい、縁は結ばれてしまった。
諦めて、彼と生きるしかないのだろう。
傷つけられたのと同じように、傷つけもした。
もうたくさんだ。
考えてみれば、雪長が見ようとしなかっただけで、ラディスラウスはずっと優しかった。
ずっと好きにさせてくれたし、慣れない我慢もしてくれていた。
普通に考えて、一国の皇太子が、シカトやスルーなんかされ慣れなかった筈だし、それを平気でやる頑なな雪長の態度には、傷ついていた筈だ。
誰だって、好きな相手に冷たくされるのは悲しいものだ。
雪長に憎まれているのを知っていたからこそ、耐えていたのだろうし、それを思えば酷な事をしていたのは自分の方だ。
…だから、忘れよう。
忘れて、これからは彼の要求は全て受け入れよう。
男としての自分を捨てるくらい、何だ。
自分の心ひとつ殺して、他の全てが上手く回るのなら、もう良いじゃないか。
健全な思考を取り戻すには、もう疲れ過ぎていた。
一方、ラディスラウスは学園に潜らせている間者に報告を受け、案じていた事が現実になっていた事を知った。
雪長様の心身に異変あり。
あの日、皇宮に帰ってから、寮部屋に設置したカメラで雪長の様子を確認した。
帰り際の様子が気になっていたからだ。
ラディスラウスが帰る数時間前からは、雪長は殆ど気を失っていた。
無理をさせ過ぎた自覚はあったので、出来るだけのヒールはかけたが、ラディスラウスは元々そこまで癒しが得意な方ではない。傷や、多少の疲労回復程度なら問題なく出来るが、あの時の雪長は重度の疲労だったので、数日は休養が必要だと思ったのだ。
まさか、自分が帰った後、医師達が呼ばれ、点滴を打たれる程だったとは。
やりすぎた…。
嫉妬で激昂し、勢いで雪長と愛し合えた事に浮かれていたが、冷静になってみると とんでもない事をしてしまったのではないかと激しく後悔する。
しかし、やってしまった事は巻き戻せない。
『体力の方は順調に回復なされているようなのですが、雪長様は、どうやらお目が…』
「目が、なんだ?」
『お色が、認識出来ないようで…。』
「色が?」
『心因性視覚障害、だと。』
「……心因性…?」
血の気が引いた。
悲鳴を辛うじて手のひらで抑えた。
もう二度と、雪長に許される事はあるまい。
流石のラディスラウスも、決定的な亀裂が入ったのを悟った。
今、この世で一番会いたくないであろう人間が、見舞いになど行ける筈も無く、最もしてはならない放置という選択をしてしまった。
またしても彼は、選択を間違えたのだ。
見舞いには行かず、日々の業務の合間にカメラで様子を確認する。
時折、見舞いの品を届けさせる。
その内、雪長は起き上がれるようになり、授業に出席するようにもなった。一見して、さほど様子は変わらない。
だが、痩せた。
あの小さな細い体の中に、どれほどの苦悩を詰め込ませてしまったのだろうか。
映像を前に、考え込む事が増えた。
雪長の目は依然回復しないまま、季節は本格的な冬を迎えた。
冬休みになっても、雪長は実家に帰省はしなかった。
特別な理由があった訳では無い。
兄からも両親からも連絡は来たが、帰省すればまた、同じ時間をかけて、帰って来なければならない。
それを考えるだけで今の体力では疲れてしまい、学園に草鹿と残る方が気楽だと思っただけだ。
皇太子からは、冬の祭りと、年末年始の贈り物が届いた。
以前、美味しいと言った事がある、皇宮の専属パティシエやショコラティエの、特注焼き菓子と、チョコレートの詰め合わせだった。
自分が彼の前でだけ、何気無く言ったほんの一言を覚えている。
その事が、雪長の心を微かに揺らす。
ラディスラウスは根っから暴君な訳では無い。
かしずかれて育ち、故に傲慢ではあるが、普段は自分の思い通りにいかないからといってやたらめったら周囲に暴挙を振るうという訳でも無い。
逆鱗にさえ触れなければ、きっとそう悪い相手ではない。
寧ろラディスラウスは世間的に見ればこれ以上考えられない程の優良物件なのだ。だって、皇太子なのだから。
欠点だらけの自分には過ぎた相手なのだ。
…まあ、一番肝心な部分(性嗜好)は折り合わない訳だが、どうせ完璧な相手などいやしないのだし…。
チョコレートを一粒口にしてみると、それは舌の上であっけなく優しく溶けていく。
ナッツの風味を含んだそれは、とても香りが良く、雪長の硬く強ばりきった心も僅かに解れていくような気がした。
(俺って、チョロいなあ…。)
ラディスラウスはあれから姿を見せないが、雪長の状況は把握している筈だ。
今、何を思っているのかはわからないが、気遣われている事には違いないだろう。
もうあんなセックスは御免だが、怒らせさえしなければああ迄の事はされないだろうし…。
大丈夫だ、上手くやれる。
どうせ拾い物の命だ。こんなに大事にしてくれるなら、悪くない人生になる筈だ。
だが、雪長が、学園に来た当初とは180度考えを転換しつつあったその時、ラディスラウスの考えもまた変化していた。
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