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6 動機は恋
しおりを挟むシュウが扉の向こうに向かって呼びかける。
「アスカ」
静かに扉が開いたと思えば、そこには片膝をついている黒い人影があった。
(何時の間に…)
音も、動きも見えなかった事にも驚愕。目を見開いて見つめていると、俯いていた人影が顔を上げる。それは、細身の若い男だった。
「アスカ、風呂の用意を」
「御意」
短い返事が聞こえたと同時にアスカと呼ばれた男の姿が消え、私はそれにまた驚いて、ベッドの上に座ったままキョロキョロと辺りを見回した。
(???!)
何なんだ?これも魔術なのか?それとも、目にも止まらぬような早さで動いているのか?
私が呆然としながらシュウを見ると、視線がかち合った。
「どうした?」
唇に薄く笑みをのせながらシュウが首を傾げ、反応を面白がられているようだと思いながらも私は問う。
「……今のは?」
「ああ、彼はアスカだ。一番長い私の従者なので、この先顔を合わせる事も多くなるだろう。覚えておくように」
「ああ…」
そう返事はしたものの、内心は困惑している。
(覚えておけと言われても……)
顔を上げたかと思えばあっという間に消えてしまった者をどうやって?
今しがた見た筈のアスカという従者の顔を思い出そうとしてみる。細い目に、薄い唇。鼻は…高かっただろうか、低かっただろうか?やけに目が細いという事以外にはあまり特徴も無く、印象に残りにくい顔だと思った。異国人だからそう感じるのか。それとも、あれがオーソドックスなホーン人の顔立ちなのか?
そう考えながら、ベッドの傍にある椅子に腰を下ろして優雅に頬杖をつくシュウをチラリと見る。同じホーン人でも、こちらは一度見たら忘れがたい華やかな美貌だ。
...個人差だろうか。それとも、シュウが特別なのだろうか。
何処の国でも、王族の血筋の者は特徴的な外見をしていて美しい者が多いし、それが神の血をひくと言われている証なのだと信じられている。ホーン王族もそうなのもしれない。
だって、シュウは神がかって美しい。まるで、あの憎たらしい従兄弟のように...。
公爵家にも関わらず、『最も王族の血を体現する眩しき者』だと褒めそやされていたサイラスの顔が思い出されて不快になった。
影で皆が私の事を、サイラスの劣化版などと嗤っていた事くらい知っている。
王子は私だというのに、サイラスの方が王家に相応しいと...。
(ダメだ、思い出すな。腸が煮えくり返るだけだ)
どす黒い気持ちが這い出してきそうになり、私は無理矢理に記憶の蓋を閉じた。
同じように神がかった美しさとはいえ、サイラスとシュウの美貌の質は全く真逆な種類のものだ。全く似てもいない。
それに...本当に私がこのままホーンに連れ去られるのなら、あの忌々しい顔はもう二度と見る事はないのだろう。
(連れ去られて、か...)
見知らぬ異国に連れ去られ、私はどうなるのだろう。
シュウは私を、奴隷にすると言いながらも愛いと言った。
つまり私に求められている役割りは、大人しく愛玩される性奴隷...。最初は大切にされるのだろう。だが、飽きられたら?
シュウに飽きられた時には、私の処遇はどうなるのだろう?
臣下にでも下げ渡されるのか?
娯楽として拷問にかけられながら殺されて、遺体は打ち捨てられて鳥や野犬の餌になる?
それとも、今度は最初から奴隷として売られる?
考えれば考える程、先行きは暗いように思えた。
「シュウ」
胸の中に積もっていく不安が、堪らず私の口を動かす。私の呼びかけに、シュウは少し左眉を吊り上げるようにしながらこちらを向いて告げた。
「...まあ、お前には特別にそう呼ぶのを許してやろう。どうせ私の宮の奥深くに隠してしまえば、生涯人目に晒す事も無い」
本気で死ぬまで宮の奥から出さない気なのだろうか?
シュウの真意を測りかねる。だが、名を呼び捨てて良しとしたのはおそらく私の身分に対しての配慮なのだろうと解釈した。ならば、こちらも少しくらいは改めようじゃないか。
私はほんの少しばかり口調を改めて、シュウに質問する事にした。
「シュウ。貴方は本気で男の私なぞを囲うつもりなのか?次期国王ともなれば子を作る事が最重要な義務になると思うのだが...それはどうするつもりなのだ?貴方は男色家なのか?」
彼は私の言葉を聞いている途中から、だんだん間の抜けた表情になっていく。何故だ?
私はそんなに変なことを聞いているだろうか?
一国の王が子を成せない可能性があるなんて、かなりの大問題だと思うのだがな。
そう思いながら返答を待っていると、シュウはやはり薄笑いを浮かべながら答えた。
「それはお前が案ずるような事ではない、と言いたいところだが...他ならぬ愛しい者の為に答えてやろう」
「…ああ」
いちいち過剰なまでに好意を示す言い方は癖なのか、それとも私の心を弄んで愉しむ為か。
何を言われても勘繰ってしまう私に、彼は続けた。
「勿論、義務は果たしているぞ。私には既に正室がおり、既に2人の王子を儲けている。他に2人の側室がいて、その内1人との間にも姫が1人」
「は…」
驚いた。
そう歳が変わらないように見えたのにと思い、いやいやと思い直す。古今東西、王侯貴族の婚姻とは総じて早いものだから、若いように見えて妻や子がいても何ら不思議はない、が…、しかし…。
顎に手をあてて考えあぐねていると、不意に視界が翳った。視線を上げると、目の前にシュウが立っている。何時の間に。
ホーンの人間は皆、気配をさせずに動くものなのか?
「そして、最後の質問の答えだが」
少し屈んで私の髪をひと房指で摘んだシュウは、至近距離で私と視線を合わせながら告げた。
「私は男色ではない。
今まで、男を傍に召した事も無い。…嗜みとしてなら抱いた事はあるがな」
「えぇ?」
答えを得たら得たで、更に混乱する。つまり、経験値として男を抱きはしたが、特には興味の対象では無いという事だろう?
なのに何故、様々な裏工作をしてまで私に拘ったのか。
しかし、その私の疑問は次にシュウの口から出た言葉達により、すぐに晴れる事となった。
「恋だ。私はお前に、ひと目で初めての恋をした。
妻を迎え後継を成す義務は果たしたのだから、今度は本当に欲しい者を傍に置くと決めていた。だが、ホーンには男を側室に迎えた前例は無いのだ。ましてや異国の王族の男子を迎えたいなど認められる筈もない。せめて王位に就いていれば横紙破りもできたのだろうが…。人間、どうしても欲しいとなると短気を起こしてしまうものだな」
晴れ晴れと、やり切った!と言わんばかりの笑顔で言うシュウ。
疑問は解明されたが、とても納得したくない理由に私は頭を抱えた。
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