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月の、恵み…? (雪side)
しおりを挟む誰の目線なんだろうか、これは。
皇室の紋の入った黒塗りの車が皇宮の門を出ていく。
先導の車と2台。
2台って事は、あれは通常の贈り物というより、もう少し貴重品を届ける為の設えの車だろう。
急に車の速度が落ちた。運転手が首を捻っている。
車が路肩に寄り、停車する。
先導の車の運転手も少し先の路肩に止め走って来た。
2人で車両の後ろに回り、戸惑い顔をしている。
パンクだろうか。
皇室車両は常に整備を怠っていない筈なのに。
スマホで何処かに電話をかけていたが、それを切ると時計を見て、車の中から大きな箱を持ち出し、先導車の中に移動させた。
そして自分は紋の車の横に立つ。
どうやら荷は先導車が運ぶ事にしたらしい。
先導車は速やかに走り出した。
と、思ってたら、暫くして車は角を曲がり、郊外の方へ走っていく。
え?そんな外れに住んでる貴族の屋敷に何か届けるのか。皇后様のご親族とかかな。
見ているといよいよ車は辺鄙な場所に差し掛かり、大きな溜池のある辺りで停車した。
運転手が後部座席から荷を下ろす。
そして、それを持ったまま池の傍の囲いの前迄歩くと、その箱を雑に開け、先ずは中身を池に落とした。
衣装だった。
見忘れる筈も無い、あの殿下の誕生パーティーの夜に着た、俺の衣装だ。
次いで、箱も放り捨てる。
運転手の顔は、始終無表情で何の感情も読み取れない。
場面がいきなり切り替わり、
件の運転手が若い女性に叱責を受けている。
金髪の女性は酷く怒っているようで、運転手に扇子迄投げつけた。ヒェ、怖い。
『誰がそんな勝手をしなさいと言ったの!!!』
綺麗な金髪の、黒いドレスの若い女性。
気の強そうなその顔には見覚えがあった。
あれは…。
ラディスラウス殿下の、正妃様じゃん…。
そして再び場面が切り替わり、寮部屋に転がる俺が見えた。
少し離れて同じように倒れている、制服姿の男には全く見覚えは無い。
此奴が俺を殺した奴なんだろうが、全く感慨が無い。いやマジで、知らな過ぎて。
そしてまた切り替わった先には何故か、殿下。見た事ある背景。執務室か。
スマホを持って真っ青な顔で震えている。
『…長く、付け過ぎた…。』
そう言ってへたり込み、呆然と床を見つめていた。
暫くして立ち上がると、フラフラとデスクに歩いていき、一番上の引き出しから鍵を取り出した。
そして今度は一番下の引き出しに鍵を差し込み、開けた。
そこに入り、ゆっくりと出てきた右手は銃を握っている。
こめかみに銃口を当て、グリップを握り込むと、迷いなく引き金は引かれた。
脳漿が散らばり、殿下がうつ伏せに倒れる。
(!!!!!)
俺は錯乱した。
何故だ、何故…
……まさか…、俺が、死んだからか。
あんな突き放し方をして婚約破棄をしておきながら、俺が殺されたら死ぬのか、アンタは。
バカじゃん。
俺は慟哭した。
息も出来ない苦しさだった。
暫くするとまたしても場面は切り替わり、今度は何処かの工事現場のような場所が広がっている。
ビルとビルの合間。
土煙、砂埃、響くドリルや削岩機の音。
それらが途切れる度に聞こえる街の喧騒。
抜けるような青空、
照りつける日差し、流れる汗を拭う、日焼けした腕。
黒髪の男が同僚らしき男達に声をかけられているようだ。
手渡されるペットボトル。
何かの肉がサンドされたパンを皆がもそもそ食べだした。
あ、お昼ご飯って事?
そこで目が覚めた。
背中がびっしょりだ。
今の俺、寝汗と涙で酷い姿になってる…。
過呼吸でも起こしかけていたのか、少し苦しくて咳き込む。
危なかったかな。
あれって、まさか先生の言ってた、月の女神様が気紛れにってやつだろうか。
夢にしては、あまりにリアルだった。
額から顎迄滴った汗を手の甲で拭う。
テーブルの上に置かれたペットボトルの水を開栓して、口に含んだ。
喉が潤うと、少し冷静になる。
カーテンを少し開け、空を見上げると、月は先程の位置からはだいぶ移動していた。
(…まさか、な…。)
鵜呑みにする訳じゃないけど、あの夢の通りだとするとだよ?
衣装はおそらく、きちんと皇宮から送り出された。
だが途中で何らかの車両トラブルにより、代打として先導車に衣装運搬は引き継がれた。
しかしそれは、さる沼に捨てられた。
あの様子を見るにつけ、紋の車両のトラブルは仕組まれていたのかもしれない。
衣装を捨てていた運転手が叱られていた所をみると、勝手にやらかした行動って事なんだろうか。
考えてみれば、確かに俺は彼女にとっては邪魔者の立場ではあったろうから、彼女の周辺からすれば、目の上のタンコブだったんだろう。
部下は時として、良かれと思って上の者に忖度する事が、ままある。
でも、遡行前に俺を殺した奴は、アレは誰なんだ。
もしかして前に見た夢の奴が彼奴って事?
殿下が 『長く付けすぎた』って言ってたって事は、殿下の間者の一人だという認識で良いのだろうか…。
ラディスラウス殿下が自殺したのは……。
いや、アレは俺がそのまま死んだ後に起こりえた未来なんだろう。
俺は時間を戻り、やり直した。だから未来は変わったんだ。
ラディスラウスはちゃんと生きてる。
変わった事が、良い方向に向いてないと思った事もあったけど、でも今、俺は生きてる。
だから、ラディスラウスも自殺なんかしなかった。
…してない、よな…?
…只の夢だと思うには、タイミングが良すぎて。
符号する、納得出来る所が多過ぎて、単なる夢で片付けるには、憚られるような気がする。
「知りたかった事、か…。」
月の女神の気紛れが、俺にも起こったんだろうか。
だとしたら、夢の最後に見たものは…。
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