大和と琉生とおじさんと。

獅子のあお

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1話 知らない顔

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「ねえおじさん、お金持ってる?」

 なんて運のない日なんだろうと思った。自宅のアパート前の街灯は心許なく、ぼんやりと照らされた二つの影が中年の男を隠す。
 用があるのはコンビニだけだからとポケットにも入らない財布を男は固く握りしめた。

「おーい、聞いてんの?」

 一人が男の厚い肩を押した。会社ではゴミと扱われ、帰宅してもなお、おそらく自分よりもはるかに年下の人間に酷い扱いを受けている。
 怒りよりも諦めのようなものが心を覆う。自分は何処にいたって同じなのだと。

「あ、こいつ、あいつじゃん」

 男は自分を押した青年と目が合った。途端に激しく心臓が脈を打つ。

大和やまとの事、いっつも変な目で見てる気持ち悪いオヤジ」

 息が止まる。僅かな街灯からやっと照らされた目の前の二人に、ナイフを突きつけられたようだった。
 大和、と呼ばれた子は男を見るなり、眉間にしわを寄せ嫌悪を露わにする。

「ここらへんに住んでんの? もしかして大和のこと探してた?」

 黒髪のその青年は、三日月の形に目を歪め笑う。
 男は大きく首を横に振った。いつも遠くで眺めていた二人が目の前にいるとやけに大きく見えて仕方ない。

「じゃあ何してんだよ、こんなとこで」

 その冷たい声は先程まで男を優しい記憶で侵食していた青年のものだった。男は震えそうになる呼吸を抑え、この道の先にあるコンビニを恐る恐る指す。

「コンビニ? んじゃ俺たちにもなんか奢ってよ」 

 今の自分には上司や同僚に日々浴びせられるどんな言葉よりも、目の前の青年達が恐ろしくて仕方がない。

「ご、ごめんなさい……、ゆ、許して」

 振り絞ったその声は、情けなくも震えている。

「は? 何て?」

 聞こえているはずなのに、わざとらしく首を傾ける黒髪の青年は自分の怯える姿を面白がっているようだった。ニヤニヤとした笑みがその小綺麗な顔に浮かぶ。

「…っゆ、ゆ、ゆるして、ください」

 彼らの視線から逃れるように、男は俯いた。
 一年も彼とその友人を見ていたつもりだった。全てを知っているとは言わないが、「きっといい子達なんだろうな」と理想を抱いていただけなのだと、つい先程までの自分を恥じる。あの優しく幸せそうな笑顔と似ても似つかない、冷たい表情が今、自分を見ている。

「いいこと思いついた」
「ひ、ぃ…っ」

 男の短い前髪が、黒髪の少年の手によって掴まれる。強制的に顔を上げさせられると、彼は楽しそうに口を開いた。

「あんたの家行こうよ」
「……え?」

「おい、琉生るい

 突然意味の分からない事を言い出した黒髪の彼を「琉生」と大和は呼んだ。相変わらず眉間に皺を寄せ、不機嫌そうにしている。

「このアパートに住んでんだろ、さっき出てきたもんなあ? こっから」
「……ありえねえ」

 話の流れが分からず、痛いほど前髪を掴まれたままのの男は必死に理解しようと二人の会話に耳を傾ける。

「おっさんホモなんだろ? 嬉しいよなあ」

 何を嬉しがればいいのか、さっぱり分からないと琉生と呼ばれた青年の横でため息を吐く大和に、男はふいに視線を向ける。それに気づいた大和は鬱陶しいと舌打ちをした。

「おい、俺は行かねえぞ」
「いいのかよ、この変態オヤジ懲らしめなくて」

 琉生の言葉に男は身の危険を感じた。自分はこのままこの二人に殴り殺されるのだろうか。それとも死んだ方がいいと思うような酷い事をされるのだろうか。どちらにしろ恐怖で体は動かない。人気が無いといっても近くにコンビニはあるし、目の前には自宅であるアパートがある。大声を出せば誰かしら助けてくれる可能性だってあった。

「んじゃ、行こうか。おっさん」

 どん、と背中を強く押された。ふらついた体が前へと倒れそうになるも、少し躓いただけですんだ。
 男は後ろを着いてくる二人に見張られながら、アパートの階段を上がっていく。後ろで二人が何か話していたけれど、恐怖で思考は停止し男は自ら案内するように、二人を部屋へと招いた。


 自分の憧れていた相手が、自分の家にやってくるという、本来胸踊らせる出来事も、今は悪魔を招いているような気分だ。

「わ、狭」

 部屋に入るなり、琉生の第一声はそれだった。部屋に入れば右手に小さなキッチンと左手にトイレと浴室。玄関から真っ直ぐ入れば、六畳程の小さな部屋があるだけだ。築三十年程の二階建ての小さなアパートに男三人は狭すぎる広さ。

「おら、歩け」

 自分の家だというのに、再び背中を強く押され、今度は目の前のフローリングに男の体は大きな音を立て転がった。

「どんくさ」

 床に転がった男を、軽く蹴った琉生は当たり前のように部屋の隅のベッドに腰を下ろす。
 同時に男のかけていた眼鏡が床へと転がった。

「はー、男久々だわ」

 そう言って、カチャカチャと制服のスラックスの前を寛がせた琉生を男は床から上半身だけを起こし、追いつかない思考で、目の前の光景をどうにか処理しようとしていた。全く意味が分からないのだ。

「おっさん、ケツ洗ってんの?」
「……え? な、なに?」
「洗ってねえのかよ、んじゃそっち使えねえじゃんか。どーっすかな。あー、じゃ、まあとりあえず勃たせろや」

 男の髪を掴み、ベッドに座る琉生の股の間に座らされると目の前に萎えたそれが現れる。思わず体を引くと、再び思い切り髪を掴まれた。ぶちぶちと髪が抜ける音がした。

「しゃぶれ」
「、…っで、でき、ない」

 当たり前だ、元々ゲイでは無い。同性である大和に好意を持ったのが初めてで、しかもそれが性的な物かさえ分かっていない。それに今までは二人程度だが女性に好意を抱いていた事もある。だから同性とそういった経験も無ければ、してみたいとすら思った事は無かった。
 男は大和を汚したくなくて、そういった想像もできた試しが無いのだ。

「あ? いいからしゃぶれ、殺すぞ」

 乾いた音が響いて、男は自分の頬が叩かれたのだと気づいた。ぽたぽたとフローリングに鼻血が落ちる。

「ん、いいな。それ興奮するわ」

 手を上げられた事で、恐怖を体に刻まれた男の体は震えが止まらない。

「な? 殴られたくねえだろ? おら、口開けろ」

 少し芯を持つ質量のあるそれを、言われるままに男は口に含んだ。一気に吐き気がしたが、必死で我慢する。

「噛んだら、歯ぁ全部抜いちまうからな」

 口内に何かを入れるという行為を、脳が錯覚しているのか、だらだらと唾液が溢れる。

「くっそ下手だな、おっさん。何? もしかしてしゃぶんの初めてなわけ」

 男は琉生のものを含んだまま頷くと、口の中の血の味に眉を寄せる。

「へえ。じゃあ処女? ホモなのに?」

 琉生の極端かつ偏見的な持論だったが、余裕の無い男が疑問を持つ事を許されるはずもない。けらけらと頭上で笑う琉生が、男の後頭部を掴んだ。

「んぅぐぉ、っぉ」

 喉奥を、少し硬さのもった琉生のそれが突き上げる。えずく男を他所に、琉生のものは口内で大きくなる。

「俺イラマ好きなんだよね」

 後頭部を押さえつけられ、頭を強制的に前後させられた。せり上がる酸っぱい胃液が唾液と混じり、咽れば鼻から血と鼻水が垂れる。
 ぐぢゅ、ぐぢゅ、と下品な音が小さな部屋に響き、はあはあと興奮した琉生の息が上がる。口内のそれは完全に勃ち上がっており、反り返った亀頭が男の上顎を擦り上げた。

「っ、お? おっさん、口ん中気持ちいーの? 流石変態だな」
「ん、ぉ、…っぐ、ぉ、お、っ」

 吐き気と、妙な感覚が交差する。ぼたぼたと床に唾液と胃液、それと琉生の我慢汁が混ざったものが糸を作り滴り落ちていく。

「、っあー、イク」

 その言葉を合図に、琉生は更に激しく男の口内を突き上げると口の中に苦くどろりとしたものが吐き出された。引き抜かれたものは、大きく立派なもので、あれが自分の口の中に入っていたのかと思うとぞっとした。

「飲めよ。全部」

 口から溢れそうになった白濁した精液を男は言われるまま、口内へと留めた。そういった映像作品で女優が男優のものを飲み干すシーンを思い出す。飲み込もうとするのに、喉が受け付けない。吐いてしまいそうだったが、暴力を振るわれるよりはずっといいと、必死で飲み下す。

「汚え」

 大和の声だった。それに笑い出す琉生の声が部屋に響く。

「はは、確かに汚えわ」

 自分よりもはるか年上の男を見下ろし、優越感に浸る琉生は、むせる男の胸を右足で蹴るように押した。
 そのまま仰向けで倒れた男に覆い被さった琉生は、スマートフォンを取り出すと、唾液だらけで緩く勃ち上がった自分のものに指を添え、スマートフォンの画面に男と自分のものが写り込むように収める。カシャ、と機械音が鳴ると男は慌てて上半身を起こした。

「や、やめてくれ!」
「おい、汚え手で触んな」

 琉生のスマートフォンを握っている腕を掴んだ男を、そう言って払い除ける。

「……っ、お願いだ、消してくれ…」

 今にも泣きそうな男に、琉生が「はあ?」と呆れたように返した。

「お前がいい子にすんなら、何もしねえよ」

 写真の中の男は明らかに暴力を受けていた。けれど、これが会社に流れてしまえば男が得るのは同情では無く、嫌悪や嘲笑であり、社会は必ずしも自分を守ってはくれない。
 それに、そもそもずっと彼らを見ていた自分が悪いのだ。
 琉生は床に投げ出されたスマホを手にすると、自分の連絡先を入れ込む。

「使いづれえわ、このスマホ。買い替えろよ」

 気に入らないと、男が数年使用し続けているスマホを投げつけると、その体に跳ね返り、安っぽい音を立て床へと落ちていく。

「なー、大和。お前いいの?」

 琉生の一声に、大和はゆらりと男の前に立った。その瞬間、男の体は激しく壁にぶつかった。振り上げられた足に気づかず、受け身を取ることができなかった体は、大きくいとも簡単に飛んでいく。ケホケホ、とむせる男は痛みの強い腹部を抑えた。

「これでいい」
「……痛そー」

 あまりの痛さに声も出ず、情けなくて溢れた涙は床へと落ちる。
 それからの事を男はあまり覚えていなかった。強い痛みと、苦しい呼吸。滲んだ視界の先で、琉生が冷蔵庫を開け、何も無いと嘆いている。ただそれだけ。

 少しして、アパートの厚いスチールドアが閉まる音が聞こえた。
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